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ゲームを買いに その⑬

「そんなに嫌な顔をするなよ」

 私が言うと、三つ指はわざとらしく指で鼻を塞いで見せた。

「もうお昼だよ。ずっとここで寝ていたんだぞ」

 立ち上がると、体が普通サイズに戻っている。明け方頃に猛烈な尿意で目を覚まし、錠剤を飲んでトイレに行ったことを思い出した。薬箱を取り出して中を見ると、随分減っている。これからは使いどころを考えなければならない。まずは、トイレ問題をなんとかしなくては。

「ああ、頭が痛い。ひさしぶりに二日酔いだ」

「魔女のとこで薬を貰うといいよ」

「そうしよう。どっちにしろ魔女のとこには行こうと思ってたんだ」

「いつの間にか、この世界を楽しんでいるんだな」

「ああ、いつの間にかな」

 三つ指は、私の言葉に満足そうに頷いた。

「今度グレイからビールでも貰ってくるよ。一緒に飲もう」

「いや、わたしはお酒は飲まないよ。でも、ありがとう」

「そうか、代わりにあそこの苦いコーヒーを貰ってこよう。じゃあ、私は行くよ」

「うん、またな」


 ルイーダは、前に来た時と同じ姿勢で、膝を抱えて座っていた。

考えてみたら、ルイーダはおもちゃの中で唯一、いつも一人だ。

「おはよう」

私の声に振り向くと同時に、ルイーダは顔をしかめた。

「おお、お酒くさいこと。昨晩は随分と羽目をお外しになったようね」

「ああ、つい、な」

「お気楽なこと。花を手に入れる算段もついてないご様子なのに」

「痛いところをつくね」

「あちこち歩き回ってお楽しそうな事ですわね」

 そう言うと、ルイーダは目を逸らし、俯き加減に顎を膝に乗せた。

 その横顔は、今までの印象よりも随分幼いものに見えた。

「なあ、ルイーダにも、何か制約があるのかい」

「もちろん」

「どんな制約なんだい」

「それをあなたにお話しする理由はありませんわ」

「それはそうだな。余計な事を聞いた、すまない」

「謝ることは無いわ。花が手に入るまではもう来なくてもいいですわよ」

「冷たい事を言うなよ。また来るよ。話し相手になってくれ」

 ルイーダは、何かを言いかけ、しかしすぐに顔を膝の間に埋めてしまった。

「じゃあ、私はもう行くよ」

 ルイーダはそれに答えず、顔を伏せたまま、私を追い払うように手の平をひらひらと振った。


 広場に近づくと、ぬいぐるみたちの歌声が聞こえてきた。

 芝生の上で、ぬいぐるみたちに混ざって、七人の小人たちがいて、白雪姫が、その中心に座っていた。

 私に気付くと、白雪姫は笑顔で手を振ってくれた。

 その横で、まだら熊が私に向かって頷きかけていた。


 魔女の部屋の前まで行くと、中から賑やかな話し声が溢れ出て来た。

 私は一旦立ち止まり、少しの間、その賑やかさに耳を傾けた。

私の行為が単純なギブ・アンド・テイクが目的であったのなら、この瞬間、私は充分な見返りを受け取った。

 部屋へ入り、置かれたままの椅子に座ると、魔女が何も言わずに紅茶を出してくれた。

 私も黙ったまま、カップを口に運ぶ。二日酔いの体に、殊更、染みる。

 私が紅茶を飲み干すと同時に、魔女が口を開いた。

「何か他に欲しい物はあるか」

「頭痛薬、ありますか?」

「はっ、そんな物で良いのか」

 魔女が笑うと同時に、カップの横に、頭痛薬が置かれていた。

「ありがとうございます。充分です」

「何があったか、全て聞いた。改めて礼を言う」

「いいんです。おかげで、私も楽しめました」

「お前、この世界でも生きていけそうだな」

 魔女が笑う。

「よしてください。私には帰らなければいけない家があるんです。ただ、この世界も、悪くないですね。友達も出来たし」

「これからどうするつもりだ」

「取り敢えず、ブルーを見舞おうかと思ってます」

「律義なことだな」

 私は、残りの紅茶で頭痛薬を流し込むと、立ち上がった。

「それじゃ、ご馳走さまでした」

「一つ覚えておけ。今後何があっても、この部屋の住人は、お前の味方だ」

「心強いですね。覚えておきます」

 私は、部屋を出かかり、急に思いついて、振り返った。

「そうだ。もう一つ、お願いがあります」

「なんだ」

「トイレ、なんとかなりませんか」

 珍しく、魔女が声を上げて笑った。


 魔女の部屋を出て、錠剤を飲んだ。これからは、出来るだけこの大きさのまま過ごさなければならない。

 修理屋へ行くためにレース場の前を通りかかると、ステージの横に、私たちが乗った車の残骸が置かれていた。そして、その残骸に千切れ飛んだボンネットの一部が立てかけられ、そこに「GVof4F&P」とアート風の文字がペイントされていた。

