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君は忘れない  作者: 哉城 弌花
第二章「テーマは、愛」
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2-4

『「メモリー」とはまた、捻りのない…。

 キミは本当に浅はかで愚かだよ。けれどワタシはそんなキミを気に入ってしまったのだから、世話ないね。

 そうだ、一つ忠告があったのだよ。

 タイムリミットは刻一刻と迫っていることを忘れないでね。結構これ、大事だから。

 守らないとキミら死んじゃうし。

 じゃあ楽しみにしてるよ。』


「うるさい」


 朝起きてメールを見たときに「記憶を…」から来ていたメールに目を通した後、登録名を見ると流暢に「メモリー」と変えられていたのに気づいた。内容の割に気に入っているようだ。


 そんなことは今どうでもいい。


 先生の挨拶終了と共に教室を出た僕は、図書室の扉の前で息を整えていた。走らなければよかった…。運動不足が祟り、脚が震えていて攣りそうだ。


 と、あることに気が付く。僕がこんなに早く来ても少女が来ていないかもしれないという事だ。昨日は百合に校内案内してもらって最後に図書室だったので、ある程度の生徒はいたがHR後すぐにダッシュでここに来る方が珍しい。


 疲れたあげく誰もいない状況を想像した僕は失笑しか出ない。もう彼女が風変りなことを願って入り、いなかったら中で待つことにしよう。


 湿気を含んだ皐月の風は、汗でシャツが張り付いた肌に悪びれもなく纏わりついてくる。それを振り払うように僕は一気に扉を開いた。


 外とは対称に本が傷まないようにと一定に湿、温度が調節された室内はひんやりと心地がいい。


 入ってすぐにある受付の先生はあまりにも僕が勢いよく入室したため、何事かと豆鉄砲を食らった鳩のような表情で眺めてくるので「すみません」と会釈をする。


 今日の僕はどうかしている。


 頭を掻きながら、何気なく横を向いてしまう。昨日、少女がいたところを、だ。心の準備と言うか、もう少し気持ちを入れてから見たかった…。


 しかも、昨日と待ったく同じ場所、全く同じ姿勢、表情でそこにいる。散々だ…。


 けれどいたのだから仕方がない。頭の中を切り替えて、寝る前に考えたようにするだけ。


 意外とスムーズに踏み出せた足は、一歩、また一歩と窓際の彼女へと近づいていく。数メートルしかないはずなのだけど、長い道のりに感じる。心臓の音しか聞こえないほどに心拍数も上がっているのがわかる。


 昨日のような状態に陥らないよう、鼻から吸って、口から出す。たまにラマーズ法みたく、息が途切れ途切れになるから、そうならないようできるだけ大きく、連続して続ける。


 誰も座っていない机は寂しそうに佇んでいるが、すべてを無視して一直線へ彼女の元へと進んでいく。自然に、普通に、白々しく。


「隣いい?しおん」


 言えた。予習してきた言葉と狂いなく言えたと、上出来だと思った。


 彼女は僕を数秒見上げた後、辛そうに頭を押さえた。頭痛でもしたのかなと心配したが、すぐさっきみたいに視線を本へと戻したので安心する。


「いいわよ」


 もう僕の方を向くこともなく、無機質、無感情に、ぶっきらぼうに答えた。明らか初対面だと言った反応でがっかりはしたが、予習が実り肩を下ろす程度で済んだ。


 後々考えると以前と似たシチュエーション、いわゆるデジャブだが、この時の僕は安心しきっていたためにそこまで考えが回っていなかった。


 とりあえず今日の山は越え、リュックを下ろして隣に座る。体温を感じるほど至近距離にいるわけではないけれど、話ができる距離にいるのは確かだ。


 とここで僕は読む本を持ち合わせていないことに気が付く。失笑というか、もう自分に呆れる。勝手に彼女のことだけを意識してしまっていたため他のことが疎かになってしまっている。けれど許可をもらって座った以上、何らかの本を読んでいかないと不自然。


 忘れ物でもしたかのようにリュックの中を探り、何列もに連なる本棚を一つ一つ数えるように見渡していく。空調と隣の少女がページを捲る音、HRも終わって徐々に増えてきた生徒の足音に扉の開閉音。時間が止まったようなこの空間では少しの雑音でも気になってしまう。


