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ゲームを買いに その⑤

「お揃いだな」

 三つ指がそう言いながら右手の三本指を掲げて見せた。

「いや、まだ四本あるよ」

「それじゃ、あんたは四つ指だ」

「そういうことになるか」

 三つ指が私を見る目が、明らかに仲間意識に満ちていた。

「なあ、あんたも花持ち人だったのか」

「いや、おれは花持ち人だったことはないよ」

「それじゃ、指はどうして」

「花持ち人ではないけど、ゲームはしたよ」

「クリアしたのか」

「いや、諦めたのさ」

「諦めた?」

「おれにはここから出ていく理由はなかったからね」

「ここが気に入った?」

「わからない。三つ指になる前のことは忘れた。ただ、諦めたら同時にこの場所にいた」

 三つ指はそう言いながら、自分を床に固定しているパイプを撫でた。

「ゲームを終わらせることを諦めるとこの場所に繋ぎとめられてしまうのか」

 二本の指を失ったということは、二度ゲーム上で罪を犯したのだろう。服がボロボロなのは、砲撃によるものか。頭の傷を見ても、相当こっぴどくやられたらしい。

 その時、三つ指がデパートの制服を着ている意味に気付いた。

「魔女に会うのかい?」

「ああ、そのつもりだ」

「それならまずルイーダを訪ねるといい」

「ああ、そうする。またな」

 私がそう言うと、三つ指の顔が弾けたような笑顔になった。

「ああ、また、またな」


「わたしはかわいそうなプリマドンナ。わたしの手にはもう花はないのシクシクシク」

「また花を持って来ることは出来なかったよ」

「あら、花は手に入らないうえに指を失ったというわけね」

「そんなところだ」

「あなたになど最初から期待していないわ。言わなかったかしら?」

「そう言うなよ。私は諦める気はない」

「ふん。どこまで出来るのかお手並み拝見というところね」

「そんなことより、あんたとまだら熊の間に何があったのか教えてくれる気になったかい?」

「おお。何度言ったらわかるの。その名前をわたしの前で口にしないでと」

「彼はあんたのこと気にかけていたよ」

「ふん。どうかしら。本音はわかったものじゃなくてよ」

「魔女に会うつもりだからどっちにしろ広場の前を通るし、彼に聞いてみるよ」

「どうぞご勝手に。でも、あなたに他人を心配するような余裕があるのかしら」

「どうだろう。指を一本失ったら、逆に気持ちが固まったのかもしれないな。ゲームを楽しめるかどうかはわからないけど、少しこの場所を理解してみようって気にはなっているよ」

「ふふん。随分謙虚になったものね。まあ、好きにすればいいわ」

「ああ、そうする。またな」

 私が言うと、ルイーダは虚を突かれたような顔になり、まじまじと私を見つめる。

「花を手に入れるまでは来なくてもけっこうですわよ」

憎まれ口を叩きながら、ルイーダは口元に浮かびかけた笑みを隠すようにそっぽを向いた。


「やあ、四つ指がやって来たぞ」

「四つ指がやって来た」

「何をしに来たんだ」

「きっと友達のまだら熊を訪ねて来たに違いない」

「まだら熊の友達は我らの友達だ」

「四つ指は我らの友達だ」

 跳ねまわるヌイグルミたちに手を振って応える。

「魔女と話は出来たかい」

 まだら熊が聞いてくる。

「ろくに話せもしないうちに眠らされたよ」

「なんと、眠らされたと。相変わらず偏屈な婆様だの。なんと、眠らされるとは」

「もう一度訪ねてみるよ。今度は、少しは話を聞いて貰えそうな気がする」

「ああ、そうするがいい」

「ところで、ルイーダはなんであなたのことをあんなに嫌っているんだい」

「なんと、やはりルイーダはワシのことを嫌っているのだな。なんと、なんと」

「ああ、すまん。本音は私にはわからない。ただ、嫌っているというより、怒っているようにも見えたよ」

「ううむ。あの娘は、まだワシを許してはくれない。それもいたし方あるまいが、ううむ、ううむ」

 まだら熊はうなり声を上げながら立ち上がると、そのまま頭を抱えて木の裏にうずくまってしまう。

「また来るよ。その気になったら話してくれ」


 魔女は先ほどと同じように、ロッキングチェアに揺られながら本を読んでいた。右側に控えるガーゴイルが退屈そうにあくびをしている。

 椅子とテーブルがそのまま置いてあったので、黙って座る。

「茶でも飲むかい」

 魔女が顔を上げずにそう言うと、テーブルに先ほどとはデザインの違うカップが現れる。

「今度は眠り薬は無しですよ」

「ふん。多少はマシな顔になっているようだの」

いつの間に紅茶でいっぱいになったカップに口を付ける。腹立たしいが、やはり美味い。

「さて、少しは話を聞いてやろうか」

魔女がそう言いながら、本を閉じて座り直した。

その瞬間、一瞬動きを止めて顔をしかめたことに気付いた。その表情と仕草は、私にとっては馴染み深いものだった。

「もしかして、腰を痛めてるんじゃないですか」

「ほう、なぜ分かったんだ」

 魔女が驚いたように私の顔を見る。

「分かりますよ、そのくらい」

 私は理由を言わずに、意味ありげに笑ってみせる。ここに来て始めて自分が主導権を握っているのだ。簡単に種明かしをするのはつまらない。私の職業は、介護製品の営業なのだ。腰を痛めた老人がどういう動きでどういう痛みを感じるかなど手に取るように分かる。

