ようこそ、私達の街へ
Tema 『街』 〜Bad Kind〜
用法容量を守り正しくお使い下さいと書かれた鎮静剤を眺め、はてこれはワタシには役に立つのだろうかと首を傾げたワタシを、ワタシ自身、阿呆だと思った。
御深市、なる街らしい、ここは。
ワタシ、ことリティアル・デュルルリアはとりあえず、人間ではない。
首が取れます。……でも幽霊ではない。
迷子です。違った、それは現状。
たぶん、デュラハンと呼ばれる妖精――うん、実はさっき立ち読みした本の受け売り。
だって、判らないんだもの。
日本語はペラペラ流れてわからないし、でも文字は読めるのはさっき立ち読みしてわかったから、そのうち日本語も……
駄目だ、自信ないし。
お腹が空いたから、入ったドラッグストアで、何か買おうと思ったら、通過が違うし。あ、ワタシはアイルランド出身です。
お財布……アレ? 無い……
……あぅ――
「……ぁん?」
ガラの悪そうな人登場!
日本人なのにアレです! 金髪、さらに紅い! ライダースーツ紅い! ついでに跨ったバイクまで紅い!
『なんだコイツ』
怪訝そうにワタシを見つめてキャ〜〜〜!
きっと薄暗い路地に連れ込まれて、あぁ〜んなことやこぉ〜んなことや、アレコレアレコレいやぁ〜〜〜んに!
皆さん、デュラハンだからって返り討ちにできるとかお思いでしょうが、ワタシにはコシュダなんとかと言うお馬やら、闇属性とかじゃないんです! 首が取れるのと誰かの死期をなんとなく感じるだけ〜〜〜
わ、ワタシに触れられるとか、見つけられる時点で……
『妖精、っぽいけど――あの刀姉ちゃんが言ってた、悪霊?
いや、死精に近いのか? ……なんか泣いてるけど、おいお嬢ちゃんって――俺の容姿じゃまじぃな』
な、何かしゃべって言い寄ってくる! あ、止めた――混乱中?
(明らかにそれは貴女よ)
『……(まぁ、余計なお節介焼くのもアレだよな。困ってるかどうかなんて)』
『あぁ〜、カツアゲしてる〜〜。い〜や〜や〜こ〜や〜や〜、せぇ〜んせ〜に〜いぅたぁ〜ろ〜♪』
なんか変な人増えた!
今度はおじさんだぁ! 変なおじさん、真昼間なのに着流しだ! 和風なおじさん。足裸足だぁ〜〜〜!
『げっ、大道の糞爺』
『誰が爺か。齢二十四の美男を前に』
『誰が二十四だ、誰が? 俺が高校の時分に既に二十四の癖に――』
なんだか不良君が、オジサンに――こ、これが日本のカツアゲ、と言う奴?
『あと娘さん――テクマクマヤコン〜〜〜♪ で良いのかな?』
「はぇ?」
てくまくまやこん、って何?
