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君は忘れない  作者: 哉城 弌花
第三章「偽りの、嘘」
13/25

3-3

 衣替えが終了し夏休みが目の前まで迫ったある日の昼下がり、再び騒音と言えるほどに鼓膜を突く雑音広がる食堂で、僕はうどんを啜っていた。


 しかし今日は一緒にいるのは百合ではなく、青木。


「で、奢ってくれるって言うから来たけど、一杯150円のかけうどんって……」


 ぱちんと手を合わせて、頭を下げる青木も同様にうどんを前にしていた。


「ごめんっ。今日、財布に金足して来るん忘れてた」

「まぁいいよ。で、話って何?」


 彼はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに「そうそう」と切り出すが、途端に顔を真っ赤にしてもじもじしだした。以外にもピュアだったようだ。


 青木を好いている女子がこの姿を見たら泣くぞ、と思いながら、彼が話し出すのを待つ。


 僕と青木はあれから何度かメールでやり取りするようになっていた。百合に好きな人がいるだとか、食後はいつも緑茶を飲んでいるだとか、教えられる範囲で彼女の事を彼に教えてやっている。普段は何となくお互いのコミュニティで過ごし接触はあまりしてこなかったが、今日は向こうから食事に誘ってくれた。


 恋のキューピットなんてめんどくさい役割さえなければ素直に喜べるのだけれど、百合に近付くためだけに僕が利用されているようで癪に障るのは確かだ。行動を見るに悪い奴ではないというのはわかるが、明らか猛烈アタックしている女子たちが可哀そうになるほど彼は鈍感だ。


 例を挙げると、「お菓子作ってきたの」とハート柄の袋を渡されて彼が放った一言が「僕だけじゃ食べれないし、みんなで食べようよ」だった。さすがに周りは「ありがとう。こいつにはちゃんと持って帰らすから」とフォローを入れていたが、きっと彼女の想いは青木に伝わってないだろう。


「花濱、聞いてる?桃田百合さんについて話をしたいんだけど」


 青木の赤面はもうさすがに気持ち悪いが、どこかホッとする。安心して百合に近付ける事が出来そうだ。


「で、百合のどんな話?」

「百合って……いいな。じゃなくて、もうすぐ夏休みだろ?これは桃田さんにお近付きになれるチャンスだと俺は思うんだ。部活のない日は、それを最優先したい。で……その……」

「僕に百合との仲介役をしてくれって言いたいのかい?」


 無邪気な笑顔で「そうそう」とうなずく青木は、晩御飯はあなたの大好物よと言われた子供のようだった。


「けど、僕がいない間にクラス全員でアドレス交換したんでしょ?じゃあ自分で誘えばいいんじゃ……」


 そこまで言うと、しゅんとしながら「できたらやってるよ」と切なげに呟いた。さながら材料を忘れて晩御飯の変更が告げられた時の、子供のようだ。


 子供という単語を使えば彼のすべての行動に比喩表現を付けれそうだと思うほどに彼は「子供」だ。それが青木の良いところなのだろうけど、今回は完全に裏目に出てしまいそうだ。


 そう、仲間に入れてほしいのに中々言い寄れない子供のように。


「わかったよ。君から百合にメールしやすいように計っておく。それでいいだろ?」

「ほんとありがとう、花濱は俺にとって心の友だよ」


 どこか聞き覚えのあるセリフではあったが「友」の言葉は素直にうれしかった。言葉に出して友達だと言われたのは初めてかもしれない。僕はそれほど、友人に飢えていたのだと思うほど、「友」の言葉は心地よく僕の鼓膜を揺らした。


 うどんも食べ終わって、セルフサービスの水で一服しながら、また僕は同じ質問を投げかけられた。


「ところで花濱は好きな人とかいないん?」


 三回目となると返事に慣れたものだ。


「気になる人ならいるよ。異性として好きなのかどうか、はっきりとはわからないけれど、好きじゃないと言ったら嘘になる人だったら一人だけ」


 最初からあまり苦のはしていないのだけど。


 彼は疑うように目を細めて「桃田さんじゃないだろうね?」と聞いて来るので。


「それは違うよ。僕と百合は委員長とクラスメイト、たったそれだけの関係だから」

「じゃあいい」


 謎に上から目線で無事話は終了したが、僕はまだ彼から、百合と引合せるために必要な質問をしていない事に気が付く。今水を含もうとしている彼に言うと、口から大粒の霧を吐かれかねないので、水が彼の喉を通るまで一呼吸置く。


 大きく出っ張った喉仏は、水分がそこを通るたびに上下して存在を主張してくるが、紙コップを口から離した瞬間何事もなかったかのように静止して落ち着きを取り戻す。


「青木は百合のどんな所に惹かれたの?」


 案の定、予想通り頭から湯気の描写が入りそうな反応を示し、体の前で手を左右上下にぶんぶんと振り回した。


「なななななな、なにを言うてっ」


 しかし、僕は真剣に彼の目を見ていると、わざとらしくそっぽを向いて、


「入学式の日、前を歩く桃田さんに一目惚れしたんや」


 彼の言葉に偽りはなさそうだ。


「じゃあ今日の夜、明日百合と何を話すか予習をしてきな。そんな喋りだと、そっぽむかれちゃうよ」


 青木は机に手を打ち付けて、勢いよく立ち上がり「それって」と前のめりになる。


「明日、三人で昼食を取ろう。百合には僕から連絡しておくから。青木一人だと心配だから僕もお邪魔するけどいいよね?」


 今にも泣きだしそうに、僕の両手を掴んで強引に自身に寄せた。


「ありがとう。この貸しは絶対、一生かかっても返すよ」

「喜んでもらえて光栄だよ」


 今日わかったことは、青木が純粋で関西出身だっていうこと。そして、友人ができるのはこんなにもうれしいということだ。


 あと、なんか勇気をもらった気がする。僕も青木みたいに踏み出さなければいけない一歩がある。夏休みまであと一週間。僕はシオンに事故の話をすると、心に決めた。


 数時間後絶望の淵まで追い込まれるのだが、この時は希望に満ち溢れていた

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