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ゲームを買いに その②

 私は、再び首をすくめてプラスティックバードの下を潜り、三つ指の前に立った。

「ゲームを楽しんでいるかい」

 私が近づいて来るのをじっと目で追っていた三つ指が聞いて来る。

「なんなんだ、ここは」

「何って、ゲームをしに来たんだろ?」

「私はゲームを買いに来ただけなんだ。何度説明させるんだ」

「怒っているのはおれのせいかい?」

 私の荒げた声に、ただでさえ悲しげだった三つ指の顔が、さらに傷ついたように歪む。

「いや、そんなことは言ってないよ。ただ、何が起こっているのか知りたいだけだ」

「そんなことおれにわかるわけないだろう」

「それなら、どうすれば外に出られるのかだけでも教えてくれないか」

「それもわからないよ。わかってたらおれだってとっくに外に出ているさ」

 私は三つ指から何かを聞きだす事を諦め、周りを見渡した。

 売り場は静まり返り、人の姿も見えない。

 ルイーダから花を受け取ったのがいけなかったのだろうか。思い出して見れば、王様は私を花持ち人と呼んでいた。花を持っていなければゲームをする必要はないのでは。

 その事に思い至り、私はもう一度売り場の奥へと足を踏み入れた。

 先ほどのように棚の間を突き当りまで行くと、ルイーダは同じ場所に立っていた。しかし、その手に花は無い。

「ああ、わたしはかわいそうなプリマドンナ。わたしの手にはもう花が無いの。シクシクシク」

 泣き崩れていたルイーダが、顔を上げると怒りに燃えた目で私を睨みつける。

「あなたね。わたしから花を奪ったのは、あなたね」

「ちょっと待ってくれ。花は返す。返すから、どうすればここから出られるのか教えてくれないか」

「勝手な事を。わたしから花を奪っておいて、逃げ出す気? ご自分がどれだけ酷いことを言っているのか、おわかりなのかしら」

「謝る。花の事は謝るから」

「謝って済むとお思い? それなら、今すぐに花を取り戻していらっしゃい」

「分かった。花を取り返して来たら出る方法を教えてくれる?」

「さあね。花を見てから考えるわ」

 とにかくやってみよう。私は花を取り返すことにして、ルイーダに尋ねる。

「それで、花はどこにあるんだい」

「この先は兵隊たちがいるわ。気付かれないように少し戻って右に行くと、まだら熊がいるから、あの薄汚い獣に聞くといいわ」

「まだら熊?」

「おお、その名前を聞くだけで怖気が振るう。わたしの前でその名を二度と口にしないで」

 ルイーダが全ての可動部を小刻みに動かして震える。

「おお、おお」と声を上げながら両手で耳を塞ぐルイーダを残し、私は棚の間を少し戻り、右へと進んだ。

 少し進むと、棚が途切れちょっとした広場になっていた。広場の中心に緑の葉を茂らせた造り物の巨木が立っている。

 巨木の取り巻くように、造り物の芝生が広がり、さらにその芝生を造り物の柵が囲んでいる。その中に大小取り混ぜたたくさんのヌイグルミが並んでいる。

 私が近づくと、ヌイグルミたちが一斉に騒ぎだした。

「花持ち人だ」

「花持ち人が来たぞ」

「何しに来たんだ」

「きっと我々を獲って食う気に違いない」

「嫌だ、嫌だ、食われるのは嫌だ」

「逃げろ、みんな逃げろ」

 ヌイグルミたちがひょこひょこと飛び跳ね、お互いの体をぶつけあいながら、暴れ出す。

「逃げろ、逃げろ」

「逃げないと、食われるぞ」

 跳ねまわるヌイグルミたちはバラバラの方向へと逃げようとして、広場中でぶつかり合い、造り物の木に激突し、その中の数体が私の体にもぶつかってくる。しかし、ヌイグルミがいくらぶつかっても痛みは無い。

 私はその中から一体のリスのような犬のようなヌイグルミを捕まえた。

「まだら熊はどこにいる?」

「食べないで、お願いだから食べないで」

 リスのような犬のようなヌイグルミは、モコモコした両手を突き出し、目をきつく瞑って顔を背ける。

「まだら熊がどこにいるのか教えてくれたら離してあげよう」

 私が言うと、リス犬が恐る恐る目を開く。

「本当かい? 本当に離してくれるのかい?」

 そう言いながら、怯えた目を造り物の木へと移す。釣られて私もそっちを見ると、今まで気付かなかったが、木にもたれかかるようにして、人の背丈ほどもある巨大な熊のヌイグルミが座っていた。

 熊は、木の色とまったく同じ茶色で、目をこらさなければそこにいることに気付かなかったのだ。木と一体化したかのような顔の中で、そこだけ黒いつぶらな瞳が私を見ていた。

「あれがまだら熊か。約束通り離してあげよう」

 ヌイグルミを置きかけて、ついちょっとしたいたずら心が湧いて、私はリス犬に向かって大きく口を開いた。

「うひゃあああああ、食われる、食われてしまう」

 リス犬が悲鳴を上げる。

 静まり返って事の成り行きを見守っていた他のヌイグルミたちも途端に騒ぎだす。

「食われてしまう、食われてしまう」

 再びパニックになったヌイグルミたちの間を抜けて、私はまだら熊の前まで進んだ。

 前に立つと、まだら熊の体がグレーに変わっていた。目の錯覚かと思う間もなく、やがてグレーが黒に、黒が青にと変わっていく。やがて色が混ざり合い、時に迷彩色のように、時には鮮やかな虹色の縞にと次々と色を変え、柄を変え、見ていると眩暈がしてくる。

「ワシに何か用かね」

 ゆったりとした深みのある太い声だ。

「ルイーダさんに聞いて来ました。花のある場所を知っていると」

「おお、ルイーダか。あの娘は元気だったかい? ワシのこと、何か言っていたかい?」

 話ながらも、体の色は変わり続けている。

「特に何も。ただ、花のある場所はまだら熊さんに聞けと」

「そんなことはないだろう。あの娘のことじゃ、どうせひどいことを言っていたに違いない。なんと言っていたか教えてくれないか」

「そんな、別に何も」

「いいんじゃ、本当の事を教えてくれていいんじゃ。あの娘がワシを嫌っているのはわかっておるから」

 そこだけは色を変えない黒いつぶらな瞳が私を見つめている。

「ええと、薄汚い獣、と」

「なんと。そんなことを。なんと。なんと」

 まだら熊は「なんと。なんと」と繰り返しながら立ち上がり、紫色の右手と深緑の左手で顔を覆うと、のそのそと歩きだした。

「待ってください。花のある場所を教えてください」

「なんと。なんと」

 まだら熊が木の後ろへと回り込む。そんなに傷つくなら聞かなければいいのに、と思いながらも後を追う。

 木の後に、貨物用のエレベーターがあった。

 私は、「なんと。なんと」と呟きながら木の後にうずくまってしまったまだら熊を横目で見ながら、エレベーターの降るボタンを押した。扉の奥で、ケーブルが擦れる音がしている。助かった。

 私は到着したエレベーターに飛び乗り、一階のボタンを押す。動き出したエレベーターは確実に下降している。やがてエレベーターが止まり、チンという到着音と共に、扉が開いた。

 しかし、私には扉が開く前からなんとなく分かっていた。花を手に入れない限り、ここからは出られないことを。

 エレベーターから降りて、プラスティックバードの声を聞きながらその先を見ると、三つ指がさっきより少しだけ嬉しそうな顔で私を見ていた。


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