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君は忘れない  作者: 哉城 弌花
第三章「偽りの、嘘」
11/25

3-1

 一応この学校にも食堂がある。

 

 図書室と校舎を挟んで逆側に、それとほぼ同じサイズの建物があり、そこが食堂だ。割と新しくできた物でキッチンも机も綺麗。「学校でお洒落なカフェ気分」がコンセプトらしい(校内掲示板のポスターに、大々的に書かれているだけなのだけど)。


 だから人気も高く、大勢の生徒たちで溢れかえっていた。


 僕はほとんど、売店のお握りで済ませているため、来るのは校内案内後の二回目だが、放課後来たのに比べると当然の事ながら昼間は人口密度が高い。


 しかし、幸い今日は僕も百合もお弁当で、昼休み早々来たこともあって一番奥の端っこの席を取ることができた。


 そして今、なぜここに来ているかというと、「事故について」を話すためで、教室でこんな物騒な話をするのは気が引けると、誰も僕たちの話を聞かないような場所を吟味した結果、食堂になったのだ。確かにこの騒がしさだったら仲間内で話すことでやっと、誰も他人の会話に耳を傾ける余裕などないだろう。


 僕は食後のカフェオレを飲みながら、向かいで緑茶を飲む百合とタイミングを伺いあっていた。やはり、たまたま遭遇した悲しい出来事を語らせるのは気が乗らないが、彼女の記憶はきっと有力な情報に違いない。


 食事を終えて、食器を返却口に持っていく男子生徒集団を目で追いながら、どう切り出そうか悩んでいた。僕たちをカップルと間違えているらしい女生徒たちとも目が合うが、彼女らは陰のあるニヤけ顔で踵を返す。


 僕たちがそんな楽しそうにしているのか?と問いただしたいが、生憎僕にそんな気前も気力もない。ただ不機嫌そうに見返すだけで精いっぱいである。


 だがこうしてもきりがない。思い切って僕の方から話をはじめよう。


「ごめんね百合、無理だったら今日じゃなくてもいいけど……」

「ううん。大丈夫、きっと事故の事を話さないといけない時が来ると思っていたから……」


 緑茶をすべて飲み干した彼女は、一度目を閉じてから思い出すように数度頷いた。そして、「私が匙君たちを見たのは、交差点で信号待ちしている時から……」と語りだした。




 私が横断歩道に付いた時、秋菊さん、匙君、私の順で信号待ちをしていた。この信号は変わるのが遅い上にコンビニを曲がった後すぐのところにあるから私たちは合流したのかもしれない。


 道の向こう側にも私の後ろにも、その時人はいなかった。交通量もそんなに多くなくて、ほんと三人だけって感じだった。


 そして、横側の信号が黄色から赤に変わって、青信号が点灯したとき秋菊さんはすぐに渡り始めたの。ごく普通に、一片の迷いなく道路へと足を踏み出した。


「危ない!」


 しかし、私は咄嗟にそう叫んでいた。目測でスピード違反と分かるほどの猛スピードで大型トラックが信号無視をしていたから。しかも、もうすでに私でも秋菊さん自身でもどうにかできるような距離でない。


 トラックに気が付いた彼女は蛇に睨まれた蛙のように、静止していた。それは後ろで見ていただけ、傍観者の私も足が竦んで動けなくなるほど絶望的だった。


 不思議なことに人間は、事故なんて、衝突の瞬間なんて見たくないはずなのに秋菊さんから目が離せなかった。むしろ教室で見た時よりもはっきりと、鮮明に映っていたかもしれない。今でも覚えているもの。ストップモーションのようにトラックが迫り、凍り付く彼女を。 


 けれど私が想像とは全く別の結末が待っていた。


 匙君が秋菊さんを反対車線まで押し飛ばして、代わりにあなた自身がトラックに轢かれた。鼓膜を裂くような轟音と共に、視界から消えたの。


 横断歩道に残ったのは、見ているだけで何もできなかった私と、飛ばされた衝撃で蹲る秋菊さんの二人だけだった。何秒か何分か分からないけれど、私たちはその場でただただ静止していたわ。


