ゲームを買いに その⑳
「前にウールはよくここでトラブルを起こしてたって言ってたよな」
私の問いに、グレイはサンドウィッチ用のレタスを切る包丁を止めると、エプロンで手を拭いて煙草に火を点け、カウンターの中の丸椅子に座った。
フロンティアは午後の緩やかな時間帯で、控え目に流される古いジャズの音よりも大きな声は聞こえて来ないほど静かだった。
「ああ。誰ともなしに難癖をつけては、あげくに殴り合いの喧嘩をするような事が続いてたんだよ」
「ドラッグのせいだったのか」
「恐らくな。酒でそんな風に酔うところは見た事が無かったからな」
「でもおかしいな。スペードの話だとドラッグを扱うにあたって、魔女との約束があったはずなんだが」
「へえ。そりゃ初耳だな」
「ああ、暴力的になる物や習慣性の強い物は作らないって事だったらしい」
「なるほどね。でもそれなら最初からドラッグなんて流通させなきゃいいのにな」
「バランスの問題だとスペードは言ってたな。魔女には魔女の考えがあったんだろう」
「あの婆さんの考えてる事なんか俺にはわからねえけど、まあ、この世界も娯楽が少ねえからな」
グレイは煙草をもみ消すと、当然の疑問を口にした。
「でも、それならなんでウールはあんな風になっちゃったんだ」
「それを知りたいんだよ」
グレイは少しの間視線を宙に彷徨わせた。
「プロフェッサーに聞けばなんか知ってるんじゃねえかな」
「プロフェッサー?」
「ああ、確かドラッグの調合するのにスペードはプロフェッサーに頼んだって聞いた事があるな」
「そのプロフェッサーはどこにいるんだ」
「それは俺も知らねえんだ。なんか相当偏屈な爺さんらしくてな。人前にもあまり出て来ないんだよ」
「そうか。それじゃ、後でパープルにでも聞いてみるか。レース場に出入りしてるからその辺の事に詳しいかもな」
「ああ、それがいいかもしれない。そろそろ姿を見せる頃だろ」
ほどなくパープルが軍服ゴリラと連れだってやって来た。
私も彼らがいつも座るジュークボックスの前のテーブルに飲み物を持って移動した。
「おお、元気だったか? いや、あまりそうは見えないな」
パープルが私の頭の包帯を見て顔を顰めた。
「もう怪我は大丈夫なんだ。概ね元気だよ」
「そうか。それなら良かった」
私たちはそれぞれのグラスを掲げて仕草だけで乾杯をした。
「それで? どこで何をやってたんだ」
「今ちょっと人探しをしてるんだ」
「へえ、またか。今度は誰を探してるんだ」
「ウール」
パープルが呆れたような顔をして体を椅子の背もたれに預ける。
「キナ臭い事に関わってんじゃないか。白雪姫のようにはいかなそうな話だな」
「まあ、おかげでこの様だ」
頭の包帯を指差す。
冗談めかしたつもりだったが、パープルの顔が歪む。
「私が助けてやれそうな話じゃないようだな」
「いや、そうでもないんだ。どうやらウールの行方はドラッグと関係がありそうなんだ。それで、プロフェッサーの居所を探してるんだ」
「プロフェッサーか。元々人前にはあまり出て来ないからな。どこにいるか私にもわからんよ。ただ、ドラッグの売買はレース場裏の廃車広場でやってるから、あの辺のやつに聞くのがいいだろうな」
その後しばらくパープルと話し、数杯グラスを空けてから、私は廃車広場へ向かった。
「やあ、やあ、伝説の英雄の登場だ」
レース場の前でクランに出迎えられた。
クランは大げさな仕草で私にお辞儀をする。
「その呼び方止めてくれよ。正直恥ずかしい」
「それは悪かった。でも、あんたへの俺のリスペクトは本物なんだぜ」
「その気持ちは素直に受け取っておくよ。ところで、プロフェッサーがどこにいるのか教えてくれないか」
「プロフェッサーかい」
クランは一旦言葉を切ると、ボイス・パーカッションでリズムを取る。
「その天才はほとんど狂気、彼のドラッグが生み出す狂喜、時にそれはなりうる凶器。プロフェッサーならラボにいるぜ」
「ラボ?」
「ああ、廃車広場のずっと奥にあるドラック・ファクトリーだ。プロフェッサーはそこにずっと籠ってる」
「一人でいるのか」
「助手の女の子がいるよ」
「ありがとう。行ってみる」
「お役に立てて光栄です」
そう言って、クランは再び丁寧なお辞儀をした。
平日の夜は、廃車広場も人影がまばらだが、それだけにキナ臭い雰囲気は週末以上だった。
