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ゲームを買いに その④

「おかえり」

 三つ指が嬉しそうな笑顔で言った。

「魔女に紅茶を振る舞われていたはずなのに、またここか」

「戻ってくれて嬉しいよ」

「戻るつもりは無かったんだけどな」

「戻るつもりが無いのになんでここにいる?」

「だから魔女に何か盛られて」

「魔女のやることには何か理由があるはずだよ」

「そんなものなのか」

「無意味なことなんて何一つないからな」

「私にはここでのこと全ての意味がわからないね」

「なんでわからないのかがわからないよ」

 三つ指の笑顔を見ていたら無性に腹が立ってきた。ここに来てからずっと理解不能な状況に振り回されっぱなしだ。

 ルイーダから受け取った花は、王様に捕えられた時にはもう手元に無かった。考えるまでも無く、花は王様が持っているに違いない。最初から王様のところへ行って花を返せと言えばよかったのだ。なぜ言われるままにわけのわからない熊やら魔女やらを訪ねてしまったのか。

 例え王様に軍隊が付いていようが、所詮レゴ。何を恐れることがあったのか。

「あんたの考えてることには賛成出来ないな」

 三つ指が言った。

「私が何を考えているのかわかるのか?」

「あんたが何を考えてるかなんてわかるわけないじゃないか」

「それじゃなぜ反対だと言えるのだ」

「内容はわからなくても、いい事か悪い事かはわかるよ」

「まあいい。私は王様のところへ行こうと思っている。王様はフロアの一番奥に行けば会えるのか?」

「王様のところへ行くなら、まずルイーダを訪ねるといいよ」

 もうそんな戯言に聞く耳は持つ気は無い。花が手に入らないにしても、王様に直接ここからどうやって出ればいいのか聞くつもりだった。私は、フロアの最奥に向かって歩き出した。

「ま、またな」

 慌てて声をかけてきた三つ指に、振り向かずに右手だけを軽く振って応える。


「わたしはかわいそうなプリマドンナ。わたしの手にはもう花はないのシクシクシク」

 泣き崩れているルイーダの横を通り過ぎる。

そのままフロアの奥まで進み、右に曲がってさらに進むと、レゴの王国があった。

 尖塔の高さが人の背丈ほどもあるお城を囲み、街が広がっていた。街にはお店が軒を連ね、その回りを民家が囲み、さらにそれを農園や牧場が取り囲んでいる。お城も、そのほかの建物も、そこで暮らす住人や家畜も全てレゴで出来ていた。スウェーデンのレゴ本社でもここまで巨大なレゴジオラマは無いはずだ。

ジオラマの街からは賑やかな騒音が聞こえてくる。レゴの人々が立てる生活音だ。

「止まれ、止まれ」

「そこに止まれ」

 いつの間にか兵隊たちに取り囲まれている。

「責任者はどこにいる」

 兵隊たちに聞くと、隊列の中から立派な髭を生やした兵士が一人前に出て来た。

「私が隊長だが」

「王様に会わせてくれ。話がある」

「王様には貴殿と話すことなど無いと思うが」

「私にはあるんだ。会わせないと言うのならこちらにも考えがある」

「ほう。随分と物騒な物言いだな」

 私は隊長をつまみ上げようと足を踏みだした。

 兵隊たちが一斉に発砲する。体中に針を刺されたような痛みが走るが構う事はない。

 しかし、大きな炸裂音が背後で響き、ひと際強い衝撃が背中を襲う。服が焦げる臭いと、痛みと熱さが同時に背中に込みあげる。

 振り向くと、隊列の最前に大砲が列を成している。そのうちの一台の砲口から煙が上がっている。やばい、と思う間もなく、全ての大砲が火を噴いた。

 砲列と反対の方向へ逃げようと走り出すと、目の前の部隊が左右に展開し、両側からロープを引くのが見えた。見事にその単純極まりない罠にかかり、ロープに足を引っ掛けて転倒する。立ち上がろうとするが、ロープを引いた部隊が素早くそのロープを足に絡めている。足に群がる兵隊たちを振り払おうと上半身を捻るが、そこへ向けて集中砲火を浴びる。腕を上げて顔をガードしている間に、両足がきつく結ばれてしまった。

