-魔王隷属-
アストラルワールドにいた時とはまた違った感覚の中で俺の意識は覚醒した。確かあの機械音の話だと此処は俺の精神下のはずだ。そしているはずだ送り込まれた魔王が。
「タッタッタッタッタ」
足音が聞こえてき自然と応戦体制に入る。しかし出てきた人物は意外な人だった。
「空くん!やっと見つけた、会いたかったよ。」
「か、神奈!?無事だったのか!?」
なんと出てきたのは闇に落ち魔王に連れ去られたはずの神奈だったのだ。
ガバッ「うん!なんとか逃げてきたの。」
神奈の身体を抱き締める。
「無事で良かった、本当に…心配した。」
神奈が帰って来たということで安堵と喜びにより俺の頭は正常に働かなくなっていたようだ。だから神奈が帰ってくるはずがないこと、帰ってこれるような場所じゃないこと、そして体温が高熱を帯びていることに気がつかなかった。
「ごめんね。本当にごめん…くす」
ザシュッ「…ッ!?」
何が起きた!?神奈が消えたと思ったら俺の胸部が何かに斬られ血が溢れ出した。
「ふふ、初めての来訪者だったからどんな奴かと思えば…とんだ期待はずれだな。」
俺を斬ったであろうそれは神奈のものとは思えない邪悪な笑みを浮かべていた。
「くそっ魔王かてめぇ…神奈はどこだ」
胸の傷から溢れ出す血を抑えて目の前の神奈の姿のものに問う。
「私を隷属させたら教えてやろう。だがもし負けたらお前の体。私がいただく!」
神奈の姿のまま魔王が突っ込んでくる。さっき俺を斬ったであろう禍々しい漆黒の剣が俺の目の前に迫る。
「はぁあ!「ガキィン」」
背中に滞納していた剣を取り出しそのまま攻撃を受け止めた。
「…なかなかやるじゃないか。これならどうだ!?」
不敵な笑みを浮かべた魔王が楽しそうに笑っている。
バックステップで一歩下がろうとした瞬間を狙って追撃してくる。
「くそがっ!」
左から飛んでくる剣をなんとか受け流す。
だが攻撃はそれで止まらず剣先は俺の腹部を捉え一直世話に迫る。ガードしようと構えた瞬間、
「空くん!」
魔王の声だと、偽物だと分かっていた。だがその声がその笑顔が神奈と重なってしまい一瞬だけ動きが止まってしまった。
「がっ…あぁぁ。」
漆黒の剣が俺の腹部に刺さった。許せない許せない許せない。俺を殺そうとしていることが?…否、神奈を、神奈をバカにしたようなその態度が、笑みが、全てが、絶対に許せない。思考はどんどんヒートアップしていきある一線を超えたのか逆に冷静になった。
「殺す。」
一言。たったそれだけで空が今までと違うことが分かる。
「ッ!この感じ…似ているな。面白い!お前の名はなんという」
頭が痛い、今の俺は闇に飲み込まれそうになるのをなんとか保っているギリギリの状態だった。
「くっ…名のって欲しければ先にそっちが名のるのが礼儀ってもんだろ?」
「ふふ、それもそうだな、私はかつて大天使であり神であったしかし嫉妬に狂った神どもに闇に堕とされ堕天しこの身となってしまった。…私の名はルシファー、魔王ルシファーだ!さぁお前の番だぞ?」
「…空だ。俺は神々廻空だ!…はぁはぁ…くらえっ!」
今度は俺から攻撃しようと全体重を乗せた強攻撃を首めがけてだす。
その攻撃は早く正確で先程とは比べ物にならない。「ガキィン」
しかし魔王は受け止める。
まだ足りない。こいつを殺すにはもう少し力が必要だ。力を俺に…
「神々廻…ふふ、はははははは。そうかあいつの子孫か。道理で似てる訳だ。なんて愉快な日なんだ。それなら尚更お前の体が欲しくなったぞ。」
神奈の姿が闇に包まれ崩れていく…闇から出てきたのは銀髪と黒髪が混ざったような髪を持ちとても魔王とは思えないとても綺麗な女性だった。これが本来の魔王ルシファーの姿だ。
魔王また剣先が飛んでくる。だが、今度は見える。ステップでそれを全部交わし反撃する。
「さっきより速いな。でもまだ足りない!」
左側で凄い衝撃を感じる。ギリギリの所でルシファーの攻撃を受け止めたのだ。
「よく反応したな。」
ルシファーからは余裕が滲み出ている。それ程までに2人の間には圧倒的な差があった。
「くそっ!まだ…こんなんじゃまだ届かねぇ!もっと力を!」
闇が空に引き寄せられていく。
「ぐぁぁあああ…はぁはぁ…ぁああああ」
いや、空が闇に引き寄せられているのだ。
「ふふ、そろそろ堕ちるか。どうせなら教えてやる。私達封印の身は隷属させようとやって来た者の欲望と絶望を支配し逆にお前らの体を乗っ取る事ができる。そして今のお前はそのどっちもで溢れてさらにもう私の手に堕ちかけているの。さぁ私に体を預けて楽になりなさい。」
視界が霞む。体がお湯に包まれているように心地よい。もうダメだ…このまま身を任せ楽になろう。誰も文句は言わないさ。………
走馬灯のようにリアルワールドの出来事が浮かんでくる。あれは神奈が小さい頃のだ。…泣いているのか?
