ゲームを買いに その⑦
「なんでいちいちここに戻るんだ」
私が言うと、三つ指は上目遣いで私を伺う。
「ここに戻るのは嫌なのかい?」
「嫌というか、めんどうじゃないか」
「めんどうなのになんで戻る?」
「好きで戻ってるんじゃないよ」
「戻る理由があるのかもしれないな」
その言葉に不意を突かれる。
言われて見れば、何度も同じ手順を踏む間、確かに私は少しずつこの世界に馴染んでいった。いつの間にか、三つ指やルイーダには親近感さえ覚えていた。そのために戻っていたのか。
「もしかしたら、あんたの言う通りなのかもしれないな」
「やっぱりそうだろう?」
三つ指が嬉しそうに胸を張る。
「ありがとう。今の言葉はゆっくり考えてみるよ」
「ありがとうなんて、そんな、いや、そんな」
三つ指が奇妙な動きで体をくねらせる。どうやら照れているらしい。
「今はフロンティアでパープルを待ってるんだよ。白雪姫を探していてね」
「そうかい。白雪姫に会えるといいな」
「それじゃ、また」
「うん、また」
ルイーダは、展示棚の上で膝を抱えて座り、ぼんやりと宙を見つめていた。その姿が、なぜか花が無いと泣き崩れていた時より、ずっと悲しげに見えた。
「何を見てるんだい?」
ルイーダの目線の先を追うと、ヌイグルミ広場の巨木に茂る葉の天辺が、立ち並ぶ棚の向こうに覗いていた。
ルイーダは私の声を聞いて、慌てて立ち上がろうとし、結局また元の姿勢で座り直すと、膝の上に顎を乗せた。
「別に、何も見ていなくてよ」
「広場に行きたいのかい?」
「そんなわけないじゃないの。バカじゃないのあなた」
いつもと様子の違うルイーダに戸惑いを感じてしまう。立ち去ることも出来ず、私もなんとなく棚の上から覗く木を眺めていた。
「いつまでそうして木偶のように突っ立っているおつもり?」
ルイーダがそう言いながら立ち上がり、ドレスのお尻あたりをぱたぱたとはたいた。
「あ、ああ。もう行くよ。白雪姫を探してるんだ。白雪姫ってどんな娘だい?」
「白雪姫」
冷笑混じりで鼻に皺を寄せる。
「甘ったれの子ウサギちゃんてとこかしらね」
「魔女のとこに随分戻ってないそうなんだ」
「さもありなん、ですわ」
そう言いながら、ルイーダは軽く伸びをした。
「何をされているのか知りませんけど、そんなことでは花が手に入るのはいったいいつのことになるやらわからないわね」
「ほんとだな。少し待たせてしまうかもしれない」
「ふん。わたしは別に急いでなくてよ」
「それじゃ、また」
私が言うと、ルイーダはごく控えめに右手を振ってくれた。
少し考えて、まだら熊のところには寄らずに直接フロンティアに向かう。まだら熊には後でゆっくり聞きたいことがあった。
突きあたりまで進み、王国が見える前に錠剤を飲む。大きいままであそこへ行くと、またトラブルになりかねない。
正門の前を通りかかると、衛兵が強張った顔つきで最敬礼をしてきた。私が隊長と親しげに話していたのを見て、隊長の友人とでも思ったのだろう。
せっかくなので偉そうに頷いてやる。衛兵はただのおもちゃに戻ってしまったように、動くことを忘れて敬礼の姿勢を続けていた。
酔いつぶれたプラスティックの蛙を慎重に跨ぎ、フロンティアのドアを開けた。
カウンターへ行くと、私がいた席には空になったビールのジョッキが残されていた。
アンドロイド型ウェイトレスの尻を撫でていたアメコミの副主人公を、カウンター越しにぶん殴っていたグレイが、私に気付いてやって来た。
「もう戻らねえのかと思ったぜ」
そう言いながら空のジョッキにビールを注いでくれる。
「ありがとう」
「パープルなら来てるぜ。ジュークボックスの前の席に軍服を着たゴリラと 一緒に飲んでるのがパープルだ。あんたの事は話しておいた」