「……おい、爺、何しやがった?」
「いや、お節介焼くのに困ってたんだろう? 金網を張ってあげたのさ」
「意味わかんねぇよ!」
「お節介もちを素手で焼く気かい? いくら腕っ節がウリでも適材適所があるでしょう。
多分、ボクは君と彼女を繋ぐために出てきただけの出場亀だよ。
さぁ、熱い恋でも焼き上げたまえ」
(大正解。貴方がいないと進まないわ)
「誰が焼くか!」
「おや、銀髪には萌えないのかい?」
「 燃 え な い ! 」
「えっと……あれ?」
なんだか、さっぱり何ですが。――いつの間にか、多少の理解が。
「あん? 日本語喋れたのか?」
「え? ……あれ?」
「ね? いい金網だろう?」
「ご都合過ぎるっての! いったい何しやがった!」
「精霊の構成情報って書き換えやすいんだよね〜」
「ちょっと待て! 書きかえってなんだ! 何でもパソコン用語とか小説用語使うんじゃねぇ! 日本語で判りやすく喋りやがれ!」
「日本語って限界があるんだよねぇ〜」
「次は殴る」
「嫌だブルギュンッッッ」
ワタシはその場から逃げ出した。
どこをどう走ったか。商店街を抜けて、公園へ――まだ年端もいかない子供たちと、その母親たちが日向ぼっこに――
うわぁ、何か若いお母さんばっか――
(というより、外人の貴女は普通に浮いて見えるから)
場違いな雰囲気に駆られつつ、私は近くのベンチに――よかった、私以外にも一人の人が居た。
艶やかな黒髪を乱雑に伸ばした、メガネの女の子。いや、女性。
たぶん若いんじゃないかな、日本人は見かけによらず、高齢な人とかいるし。基本的に若く見えてしまうの。
物静かそうで、清楚な雰囲気を漂わせ、手にした本を微細な動きもなく、緩慢に熟読している。
絵になるなぁ〜と、純粋に思った。
綺麗な人が、静寂に包まれたまま本を読みふける。時たまなでる微風が彼女を揺らし目に掛かる髪を少しだけ押さえる。
絵にするなら、『蒼の静寂』。
「……あのおねえちゃん、ニタニタして気持ち悪い〜」
はぅ!? ……子供がこっち見てるぅぅぅ!?
「駄目よ! 龍太。す、すいませんねぇ〜」
無論、私はドギマギしながら逃げ出した。
〜〜intermission〜〜
仮に蒼の娘、と絵画のような娘を呼称するなら、蒼の娘の、今しがた逃げ出した銀髪の娘に対する感想は――
(精霊界から堕ちた感じね。何がどんな波長で繋がったかしらないけど――)
それから、小さくため息。
ただし、常人にはわからない。
娘は常に、書に依存している。内容はこうだ――
「さて、肝心の助かる方法だが……『この話を聞いた奴は、皆すぐに死んでしまいました。助かる方法は、一つもありませんでした』とさ!」
若い車掌の鼻先に向かって、話が終わると同時に引き金を引いた。
――――何度も読みなれた、100年前の米国を舞台にした、群像劇――
(そう言えば、あの精霊――名物二人に出会ってたわね。父さんに出会ったら、まぁ助けて貰えるか)
あの精霊ことリテュアルが次に出会う人物――逃げた先と、その先をライフワークに使用している一団を、一瞬で組み上げ――
(あっち……まぁ、いいわ)
と、再び意識は書物に飲み込まれていった。
〜〜end〜〜
少し広い公道に出て、次に体の大きい人にぶつかってしまった。
少し野太い声と、私のきゃふっと言う声が響き、私が倒れる前に――
「大丈夫かい、お嬢さん」
……頬に傷のある、とてもとても往来では、「真人間です」なんて言えそうも無い、頭に「ヤ」……もう説明がいらないですねってきゃぁぁぁ!? なんでなんでなんで!?
(彼女は知らないのである。彼女が逃げ出した区画は、学業区。
小中学校に加えて高等部が居並ぶ、特殊な区画。
中には彼らを支える商業区の一部があったり、この街のほぼ中心区画であることを。
さらに言うなら、このあたり一帯を仕切るのが、なぜかヤ〜さんだったりとか)
「新田さん、その子、ガイジンさんですよ」
「んなこと言われんでもわかってる」
「いや、言葉通じるんっすかね?」
コクコク、主張。
「あ? お姉ちゃん、わかるの? アデェッ!」
「馬鹿言え。怯えてんだろうが」
そりゃそうだ。私は一人――向こうは1 2 3……なんでやーさんって群れるの? ジャパニーズマフィア怖い〜〜〜!
「……なんだ、カツアゲか?」
――戦慄。
なんか、さっきもこんなこと、あったような――
……振り向けば、警察さんがいた。えっと、白いヘルメットに、俗に言う、白バイ?
「おっと、これはこれは狩ヶ原の人」
とたん、私を支えていた人が手を離し、口調を変えてこの白バイの人に向き直る。
「その娘は何だ?」
「知りませんよ。急にぶつかってきたんでね」
周りの連れさんたちは、こぞって頷いて……アレ? 固まってない?
