ゲームを買いに その⑨
歩いているうちに腹が減って来た。まだ時間は早いが、フロンティアに行ってみることにする。何か食わせてくれるかもしれない。
フロンティアの前まで行くと、壁の上から店内の照明が点いているのが見えた。
店に入ると、控えめにジャズが流れていた。客の入りは五割程度か。
「随分早い時間からやってるんだな」
私が声をかけると、カウンターの中で椅子に座っていたグレイが煙草を持った右手を挙げて挨拶を寄こした。
「ああ、この時間はカフェも兼ねてるんだ。コーヒー飲むかい」
「ありがとう、いただくよ。それと、何か食わせてくれないか」
「おう、なんか作ってやろう」
やたらと苦いコーヒーを入れてくれた後、グレイはナポリタンスパゲッティを作ってくれた。それは昔懐かしい喫茶店のランチで食べた味だった。
「この店は長くやってるのかい」
「そうだな、もう20年以上になるか」
「あんたが店を造ったのかい」
「元々はタコみたいな姿の火星人が造ったんだ。俺はそれを受け継いだ」
そう言えば、私が幼少の頃は宇宙人は、タコの姿をしていた。いつの間にあのイメージは生まれ、そして消えていったのだろう。いつか、このカウンターに新たに定番となった宇宙人が立つのだろうか。そして、その時にグレイはどうなってしまうのだろう。
コーヒーのお代わりを何杯か入れてもらい、私は午後の中途半端に余った時間を、グレイと雑談をしながら過ごした。やがて店が混み始め、音楽が切り替わり、ステージでは人気漫画のヒロインがダンスを始めた。
「パープル来てるぜ」
忙しくなり、客の対応に追われていたグレイが、隙を見て私に言いに来た。
振り向くと、昨日と同じ席に、軍服ゴリラの背中が見えた。
「ありがとう、向こうに移るよ」
私はスツールを降りて、パープルの席へ移動した。
「おお、来たか。取り敢えず座れよ。少し飲みたいし、パーティーは後1,2時間しないと始まらないからな」
言われるままに座って、私もビールを注文する。三人で黙ってグラスを傾ける。
「そろそろ行くか」
30分後、パープルがグラスに残った酒を飲み干し、立ち上がった。
外に出ると、店の横から壁に沿って広場があり、広場を囲むようにベンチが数脚置かれていた。ちょっとした公園のようで、ベンチにはフロンティアから持ち出した酒を飲むおもちゃたちの姿があった。
公園の先は、スクラップ工場の裏庭のような有り様だった。
壊れた車両が、一列に積み上げられて壁となっていた。その壁を通り過ぎると、その先にはもう一つ同じようなスクラップの壁があり、二つの壁の間が長い直線となっていた。直線の先の壁が、重い鉄球でも打ちつけたかのようにヘコみ、ひび割れていた。
二つ目の壁の裏には、比較的破壊の少ない車両が乱雑に置かれた広場になっていて、そこかしこにグループを作ったおもちゃたちがたむろっていた。
パープルに先導されてその奥へと足を踏み入れる。それぞれのグループが胡乱な眼付で私たちを目で追っている。
どこからか、酒瓶の割れる音と、怒鳴り声が聞こえる。
広場の奥へ進むほど、退廃と暴力の空気が高まって行く。
私たちの前方から、周りのおもちゃたちに比べてひと際大柄なフランケンシュタインを用心棒のように両脇に従えたドラキュラが歩いて来た。
「あいつらはこの辺りを取り仕切ってる組織のやつだ。あまりじろじろ見るなよ」
パープルが私に小声で言う。
「広場の裏がガレージになっていて、そこが修理屋なんだ。壊れた車やおもちゃの修理をやっている。表向きは、あいつらはそこの従業員だ」
すれ違いざまに、ドラキュラが嫌な笑みを投げかけてくる。
「元々はモンスター系のおもちゃたちがいるエリアなんだが、その中には西欧系と東洋系のモンスターの二つの組織があってな、反目しているような協力しているような関係なんだ。マフィアとヤクザみたいなもんかね、現実世界に照らし合わせたら」
「治安を守るような組織は無いのか」
「まあ、別に殺人や強盗があるわけじゃないからなあ。せいぜい喧嘩やドラッグ程度で、まあ基本放置だな」
「ドラッグまであるのか」
「ああ、そこらへんの物陰で売ってるぜ。試してみるか?」
「いや、止めておくよ。おもちゃがドラッグねえ」
「変な事に感心するんだな。さあ、ここだ」
一台の大型ダンプを回り込むと、その裏にレインボー・レンジャーのメンバーたちがいた。廃車から取り外したシートを円形に並べて、車座になって座っている。それぞれ色違いの、パープルと同じデザインのコスチュームを着た隊員たちが、揃って私たちを見る。その中の、ブルーのコスチュームを着た男の横に、白雪姫がいた。