「いろいろすまんな」
「まあ、話を聞いてくれるかどうかまでは責任持てんぜ」
「取り敢えず行ってみるよ」
私はジョッキとコースターを持ち、スツールを降りた。
私に背を向けて座る軍服姿のゴリラを回り込むと、四人掛けのテーブル席で、ゴリラに隠れるようにして全身紫タイツの男が座っていた。タイツは頭まで繋がっていて、目の部分だけが黒いシールドになっている。
「あんたがパープルさんかい?」
男は私を見上げると、手にしたグラスの酒を一口飲んでめんどくさそうに頷いた。
「グレイから聞いたよ。四つ指さんだろ? 私に何が聞きたいんだ」
「座らせてもらうよ」
「勝手にしな」
私は空いている椅子を引いて、ジョッキをテーブルに置いて座る。その間、軍服ゴリラは一言も話さず私をじっと見つめている。
「それで、誰か人を探しているって話だが」
声と雰囲気からすると、パープルは私と同世代、中年に片足を突っ込んだくらいの年齢に見えた。戦隊ヒーローにしては少々歳がいっているようだ。
「ああ、白雪姫を探してるんだ」
パープルが鼻に皺を寄せたのが布地を通してもわかる。
「白雪姫か」
「どこにいるのか知ってるのかい?」
「今どこにいるかまでは知らない。ただ、ブルーと一緒なのは間違いないな」
「ブルー?」
「レインボー・レンジャーのサブ・リーダーだよ」
「白雪姫とブルーはいつも一緒なのか」
「そうだな。お互い恋人気取りだからな」
「恋人気取りってことは、実際付き合ってるってわけでもない?」
「当たり前だろ。住んでる世界が違いすぎるわ」
その口調には自嘲の響きがあった。
「同じおもちゃの世界に住んでるんじゃないのか」
「はっ、方や古典のお姫様、方や三流キャラ物。まるで違うわ」
「随分自虐的じゃないか」
それまで主に手にしたグラスを見ながら話していたパープルが、顔を上げると始めて私を正面から見つめた。
「そう言えばあんたはこの世界はまだ日が浅いんだったな。いいだろう、説明してやる」
パープルはグラスに残った酒を一気に飲み干し、通りがかった古臭いSF映画に出てくるような無骨なロボットにお代わりを注文した。軍服ゴリラは相変わらず何も話さないまま、私から目を離さない。私が来るまでいったいこの二人は何を話していたのだろう。
「いいか、私たちはこうして自由に動いているように見えるけど、全ての住人に何かしら制約が課せられてるんだよ。なぜかは知らないけどな。制約には何の法則性も無い。ただ、非現実的に見えるこの世界も、強く現実の影響を受けてるんだ。例えば」
パープルは一旦言葉を切って、店内を見回す。
「気付いたかどうかわからないが、この店の客はキャラクター物のおもちゃが多いだろ」
言われて見て、私も店内を見回す。確かに、テレビや漫画、そして映画のキャラクターのおもちゃが七割くらいを占めているように見える。
「私たちキャラクター物の制約はな、現実の世界で誰ひとりそのキャラクターを思い出さなくなったら、消滅するってやつなんだ」
「消滅って」
「文字通り消えて無くなるんだ。突然、ふっと消えて無くなるんだよ」
「何の兆候も無しに、か」
「何の兆候も無しに、だ」
ロボットがお代わりの酒を持って来て、パープルの前に置いた。
「白雪姫なんて世界中で知られてるだろ? 絶対に忘れられることの無い身分さ。それに比べて私なんかは、危ないものさ。気付いたら、レインボー・レンジャーの隊員がある日6人になってても誰も驚かない。酒でも飲まなきゃやってられないってわけだ」
パープルは新たに置かれたグラスの酒に口を付ける。
「でも、当然白雪姫にも何かしら制約があるんだろ」
「あるだろうな、当然。それが何かは、私は知らない」
私たちは、しばしの間沈黙した。
口を開いたのは、軍服ゴリラだった。
「ウホッ」