「……で、そちらのお嬢さんは、それでいいのかね?」
コクコクコクッ!
「ケッケ、狩の旦那だって怖がられてアデェ!」
「黙ってろ、馬鹿」
隣の人、殴られてばっか。
(こういう人を、殴られるために用意された人って言うのよ)
「……ふん、事情は署で聞きたいところだが」
「ごぉぉぉるわぁぁぁ! 斬次ぃ〜! また何かやらかしたきゃぁぁぁ!」
っと、旦那とか新田とか呼ばれていた大柄さんが、か細くて白い、ついでに学生服の少女の、華麗なドロップキックにけりだされて、車道に出た途端、タイミングよくバイクがやってきて「やっべ!?」と、……次の瞬間、バイクが飛んだ。
!?
ドロップだけでもすごいのに! バイクがウィリー走行――前輪を持ち上げて走るアレをしたと思うとスピードを上げて、おじさんの体の真上を――、本当にぴょ〜〜〜んって、飛び越えて「バッキャロ〜! 俺でなかったら引いてたぞ! ボケェ!!」と叫び去ってしまった。
「……うっわぁ、山上の兄ちゃんの方、ごめん」
手を合わせて、バイクの方に合唱。
「お、お嬢様? お、俺には? 俺には!」
「おぅ、斬の字、カツアゲはよくねぇぜ」
何ていうか、ヤクザの娘さんって感じだった。
打ち解けた感じとか、蓮っ葉な雰囲気とか、ついでになんでか清楚で整った制服。
赤と黒のプリーツスカートに黒地に赤ラインのベスト。ネクタイだって黒目の赤と、派手さの無い赤色が黒の高級感とあいまって、落ち着いた、けれど弱さの無い快活さを秘めたような、すっと落ち着いた雰囲気を出していた。
「往来で暴行事件をやらかしてどうしたいんだ。荒谷の娘」
「やぁ〜ねぇ〜! 狩のおじ様ぁ〜。 ……って世間話交わせる雰囲気じゃないわね。私の学校にも回ってたし」
「だったら少しは自重しやがれ。あと、今のは見逃せんぞ」
「わぁ〜ったわぁ〜った。私もちょっくらそっちに用があったんだし。怒られるのは子供の特権だい」
「ちょ! お嬢様!」
「私の護衛はこの逞しい、狩のおっちゃんに頼むのよ。って〜か、仕事無いんだったら、アンタたちは別の見回りしやがれってんだ」
「待ってください。俺の方は無事です。今のは――」
「うっさいよ、新田。大丈夫大丈夫、せいぜいお説教程度でしょ? 爺さんの説教に比べたら、釈迦にポルノ、馬の耳に鼻水。
それよりおじ様、どこまで捜査は進んでる? ウチの娘らに手を出したんだ」
「その捜査に関しては、一般人に教える義務はない」
「そうそう、んじゃ、署に行って話を聞かせてもらいましょ!」
と、ヤクザさんのバイクからヘルメット掻っ攫って――
「あ、ノーヘルで運転しちゃ駄目だからね?」
……言うべきキャラが間違っている。
そう言って、白バイの人はやれやれと肩を落とし、「あ、私の胸、そんなに小さい?」「違うワイ!」、私の前の人々は、『狩ヶ原いつか殺す!』と殺気立っていました。
「仕方ないな。お前ら、各自自分の見回りに戻れ。バイクは俺が運ぶ」
「いえ、兄貴はお車で。俺が運びまっさぁ」
「いや、俺はこっちのお嬢さんをお送りする」
「あ! それ俺が貰おうとヘブシッ!」
今頃なんか、「あぁ、これが彼らなりのスキンシップなんだなぁ」って気づきました。
って、私のことじゃないですか!
