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ゲームを買いに その⑪

 土色のフード付きコートを着た、数体の小柄なおもちゃたちが担架を持ってやって来た。

 大振りなフードがすっぽりと顔までも覆い、どんな顔をしているのかも判然としない。彼らは、担架に羊飼いCを乗せると、コースの中ほどまで転がり戻った頭をその上に乗せた。


「あれは何だ?」

「グールだよ。壊れたおもちゃを修理屋に運んで行くんだ。ジョイント部分が外れただけなら修理可能だからな。私たちおもちゃは、完全に頭が潰れてしまうとか、体が裂けてしまうとかでも無い限りいくらでも修理出来る。レゴの頭なら数分で直るよ」

 バトルコマンダーは自ら合体して、立ち上がると、両腕を掲げて歓声に応えている。

「丈夫なものだな。あれなら思い切ってぶつかれるわけだ」

「それでも、私たちにも恐怖心はあるよ。羊飼いCの妻が減速したのを見ただろ」

 グールたちが怪我人を運んで行くと、入れ代わりに一つ目巨人が数体現れ、壊れた車をコース外へと運んで行く。こうして、レース・コースを囲む壁がまた高くなるのだろう。


 コースの清掃が終わると、すぐにピエロがステージに登場した。

「さぁ、次のレースは」

 

 続きは聞かずに、私はパープルに合図をして、壁の裏にある公園に向かった。

 公園の中心には街灯があって、柔らかな光を園内に投げかけていた。

「さっきは一本だけと言ったが、もう一本煙草を貰えないか」

「好きなだけ吸え」

 そう言ってパープルはパッケージごと煙草を寄こした。私たちは、公園のベンチに座り、しばらくの間黙って煙草を吸った。レース場からは、歓声と怒声と音楽と破壊音が一体となって、地鳴りのような響きとなって伝わってくる。


「なあ、あんた、なんで白雪姫になんか関わってるんだ」

「なんでだろうな」

 不意の質問に、少しの間考え込む。

「最初は魔女に恩を売っておいたらゲームに有利なんじゃないか、なんて下心があったのかもしれないな」

 単純なギブ・アンド・テイク。ただ、その自分の言葉に、自分でも納得していない。なぜこんなことに関わっているのか、不思議だった。

「そう言うあんたこそ、なぜ助けてくれる気になったんだ」

「はっ、質問を質問で返すのか。そんなの理由なんかねえよ。当たり前だろ」

 私は、少し笑う。

「多分、私もせっかくこんな世界に来てしまったのだから、ヒーローになりたかったのかもな」

「全然わからねえ」

「実は自分でもわからないんだよ」

 パープルは呆れたように肩をすくめる。

「まあいい。そろそろ行こうぜ」

 私たちは、何本目かの煙草をもみ消し立ちあがった。


「いいか、前にも言ったが、あんたが操作するのは基本ハンドルだけだ。ブレーキとアクセルは私が操作する。だが、操作は全てあんたの指示に従うよ。いざとなったら意地を張らずにブレーキと叫べ」

 会場に戻る途中、パープルが説明をしてくれる。

「不思議なルールだな。それだと、チキン・レースなのに度胸を試されるのは助手席の者になるじゃないか」

「そうとも言えるし、そうでもないとも言えるな。まあ、やってみなければわからないな、こればっかりは」


 私たちがスタート地点付近に現れると、会場のボルテージがひと際上がった。これまでとは比べ物にならないほどの歓声が私たちを包み込む。


「今夜のスペシャルゲストの登場だ! 人間界からの使者、その決断あまりにも無茶、三分後には間違いなく死者、躯を前に匙を投げる医者、ミスター・四つ指が一号車に乗るぞ!」

 ピエロが煽りたてると、観客の熱狂がさらに増す。

「迎え撃つのは、我らが英雄、レインボー・レンジャーのブルー!」

 ブルーが優雅な仕草で助手席を開け、白雪姫の手を取って車へと乗せる。

「会場中があんたがめちゃくちゃになるのを期待してるみたいだな」

 パープルが周りを見渡しながら苦笑交じりで言う。

「相当なアウェイなのはわかるよ」

「何せ人間がレースに参加するのなんて始めてだからな。人間が壊れるとこをみんな見たいんだろう」

「人間が壊れるとおもちゃと違って相当グロいぞ」

「うはっ、見たくねえな」

 私とパープルも車に乗り込む。車内は思った以上に狭い。

 その瞬間、急に一つアイデアが浮かぶ。もしかしたら、上手く行くかもしれない。全てはタイミング次第だ。

 私は、ポケットから薬箱を取り出した。同時に、パープルがエンジンをかけて、アクセルを吹かす。

 フロントグラスの先では、点滅する極彩色の光が長い直線を照らし出している。そしてその終点に、巨大な壁が聳えている。車内の視界からは天井が見えない分、壁の威圧感が否応にも増す。

「シカゴまで106マイル。ガソリン満タン」

 パープルが呟く。

「タバコは半箱、暗闇にサングラス」

 私が言うと、パープルが驚いたような顔で私を見て、すぐにニヤリと笑う。

 私も笑い返しながら、言う。

「終わったら、映画の話でも肴に飲もう」

「いいね、あんたの奢りだったよな」

 カウントダウンが始まり、電子音が刻まれる。

 私は、歓声とモーター音に負けないようパープルに向かって声を張り上げる。

「あんた、私たちは普通のサラリーマンで似た者同士だって言ったよな」

「ああ、言ったよ」

 パープルがブレーキをかけながら、アクセルを一杯にする。振動と圧力がシート越しに伝わって来る。

「普通のサラリーマンってのは、24時間サラリーマンだ。そしてあんたは、そうじゃない」

「何が言いたい」

 観客が電子音に声を揃える。

「スリー・ツー・ワン」

「あんたは、正義の味方でヒーローだ」

 私が叫ぶと同時に、車が一気に加速する。体感速度は普通に車を運転している時以上だ。車体が軽い分、ハンドルの固定も難しい。必死に車体を真っ直ぐに固定する。みるみるうちに壁が近づき、フロントガラスの中で膨れ上がる。

「このまま行っていいのか。このスピードはやばいぞ」

 パープルが叫ぶ。

「もっと上げろ、そして、俺を信じろ!」

 私は、あらかじめ手の平に握りこんでいた錠剤を順番に口に放り込む。

 全ては一瞬だった。

 激突の寸前、通常サイズに戻った私の体が、車を内側から破壊した。増えた体重で車の下部が潰れる。両手の平をパープルに向かって庇うように差し出し、一度その体を手の中に収めて守る。背中を丸め、両足を壁に向かって突き出す。その瞬間段階を踏んで縮んでいく体が、摩擦と衝撃を相殺していく。

 それでも、かなりの勢いで壁に激突し、気が遠くなる。なんとか意識を保ち、手足を動かして骨に異常が無さそうなことを確かめる。

 頭を振りながら立ち上がると、会場は静まり返っていた。


 壁の前には、骨組みすらも残らないほど粉々になった私たちの車があった。

 横を見ると、二号車は後部座席までもが潰れていた。相当な衝撃で壁に激突したようだった。車の横には、左手と右足が取れたブルーが横たわっていた。パープルは横壁まで飛ばされたらしく、壁にすがりながら立ち上がろうとしていた。

 そして、白雪姫は二号車の助手席の横で、無傷のまま立っていた。服に汚れすらついていない。

驚いて見つめる私を、怒りと、悲しみと、安堵の入り混じった目で見返している。

「これが、わたしの制約」

 白雪姫が私に向かって言った。


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