 一週見た後、僕は無意識に窓際の少女を見る。きっちり切りそろえられた、引き込まれそうなほどに漆黒の髪、流れるように上から下へ、上から下へ動く髪と同色の目。背もたれの数ミリ前でピンと伸びた背筋に袖から出た華奢な手。


 紫苑も今はこんな感じで綺麗なんだろうな。


 反応からして別人なのだと理解した僕は、紫苑の幻想に重ね合わせてしまっている。


 何秒見とれていただろうか、ふと、彼女が顔を上げてこちらを向いた。当然の事ながら交差した視線に慌てた僕は後ろに仰け反って、椅子から落ちそうになる。


「どうかした?」


 前に行こうと必死に伸ばした手を少女は握って引っぱってくれていた。お陰様で落ちなくてすんだようだ。


「ありがとう。なんでもない、ただ君が綺麗だったから見ていただけ……っん!」


 思わず出た本音に慌てて口に手を当て蓋をする。こんなはずじゃなかったのに…。


 僕は完全に上がってしまい、驚いた彼女の表情を見た後からは、恥ずかしくて前を向けない。


「どうも。けれど、唐突に言われるとさすがにこの程度の返ししか出来ないわ。予想ができていれば、こましな感謝が出来たかもしれないけれど…」

「ごめん……」

「別に誤らなくても良いわ。あ、そうそう私から一つ質問させていただいていいかしら?」


 彼女は本を閉じて鞄にしまい、僕の方に体ごと向いた。


「いいけど…」

「さっき「隣いい?しおん」と言っていたけれど、何で私の名前がわかったの?私はあなたと会ったことも話したこともないのに…」


 「会っていたのなら申し訳ないけれど」と付け足す彼女の顔は、数分前より濃い淡い朱色に染まっている気がするが、それより自分が「しおん」と言っていたことに驚いた。台本通りだと思っていたけど、違ったようだ。


 誤魔化すようないいわけも思いつきそうにないので、おそらくの仮説(ほぼ、確定なのだけど…)を伝えることにする。


「君が昔の知り合いに似てて、それが言葉になって出ちゃったのかもしれない」

「そうなの…んん!」


 また頭を押さえ、険しい表情でかがみ込んだ。


「大丈夫?」

「少し頭痛がしてきただけだから心配しなくて良いわ。まだ続きそうだし、私帰るわ」

「ほんと?よければ途中まで送るけど」

「大丈夫よ、じゃあ」


 そう言うと彼女は足早に図書室を出て行った。結構、辛そうにしていたが僕は何をすべきか咄嗟に判断出来ず、見つめることしか出来なかった。


「僕も帰るか」


 彼女が帰ってしまった以上、僕がここにいる理由もない。無能な僕はリュックを背負い、劣等感を連れて外へ出た。


 相変わらず、じめっとした空気は断りもなく纏わり付き、帰るのが憂鬱になる。


「匙君!大丈夫!?」


 声の方向を見ると、百合が駆け寄って来ていた。


「百合、なんで?」

「大丈夫ならいいの、昨日ここに来たとき様子がおかしくなったでしょ?それに下を向いて、なんか悲しげな顔してたから…」

「ごめんね。で、百合はなんでここにいるの?」


 百合はふっと胸をなで下ろすと、一歩後ろへ下がった。


「一緒に帰ろうと思って…いい?」

「うん、帰ろっか」


 僕たちはそのまま家路へとついた。


 ここから先は昨日と同じ、他愛もない話でもしながら駅へ向かう。百合はまた切符を購入して改札を抜けたので「定期にしないの?」と聞いて「いらない」と即答したのが印象的だ。理由はないそうだ。


 電車に乗り込んでさよならをした後、暇つぶしに携帯を開いた。メールを受信している。


 メモリーからだ。


『ようやく長ぁぁいプロローグも終わったようだね』


 たった一言それだけだ。


 すると不意にまたもう一通メールが届いた。次は百合からだ。


『秋菊さんと知り合いなの?』


 「秋菊」って誰だ?そう思いながら、そのような趣旨の内容で返信して携帯をポッケにしまった。


――「プロローグの終わり」とは何だろう。


 僕はその意味を考えながら、まだ明るい景色を眺めていた。

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