「で、お嬢ちゃん、名前聞いて……」
言い切られる前に、脱兎のごとく逃げ出しちゃいました。
何処をどう走り回ったのか、交差点が多くて、思わず路地裏に逃げ込んじゃって――嫌な予感がした。
ので、さっさと路地裏から逃げ出した。
あの会話、ただ黙って聞いていたわけではない。何か、不穏当な気配がする。
……と、細い路地を突き抜けようとして、先ほどと同じ制服を着た二人の娘が、話しながらすれ違った際――
「困りましたね」
「なぁ〜にぃ〜がぁ〜? 先〜輩?」
「この街の治安の悪さです。何だって通り魔などをのさばらせておくのでしょうか?」
……通り魔?
二人は遠ざかっていく……
〜〜intermission〜〜
ある女子高生の会話。
「のさばらせておくのでしょうか?」
「あ〜は〜は〜? 先輩ぃ〜〜〜? 『襲われたから』って怒りすぎ〜」
「怒りはしませんが、憤りは感じます。犯罪件数が全国一位、だったのは昔の話では?」
「はっはっは、ではまだ二位か三位くらいの酷さ〜〜〜ってことでぇ〜」
「猫頭の貴女にしては、上手なことを言いましたね。そうですね……。
最近頭角を現した、熊殺しの地上最強の白バイさん。
100人切りを成したこの地のヤクザ、新田斬次。上手い名前ですね。
サウザンドリッパーズをたった一人で壊滅させた、山上紅明。
嘘か真か、闇夜に現れてはゴロツキを血塗れに変える、The Death。
といっても、見た人が姿形がガイコツで大鎌もっていたというだけで、死神のコスプレとも考えられますが」
「なんか、最後はウチの『アニキ』がやぁ〜りそ〜〜〜」
「『あの人』は常に変態でしょう。……あの人に関しては説明不要でしょうね」
(では、説明要の上位について、いや必要も無いか。その座右の銘だけで、何をしたか現されているし)
「これだけ『化け物』ぞろいの街で、『犯罪を犯そうと言う挑戦者』は初めてです」
「あ〜は〜は〜〜〜……そう言えば、先輩も強かったっけ?」
「剣道を嗜んでいただけです。使用したのは物差しですが」
「物差しで撃退するだけでもすごいですよ〜〜〜?」
「あなたは、逆に殺し返しそうですから止めなさい。あと、手のナイフをお手玉にしようとしない」
「だぁ〜ってぇ〜〜〜 もう、人気のない場所でしょう?」
「あのねぇ、『囮』の意味がなくなるでしょう?」
〜〜end〜〜
……通り魔って、どうしよう?
私、精霊なのに……あ、でも精霊だからいいのか。人間怖いし。
……なんで私、人間の世界にいるのよ〜〜〜……
「ママ〜、あのおねえちゃん、泣いてるよ〜?」
「失恋でもしたんでしょ。さっさと行きましょ」
……そこの子供、母親を見習うなよ。
「あの? どうか、しましたか?」
救いの手を発見! 嗚呼、人間って優しいわ――
救いの女神は綺麗な黒髪を流した、可愛らしい女の子。嗚呼、抱きしめていいかしら?
「とっても救われたって顔してますが、落ち着いてくださいね?」
少し困惑気味で、私は情けない顔をしていたのではと、近くの交差鏡で自分の顔を確認。
……私、今日泣いてばかり?
