12章 疑惑
青柳商店街を歩きながら、加奈子は何をどう話せばいいのか、思い悩んでいた。
勢いに任せて、愁の通う西条高校に突撃し、呼び出したはいいものの、一晩経ったら少しは頭も冷えてきた。冷静になったところで、一之瀬愁は本当に信用できるのかどうか不安になった。
愁と同じ中学の子なら何か知っているかも知れないと思って、ルリには内緒でクラスの女の子にそれとなく聞いてみたところ、運よく愁と同じクラスだったという子に話を聞けた。
一之瀬愁は小学校の頃に両親を亡くしており、親戚の家に居候していること。その親戚の家は、早死にの家系で、占いやお祓いなどを家業にしているせいもあってか、地元では呪われた一族などと噂されているらしいこと。
そして、一之瀬愁本人は、そんな生い立ちのせいもあってか、中学ではあまり人付き合いはせず、一人でいることが多かったこと。
ああ、それで。
呪いの勾玉なんて単語がするっと出てきたのか、と加奈子は妙な納得をした。
だったら信用できるのかも、と思いかけてすぐに考え直す。
家業ということは、金銭が絡むということだ。
彼を頼って、後から金銭を要求されたら、それは女子高生に払える金額なのかどうか。それにだ。もし、その家業とやらが詐欺まがいのものだとしたら、騙された挙句にお金だけ取られるということにもなりかねない。
人を騙すようなタイプには見えなかったけれど、油断はできない。
信用できるのかどうか判断するためにも、もう少し詳しく聞きたかったのだが、その子もそれ以上のことは知らないらしく、他には、良くあたると評判の占い師がいるということしか分からなかった。
自称霊感少年の親切の押し売りとどっちがマシだろう?
つい、そんなことを考えてしまう。
身の回りで起きた三つの事故が呪いによるものなのかどうかは、まだ半信半疑だった。
昨日はさすがに動揺していたから、本当に呪いかも知れないと思って、西条高校まで押しかけてしまったけれど。一晩寝て起きたら、やっぱり呪いなんてあり得ないという気がしてきた。
あの時、ルリが笑ったように見えたのも、気のせいかもしれないと思った。実際、その後のルリは顔を真っ青にして、心ここにあらずの状態だった。加奈子はむしろ、そのことにほっとした。
ほっとしたのだが。
今日のルリは、昨日とは別人のようだった。
昨日はあんなに青い顔をしていたのに、まるで何事もなかったかのように清々しい笑顔で挨拶をしてきて、いつもと同じように振る舞っていた。一連の事故が起こる前のような、いつも通りの態度に、加奈子は違和感を覚えた。
最初の事故の時も、次の時も、しばらくの間は塞ぎ込んでいたのに。
幸いにも、永沢先生は、一命をとりとめたとのことだった。ただ、顔に傷が残るかもしれないという噂が出回っていた。生徒が噂しているだけなので、本当かどうかは分からないが。
結婚前の女性が顔に傷が残るかもしれない怪我を負ったというのに、日頃の行いが祟ってか、永沢先生に同情的な生徒はあまりいないようだった。
どころか、天罰が下った、などと言っている生徒もいるくらいだ。
だが、それにしても、ルリの態度は腑に落ちない。
ルリは、そんなタイプではないはずだ。
たとえ、ほんの一時、いい気味だと思ってしまったとしても、すぐにそんな自分を恥じることが出来る、そんな子だ。
だから、不可解なのだ。
呪いなんて信じたくないけど、でも、呪いが介在しているのでもなければ、ルリのあの態度はあり得ない。
呪いのことも愁のことも、どこまで信じていいのか分からなかった。
ルリのことを話すかどうかの決心がつかないまま、加奈子は待ち合わせた喫茶店のドアを開けた。
本音を言えば、もうすっぽかしてしまいたかったけれど、自分から呼びつけた手前、そういう訳にもいかなかった。
この間同様、喫茶店の中は閑散としていた。
