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君は忘れない  作者: 哉城 弌花
第一章 「記憶の欠片は、心の中に」
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1-1

ゆっくり時間を見ながら更新していきます。

「なんで教えてくれなかったの?引っ越しをするなんて聞いてない!」


 僕、花濱はなはまさじは霞む彼女の後姿に思い切り叫んでいた。

 

 溢れる涙はもうそこまで出かかっており、赤いランドセルは形なく揺れた。

 

 周囲は色を失いもう僕の瞳に移るのは彼女だけだ。


「ごめんなさい。何度も言おうとは思っていたのだけれど、あなたを前にするとなかなか言い出せなくて……」


 近づいてくる少女、花巻(はなまき)紫苑(しおん)は今まで一度も見たことのない深刻な表情で僕の頬に手を添える。

 

 


 今日、帰りのホームルームにて担任教師が唐突に告げたのが紫苑の転校であった。僕は彼が口にした「転校」と言う言葉が何を意味するかを一瞬理解できなかった。

 

 なぜなら明日からもう紫苑はこの学校には来ないと言うのだ。それに僕は一度も紫苑の口からその言葉を聞いてはいない。いくら急だからと言って、事前に僕に教えてくれないとおかしいほどに僕は紫苑と親しいはずだ。少なくとも僕はそう思っている。


――何かの間違い。そう、言い間違いだろ。

 

 海の底へ沈んでいくように担任教師の言葉は重く鈍く僕の鼓膜に音が届かなくなっていく。

 

 噴き出してくる手汗を握り、恐る恐るゆっくり、ゆっくりと紫苑がいる窓際の後ろから二番目の席を見る。

 

 真実は残酷であった。

 

 紫苑の瞳ははっきりと「紫苑の転校」は事実だと、そう告げていた。


――嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。

 

 声にならない声が僕の心の中に爆音でなり響いている。

 

 衝撃による眩暈と吐き気、教えてくれなかったという事への怒りと不安。そして明日から僕の生活から紫苑が消える喪失感は心臓を握り潰そうとする。

 

 ホームルームも挨拶も終わり少しの間僕は動けずにいた。ランドセルに額を当てて、滴が垂れるほどにかいた冷汗はとどまることを知らなかった。

 

 起き上がったころには教室には、早く帰れと言わんばかりに冷たく僕を見つめる教師一人と机のわきに置かれた一枚のメモ。


『お話したいことがあります。公園で待っています』

 

 誰が書いたかはもうわかっている。僕は勢いよくランドセルを持って、公園へ必死に走った。

 

 


 そして現在に至る。

 

 喉まで出かかった声はいくら力を入れても声帯を震わそうとはしない。

 

 暖かく頬を包み込む柔らかい手のひらに心が穏やかにされていく。

 

 図書室で一人読書をしている紫苑を遠目に観察していた日々、勇気を出して「隣いい?」と声をかけて

「うん」とぶっきらぼうに答える紫苑。モノクロだった風景にポツンと紫苑だけが色付いていた。紫苑との時間だけが僕の唯一ある憩いだった。

 

 フラッシュバックする記憶が起爆剤となり涙腺の堤防が完全に決壊する。もうすぐ中学生になるのに、僕は羞恥心よりも悲しみが増さり号泣してしまう。


「あなただけね。私のために涙を流してくれるのは……そんなに泣かれたら私まで…」

 

 情けないが僕は何も言葉が浮かばない。直前まで何も教えてくれなかったという非難も別れを惜しむ悲哀の詩も、遠くへ行く友人にかける意気な言葉も何も…。




――場違いな「夕焼け小焼けの」メロディが鳴り響く。


 夕日はもう沈みかけており辺りはもうすでに薄暗いが二人の嗚咽だけがお互いの心情を表していた。

 

 しかし時の流れは止まりやしない。別れは刻一刻と迫っていることを理解していたのはおそらく彼女だけだったであろう。


「このままでいたいのは山々なのだけれど……そろそろ引っ越しの支度があるから帰らないと。だから最後に…」

 

 彼女は一度言葉を区切って深呼吸し、僕の涙を親指で拭った。

 

 本当に僕は男として情けない。


「ありがとう一人ぼっちの私に声をかけてくれて。私の友人になってくれて…そして…」

 

 涙でくしゃくしゃになった顔で月のような淡く、儚く輝いた笑みをつくって、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


 「ありがとう」は僕のセリフだ。紫苑のおかげで……君がいてくれたから…僕は……。

 

 終わらないでほしい。紫苑の声が終止符を示すとき確実に別れが訪れる。しかし、彼女から出たのは「さようなら」のような別れの言葉でも、「頑張って」のようにエールを送る言葉でもなかった。


「次会えた時、お互いを憶えていて、今みたいに想い合えたなら……私と結婚してくれませんか」

 

 僕は大きく、強く頷いた。頷くことしかできなかった。




――この時に見せた紫苑の笑顔を僕は一生忘れることはできないだろう。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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