「グレート・ビークル・オブ・フォーフィンガーズ・アンド・パープル」

 振り返ると、ピエロが立っていた。

「このレース場がある限り、この車は伝説として語り継がれるだろう」

 ピエロが芝居がかった口調で言った。

「大げさだな」

「面白い話は、出来るだけ大げさなほうが盛り上がるだろ」

「あんたが描いたのかい」

「なかなかよく描けてるだろ。俺はアーティストなんだ」

「レースの司会だけじゃないんだな」

「ああ。パフォーマーであり、アーティストでもある。人を楽しませる事なら、なんでもやるぜ」

 ピエロはそう言うと、握った右手を私の目の前で軽く振って見せた。その手に、いつの間にか黄色のチューリップが握られていた。

「俺は、人を楽しませる事以外、何も出来ないんだ。自分のために何かしようとしても、体は動かない。それが俺の制約さ」

「それはまた随分不自由な制約だな」

「いや、俺もそれを楽しんでいるよ。不自由と感じた事はないね」

「楽しめる制約もあるんだな」

「考え方ひとつさ。せっかくなら、なんでも楽しんだ方が得だぜ」


 もう少し文字に手を加えると言うピエロと別れ、修理屋へ向かう。

 修理屋は、他の三つの角と同じような小部屋になっていた。

 このフロアは、四つの角が全て小部屋となっていて、それぞれが決まったコンセプトのスペースになっているらしい。修理屋は、ちょっとしたお化け屋敷風の装飾が施されていて、入り口は分厚い真っ黒なカーテンで仕切られていた。

 カーテンを捲り中に入ると、薄暗い中、いくつものカンテラが灯り、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 部屋の中には、無数のコンテナがランダムに積み重なり、それぞれが階段や渡り廊下で繋がれている。一つ一つの箱が部屋になっているらしく、どの箱も側面にドアが付いていた。

 不規則に並ぶコンテナが、スペース全体を立体迷路のような複雑な空間にしていた。

 いくつもの折れ曲がった路地が縦横に走り、明かりの届かない路地の先は、闇の中へ溶け込んでいる。

 中の暗さに目が慣れると、カーテンのすぐ裏に、漫画風にデフォルメされた河童がぼんやりと座っている事に気付いた。私は、河童に修理が必要なおもちゃがどこにいるのか聞いた。

「誰を探しているのだい」

「昨日のレースで怪我をしたブルーを探してるんだ」

「ブルーなら、確か6番の部屋にいるはずだよ」

 言われてみると、箱にはどれもナンバーが振ってある。

 私が中へと歩き出すと、河童が慌てて私の前に回り込んだ。

「おっと、奥に行くなら身体検査をさせてもらうよ。ここは武器の携帯禁止だからね」

「武器なんか持ってはいないが」

「規則なんだよ。悪いね」

 河童が慣れた手つきで、私の体を服の上から検査する。

「今は落ち着いてるけど、以前はここも物騒だったんだ。うん。大丈夫。行っていいよ。6番の部屋は、この先の右側だよ」

 

 6番の部屋は、入り口に近い一階にあった。入り口には無愛想な赤鬼が立っていたが、見舞いだと言うと、すぐにドアを開けてくれた。

 部屋の中には、ベッドが四つ並べられ、その一つにブルーが寝ていた。ベッドの枕元に、外れたままの手足が並べて置かれている。 

「何だ、負け犬を笑いに来たのか」

 私を見て、片腕で上半身を起こしながら、ブルーが自嘲気味に言う。

「少し心配だったんで様子を見に来たんだ」

「ふん、敗者に情けはかえって嫌味だぜ」

「それはすまなかった。元気ならそれでいいんだ。手足はいつ治る?」

「さあな、順番待ちだ。今日中には何とかしてくれるだろう」

「自分では着けれないのか」

「簡単なようで、微妙に技術が必要なんだよ。医者にやってもらうほうが確実だ」

「医者がいるのか」

「ああ、烏天狗が得意なんだ、こういうの」

「ここはなんでも揃ってるんだな」

「ワシの方が先だぞ!」

 横のベッドから、羊飼いCの頭が口を挟んだ。

「白雪姫は家に帰ったよ。あんたと白雪姫を引き離す結果になったのも気になっていたんだ」

「ああ、それならいいんだ。むしろ礼を言いたいくらいさ」

「なんだ、上手くいってなかったのか?」

「あの娘の制約を聞いただろ。あの娘、毎回無茶苦茶するんだよ。正直、限界だったわ。命がいくつあっても足りねえよ」

「毎回あんたが助け出してたわけじゃなかったんだな」

「ああ、自分一人が逃げ出すのに精いっぱいだった。小娘の破壊願望と心中するのはごめんだし、いいきっかけだった」

「そうか、それなら良かった。それじゃあ、私は行くよ。お大事にな」

「ああ、俺は少し寝るわ」

 部屋を出かかると、ブルーが私を呼びとめた。

「おい、白雪姫に会ったら、たまには遊びに来いって言っておいてくれ。その代わり、レースは抜きでって」

「ああ、伝えるよ。治ったらレースに復帰するのか」

「いや、もう引退だ。お前は?」

「そうだな、あんたとならまたやってもいいかな」

「ふん、二度とごめんだ」

 同時に、二人で少し笑う。

「じゃあ」

 私が右手を挙げると、ブルーはベッドの中から中指を立てた。


 先ほどと同じ場所で同じようにぼんやりと座っていた河童に礼を言って、カーテンを捲くった。

 外に出ると、明るい光に、一瞬視界を奪われた。

 瞬きをして視界を取り戻すと、目の前にいつものようにフランケンシュタインを従えたドラキュラが、私を待っていた。

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