「空くん、助けて…。」
「おーい、神奈ー遊ぼーぜー!…?どーしたの?」
小さい頃の俺がやってきた。
「!な、なんでもないよ!あはは。遊ぼっか」
「おう!じゃ向こう行ってるぜ。」
俺が走って去って行く。
「…言えないよ。私がしっかりしなくちゃ。大丈夫笑顔笑顔。よしっ」
神奈が俺の後を追って去って行く。
な…んだこれは?神奈…?
稲妻に撃たれたかのような衝撃を錯覚した。これは走馬灯なんかではない。
「空よ、起きるのじゃ。」
この声は…ゼウス?
「ダメだ、もう力が入らないんだ。」
「神奈という者は今も一人で空の助けを信じておるぞ。」
映像が流れる。
ここは…真っ暗で何も見えない…。
……誰かいるのか?
「グスン…怖いよ。空くん。助けて…お願い。」
神奈!?泣いてるのか?…ぁあ、なんということだ。神奈はずっと待っていたのだ。昔も今もずっと俺のことを。辛くても、悲しくても、怖くても、痛くても、我慢して笑っていたのだ。ごめん、ごめんな神奈気づかなくて。でももう大丈夫、絶対俺が救ってやる。
「うぉぉぉぉおおおお、こんなところで終われねぇんだよ!!!!!神奈の元へ行くには!!!ルシファー、力を寄越せぇえ!」
闇が空に吸い込まれていく。
「ッ!?なんだと!?確実に堕ちた筈なのに。」
ルシファーの顔が驚愕に歪む。
「だけど、その欲望よりいっそう美味しそうだな。」
空に闇が襲いかかる。が
「やれるもんならやってみろ。」
笑っているだと?ハッタリだ。もう少しでまた堕ちるはずだ。
おかしいいつまでたっても空は堕ちない。そればかりかどんどん力が上がっている。バカな!?どうやって…空が歩くたびに闇が空に吸い寄せられていく。
一歩、また一歩と近づいてくる。
「…いい眼だ。力はより大きな力…器に吸い寄せられていくものだ。」
空とルシファーがちょうどお互いの間合いに入った。
「ルシファー、俺に隷属しろ。もっと力が必要だ。」
空の身体中から闇が溢れ目が赤く光っている。しかしその様子は冷静で圧倒的な威圧感を感じさせる。
「ふふ、ならば力づくでさせてみろ!」
両者が同時に地面を蹴り間合いを詰める。ガキィィン。金属音が空間に響き渡り火花が散る。
「やるじゃないか。」
ルシファーが先程とは違う楽しそうな笑顔で言う。
「ははっ、魔王様に褒められるなんて光栄だな。」
ルシファーの闇を取り込んだせいか不思議とルシファーへの憎悪と殺意は消えていた。代わりに言いようのない高揚感が全身を駆け巡りまるで強者との戦闘を心から楽しんでいるようた。
「はっぁあ!はっ」
「くっ、あ!はっぁ!」
何回ぐらい打ち合っただろうか、両者とも体がボロボロで立っているのもやっとだ。
「これがラストアタックとなるだろう。全力で行くぞ。」
ルシファーの周りの空気がさらに重くなり歪む。
「こいよ!魔王様!」
空も負けじと闇の出力を何倍にもする。
「行くぞ!「はぁあ!」」
空間が悲鳴をあげ空気が張り裂けんばかりに轟く。
「ザシュュユユ」
辺りが静寂に包まれた。
「くっはっ…見事だ。」
倒れたのはルシファー…つまり空は勝ったのだ。
「はは、最高だったぜルシファー。はぁはぁ…」
満身創痍でボロボロの空が笑って手を出す。
「俺の仲間になれ。神奈を救うにはお前の力が必要だ。」
「…いいのか?私はお前を乗っ取ろうとしたんだぞ?斬られても文句は言えない。それに今の私は神兵如きレベルしかないぞ?」
ルシファーが目を伏せる。
「当たり前じゃねーか。お前に何があったかは知らねーがそれは後でゆっくり聞いてやる。とりあえず敗者は大人しく勝者の言うことを聞け。ほら」
空が手を差し伸べてくる。
もう絶対に誰の手も取らないと誓ったのに、ずっと一人で、暗くても辛くても誰も信じないと決めたのに。空なら手を取ってもいいと思ってしまった。そして決意を決め一歩踏み出した。
「分かった。私のこの体、力、魂の全てを我が主の空に捧げ一生隷属すると誓おう。ありがとうそしてよろしく。」
ルシファーが膝をつき忠誠の意を見せる。その瞬間これまでとは比べ物にならないぐらいの力が体に入ってくる感じがした。そしてその力を心地よく感じながらまた意識が遠のいていくのであった。