 加害者のトラックが器用にあなたを避けて立ち去った後、ようやく我に返った私たちは、真っ赤に染まる人影に駆け寄った。鮮血のデスマスクを被ったようだった……。


 私は口の奥まで出かかった酸っぱい液体を必死に飲み込んで、救急車を呼んだ。何て言ったら言いか分からなくて「とりあえず速く来て」と携帯に怒鳴りつけていたわ。そして、彼らが到着するまで必死に持っていたハンカチで止血した。


「シオンはその時どうしていたの?」


 秋菊さんはずっと額を地面につけて、泣きじゃくっていたわ。「私のせいで、私のせいで」って。そういえばその時「なんで、なんで匙が…」とも言っていたわ。頭を掻きむしりながら、精神崩壊を体現したように……。




「だから、図書室で匙君の様子がおかしくなったのは事故のせいだと思っていたのだけど……」

「そっか……。ありがとう、話してくれて」


 図書室での出来事と事故は関係ないのだけど、紫苑の事を語るには時間が少なすぎるので、申し訳ないがちょっとの間百合には勘違いをしてもらおう。


 終始瞳に涙を浮かばせながら、辛そうに話していた百合にポケットに入れていたティッシュを渡す。


「ありがと」と受け取り目じりに溜まった滴を丁寧にふき取る。


 きっとここで完全に涙を流してしまうと周りに変な誤解をされると必死に我慢していたのだろう。唇に残った歯型とそこからにじむ血が、彼女の苦痛を残していた。


 酷なことをさせてしまったけれど、彼女から得た情報はとてつもなく『鍵』に近づけてくれた事に間違いはないだろう。


 シオンは僕の事を知っていた。


 初対面のような反応をしたのは、おそらく彼女も僕と同様に事故日の記憶がないからだろう。シオンが紫苑かもしれないと一瞬頭に過ったが、多分否だ。


 メモリーは『記憶の欠片は、心の中に』と云っていたが、もし事故の記憶が「記憶の欠片」だとしたら、紫苑は僕を覚えているはずだ。そう信じたい。だからシオンは別人で隣の席で自己紹介でもしていたから、名前を叫んだのだと思う。


 自分を助けて誰かが死んだのだから、誰だって気が狂うのはおかしい事じゃない。それにどういう経緯か知らないけれど、自分を助けた人を救えるのならば代償を支払ってでも救いたいときっと僕も思えるだろう。


「もうそろそろ昼休みも終わるし、教室に戻ろっか」


 立ち上がった百合は「考え込んでるとこ申し訳ないけど」と笑顔で、空になった緑茶のパックを左右に振る。


「そうだね、ほんとありがとう」

「どういたしまして」


――キーンコーンカーンコーン


 計ったように鳴り響いた五分前の鐘は、僕たちを後ろから急かす。


 気付けば食堂の人は疎らになっており、残っている人も扉へ向かって一斉に歩き出していた。


「今日も、放課後図書室に行くの?」


 本校舎と食堂を繋ぐ渡り廊下で、百合は不意にそんなことを聞いてくる。


「行くけど、なんで?」


 僕たちは歩みを止めることはないが、少し彼女が僕よりも前に出る。


「そっか……私、ずるい事しちゃったな…」

「なんて?」


 どんどん小さくなる言葉を聞き取れず、僕は彼女の横まで歩みを進める。


「なんでもないっ」


 耳元で大声を出すので「うるさいなぁ」と僕は後ずさった。


「ごめんねっ!……ほんと、ごめん」


 いたずらに笑う彼女の表情が硬く感じたのは、気のせいなのだろうか。そしてまた聞こえない声量で何かを呟くがまた、大声を出されるのは困るのであえて確認しない。


 普段は大人しい百合が、今は妙な無邪気さで振る舞う。僕は、先行く彼女を心配しつつ足早に追いかけた。


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