いつもこうなのか、偶々そういう時間帯なのか分からないが、どちらにしても加奈子にとっては都合がよかった。
前と同じ、入り口近くの席に目をやると、驚いたことに愁が先に来ていた。
西条高校は、青柳駅から一駅向こうにある高校だ。授業をサボったりするのでなければ、加奈子より先にここに着いているわけはないのだが、まあ、そこは追及しないことにした。
愁はもう注文を済ませてしまったらしく、テーブルにはコーヒーが一つ置かれていた。加奈子はカウンターの向こうにいる初老の店主にコーヒーを頼んでから、愁の向かいに座る。
「昨日、うちの学校で起きた事故のことは聞いている?」
「また、何かあったのか?」
席に着くなり、挨拶もせずに話を切り出した。何をどう話すかは決まっていなかったが、なぜかスルリと言葉が出てきた。
愁は驚いて腰を浮かせかけたが、すぐに我に返って、また座りなおす。
まだ愁の耳には入ってないようなので、とりあえず事故のことを話してやる。
ちょうど話が終わったところで、加奈子の分のコーヒーが運ばれてきた。
何もいれずに一口飲んでから愁の様子を窺う。
愁は、血の気の引いた顔で加奈子を見つめていた。チラリと視線を走らせ、カウンターの向こうに店主が戻ったことを確認してから、この間と同じ質問を口にする。
「ほん・・・とうに・・・・・勾・・・玉を、見てない・・・のか?」
掠れた低い声。探るような眼差し。
演技とは思えない。
それに、ペテンにかけるつもりなら、勾玉を知っているかなんて確認してきたりせずに、これはナントカの呪いだと勝手に断定して、その上で何かお清めグッズ的なものを買わせようとしてくるのではないだろうか?
愁はただ、一連の事故に勾玉が関与しているのかどうかを探っているだけのように思える。
思えるけれど。自分のことではないだけに、加奈子は慎重になった。
変な風に、ルリにとばっちりが行くことだけは避けたい。
「ねえ。三件の事故が、本当に勾玉の呪いのせいだとして、そうだとしたら、どうなるの?」「どうなる・・・とは?」
「その・・・・勾玉の、持ち主は・・・・」
こんな聞き方をしたら、加奈子が勾玉を知っていると感づかれてしまうかと懸念したが、迷った末、聞いてみることにした。
疑われるのが自分だけならば構わないと腹をくくった。
「俺も、そんなに詳しいわけじゃない。でも、事故が起こるたびに、怪我の程度がひどくなっているなら、段々、勾玉が力をつけていってるんじゃないかと思う。何の修行もしていない普通の人が、あまり力を使いすぎると、最終的には持ち主自身も勾玉に取り込まれてしまうって聞いている」
漫画かアニメの話でもしているかのような内容だが、愁は真剣だった。
「取り込まれるって、どういうこと?」
コーヒーカップを両手で握りしめる様に持ちながら、加奈子は尋ねた。喉がカラカラだったが、カップの中のコーヒーを飲む気にはなれなかった。
「言葉通りさ。身も心も取り込まれて、勾玉の糧となる。死体も残らない。持ち主は消えて、勾玉だけがその場に残される」
詳しくないという割には、まるで見てきたかのように愁は語った。
取り込まれて、何も残らない。消えてしまう。
消えるって、どういうこと?
もしも、ルリがまだアレを持っているのだとしたら。
(だとしたら。一体、ルリはどうなってしまうの?)
いつも通りだったルリ。いつも通りだったからこそ、本来のルリではないように感じた。
それは、つまり。
もう、心を取り込まれてしまっているからではないのだろうか?
恐ろしい考えに、加奈子は喘いだ。
そんな加奈子を、愁はヒタリと見つめた。
「俺は、それを見たことがある。俺の父さんと母さんは、勾玉に殺されたんだ」
「・・・・・・・・・・・分かった。知ってることを、全部、話す」
愁の目の奥底に、仄暗いものが揺らいでいるのを感じて、加奈子はようやく心を決めた。




