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君は忘れない  作者: 哉城 弌花
第五章「僕をなくした君に、僕は再び恋をする」
24/25

5-6

 月日は巡り、桜満開の春になった。


 新品の制服を身に纏い「もう汚水を飲まなくていいから安心して」入学式に臨んだ。


 私の幸福はまだ続いた。


 匙と同じクラス、しかも隣の席になった。そして一番の幸福は彼が私に気付いていたことだ。


 何度か目が合ったが話しかけはしない。暗黙の了解は再開してなお、健在だった。もう、放課後を待つしかないようだ。


 放課後が待ち遠しい私にとって、先生の自己紹介は永遠なのかと思うほど長く感じた。今、それ興味ない、なんて思いながら時計の秒針を目で追う。


「――これからよろしくお願いします」ようやくすべての挨拶が終り、先生が「さよなら」を告げると私は真っ先に図書室へと向かった。


――ようやくこの時が来た。


 心躍らせながら、踊り場を、ステップを踏むように通り過ぎる。文字通り、踊るようにだ。


 柄にもなく、ハイテンションで渡り廊下を通過して、立派に佇む図書館へと勢いよく入出した。


 受付のおじさんは、思わず勢い殺さず入出した私を狼狽した表情で見つめてくるので「ごめんなさい」と会釈しておく。


――もうすぐ匙と会える、会って話ができるんだ


 私はあくまで、白々しく最奥の机に座って、スタンバイした。


 しばらくして、渡り廊下を歩く匙を窓越しに発見して浮かれた気持ちを深呼吸をして、無理やり落ち着かせる。


――入ってきた。


 私とは正反対にゆっくり入室した彼は、周りを見渡して……私を見つけてくれた。そして、歩みよってくる。


 相変わらず柔和な面立ちだけれど、身長は私よりも少し高くなり、がっちりと男性らしい体格に成長していた。かっこいい。


「ひさしぶり、紫苑」


 声変わりもして、喉仏も立派に存在感を主張している。


「おひさしぶりです。匙」


「昔からだけど、より一層君は綺麗になったね」匙は頭を掻く「褒めても何も出ないわよ。あなたは相変わらずね」白々しく、白々しく「酷いなぁ」優しく微笑んだ。


「君もこの学校受験していたなんて、奇遇だね」

「あなたが私の真似をしたのでしょ?」私だけれど。

「いや、してないよ。君がどこに行ったのかすら知らないのに、調べようがないじゃないか」確かにそうだ。

「まぁいいわ。ここはロマンチックに『運命』とでもしておきましょ」

「そうだね……それよりここは図書室って云うより、図書館って云った方がよさそうな雰囲気だから、場所移さないか?」


 匙に言われて辺りを見渡すと静かにしろと言わんばかりの、冷たい視線が少なからずあった。図書室と云うと、学校の施設という要素が強いイメージで多少話したところで咎められないような空気が漂っているが、ここは違うようだ。


――恋は盲目、か。


「移動しましょうか」私たちは、図書室を後にして駅へ向かった。


 ふと、私たちは校内でも人のいないような場所へ辿り着いてしまい、立ち止まる。曲がるのが一本速かったみたいだ。戻ろうとした私は不意に後ろからすごい力で引きよられて、包み込まれた。


「大胆になったのね」私は匙に抱きしめられた。「僕は臆病のままだよ。ほんとは見つけてすぐこうしたかった」私も匙の背中に腕を回して力をいれる。


「嬉しいわ」

「そう言ってもらえると光栄だよ」


 耳に湿った息がかかって、くすぐったいが、この感覚は嫌いじゃない。顔は、匙の胸に押し行けられて、彼の香りが私の鼻を心地よくさせる。


 今の私はこの瞬間、世界で一番、幸せな女子高生だと己惚れる。


「私、あなたがとても好きよ」私は素直になれるだろうか。「僕も紫苑が好きだ」匙も同調する。


「そろそろ、離れましょ。誰か来るかもしれないし」ずっとこのままでいたい。


「うん……」離れたく……ない。


 春の陽気は柔らかく私たちの間を通り抜けた。


 大嫌いだった春が、今は全然嫌いじゃない。


 匙がいない生活を知らせる春。あの女たちとの再会をもたらす憂鬱な春。


 少しは好きにれるかもしれない。匙がいるなら……。


 だけれど、残酷な出来事をもたらしたのも同じく春。それを目の当たりにするまであと数分。私はつかの間の幸せが、このまま一生続くと思っていた。思って、疑わなかった。


「私のせいで……匙が……」

『キミは、カレを助けたいのかい?キミを庇って死にかけたカレを……』


――夢なのか現実なのかはわからない


「救えるなら、救いたい……。けれど私は、何もできない」

『キミができる事ならあるさ』


――けれど確かに聞こえる


「あの時私が、素直になって……あのまま、抱き合っていれば……」

『過去を悔いたって、カレは元に戻るわけじゃないでしょ?』


――白い、どこまでも白い世界に


「そうだけど……いったいどうすればいいの?できる事ならば、交代したいよ……」

『キミが交代したところで、次はカレが悲しむだけでしょ?キミはカレを、今のキミみたいに苦しめたいの?』


――声だけが響き渡る。


「それは嫌……けど、匙だけが苦しむのはもっと嫌……」

『じゃぁキミも苦しむ覚悟はあるのかい?その意思があるなら、条件付きでワタシがキミとカレ両方を助けてあげるよ』


――彼女は、近く遠いところから語り掛ける


「匙が助かるなら……私はどうなってもいい!」

『覚悟は十分だけれど、そうじゃないんだ。二人で助かるか、二人で死ぬ。それでもカレを助けるかい?』

「助ける!」

『わかった。キミが持つカレの記憶と引き換えに一年の猶予を上げるよ』

「忘れたくない……けれど、匙を……助けて!」

『契約成立。ワタシはキミとカレの愛を期待している』

「ありがと……ありがと……」

『じゃあワタシは行くよ』

「最後に!あなたは誰なの?」


――遠ざかっていく白い光


『「記憶を司る者」。人間の愛情によって生まれ、存在する』


――儚く散って、なくなった




 そして私は、花濱匙をなくした。


 彼の記憶をすべて失う。




 私は、シオンになった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

次章(次話)で最終章(最終話)になります。


土曜の18時に投稿しますので、楽しみに待っていただければ嬉しいです。

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