ゲームを買いに その⑩
私たちが歩き出すと同時に、照明が落ちた。
唐突な夜の訪れと共に、パーティーが始まった。
レース会場は光と音の洪水だった。
廃車の壁にクリスマスツリー用の電装がぎっしりと巻きつけられ、色とりどりの光が無数に点滅している。どこからかラップ音楽の重低音が響いている。
いつの間にか大勢のおもちゃたちが集まり、廃車の壁によじ登って、レース場を見降ろし歓声を上げている。
廃車の壁が途切れる場所がスタート地点となっていて、そこにはすでに二台の車が用意されていた。
「コントローラーの小型化をしたのは、修理屋のやつらだ。レースのためだけに相当な改造をしてるんだよ、この車は」
パープルが説明する。
「かなりのスピードが出るのか」
「そりゃ、速ければ速いほど派手にぶっ壊れるからな」
壁の端からスタート地点に並ぶ車を見ながら話していると、音楽が止まり、同時に歓声が上がった。
「レーディースアンドジェントルメン」
拡声器でひび割れた声が響き渡った。
私たちが立つ反対側の壁の端にステージが組まれていて、その上にスポットライトが当たった。ライトの中にマイクを持ってお辞儀をしているピエロが浮かび上がる。
「今宵もお集まり頂きまして光栄至極、乗り込む車は世界最速、レースの先に待つのは地獄、うちのじいさんすっかり耄碌。今夜は特別ゲストに今話題の四つ指さんをお迎えしての5レースが行われるよ。スタート一分前がベットの締め切りだ。オッズは受付のボードで確認してくれ。さあ、最初のレースは、合体ロボ・バトルコマンダーとレゴ王国の羊飼いの戦いだ。スタートは5分後!」
ピエロが再びお辞儀をすると、ひと際歓声が高まる。
ステージの下にはテーブルが置かれ、そこにおもちゃたちが群がって行く。テーブルには先ほど見かけたドラキュラが座り、ノートに何か書きつけている。その後で、フランケンシュタインがホワイトボードに数字を書きつけ、それを何度も書き直している。
「賭けはあそこで受け付けているんだ。あの数字が倍率だよ」
「賭けに勝ったとして、稼いだお金は何に使うんだ」
「まあ、この世界でも色々使い道はあるよ。その辺は何かと面倒な事情が絡んでんだけどな」
そう言うと、パープルがどこに持っていたのか、煙草を取り出し一本咥え、パッケージを私にも差し出す。私は、一瞬躊躇い、結局そこから一本抜きだした。綺麗に巻かれた手巻き煙草だった。
「人間用の物を一旦ほぐして、葉を細かく切って巻き直してるんだ。それもグレイが扱ってる。欲しければグレイに言いな」
「いや、この一本だけにしておくよ」
私が煙草を咥えると、パープルがマッチを擦って火をつけてくれる。
七年振りのニコチンが体を駆け巡る。
「よく逃げ無かったな」
後ろから声をかけられ、振り向くとブルーが立っていた。
「ああ、逃げるのは諦めたんだ」
私が答えると、ブルーの眉が怪訝そうに歪む。
「いや、気にするな。こっちの話だ」
「まあいい。俺たちの勝負までにはまだ一時間くらいある。せいぜいパーティーを楽しみな」
冷笑を浮かべながら、ブルーが言う。白雪姫がその横で何かに怒っているような顔で立っている。
「ああ、後で会おう」
「会えるような状態ならな」
そう言い捨てると、二人は賭けのテーブルへと歩いていった。
「自分たちに賭けるつもりなんだよ。あいつら、相当稼いでるらしいんだ、このレースで」
二人を見ながらパープルが言う。
「それで、何か勝算はあるのか」
パープルが煙草を弾きながら聞いて来る。
「いや、特には。どんなレースかすらよくわかってないし」
「まったく、無茶なことをするやつだな。そろそろ最初のレースが始まる。どんなレースなのか、よく見ておけよ」
再びピエロがステージに上がり、スポットライトが当たる。
「お待たせしました。いよいよレース開始の時間がやって来た。一号車に乗り込むのは、バトルコマンダー、パートナーはハローの国の子猫ちゃんだ。二人の関係が気になるが、そいつは下種の勘ぐりってやつだ。そして、二号車には、レゴ王国の羊飼いCと、羊飼いCの妻。羊飼いAとBも応援に駆け付け、るわけないぞ」
紹介と共に、それぞれが車に乗り込む。
「さあ、スタート10秒前だ、カウントダウンよろしく」
同時に、秒数を告げる電子音が鳴る。
電子音に観客が声を合わせる。
「スリー、ツー、ワン、スタート」
同時に、車がすさまじい加速で走り出す。ゴムが擦れる臭いが立ち込める。
二台の車が、スピードを増し、壁に向かって走る。壁の直前で二号車が突然の減速をして、車体が流れスピンする。一号車が正面から壁に激突し、少し遅れて二号車が斜め後ろから壁にぶち当たる。
観客たちの熱狂が最高潮に達し、辺りは怒号にも似た歓声で溢れる。
一号車は、フロント部分が完全に潰れ、はじけ飛んだドアから放り出されたバトルコマンダーが合体前に戻ってその横に転がっている。子猫ちゃんは激突寸前に助手席から飛び下りたらしく、廃車の横壁にぶつかって倒れている。
二号車の壊れ方はそれほど激しくは無かった。しかし、スピンの勢いで運転席側の側面が壁に激突した時の衝撃で取れた羊飼いCの頭が、割れたフロントガラスから飛び出し、その頭がいまだにコース上を転がっている。
「勝者はどっちだ!」
ピエロが叫ぶ。
「一号車!」
観客が声を揃えて答える。
観客たちの、足を踏み鳴らす音、自分たちが座る廃車を叩く音、そして指笛や歓声が一体となって耳をつんざくほどの騒ぎだ。
「まあ、こんなレースだ」
呆然としていた私に、パープルが言った。