 ロープの両端が釘で床に固定され、すでに立ち上がる事は出来そうにない。頭の方角から、別の砲撃隊が進軍してきて、私の手がぎりぎり届かない距離で布陣し、その砲口が全て私の顔に照準を合わせてスタンバイした。

 抵抗を止めた私の前に、隊長が進み出て来た。

「手を両側に広げてうつ伏せになってもらおうか」

 完敗だ。レゴを相手に完全に無力化されてしまった。

 うつ伏せになり、両手を広げると、両手首にロープが巻かれ、それぞれ床に固定される。

 あまりの屈辱に口を開くことすら出来ない。

 目の前の部隊が左右に割れ、その間から数人の兵士が担ぐ輿に乗って王様が現れた。

「我が王国自慢の軍隊を随分と見くびってくれたものじゃのう」

「私は花を返して欲しいだけなんです」

「花を返せと」

「そうです。花はあなたがお持ちなのでしょう」

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるの」

 王様が通った後から、何かの装置が運ばれてくる。それは、レゴサイズの中世のヨーロッパで使われていたようなギロチンだった。

「罪人には相応の罰を受けて貰う」

 王様がそう宣言し、ギロチンが左手のすぐ前に置かれる。

 台の傍に隊長が立ち、腰のサーベルを抜くと、その切先を左手の小指に突き立てる。

「この指をここに入れろ」

 サーベルでギロチンの断首台を指し示す。

「待ってください。私はただゲームを買いに来ただけで」

「往生際が悪いぞ。すでにゲームは始っておるのじゃ。そしてその中で罪を犯せばそれを償わなければならないのは自明の理であろう」

 王様の声は威厳に満ち、有無を言わせない力があった。

「分かりました。潔く罰を受けましょう。ただ、一つだけ教えてください」

「言ってみなさい」

「どうすればここから出られるのでしょう」

「その答えを見つけるのもゲームの一部、わしにもそれを教えることは出来ないのじゃ」

「どうあってもゲームをクリアしなければならないのですね」

「そういうことになるかの。そなたにも言い分はあろうが、運命と諦め受け入れるしかあるまい」

 断切台に小指を差し入れると、隊長がサーベルを振り下ろす。同時にギロチンの刃が落ち、鋭い痛みとともに、小指が飛んだ。

 丁度指が収まるほどの大きさの宝箱が運ばれて来た。数人の兵士が小指を抱えあげると、丁寧に宝箱の中に収めた。

 ラッパの音が響き渡り、王様、宝箱、ギロチンの順に退場していく。続いて砲撃隊が、やがて砲撃隊が退却した後に、残りの兵隊たちも隊列を組んで私の前から姿を消した。

 数人の親衛隊を従えた隊長だけが私の前に残った。

「今から縄を解くが、よもや抵抗はするまいな」

「そんな気にはならないようです」

 隊長の指示で、兵士たちが私の手足を縛っていた縄を解いた。

 左手の小指を見ると、切り口は血も出ておらず、切断面を肉が覆い、もうずっと前から指など無かったような状態だった。不思議と痛みもまったく無い。

 第二関節から先が無い小指を見ていて、私は一つの事に気付いた。後で確かめてみよう。

「どこへでも行くがよい」

 立ちあがった私に向かって隊長が言った。

「そうさせて貰います。行ける場所はそう多くは無さそうですけどね」

 私はレゴの街の先に見えた階段を下った。

 そして、階段を下り切り、フロアに踏み出すと、私の顔を見て目を細めて笑う三つ指に向かって、右手を上げた。


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