ゲームを買いに その⑥
魔女の部屋と対になっている、ということは、フロンティアに行くには、フロアを完全に反対側まで横切っていかなければならないようだ。
私は、早速魔女に貰った錠剤を試してみたくなった。
取り敢えず、二つ飲んでみることにする。172cmの身長の半分は86cm。その半分なら43cm。おもちゃの人形としては大きい方だろうか。それでも、人間サイズよりも目立たないことは確かだろう。恐らく、ルイーダや魔女などは、そのくらいのサイズ感だったように思える。
ポケットから薬箱を取り出し、錠剤を一つ手の平に乗せて見る。見た目は、何の変哲もない市販の風邪薬のようだ。
思い切って口に入れ、一気に飲み下す。その瞬間、目線が低くなっていた。ここまで即効性があるとは思わなかった。箱からもう一錠取り出し、同じように飲み下す。
世界が一変した。
立ち並ぶ棚が、街並みを造るビルのように見える。今まで見降ろしていた物を見上げている、というそのことだけで自分がひどく無力になったように思えた。そして、それまでは静まり返っていたはずのフロアが、喧騒に包まれていた。
私は、新しい世界に不思議と心が浮き立つような気持ちになっていることに気付いた。その感覚にしばらくの間身をゆだねる。
よし、相変わらずルールすら分からないが、ゲームとやらを始めようじゃないか。
フロアを横切るために、あえてレゴの王国の前を通っていくことに決める。
おもちゃサイズになると、王国の巨大さに圧倒される思いだった。
王国全体が柵に囲まれ、いくつかの木造りの門があって、そこには必ず衛兵が立っていた。
柵の内側は、農園や牧場、さらに草原の丘や森があり、そのずっと先に城壁に囲まれた城下町があった。お城自体は尖塔を覗かせているだけで、全体は城壁にそのほとんどが隠れていた。いつか、この王国に入る時が来るのだろう。私はその時を少し楽しみに感じてしまう。
柵の中心あたりに、ひと際大きな入り口があり、そこだけは石造りの門が構えられていて、その横に立つ衛兵と、隊長が話をしていた。隊長は私に気付くと、おや、というような意外そうな表情を浮かべた。
隊長は話していた衛兵に一言二言何かを告げると、話を切り上げ、私の前へやって来た。
「おやおや、随分と小さくなったものだな。魔女にでも会ったかね」
「まあ、そんなところですよ。花がどこにあるか、探してみるつもりです。いつかこの王国も訪問させてください」
「うむ。その時は歓迎いたすぞ。本来はみな友好的な人々が住む国だからな」
「私の指はどこかに保管されているのですか?」
「宝物庫に保管されておる。いつか返せる時がくると良いな」
「それを返して貰う方法も見つけなければならないのですね」
「そういうことになろうか」
「まったく、なかなか面倒くさいゲームのようですね」
「そのほうがやり甲斐があろう」
そう言って隊長は少し笑う。
「私はゲームを買いに来ただけだってことを説明する気も失せましたよ。これからフロンティアに行こうと思います」
隊長はそれを聞いて浮かべた笑みを曇らせた。
「あそこはあまり良い評判を聞かないぞ。王国外であるから私の預かり知らぬ事であるが、悪い話が何かと聞こえては来る。気を付けていくことだ」
「ご心配ありがとうございます。では、また」
私が手を挙げると、隊長は律義な敬礼を返してくれた。
フロンティアは、魔女の部屋と同じような造りになっていた。
フロアから独立した小部屋スペースで、小部屋とフロアの仕切りには様々なガラクタが積み重ねられ、一メートルほどの壁を造っていた。ガラクタの多くは、大事故にあったように破壊された車や飛行機などの乗り物系のおもちゃのようだった。
壁の上に覗く店内は、部屋全体が黒い壁紙に覆われ、天井には蛍光の星が光っている。元々は宇宙船やロボットや宇宙人など、SF関連のおもちゃが置いてあったスペースのようだ。
酔客の嬌声と大音量のダンスミュージックが店の外まで溢れだしている。
ガラクタの壁の中央が繰り抜いたような入り口になっていた。入り口にはサイズの合っていない木製のドアが取り付けられている。ドアの前で酔いつぶれて倒れているティラノサウルスのソフビ人形を慎重に跨ぎ、私はドアを開けて店内に入った。
フロアにはさまざまなジャンルのおもちゃ売り場から寄せ集めたテーブルセットが乱雑に置かれていた。テーブルはほぼ満席で、座り切れない人々が立ったまま思い思いの場所で酒を飲んでいる。