レース場のネオンが消えている今は、広場は奥の壁にある常夜灯の灯りだけに照らされ、暗闇の中で緑色の光に浮かび上がる廃車の山が不気味な影を作っていた。廃車は奥に行くほど古くなっていき、壊れ方も激しくなっていく。
廃材や瓦礫に躓きながら、広場の再奥の壁まで進むと、原形を留めないほど潰れたスクラップの陰に、コンテナが置かれていた。修理屋の中にあるコンテナと同じような造りで、同じように側面にドアが付けられている。
ドアをノックすると、中からしわがれた声が「だれじゃ」と答えた。
「四つ指と呼ばれている人間です」
「人間? 人間なんかが何の用じゃ」
「ちょっと話をさせて貰いたくて」
荒い足音が中で鳴ったかと思うと、ドアが乱暴に開かれた。
「入れ」
白髪の長髪を乱れ放題に伸ばした白衣の老人が、ドアを支えてスペースを開ける。
「プロフェッサーですか」
「ああ、いいから入れ、早く」
中に入ると、部屋は中央を大型のテーブルが占め、その上にビーカーや試験管、顕微鏡などの実験道具がテーブル一杯に置かれている。
プロフェッサーはすぐにテーブルの前に戻ると、すぐに顕微鏡を覗き込んだ。
「用事があるなら早く言え」
プロフェッサーはそう言いながら、顕微鏡から目を離すと横のメモ帳に何かを書きつけ、振り返ると壁に作りつけられた棚からシャーレを取り出し、ビーカーに入った液体をスポイトでシャーレに垂らすと、また顕微鏡を覗きこむ。一連の動きがセカセカと落ち着きが無い。
部屋を見渡すが、座るようなスペースも椅子も無い。仕方なく、私はドアに寄りかかったまま、話を切りだした。
「あなたがスペードと一緒に作っているドラッグの事を聞きたいんです」
「なんじゃ、お前も新しいのが欲しいのか」
「お前持ってどういう意味です」
「ほれ、一時期ウールとかって狼男がさかんに来てたんじゃ。新しいのを作ってくれって。そう言えば最近ヤツは姿を見せんな」
「それで、ウールのために特別な物を作ったんですか」
プロフェッサーは動きを止めると、顔を上げてようやく私の顔を見た。
「いや、わしが作るのはスペードからの頼みだけじゃ。それが魔女との約束じゃからな」
「そうですか。魔女はあまり強い物は作らせないって約束させたそうですね」
「うむ。わしもそんな物を作るつもりもないしな」
「ウールは無茶な頼みをしてきたんですか」
プロフェッサーは部屋の奥まで行くと、大振りの業務用冷蔵庫の扉を開け、乱雑に突っ込まれた薬箱をかき分けると、缶ビールを二本取り出した。そのうちの一本を私に向かって投げ、残りのプルトップを引いて、そのまま扉を閉めた冷蔵庫に寄りかかった。
「お前も飲め」
「いただきます」
私もプルトップを引き、ビールに口を着ける。
私たちの間にあるテーブルの上では、レトロなアルコールランプで熱された液体がポコポコと音を立てている。
「あの男には、随分と脅されたわ。もっと強い物を作れってな」
「言う通りにはしなかったと」
「当たり前じゃ。あんな若造の言いなりになるほど落ちぶれちゃおらん」
プロフェッサーはそう言うと、思い出しそうになる何かを振り払うように、一気にビールを流し込んだ。
「他にドラッグの調合が出来る人はいるんですか」
「一人だけおる」
「ああ、女の子の助手がいるって聞きました。その人ですね」
「うむ。あの娘は、わしの持ってる知識をのほとんどを教えたからな」
「今はいないようですが」
「ここしばらくはここには来ておらん」
プロフェッサーはビールを飲み干し、空き缶を冷蔵庫の横に置かれたゴミ箱に放り込む。
「どこにいるんですか」
「それがわからんのじゃ。ウールが来なくなるのと時を同じくして姿を見なくなった」
「その娘とウールの間に何か関係があるんでしょうか」
「なあ、あんた、何を調べてるのか知らないが、あの娘の事も探してはくれんか。あの娘が何かのトラブルに巻き込まれてるなら、助けてやってくれないか」
プロフェッサーから、ひと時驕慢な印象が消えた。
「お約束は出来ませんが、恐らく今自分が調べている事は同時にその娘の事を助ける結果になるかもしれません」
「そうか。よろしく頼む」
プロフェッサーが深く頭を下げた。
プロフェッサーの部屋を出て、ホテルに向かって歩きながら、少しだけ話の筋が見えて来た気がしてきていた。