「夜、熟睡出来ないんじゃないですか」

「ううむ。お前の言う通りだわ。ここ数年ぐっすり眠れた試しがない」

「メモとペンをください」

 私が言うと、ティーカップの隣にメモ用紙とボールペンが現れる。

「このデパートに寝具売り場はありますか?」

「ああ、下の階にあるが」

「そこに行ける人はいますか」

「何人かいるぞ」

「それじゃ、寝具売り場からこれを取って来させてください」

 私は、彼らにも読みやすいよう出来るだけ小さく商品名を書いたメモを魔女に渡す。それは、あまりに沈み込みが深すぎて業界では不評な低反発敷布団の商品名だった。

 あれなら、重さのあまり無いここの住人にも合いそうだった。

「おい」

 魔女が声をかけると、赤い帽子を被った小人が棚をよじ登り、魔女からメモを受け取る。

「勿論人間用の大きさなので、魔女さんのベッドに合う大きさに切り取ってって持って来てください」

 私の言葉に赤帽子の小人が律義に何度も頷く。

 魔女が指を鳴らすと、一番上の棚に並んだ大小さまざまなドラゴンの人形のうち、最も大きな者が三体、翼を広げて滑空すると、床に降り立った。赤帽子の他、黄色い帽子と緑の帽子三人の小人がそれぞれドラゴンの背にまたがる。

 ドラゴンは、小人たちを乗せると魔女の部屋から飛び去った。

「ここの住人たちはみな静かですね」

 この場所で魔女以外の声を聞いていないことに気付いた。

「ああ、話す事を自分たちで禁じているのだよ」

「どうして」

「さあ、な。本当は賑やかなやつらなんだがな。まあ、静かでいいわ」

「魔女さんにも原因はわからないのですか」

「ふん。わかっちゃいるが、わしがどうこうすることじゃないわ。全部あの小娘が出て行ったきり戻らんのが悪い。」

「小娘?」

「小人どもとてそもそもわしに仕えているわけではないからな」

 七人の小人は誰に仕えていたのだったか、そんなことが意外と思い出せない。考えていると、当の小人たちが戻ってきた。三匹のドラゴンが一枚の白い物を運んでいる。

「ほお、あれはいったい何だ?」

「いつも寝ているベッドはどこですか?」

 魔女が難儀そうに立ち上がり、指を振ると、ロッキングチェアが姿を消して、その場所に年季の入った木製のベッドが現れた。

「ちょっと、失礼します」

 私はベッドに敷かれたマットを指で押して見る。これは固い。腰を痛めるわけだ。

「それを、ここに敷いて」

 私が小人に言うと、彼らはそれぞれ棚に登って、器用に上の棚へとマットをリレーしていく。ベッドの置かれた段で待っていた赤帽子が掛け布団を外し、マットを敷く。

「ちょっと寝てみてくれませんか」

 私が言うと、魔女は訝しげにマットを二度三度指先で押してみてから、ベッドに横になった。

「おお、なんだこりゃ。おお。これはいいな、これは快適だ」

 魔女は、ベッドの上で寝がえりを打って、さまざまな体勢を試している。この世界で自分の仕事が役に立っている。その事が不思議だった。マットの上で嬉しそうにしている魔女を見ながらそんな思いに囚われていると、私の目線に気付いた魔女が、取りつくろうように慌てて起き上がり、ベッドの縁に座り直す。

「お前、おかしな魔法を使いよるな」

 そう言いながら、口元に笑みを浮かべる。その顔に、人のいい老婆の面影がほんの一瞬よぎった。

「時間はかかると思いますが、少しは腰も楽になりますよ」

「礼をせねばなるまいの」

 魔女は少しの間考えると、何かを思いついたように指を振った。テーブルの上に、丸い陶製の箱が現れた。白地に紺色の唐草模様が装飾された美しい箱だ。

「中に錠剤が入っておる。赤いのが30錠ばかり、青いのが10錠ばかりあろうか。赤いのを一つ飲むと、体の大きさが半分になる。二つ飲むと、さらにその半分。青を飲むと、元に戻る」

「ああ、それは面白そうだ。ここの住人達と同じ目線で話せますね」

「そういうことになるな。ただし、一つ注意がある。最後の一個で元の大きさに戻らない限り、もう二度と元には戻る方法は無い。考えて飲むことだ」

「ありがとうございます。使わせてもらいます」

「まあ、礼を言うのはわしのほうだ。気にせず使え」

 私は容器をポケットに入れると立ち上がった。

「他に聞きたいことがあるんじゃなかったのか」

「それは次にします。取り敢えず、小娘を探してみますよ」

 魔女は心底驚いたような顔で、しばらく私を見つめる。

「ふん。それなら、フロンティアという名前のバーを訪ねるがいい。バーテンのグレイにわしの紹介だと言え。店はちょうどこの場所と対になっておる」

「行ってみます。それじゃあ、また」

「おお、頼む」

 私が手を挙げると、魔女は軽く頷き返した。

 私は、魔女の部屋を出て、小娘、いや、白雪姫を見つけるためにフロンティアに向かって歩き出した。


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