「私は、美羅。美しい羅と書きます」
「あ、わ、わた、私は――リテュアル」
「リテュアル? ……どちら方面か存じませんが、ではリテュアルさん? どうして泣いているんですか?」
え? ……あっ――
思えば、簡単な理由で、情けなくなってしまった。
「ま、迷子ー―」
〜〜〜〜
「……それでは迷子で泣いていたのではなくて、怖かったから泣いていたんでしょう?」
「はぅ、……はい」
気が付けは、さっきの公園のベンチの上。さっきのお姉さんはもういない。
今日あった出来事を思い返したら、本当に怖い思いしかなくって――
本当、自分より年下の女の子に身の上話とか――ああ、何て大人びた子なんでしょう。
「でも、貴女が出会った人々には、多分、心当たりがありすぎます」
「あ、ありすぎるんですか!」
「ええ、この街の名物さんたちですもの。
喧嘩用人型決戦兵器だとか、
ブルーアイズアルティメット白バイとか、
『らんらんる〜のヤクザさん』とか」
「ら、らんらんる〜?」
「以前、何かでマクド? か何かのバイトで道化やって、小さな子供には好かれてるんです。その際、大喧嘩があって――それ以来ですか、100人切りとかかっこいいヤクザ呼ばれ方したのは」
子供たちが、将来ヤクザになるんだ! ってお母さんたちを困らせたりしたんですけどね? と、少女は軽やかに微笑んで言う。
そうだ、ということは
「あ、あのヤクザさんとお知り合い?」
「私はお話したことは無いです。ただ、ウチの兄が――嗚呼、ウチの兄も名物といえば、名物ですね。今、リナっちと買い物でもしてるのでしょうが」
「お兄さんが、いるの?」
「はい。一番出会ってはいけません」
きっぱり、言われた。
「……兄は、一番、滅多に出会えないといえば出会えないですが。もう都市伝説にされるLvなので」
と、少女らしからぬ、諦観というか、遠い目と言うか、茫漠とした表情のまま。
「通称、『歩く黒猫』『絶賛不幸販売中』――何やっているか知らないですが、『人が不幸に陥っている状況下』に颯爽と現れて、解決して去っていく、ウチでも何遊んでんだかさっぱりわからない人物でして――」
すっごい、見る見る頭痛のポーズに変わってしまった。
とりあえず、危険人物がまだいると――
「……一見、危険な状況下で颯爽と現れて、格好よさそうですけど騙されちゃ駄目ですからね? 靜兄さんは、ぶっちゃけそういうタイミング、【最悪なタイミング】でないと、助けてくれないですから」
「さ、最悪――」
「私たち身内では【最強最悪】って呼んでます」
「さ、最強最悪……」
「殴っても蹴っても刺しても撃っても死なないことがウリです」
ここでお嬢ちゃん、ガッツポーズ……あ、自分の行動に照れちゃった。
「コホン、と、ともかく――自分の家、わかります?」
「わから――」ないと言い掛けて、自分が精霊だったのを思い出し――
「だ、大丈夫、ちゃんとお家に帰れるわ。あ、あの、ありがとうね? 本当にありがとね? そいじゃねぇぇぇ〜〜〜」
なんだか、私逃げてばっか――
〜〜intermission〜〜
「……心配だな〜」
と思いつつ……
(心配ね)
「でしょう? あれ、リナもしかして」
(うん、ずっと見てた。気づいていた)
「だったら助けて……そっか、精霊さんでも、アナタは見えないんだっけ」
(そう――ちょっと悔しい)
「そうねぇ」
携帯電話――13のボタンを押して――
「ねぇ、兄さん――」
〜〜〜intermisson〜
人通りが多いのを選んで、進んでいたら――突然口元を押さえられ――
「う、動くんじゃねぇ! このアマがどうなってもいいのか!」
ニット帽にグラサン、濃い体臭――アア、不審者最低……
「人質とは、迷惑この上ないですね」
「にゃ〜〜〜先輩ぃ〜、ごめん」
「仕方ありません。一般人まで巻き込んでしまっては――目的の遂行にはなりません」
「にゃ? 逃げる?」
「……警察を呼んで、ですが――私たちが襲ったのは、内緒の方向で」
「ゴルワァ! 手前ぇらとっとと手を上げて、地面に手をついて、動くんじゃねぇ!」
「……いったい、どれをしろと言うんですか、アナタは」
と、長い髪の女子高生と、猫みたいなさっきの女子高生が呆れたように木刀とナイフを路地奥に捨てて、手を上げたまま地面に伏せて動かなくなる。
「ケ―――ッハッハハ、ひひひひひ。そうだ、それでいい」
「何が良いんだ――」
……嗚呼、何処かで聞いたドスのある声。
不審者の背筋が凍ったのが判った。
「ちょい、子小美じゃん――珠ち〜まで――どういうことだい?」
白バイに跨った、いかつい警官と、ヤクザの娘――
白バイさんはバイクのキーをさしたまま、ヤクザ娘は拳をポキポキならして、
「確か、子小美? アンタ襲ったのはコイツ?」
「ええ。今回は撃退しようと」
「お、お前ら学生――」
「狩ヶ原のおじさまですね、お話はかねがね。あとでお話いたしますので、今は応援を」
「もう呼んである。――で、そこのナイフ所持の男、一応、言っておく。ナイフを捨てて、両手を挙げろ」
何この怒涛の急展開……いぃぃぃ〜〜〜〜〜
不審者さん、私が軽いのに気づいて、私を抱えて逃走! 路地裏に入り込んで、バイクを巻こうと――
「警邏を、舐めるな――」
!? 追いかけてきたぁぁぁぁぁ!!
