1章 キャベツ畑で見る夢
キャベツ畑で赤ちゃんが収穫できれば、この世に男なんて必要ないのに。
まとわりついてくる男子生徒たちの視線を疎ましく思いながら、相田加奈子はもう何度目か分からないそのフレーズを胸の中で吐き捨てた。
自分が人並み外れて美しい容姿をしていることを、加奈子は自覚していた。自覚していたが、それをありがたいと思ったことはない。
加奈子の容姿に惹かれた男の子たちに秋波を送られることは日常茶飯事だったが、加奈子は男の子が好きではなかった。
男の子たちはいつも、加奈子が大事にしていたものを奪ってしまう。
小学校の時に仲良しだった麻耶ちゃんには、「加奈子ちゃんなんて大嫌い」と言われた。麻耶ちゃんの好きだった植木君が、加奈子を好きだと言ったからだ。
中学の時の洋子も、好きな男の子が出来ると、「加奈ちゃんはいいよね。何もしなくても、男の子に好きになってもらえて」と言って、加奈子から少し距離を置くようになった。別の女の子に「加奈ちゃんと一緒にいると、私は引き立て役でしかないんだよ」と言っているのを、たまたま聞いてしまい、またかと思った。
それまでは、仲の良い友達だったのに、男の子が絡むと、途端にみんな加奈子から離れていくのだ。
だから、加奈子は男の子が嫌いだった。
女の子同士の友情に見切りをつけて、男の子たちと付き合うという方法もあったかもしれない。けれど、加奈子はそうはしたくなかった。
男の子には、大事なものを『奪われた』という、恨みのような感情しかない。
高校生になってからは、男子たちには努めて冷たくあたるようにしていた。だというのに、加奈子は中学校の時まで以上に男子生徒たちからの告白を受けていた。校内だけでなく、他校の生徒からも。
男子生徒には冷たい加奈子も、女子生徒といるときには屈託のない笑みを浮かべている。とりわけ、親友の松島ルリといる時には。そのギャップに心惹かれ、その微笑みを自分にも向けて欲しいと思われていることに、加奈子は気づいていなかった。
加奈子だけが気づいていなかった。
加奈子は今、高校二年生だ。
幸いなことに。今のところは、女同士の友情に危機的状況は訪れていない。
加奈子が、ルリに心を奪われたのは、入学して間もない放課後のことだった。
校門の傍の満開の桜の木の下で、ルリは口元にうっすらと笑みを浮かべて舞い散る花びらを目で追っていた。
加奈子は思わず立ち止まって、その光景に見入ってしまった。
肩口までの、緩く癖のある柔らかそうな髪の毛が、風に揺れていた。
少し垂れ目がちの、優し気な顔立ち。
大人しそうだけれど、意外と意思が強そうにも見える。
舞い散る桜の中に立っているのに、水の中にいるようだと思った。
さしたる理由もなく、ただあの子と友達になりたいと思った。
けれど。その日は、声をかけることはせずに、桜を楽しんでいるルリの隣をすり抜けて帰った。もしかしたら、誰かと待ち合わせをしているのかも知れなかったからだ。せっかくの出会いを、誰か他の人間に邪魔されたくなかった。
それくらいならば。
この絵画のような光景を、ただ心に刻み込んでおこうと思った。
翌日から、加奈子は積極的にルリに話しかけ始めた。最初は戸惑っていたルリだったけれど、すぐに受け入れてくれるようになった。
そうして、二人は。
大の親友になった。
なったと、加奈子は思っている。
今までの二の舞にならないことを、加奈子は心から祈った。
こればかりは、加奈子の努力でどうにかなることでもない。
事態はいつも、加奈子があずかり知らないところで進行するからだ。
だから。とにかく祈るしかなかった。
誰かに壊されたくなかったし、誰にも奪われたくなかった。
せめて。高校を卒業するまでくらいは。
「あれ? これ、どうしたの? 前から、こんなの持ってたっけ?」
休み時間。
開いたままのルリのペンケースの中に見慣れないものを見つけて、加奈子はそれを指先でつついた。
くすんだ緑色をした三日月形の石。勾玉、というヤツだ。
昔、親戚のお姉さんに、こんなお守りをお土産にもらったことがある。
「ああ、これ? 実をいうと、昨日の帰り道で拾ったんだ。何ていうか、呼ばれたというか、目が合った気がして」
「目って、コレのこと?」
片方の先端に空いた穴を爪先でツンツンと突くと、ルリは顔を赤くした。
「比喩的表現ですっ!」
「ごめん、ごめん。分かってるって」
別にからかうつもりで言ったわけではなかったけれど、これ以上機嫌を損ねたくなかったので、素直に謝っておく。
ルリは加奈子を軽く睨み付けてから、心配そうに眉をしかめた。
「今更、言うのもなんだけど。こういうの、拾ったりするの、良くなかったかなあ?」
「う、うーん。まあ、もう拾っちゃったんだし。あんまり気にしない方がいいんじゃないの」
確かに、落ちていたお守りを拾って使うというのは、あまり縁起が良くない気はする。ルリが勾玉を拾う時に立ち会っていたならば、きっと止めていただろう。けれど、既に拾ってしまったものは、今更仕方がない。
「そ、そうだよね? うーん、でも。帰ったら、念のために塩もみしておこうかな。お清めって、普通のお塩でもいいのかな?」
「いいんじゃない。どうせなら、一晩塩漬けにしておけば?」
「そっか。そうだね。そうする。なんか、効果ありそう」
「勾玉の塩漬けとか、持ってたら、なんか常にお茶が飲みたくなったりしそうだけど」
「それは、微妙に嫌な効果だなあ・・・・」
とりあえず、不安は消えたようだ。
ホッとして笑うルリを見て、加奈子も唇をほころばせた。
こういうのは、不安に思う心がよくないものを呼び寄せるのだ。
気にしなければ、何も起こったりしない。
この時、加奈子は。
そう信じて疑わなかった。




