ゲームを買いに その⑭
「少しお時間を頂けませんか」
ドラキュラは、丁寧な物言いながら、油断の無い目で私を正面から見つめている。
「構わないが、威圧をされるのは、気持ちのいい物では無いな」
「それは失礼しました」
両脇のフランケンシュタインを見ながら私が言うと、ドラキュラは思ったより素直に二人に修理屋へ戻っているよう指示をした。
「失礼を謝ります。改めて、お近づきのしるしに、一杯ご馳走させてください」
「喜んで申し出を受けるよ」
警戒心より、好奇心のほうが勝った。それに、この男は、印象ほど悪人では無いような気がした。
一杯飲むと言う事は、この世界ではすなわちフロンティアへ行く事を意味する。
店に入ると、グレイが私の顔を見て挨拶をしかけ、後から入って来たドラキュラに気付き、露骨に顔をしかめた。
まだ早い時間帯とあって、店はそれほど混んではいない。
ドラキュラは、店の最も奥まった席へ私を誘導した。
席に座ると、珍しくグレイが直接注文を聞きに来た。ドラキュラがビールを二杯注文する。
「ビールはジョッキでいいな」
グレイが注文を確かめ、立ち去り際に私に顔を向けて聞いた。
「何か問題はあるかい?」
「いや、大丈夫。特に問題は無いよ」
「そうか、それならいい。何かあったら呼んでくれ」
「ありがとう」
カウンターに戻るグレイを、ドラキュラが目で追っている。
「彼なりに心配してくれているようだ」
私が言うと、ドラキュラが口元で薄く笑う。
「私も警戒されたものですね」
「それを望んでいるんじゃないのかい」
「ある程度、そうかもしれません」
アンドロイドのウェイトレスがビールを運んできた。
「それじゃ、乾杯」
ドラキュラが言い、私たちはジョッキを軽く合わせる。
「改めて自己紹介いたしましょう。私は、御覧の通りドラキュラの人形で、名前はトランス。修理屋の住人で、レース場の責任者でもあります」
「そして賭けの胴元か」
「そうですね」
「私は」
私が自己紹介を始めようとすると、トランスは手を軽く挙げて、それを制した。
「そちらはけっこうです。あなたの事はよく知っていますよ。人間界からの闖入者であり、ゲームのプレイヤー。一夜でレース場の英雄となり、また、魔女の信任を得、グレイを含め、すでに友人と言える関係を築いた者が数人。そして、レースで史上最大の大穴を出して、私を大損させた男」
「それは気付かなかった。すまない」
トランスは、口元だけの笑みを浮かべる。
「いえ、謝る必要はありません。賭けはスリリングでなければつまらないですからね」
「それで、私を誘ったのには、何か理由があるのだろう?」
「はい。あなたにお願いがあるのです」
「どんな?」
「それを話す前に、引き受けるかどうかを決めて頂く必要があります」
「それは随分無茶な注文だな」
トランスは、私の目を覗きこむような目線を決して外す事は無い。頭の奥まで覗かれそうな、少し落ち着かない気持ちになる。
「あなたにお願いするのには、理由があります。一つは、この件については、出来るだけここの住人には知られること無く内密に処理したいため。もう一つは、問題を解決するためには、多くの人と話をする事が必要となります。あなたは、ゲームのプレイヤーであり、この世界では新参ですから、それを不自然無く行えます。すでにご承知の通り、私は多くの場所で警戒されていますから」
「私にはそれを引き受ける理由があるのかい」
「言った通り、この件を知っている人間は少ないほうが望ましい。問題を解決したら、すぐにでもあなたにはこの世界から出て行ってもらいたい。つまり、あなたのゲームクリアに、全面的に協力をすることになります。魔女ほどではありませんが、私もこの世界ではそれなりの力と影響力を持っていますから、決して損にはなりませんよ」
トランスは、深い青色の目で、私を見つめる。
「なるほど、説得力があるな。あんた、いいセールスマンになれるよ」
「それでは、引き受けて頂けますか」
「一つ条件をつけていいか」
「なんでしょう」
「あんたの制約がどんなものか、教えて欲しい」
この世界の住人の行動には、制約が深く関係している場合が多い。それがどんなものか聞いておくのは、ある種の保険のようなものだった。
「いいでしょう。全てをお話するわけにはいきませんが、私に課せられた制約は、果てる事の無い渇き、です。それがどんなものかは、ご想像にお任せします」
トランスは、ウェイトレスを呼び、強い酒を注文した。
「契約成立に」
酒が来ると、私たちはもう一度グラスを合わせた。
グラスを干すと、トランスは依頼の内容を話しだした。
「数日前、この世界で初めて、殺人が起こりました。我々は人ではありませんが、便宜上その言葉を使わせていただきます」
「今まで一度も殺人事件は無かったのか」
「はい。ここでは、命という物への認識が人間の世界とは大きく違っています。他人の命を奪うという行為が何かの意味を持つ事はほとんどありません」
「そう言えばパープルもそんなようなことを言っていたな」
「この事件について知っているのは、今のところ私と、私のボスだけです」
「魔女も知らないのかい」
「あの方には一番知られたくないですね。恐ろしい力を持ちながら、人情家ですから。知ったら、無茶なことをしそうです」
「なんとなく分かる」
「殺人事件が起こった、と言う事が公になると、この世界の何か根本が揺らぐような気がするのです。それは避けたい」
怜悧に見えながら、この男も他人のために行動することに躊躇が無いようだ。案外、この世界の秩序を守っているのは、この男なのかも知れない。
少し間を取り、トランスは続けた。
「あなたに、その犯人を見つけて頂きたいのです」
「私に殺人事件の捜査をしろと言うのか。それは難しい依頼だな。私はただのサラリーマンで、探偵でも警官でもないんだぞ」
慌てて私が言うと、トランスはまたもや口元だけの笑みを浮かべる。
「スタントマンでも、レーサーでもありませんね」
「あれはたまたまだ。単なる幸運だよ」
「幸運というのは、自ら引き寄せなければ、手には入りません。それが出来るのは、その人の意志の力です」
答える前から、私の意志は多分決まっていた。
「わかった、やってみよう。あんた、やっぱり優秀なセールスマンの素質があるよ」
「ありがとうございます。明日、修理屋へ来てください。私のオフィスで事の詳細をお話します」
そう言うと、トランスは立ち上がった。
「グレイにだけは、大まかな話しを通しておきます。この店は、この世界で最も人が集まる場所です。あの男の協力がきっと必要となるでしょう」
「一つだけ今教えてくれ」
「なんでしょう」
「殺されたのは誰なんだ」
トランスは少しの間黙り、冷たい目の中で、その時だけ、感情が揺れた。
「私の、古い友人です」
トランスは、カウンターの中のグレイと少しの間話し、店を出て行った。
少しして、グレイがビールを二杯持ってやって来て、トランスが座っていた椅子に腰を下ろした。
「飲め」
グレイが私の前に、ビールを置いてくれる。
「ありがとう」
「あんた、また面倒な事に首を突っ込んでるんだな」
ビールを半ばまで飲むと、グレイが言った。
「ああ、そう言う事になったようだ」
「あんた、不思議な男だな」
グレイが呆れたように私を見つめる。
「今の自分を一番不思議に思っているのは自分自身だよ」
それは、偽らざる本音だった。