「ニギャァァァァァァァァァァァァ!」
これは、不審者の悲鳴! だって、サイドミラーガスガス削って、スレスレ路地を爆走――あ、このまま私、ひき殺されるんじゃ――
「おじさん! あのひと轢き殺す気?」
「このまま逃がせばもっとまずい! 止まれ! 止まらねば殺す!」
警察が殺すとか言ってるぅぅぅぅぅ!
「あ、荒谷の娘、今の黙っとけよ」
「いいよん♪ お小言チャラね?」
路地終了――誰かに激突!
あ、なんかデジャブ……
「なんだ、おめぇ――」
「ナイス! 新田! そいつにヤキいれたれ!」
「一般人、手伝え! 銃刀法違反者だ!」
「はぁん? あんたが、例の通り魔か――」
私の首筋に、ナイフが――さらに触れてる触れてる――ふ、ふぅ、ふぅぇ〜……
「ち、近づくんじゃねぇ! この女ぶっ殺すぞ!」
「その前に、俺が手前ぇをぶっ解体すぞ?」
バイクのマフラー音――
私たちの背後で、最初にであった不良な紅い人――何だか物凄い怒り形相で、――スタートダッシュ決めようとしてません?
「おい、ライダーの紅は、弾丸より早く、バイクを突っ込ます男だからな――あと、手加減無いことで有名だ」
ヤクザのおじ様、知らなかった解説有難う。私巻き添え!?
「お嬢、突撃したら首すくめな――怪我なしでいたかったらな」
ライダーマン、突っ込む気満々だぁぁぁぁぁ!
「馬鹿野郎! 人質優先だろうがぁぁぁ!」
白バイさん、助けてぇぇぇぇぇ!
(むしろ、今助けてぇ〜と、叫びたいのは、通り魔さんじゃないかな。残念ね――)
交差点――前門にはライダーさんに、後門にはヤクザさん。
隣からは女子高生と、白バイさん――
ねぇ、犯人さん? 諦めてくれない?
「……うぅ、うううう動くんじゃねぇ、ぜ、ぜぜぜぜ全員、腹ばいになってしゃがめやぁ!」
「断る」
……?
そ、そう言えば――
なんか、私――
【不幸】じゃない?
「紅に狩のおっちゃん、新田ちゃんに武装女学生ズ……なんだい、運がねぇな――通り魔のおっちゃん」
「あ……あへ?」
その人は――電柱の上に、突っ立っていた。
全身黒衣、手袋からブーツまで全部黒。フードの紐と胸のチャックにシルバーアクセサリーを施す以外――いや、一番おかしいのは、顔――
目元に、鉢巻を巻いている。これも黒い鉢巻で、素性は伺えない――が――
口元は、凶悪に笑っていた。
「て、手前ぇ! 靜聖夜!」
「聖夜の旦那!」
「チィ、またろくでもねぇやつがしゃしゃり出やがって! ここはお前の出番じゃねえ!」
最強を詠われた三人が、こぞって叫び――黒衣の怪人は電柱から、軽く飛び降りて――
「お姉ちゃん? 精霊だってこと忘れてるっしょ?」
「へ?」
……あ、そうだ――
私、デュラハンだったんだ。
拳が、どこを狙ってるか――私、首取れたっけ。
メゴリッ――
私の首上をすり抜けて、怪人のパンチが、通り魔さんの顔面を貫いていた。
「ほいよっと――一般市民、みごとに犯人逮捕にご協力させていただき――」
「黙れ! 連続殺人鬼!」
いやぁぁぁぁぁ! 拳銃構えないでぇぇぇぇぇ!