軍服ゴリラは、目の前に置かれたままになっていた満杯のグラスを手に取り、一気に飲み干した。
それをきっかけに、パープルが話を再開した。
「ブルーってのは、戦隊物のサブ・リーダーによくいるクールな二枚目タイプだ。若い女には熱血漢のレッドより人気が高いし、何よりイケメンだからな、白雪姫みたいなタイプが一番ハマるんだよ。ブルーにしてみりゃ絶対手の届かないような高嶺の花が向こうから寄ってきてくれたもんで、有頂天で連れ歩いてる」
「なるほど。他の隊員は白雪姫を受け入れてるのかい」
「嫌々な。とくにオレンジは白雪姫を嫌ってるね。まあ、ありゃ女の嫉妬だろうけどな」
「オレンジは戦隊のヒロインか」
「そうだ。暗黙の了解でレッドの女なんだけどな。ブルーが白雪姫を連れ歩くのは、あの二人への当てつけってのもあるんじゃないかと思うわ」
メルヘンチックに見えるおもちゃの世界も、酒場の話題は下世話になるものだ。そのことで少し私は笑ってしまった。
「な、笑えるだろ」
パープルは私の笑みを勘違いして、そう言った。
「どうすれば彼らに会えるんだろう」
「明日の夜はチキン・パーティーがある。やつらは必ず来るよ。その時会わせてやるよ」
「チキン・パーティー?」
「ああ、どんなパーティーかは来て見ればわかる。どうせ明日も夕方あたりからここに居るから、この店で待ち合わせしよう」
「いろいろありがとう。お礼に一杯奢りたいが、ここの清算方法がわからないんだ」
「いや、礼はいい。あんた、ごくごく普通のサラリーマンに見えるな」
砲撃で所々破れてはいるが、私は相変わらずのスーツ姿だった。
「ああ、ごくごく普通のサラリーマンだ」
「私もそうさ。レンジャーの隊員たちは、普段の職業はレーサーだったり格闘家だったりするのに、私の普段の姿だけはサラリーマンなんだよ。テレビのテーマソング中に隊員の日常生活が挿入されるんだけどな、レッドなんかはバイク・レースでぶっちぎり一位でゴールして、さっとヘルメットを脱ぐとそこでストップ・モーションで、レインボー・レッドって文字がバーンさ」
パープルが派手な身振りで説明する。いかにもありそうな映像が頭に浮かぶ。パープルは一旦言葉を切ると、グラスを両手で抱えるように持ち、それを見つめながら薄く笑う。
「私のターンは、上司に怒られてペコペコ頭を下げてるとこで、レインボー・パープル。人気出るわけねえよな」
パープルの呂律が少し怪しくなっている。だいぶ酔いが回って来ているようだ。さすがサラリーマンだけあって、パープルの酒は愚痴酒のようだ。
「ま、そんなわけだから、この世界で私があんたに一番理解があるんだよ。礼なんて気にするな」
「それじゃ、ありがたく好意に甘えるよ。明日また、ここで」
私が立ちあがると、パープルは右手を挙げて手の平をひらひらさせた。
軍服ゴリラもかすかに頷いたように見えたが、気のせいだったかもしれない。
店を出る前に、カウンターへ寄った。アイスピックで氷を砕いているグレイに声をかける。
「帰るよ。清算はどうすればいい?」
「ああ、パープルとは話せたか」
「話せた。明日の夜には白雪姫に会えそうだ」
「良かったな。金は気にしなくていい。魔女の紹介だからな。あの婆さんにはなにかと世話になってんだよ。好きな時に来て、好きなだけ飲んでいいぜ」
「ありがとう。それじゃ、また明日寄らせてもらう。この店、なかなか気に入ったよ」
私が言うと、グレイは満更でも無さそうな笑みを浮かべ、挨拶代りに右手を上げて、アイスピックを器用に手の中でクルクルと回して見せた。
店を出ると、照明が落ちていた。フロアを照らす明かりは、フロンティアから漏れる照明と、非常口を表示する常夜灯の、緑色の光だけだった。
この世界にも、夜が来ていた。