店には、あらゆる種類のおもちゃが集まっているようだった。サイズも素材もコンセプトも違うおもちゃたちが、入り混じって酒を飲んでいる。その中を、新旧様々なロボットが酒や料理を運んでいる。私はおもちゃたちをかき分けて店の中へ進んだ。
店の最奥にはステージがあり、その上でアニメキャラの美少女フィギアが音楽に合わせて踊っている。ステージを囲む椅子に座った客たちが、歓声をあげ、ボードゲームのコインをステージに向かって投げている。左側の壁沿いがカウンター席になっていたので、そちらへ進む。
スツールのひとつに座ると、カウンターの中からうさぎのヌイグルミが持つグラスに酒を注いでいたバーテンが近づいてきた。
バーテンは、グレイ型宇宙人のゴム人形だった。緑色の顔の中、顔の半分ほどもありそうな真っ黒い吊り目が店の照明を反射している。魔女が言っていたのはこの男だろうか。
私の前まで来ると、バーテンが注文を促すように顎をしゃくる。
「この酒は本物なのかい?」
私が聞くと、バーテンは少しの間私の顔を、訝しげに見つめる。
「ああ、あんた四つ指か。噂は聞いてるぜ」
「なかなか私も有名になったものだな」
「酒は本物だよ。魔女と契約して他のフロアへ行き来自由になった調達部隊が地下の食品売り場から運んでくるのさ。酒も食い物も本物、世界中のあらゆる酒が揃ってるぜ」
見まわすと、カウンターの背後に造りつけられた棚には、誇張では無くあらゆる種類の酒のミニチュアボトルが並んでいる。
「それじゃ、せっかくだからビールを貰おうか」
バーテンは頷くと、棚の一部に据え付けられた注ぎ口のついた樽から、ジョッキにビールを注ぎ、カウンターに置いた。
ビールをジョッキ半分まで一気に飲んでから、シンクのグラスを拭きはじめていたバーテンに尋ねる。
「あんたがグレイかい?」
「さあな。そんなやつ知らねえよ」
「魔女の紹介なんだが」
私が言うと、バーテンはグラスを拭く手を止めて大きな目を細めて私を見る。
「お前、それ本気で言ってんのか? 嘘だったら無事には帰れねえぞ」
「本当だよ。魔女に聞いてくれてもいい」
バーテンは拭きかけのグラスをシンクに置くと、カウンターに手をついて私に向かって身を乗り出した。
「ふん、その大きさになってるのは魔女の仕業かい。なんかの罰かと思ったがそういうわけでもなさそうだな。いいだろう、お前を信じるよ。俺がグレイだ」
「人を探してるんだ。協力してくれるかい」
グレイは肩をすくめ、再びグラス拭きにかかる。
「魔女の紹介ならしょうがねえ。誰を探してるんだ」
「白雪姫」
「ああ、あの小娘か。少し前まで毎日のように躍らせてくれって来てたけど、最近見ないな」
「白雪姫がステージで踊ってたのか?」
「ばかやろう。躍らせるわけないだろ。魔女にぶっ殺されるわ」
「魔女の所にも戻っていないんだ。どこにいるんだろう」
「そうだな。レインボー・レンジャーのやつらとつるんでたから、あいつらに聞いたらどうだ」
「レインボー・レンジャー?」
「よくある戦隊物さ。レインボーカラーの七人組だ。似たような戦隊はいくつもあるけど、他は大体五人組だから間違えないで済むだろう」
「そいつらとはどこに行けば会える?」
「そのうちパープルが顔を出すから紹介してやるよ。七人組ともなるとあまり役に立たないキャラが一人くらいいるもんでな。人気もないから飲んだくれてばかりなんだよ、パープルは」
「ありがとう。それじゃ、パープルさんが来るまで少しここで待たせて貰うよ」
そうは言ったが、久しぶりのビールで急に小便がしたくなってきた。
「ところで、トイレはどこにあるんだ?」
「は? そんなもんあるわけないだろ。俺たちはおもちゃだぜ?」
グレイが呆れたように言う。
「でもみんな飲んだり食べたりしてるじゃないか」
「そんなの知らねえよ。あんたおもちゃに尻の穴があると思うか?」
「でも、もともとは胃だって喉だって、そもそも口だって」
「めんどくせえやつだな。無いもんは無い。諦めろ」
諦めろと言われて諦められるたぐいの物では無い。
私は、仕方なく人間用のトイレを探す事にした。
「ちょっとトイレを探して来る。また来るから、その時にパープルさんを紹介してくれ」
「好きにしな」
トイレを探すには元の大きさのほうが早そうだ。私は店から出ると、物陰で魔女の錠剤を飲んだ。トイレのためにひとつ消費とはもったいない話だが、トイレがあったとしても人間用。どっちにしろ届きはしないだろうから仕方が無い。
トイレの案内板を見つけるが、矢印を見ると、どうも階段の踊り場にあるらしい。溜息をつきながら、階段を下りる。小便を済まし、残りの階段を途中まで下ると、早くもプラスティックバードの鳴き声が聞こえてきた。