「聖夜の旦那! まずいっすよ」
ヤクザさんが下手にでてるし? 何この怪人――
「……でさぁ、デュラハンレディー」
なんだか、世界が反転してる。
「首、自分で取ろうよ?」
……あ”
〜〜〜〜
「本当に、本当にありがとうございます」
さっきの公園。
目の前には、私の愚痴を聞いてくれた、心優しい少女と――見知らぬ黒い女の子。
ついで、さっきの怪人さん――は、現在変装? を解いて、普通の好青年に転じている。
……変身癖とは、また難儀な――
「デュラハンガール? 何か失礼なこと考えてるだろう」
「靜兄さん! ……あの、靜兄さん、人の考えが表情で読めるらしいから、気をつけてくださいね?」
……すごい人だぁ!?
そのすごい人に、首と体を抱えられての、救出劇は――今は別に語らなくて良いだろう。
なにせ、最強の白バイさんと、最強のライダーさんと、最強のヤクザさんとチキンレースをし、見事逃走しきったのだから。
……でも、ビルとビルを飛び越えるのは、もう止めてくださいね? 首落とされかけて、死ぬかと思いましたから。
「で、精霊さんなのはいいけど、帰り道とか、わかります?」
「現在、この市、一帯がろくでもない坩堝――混沌の渦と化していますから、アナタみたいな、邪精も引き寄せて――」
「じゃ、邪精!」
黒い女の子、なんか酷ぃ!
「だって、人の死を告げる精霊さんでしょう? ……アナタには見えるはず、誰が、これから不幸になるのかを――」
え――
!?「ぶぅ!?」
「きゃぁ! 汚い!」
「あぁぁぁ! ごめんなさいごめんなさい」
思わずおつゆを、優しい女の子に! って、何で!
「あ、あのお、お兄さん!」
「靜聖夜。靜でいいよ――聖夜はメリークリスマスだけど、そうは呼ばないで。聖夜に失礼だ」
こ、このお兄さんに死期とか死の気配とか、死亡カウントダウンとか、もろもろ、盛大に、大パレード、出血大サービス中にどろどろしているんですけど!
「あっはっは、やっぱなぁ〜〜〜。さすが、不幸将来体質」
「そんなレベルじゃないでしょう、兄さん。まぁ、殺しても死なないのは事実ですから」
「そんなレベルじゃないですよ! 今生きているのが不思議なくらいですよ!」
普通、これだけどろどろしていたら、精神にも異常、欝やら自信喪失とか、心身ともに衰弱している――この人はそんな気配が一切無いのに――何、この矛盾――!
「まぁ、色々やらかしてるから。心霊、神霊、推理、魔術、サスペンスにラブロマンス、あとは学園事故にエトセトラ……」
「全ての世界に精通する、万能者――それが、靜聖夜。私の、最高の守護者」
と、黒い少女が、靜さんの手を握り締め、私を見据える。
「どう? 聖夜――彼女、本物のデュラハンに出会えた感想は?」
「ん? 嗚呼、昔、アンデッド版のデュラハン、亡霊の亜種にあったことあるけど――やっぱ精霊は美人だなぁ〜って所か。あと、泣き虫で可愛いや」
えっ!?
『口説いてどうする』
娘二人から、ダブルで殴られる。……さっきまで、拳銃と刀に素手で対抗してた人とは思えない――
「で、デュラハンのお姉さん? 帰る家はある?」
黒い少女が、突然――艶やかな笑みと、秘めた黒い瞳を見せる。
……い、嫌な予感――
「私たちが飼ってあげましょうか? この靜みたいに」
「俺はペット扱いかい」
「似たようなものでしょう」
よくわからないけど、ベッドと暖かい食べ物が手に入る場所を、手に入れました。
「首が取れるって、どんな利用価値があるかしら?」
「お願い! それはやめてぇぇぇぇぇ!」