ゲームを買いに その⑧
夜をどこでどう過ごそうか、いいアイデアが浮かんだ。
私は、ヌイグルミ広場を目指した。あそこの人工芝でヌイグルミたちに囲まれて眠ればさぞかし暖かいだろうと思ったのだ。
広場へ行くと、ヌイグルミたちはすでに寝静まっていた。木の前まで行って目を凝らすと、夜に溶け込むような黒のまだら熊がいつもの場所でいつものように座っていた。もともと黒い目は、開いているのか閉じているのかわからなかった。
「ずいぶんと小さくなってしまったようだな」
上の方から、まだら熊の声が聞こえた。人間サイズのまだら熊は、今の私からすれば巨人のようなものだった。
私は、柵の隙間を潜り抜け、広場の中へ入った。
「魔女に薬を貰ったんだ。数に限りがあるから、しばらくはこの大きさで過ごそうと思ってる」
「そうかい。魔女が薬をくれたのかい。それは良かった」
「ここで寝かせて貰ってもいいかな。夜を過ごせそうな場所を他に知らないんだ」
「好きにするがいい。ここは暖かいよ」
「ありがとう」
私はお礼を言い、まだら熊と同じように、木に寄りかかって座った。
人工芝はふかふかと柔らかく、座り心地が良かった。暗闇の中、まだら熊は真っ黒のまま色を変える様子が無い。
「少し話をしてもいいかい」
私が聞くと、まだら熊はより一層深みのある声で答えた。
「ああ、なんでも好きな事を話すといい」
「今さっき、フロンティアでパープルと会って来たんだ。パープルと会ったのは、白雪姫と引き合わせて貰うためだったんだけど」
「色々な者と話をしているのだな」
「それで、パープルはここの住人たちの制約の事を話してた。この広場のヌイグルミたちにもやはり制約があるのかい」
「それはあるさ。このワシにもな」
「どんな制約なのか、聞いてもいいかい」
「ここの者たちは、パープルとは正反対の制約があるのじゃ」
「正反対?」
「ここの者たちは、ただのヌイグルミじゃ。パープルたちのような何かのキャラクターが元になっておるわけじゃない。普通の動物のヌイグルミがほとんどじゃ。だから、個性というものが無いのだよ。誰かに買われ、名前を付けられ、持ち主の思いを受け止めて、初めて個性が出るのじゃ。ここにいる間は、ただのヌイグルミでしかないのだな」
まだら熊の声が、湿り気を帯びる。無邪気さには代償があるものだ。
「まだら熊さんにも、制約はあるの?」
「勿論じゃ」
まだら熊が言葉を切った。私は、黙ってまだら熊が話すのを待つ。
「世界中で最もヌイグルミになっている動物が何か知っているかね」
「いや、考えたこともなかったな」
「熊なんじゃよ」
「ああ、言われてみればそんな気がするな」
「キャラクターにも多い、マスコットやデザインにもされ、ただの熊のヌイグルミも無数の種類があり、だからワシだけ少し特別でな。ワシの中には、あまりに多くの思いが詰め込まれていての、そのため、ワシの体は一つの色に留まる事が出来ないのだな。それがワシの制約じゃ」
「なるほど。だからまだら熊なんだ」
「夜の闇の中でだけは、なぜか同じ色でいられる。色が一定すると、頭もはっきりして考えもまとまって、こうして普通に話が出来る。昼間のワシは少し変じゃろ」
「いや、そんな、いや、少しだけ」
「気を使わんでいいぞ」
まだら熊はそう言うと、腹の中から響いてくるような笑い声をあげた。緩やかな振動が木を通して伝わってくる。
「人間の世界にも制約はあるだろう」
「いや、そんなことは」
無い、と答えようとして、ふと考え込んでしまった。人間の世界にも、制約のような物が確かにある。人間とおもちゃたちと、どちらが受け入れる事が上手なのだろう。
「疲れておるだろう、ゆっくり眠るといい」
まだら熊が言った。
ヌイグルミたちの歌声で目が覚めた。
