ゲームを買いに その⑫
突然静まり返っていた会場が大歓声に包まれた。
ステージにピエロが現れ、叫んだ。
「聞くでもないが、お約束だ。一応聞くぜ。勝者は?」
「一号車!」
歓声がさらに大きくなる。
「ほら、手でも振って答えてやれよ」
いつの間にか、パープルが隣に立っていた。
歓声が、やがてひとつのコールへとまとまっていった。
「フォー・フィンガー! フォー・フィンガー!」
コールと合わせて皆が足を踏み鳴らす。
私は、軽く右手を挙げる。観客が指笛と歓声で答える。
「まったく、いったい何をやったんだ、あんた」
パープルが粉々の車を見ながら、呆れたように言う。
「いちかばちかだったけど、思ったより上手く行ったよ」
「ただの人間にしておくのは惜しいよ、あんた」
パープルが笑う。
「いや、あんたのおかげだよ。ありがとう」
「礼を言うのは私のほうだ。久しぶりにスカっとして、いい気分だ」
グールたちが現れ、ブルーを担架に乗せて運んで行った。
「彼は大丈夫なのか?」
「ああ、あの程度なら明日には直るよ。心配するな。そんなことより、目的はあの娘だろ」
パープルがそう言いながら、醒めた目で運ばれて行くブルーを見送っている白雪姫に顎をしゃくる。
「そうだったな。ちょっと話をしてくるよ。後で会おう」
「ああ、グレイのとこにいるよ」
「約束の一杯を奢るよ。また後で」
パープルは私の肩を軽く叩くと、フロンティアの方へと歩いて行った。
「約束通り少し時間を貰うよ」
白雪姫に声をかける。白雪姫は、少しの間私を睨みつけ、やがて不貞腐れたように頷いた。
私は、白雪姫を伴い、先ほどパープルと煙草を吸った公園へ向かった。先ほどと同じベンチに座り、白雪姫を見る。少し躊躇った後、諦めたように白雪姫も隣に座った。
「どうして帰らないんだ」
私が聞くと、白雪姫は、小さく溜息をつく。
「あそこにいると、息が詰まるの」
「でも、あそこがキミのホームだろ」
白雪姫は、それには答えず、少しの間投げ出すように揃えた両足の先を見つめる。
気まずい沈黙に、パープルに煙草を貰っておくんだったと後悔を感じ始めた頃、白雪姫がようやく口を開いた。
「白雪姫のお話、どのくらい知ってる?」
「そうだな。王妃の差し金で毒入りリンゴを食べた白雪姫が王子のキスで蘇る。その程度かな」
「あのお話って、本当はもっともっと長いの。王妃は、何度も何度も白雪姫を殺そうとするの。でも、必ずそれは失敗するの。なぜなら、王妃は嫉妬に狂った悪女で、白雪姫はただ美しく生まれてしまっただけの純真な王女だから」
「そこまでは知らなかったな」
「わたしは、絶対に死なないの。それどころか、汚れることすら無い」
「それが制約なんだな」
「そう。どんなことがあっても、わたしは品行方正で穢れ無きお姫様」
「それは」
苦痛なことなのか、と言おうとして、思い留まった。歳を取って鈍化した私の感性でも、その言葉がこの娘を傷つけるであろうことは想像出来た。
誰かに無垢で在り続けることを期待するのは、多分とても傲慢なことなのだろう。
またもや、息子の顔が思い浮かんだ。
この世界から出る事が出来たら、私はもう少しマシな父親になれるだろうか。
帰るよう説得するはずが、私は言うべき言葉を失ってしまった。
「いいよ。わたし、帰る」
白雪姫が吹っ切れたような明るい声で言った。
「そろそろこっちにいるのも飽きてたし、それに、おじさんには面白い物見せてもらったしね。まさか本当に勝っちゃうとは思わなかった」
「そうか、そうしてくれるか」
「うん。今から帰る。おじさんがわたしの事で、なんであそこまでしたのか、よくわからないけど、でも、ありがとう」
「いや、いいんだ。勝手にしたことだし、お礼を言われるようなことは何も無いよ」
「でも、みんな怒ってないかなあ。突然飛び出してずっと帰ってなかったのに」
「大丈夫。今は面倒に感じるかもしれないけど、帰りを待ってくれている誰かがいるっていうのは、それほど悪い事じゃないと思う。ただいま、と言うだけで大丈夫」
「わかった。それじゃ、わたし行くね」
「ああ、おやすみ」
「それじゃ、またね」
白雪姫は、そう言うと勢いよく立ちあがり、私に向かって丁寧にお辞儀をし、小走りで公園を出て行った。
その後ろ姿は、すぐに闇に溶け込んだ。その後しばらく間、私はベンチに座ったまま、白雪姫の消えた夜を見つめていた。
フロンティアに行くと、グレイがカウンター越しに意味ありげに笑いかけて来た。
「英雄のお出ましだな」
「からかうなよ」
「まんざら冗談でもないぜ。店の話題はあんたのことで持ちきりだ」
「パープルはいるかい」
「ああ、いつもの席にいるぜ。やつも今日はひっきりなしに握手を求められて、満更でも無さそうにしてる」
「一杯奢る約束なんだ。二人分の酒を貰えるか」
グレイは棚の奥から、ボトルを一本取ると、カウンターに置いた。
「取って置きだ。こいつは俺からのプレゼントだ。二人で飲みな」
「ありがとう。ご馳走になるよ」
パープルは気持ち良さそうに酔っていた。
私が席に座ると、軍服ゴリラが今度は間違いなく私に向かって軽く頷いた。
「ヘイ、ブラザー・ジェイク、白雪姫とは首尾よく話せたか」
「ああ、魔女のとこに帰ったよ、ブラザー・エルウッド」
「そうか、よかったな」
「グレイの奢りだ。思い切り飲んでくれ」
私がボトルをテーブルに置くと、パープルが身を乗り出した。
「こんなの隠してやがったか、あの野郎、やけに気前がいいな」
「ほんとに助かったよ。改めてお礼を言わせてくれ」
私が言うと、パープルは苦い顔で手を振った。
「やめてくれ。それ以上堅苦しいこと言うと、逆にやらなきゃよかったって気になるわ」
「そうか、悪かった。もう止める。せっかくだから思い切り飲むか」
「そうだ、それでいい」
グレイの取って置きは文句なく美味かった。私たちは、古臭いアメリカ映画の話題を肴に、気持ちよく酔った。
「さっきはああ言ったが、私からも、もう一度だけお礼を言わせてくれ」
話が一区切りついた時、パープルが言った。
「お礼を言われる覚えは無いぞ」
「いや、これからの事だ。あんたは、いつかこの世界から出て行くだろうが、でも、きっと今日のことを忘れないだろ」
「そうだな。忘れたくても忘れられないだろうな」
「それだよ。あんたが生きている限り、私は消えることがない。私が存在する限り、あんたがどっかで生きているってことなんだよ」
「そうか。そういうことになるんだな」
「ああ、あんたのおかげで、つまらない不安から解放された」
「生きる世界が違っても、私たちはブラザーだな」
「そうだ。腑抜けた続編を作る必要はない」
その後、ひとしきりブルース・ブラザーズの続編の是非で盛り上がり、ダン・エイクロイドの晩年を嘆き、やがて私の記憶は曖昧になった。
目が覚めると、三つ指が私の顔を覗きこんでいた。
「おはよう」
私が言うと、私の酒臭さに、三つ指が顔を背けた。