白雪姫は、ブルーの横に同じように座って、その肩に頭を預けている。
「誰だそいつ」
レッドが警戒心を隠す様子も無く、私に向けて顎をしゃくりながらパープルに聞く。
「ああ、四つ指だよ、例の。白雪姫に会いたいと言うんで連れて来た」
グリーンが床に唾を吐き、一人だけトラックの荷台に寄りかかって立っていたイエローが運転席のドアを蹴飛ばす。レッドの横で煙草を吸っていたオレンジが、私の足元に向かって吸殻を指ではじき飛ばす。
歓迎されているとはとても言えない雰囲気だ。
「白雪姫と話をさせてくれるかい」
「あんた誰よ。あたしには話すことなんてねえし、余計なお世話なんだけど」
早朝の草原で囀る小鳥のような可憐な声で白雪姫が言った。
言葉使いと声質のあまりのギャップに唖然としながら白雪姫を見つめる。
「何見てんだよ、おっさん」
「あ、いや、少し話せないかい」
「嫌だ」
「キミはもうずっと家に帰ってないそうじゃないか」
「は? あんたあたしの親でも無いのに何に首突っ込んでんのよ」
不意に、なぜか息子の不貞腐れ顔が頭に浮かぶ。
「少しでいいから、時間をくれないか」
少し考えて白雪姫は、いたずらを思いついたような笑顔で言う。
「レースでブルーに勝ったら考えてやるよ」
レンジャーの面々が品の無いバカ笑いを上げる。パープルだけは苦い表情で私を見ている。
「いいよ、やるよ」
思わず私は答える。親でも無いのに、の一言が私に意地を張らせる。私は、親だと言うのに、息子ともう随分正面から向き合っていなかったことに気付いた。
「それじゃ、後で、レース場で会おうぜ」
白雪姫の隣で、ブルーがニヤニヤと笑いながら私に言った。
「おい、行くぞ」
パープルが私の腕を引っ張って、私をその場から連れ出した。
「あんた、何考えてんだよ」
レンジャーの溜まり場から充分離れたのを見計らって、パープルが聞いて来る。
「レースの事、教えて貰っていいか」
パープルの疑問には答えずに頼む。
パープルは立ち止まって私の顔をしばらく見つめ、諦めたように首を振った。
「しょうがねえな」
パープルは辺りを見回し、車のタイヤがいくつか転がっているのを見つけると、そちらへ顎をしゃくる。
「取り敢えず座ろう」
私たちは、それぞれタイヤを運び、向かい合わせにして腰を下ろした。
「レースってのは、チキン・レースのことだ」
「チキン・レースってあれか、アメリカ映画なんかでよくある、車で壁に向かって走るあれか」
「ああ。毎週週末には、ここで何本もレースがあるんだ。だけど、普通とは少しルールが違う」
「それでチキン・パーティーなんだな」
「まあ、そうだ」
「それで、どういうルールなんだ」
「普通は、壁の寸前で止まって、より壁に近かったほうが勝ち、だろ。このレースは、思い切り壁に激突して、どっちがより派手に車をクラッシュさせるかで勝負が決まる」
「なんだそりゃ、無茶苦茶じゃないか」
「ああ、無茶苦茶だ。でも、私たちおもちゃは、そんなことじゃ死にはしないからな。何より、そんな事でもしてないと生きてる実感が湧かないんだよ、ここにいるやつらは」
「車はどうするんだ」
「組織のやつらが用意する。あいつら、ラジコンカーをチューン・ナップしたものを毎週10台ほど運んでくるんだよ」
「何のためにそんなことするんだ」
「勝負の結果で賭けが行われてるんだ。あいつらは胴元さ」
「何か、大変なことに乗りかかってしまったようだな」
「何他人事みたいに言ってんだ。命に関わるぞ」
「まあ、何とかするさ」
パープルは、しばらく私の顔を見つめ、溜息をつく。
「後な、レースは二人一組でやるんだ。運転席のやつがやるのはハンドル操作だけだ。加速やブレーキは助手席にやつがコントローラーを使ってやるんだ」
「それは困ったな」
「なんでだ? 私もまったく経験が無いわけではないぞ」
「え? あんた、乗ってくれるのかい」
「当たり前だろ。他に当てでもあるのか」
「いや、まったく。だから困ったと」
「それならやっぱり私が乗るしかないだろ。この分については、後で一杯奢れ」
「すまない。感謝するよ。私のために危険な目に合わせることになったな」
「あんただって誰かのためだろ? 気にするな」
パープルが立ちあがって、体を解すように肩や首を回す。
「それじゃ、行くか」
私も立ち上がる。
「一つ言い忘れた。私たちレンジャーには普段の職業があるって言ったよな」
「ああ、聞いたよ」
「ブルーの職業はな、スタントマンだ。今まで壁に激突する寸前の車から白雪姫を助けながら飛び出して、傷一つ負った事は無い。あいつはここではちょっとした英雄だ」
私は、やはり大変な事に関わってしまったようだった。




