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夜明け前

作者: 十日

僕は眠れない夜なんてなかった。

敢えて徹夜したって事は何度もあるけれど。友達と朝まで話したり、勉強や仕事で徹夜したりとか。

でもそれはあくまで自分の意志で起きていたから、眠れないと言うより眠らないって事なんだろう。

でも最近は、布団に潜り込んでさあ寝ようと思って目を瞑るのに、ちっとも眠れやしないんだ。




僕の住んでいる所は住宅街だから、この時間帯は本当に静かだ。

たまに仕事帰りか遊び帰りかわからないけれど、車が隣の道路を通って行く。音と共に光がカーテンの隙間から漏れては消えていく。

誰だか知らないけれど、無事に帰宅できたようで何よりです。


その車の音がしないと、部屋に時計の音が響く。

カッチコッチと規則正しい秒針の音が、もうこんな時間だろ、早く寝ろよって言っているみたいで嫌になる。

こんな事、気にするような性格してなかった筈なんだけどな。




眠ろうとすればする程、目が冴えていく。

それでも、と思って目を瞑るけれど、そうすると今度は頭も冴えてくる。

今日や昨日、そのまた前の記憶が蘇って、そういやこんな事もあったな、と次々僕の心を揺さぶってくる。

そうすると今度は思い出した時の僕の感情とかも起き上がって、もうなんだ、いろんな時代の僕が頭の中で大宴会してんじゃないのかって思う。


「あの時隣の席のみっちゃんがさー」

「そういや課題出す日に佐竹がさー」

「部長に怒られた時、泣きそうになったなー」


思い出しては打ち切るように眠ろうとするのに、それでも僕の中の思い出話は消えてはくれない。

今の僕はそんなのに構っている暇などないんだ。

ただ眠りたい、眠って夢でも見たいだけなのに。





時計の音も車の音も聞こえなくなるほど心がざわついて、布団を蹴飛ばして仰向けだった身体をひっくり返して枕に顔を突っ伏して、叫んだ。



「うるせぇんだよ!何で今更思い出してんだよ、学生時代の好きな子だって、同じゼミだった友達だって、前の部署の部長だってもう過去の事だろ!元気かなんて知らねぇよ、俺は今生きるので精一杯なんだよ、思い出してる暇なんてねぇんだ!休ませろよ、明日だって仕事なんだ、早く寝ないと起きれないし、やらなきゃいけない事だらけなんだ、早く、早く寝させてくれよ、頼むから…」



もう最後の方は言葉にならなくて、僕の叫びは泣き声と変わり、抱きしめていた枕に吸い込まれていった。






年をとる度に泣く事なんてなかったし、どんな辛い事でも我慢出来るようになった。

大人になるってこういう事なんだって、何となくわかっていたからなのかもしれないけど。

でも辛い事や悲しい事が我慢したからって消える訳じゃないし、不安なんてどんどん大きくなっていく。

それでも進まなきゃいけないって、頑張らなきゃいけないって思ってもいたし、納得だってしてた筈なんだ。

慣れなかったスーツも通勤ラッシュも慣れたし、 仕事だって信頼されていない訳じゃない。同僚とだってそれなりに上手くやっている。


なのにどうして、僕の「あの頃は良かった」って気持ちが消えないんだろう。







「へっくし!」


あの叫びの後、僕は泣き疲れて寝てしまったようだった。

今の季節じゃ布団掛けずに寝るなんて寒くて出来やしないのにね、布団は昨日蹴飛ばしたまま明後日の方向にぐしゃぐしゃになっている。

とりあえず枕が若干カピカピだから洗わないと、って今何時なんだろう。

と思って起き上がると、カーテンの隙間から光が射し込んでいる。

昨日の車のランプとは違って、薄っすらと、でも消えるようなそんなものじゃなく。


カーテンを開けると、東の空が橙色に染まりつつあった。

ああ、そうか。夜が明けるのか。

泣き腫らした目に朝日は直視できないけれど、夜明け前の空は優しい眩しさで、思わず窓を開けて眺めてしまった。

外は吐く息は白くて刺すみたいに寒かったけれど、暗く濃かった青い空はまだ見えない太陽の光で少しずつ橙に染まっていく。


雲ひとつない朝焼けの空はとても綺麗で、静かだった。






その日、僕は仕事を休んだ。

ズル休みなんかじゃなく、熱が出たのだ。

やはり冬に布団も掛けずに寝て、尚且つそのまま窓開けてじっとしていたら風邪もひくだろう。疲れていた ってのもあるかもしれないけれど。


辛いのはきっとこの先も続く。

でも僕は知っている。

泣いたって叫んだって変わらない事だらけかもしれない。

それでも明けない夜は無いって事も変わらない事だって。


今日はぐっすりと眠れそうな気がするんだ。

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