すでにフロアは明るくなっている。デパートの開店時間が一日の始まりであるなら、私は随分と寝てしまったようだ。もう10時頃なのだろうか。照明を浴びて、まだら熊が蛍光ピンクに輝いている。ヌイグルミたちの歌は相変わらず音程も声質もしっちゃかめっちゃかだ。
「よく眠れたようだの」
私が目覚めた気配を察して、まだら熊が声をかけてくる。
「ああ、ありがとう。おかげでだいぶ疲れも取れたみたいだ」
「今日はこれからどうするのじゃ?」
「夕方まで時間があるのだけど、それまで何をするか、特に決めていないよ。少し歩いてみようかと思ってる」
「ああ、そうするがいい」
私は起き上がり、伸びをする。
「それじゃ、また」
「ああ、またいつでも来るといい」
私が右手を挙げると、まだら熊も赤白チェックの右手を挙げて応えた。
ヌイグルミ広場を起点に、魔女の部屋と反対側の角へ行って見ることにした。少し歩くと、壁に沿って置かれた棚に、アニメやゲームのフィギアが並んでいた。その前を通り過ぎると、角には魔女の部屋やフロンティアと同じような小部屋があって、そこにはゲームソフトが並んでいた。小部屋を挟んだ壁の前に、大型のテレビモニターが置かれ、そこでは最新ゲームのデモ画面が流れていた。
そもそもの目的の品がそこにあった。しかし、今の自分にはなんと無意味な発見なのだろう。三つ指に話しかけなどせずに、最初からここに来ていたら今のような状況にはなっていなかったのだろうか。なぜか、結局は同じ事が起こったように思えてしまう。
「いらっしゃい。何をお求め?」
いつの間にか、アニメキャラらしいフィギアが横に立っていた。メイド服にネコ耳、青い髪の美少女フィギアが、小首を傾げて私を見ている。
「いや、別にいいんだ。ただ見ていただけなんだ」
私が言うと、少女は左手を腰に当て、右手の人差指を頬に当てながらニコリと笑う。
「純真無垢な憧れにも、飽くなき所有欲の充足にも、時には暗い情念にも、わたしは全ての求めに応える事が出来るのにゃ」
「ああ、ありがとう。でも、どれも今の私には必要無いよ」
「そんなこと言わないで欲しいのにゃ。さみしくて死んでしまうのにゃ」
「そもそも、私はアニメやゲームのことはよく知らないんだ」
「無知を恥じることもなくアピールするその傲慢はどこから来るのにゃ。もしかしてあなたはわたしを貶めることによってどす黒い征服欲を満たしたいのかにゃ。それならそれで応じることも可能なのにゃ。思う様わたしを侮蔑するといいのにゃ」
「いや、別にそんなつもりは無いよ。気を悪くしたのなら謝るよ」
ようやく馴染んできたと思っていたこの世界だが、面倒な住人はまだまだいるらしい。
「そんな簡単に謝罪をするのは、本当は服従を望んでいるのにゃ。罵倒を求めているのなら早くそう言えばいいんだこのクズが、惨めで無力で何一つ取り柄の無い薄汚い中年の豚がわたしのような美少女に踏みつけられたいと涎を垂らしながら切望している変態の」
「いやちょっと待てって、そんなのも望んで無いって」
溢れだす罵倒を遮ると、少女は重大な失態を犯してしまったような顔で目に涙を一杯に浮かべて、胸の前で両手を祈るように合わせた。
「わたしったら、わたしったら」
少女の目から涙が零れ落ちる。
「わたしなんか生きていてはいけないのにゃ、死んだ方がマシマシマシマシ」
ペタリと尻を床に着けて、両手で顔を覆って泣き続ける少女を残し、私はゲームコーナーから逃げ出した。少女にいったいどんな制約が課せられているのか、考えるのも恐ろしかった。
それでも少女が心配になって振り返ると、何事も無かったようにダンスの練習を始めていた少女が、振り向いた私に気付いて、飛び跳ねながら両手を大きく振った。




