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ゲームを買いに その①

 急な出張でばたばたと忙しく、息子の誕生日プレゼントを買いそびれていた。

 買う物は決まっていた。妻にこっそりと今息子が欲しがっているゲームソフトを聞きだしていたのだ。

 幸いなことに出張先は新幹線が止まるくらいの規模の街で、駅前にはそれなりの大きさのデパートがあった。帰りの新幹線の発車前になんとか時間を作り、そこでプレゼントを買うことにした。

 新幹線の発車まで15分しかない。急がないと乗り遅れてしまいそうだ。

 小学六年になって、早くも反抗期の兆候が現れた息子の顔を思い浮かべる。頭の中の息子は、不貞腐れたように私から目を逸らしている。

 息子が、今どんな物を欲しがっているのか、どんな物に興味を持っているのか、残念ながら、私は知らない。

 息子のために何かを選んでやる事が出来ない上に、息子が欲しいと言うゲームについて、私は何も知らない。

時間があまりなかったので、案内板を見ながら自分で探す手間を省き、デパートに入るとすぐに入り口の案内所でおもちゃ売り場の場所を訪ねた。

 受付の女の子が笑顔で言った。

「おもちゃ売り場は三階になりますので、エレベーターを降りたらすぐに三つ指を訪ねてください」


 三つ指、というのが何のことかわからなかったが、場所さえわかれば問題は無い。私はエレベーターに乗って3階のボタンを押した。

 エレベーターの中で、私は溜息をつく。

 言われたままのゲームタイトルを店員に告げ、すぐに探し出して貰わなければならない。

 息子の誕生日を買うという行為は、今の私には、面倒な義務でしか無い。

時間の無い焦りと、心の重い買い物。

 後で思い返して見れば、そんなひどく受け身な気持ちが、自分自身を異常な事態へと導いていった気がする。


 エレベーターを降り、フロアに踏み出すと、突然頭上からけたたましい叫び声が聞こえた。

「ウギャギャギャギャ、サンカイダヨ、ココハサンカイダヨ、ウギャギャギャギャギャ」

 見上げると、天井から紐で吊るされたプラスティックの鳥がビニールの羽をばたつかせながら旋回している。首をすくめながらその下を通り抜けると、目の前に、腰から突き出た太い金属製のパイプで床に繋ぎとめられた男が立っていた。ボロボロになったデパートの制服を何枚も重ね着し、頭に巻いた包帯からは血が滲んでいる。

 手に目をやると、右手の指が三本しか無い。

 この男が三つ指なのだろうか。制服を着てはいるが、そもそも店員なのだろうか。たまたま迷い込んだホームレスのようにも見えるが、店内に店員らしき人影も他に無い。

 時計を見ると、列車の発車までは後13分。

 私は、思い切って声をかけてみることにした。

「すみません、三つ指さんですか?」

「ああ?あんたがそういうのなら、そうなんだろう」

三つ指は面倒くさそうな素振りを隠す様子も無く答える。

「ええと、ゲームが欲しいのですが」

「あんた、ゲームをやりたいのか?」

「いや、私じゃなくて、息子が」

「あんたはゲームいらないのか」

「いや、欲しいですよ」

「やりたくもないのになんでいる?」

「だから息子が」

「あんたが息子なのか?」

「いや、私は親で」

「あんたが言ってることさっぱりわからないな。まあいい。ゲームがしたいなら、この先にいるルイーダから花を受け取るがいい」


 噛み合わない会話に不安なものを感じはしたが、取り敢えず店の奥に進むことにする。 

 おもちゃが並んだ棚を中ほどまで進むと、腰辺りまである高さの展示棚の上で、フランス人形が優雅なお辞儀をしている。体長は50センチほどもあろうか。裾が大きく膨らんだ薄紫色のドレスが、動きに合わせてふわりふわりと翻る。

「花を差し上げますわ。花を差し上げますわ」

 人形はそう言いながら、手足の可動部をカクカクさせる。

「あなたがルイーダさんですか?」

「そんなことどうだっていいわ。それよりも、花を貰ってくださいな」

 そう言いながら、手に持ったプラスティックのバラを差し出す。私がその花を受け取ると、突然ルイーダの体がガクリと崩れ落ちた。

「ああ、わたしはかわいそうなプリマドンナ。わたしの手にはもう花が無いの。シクシクシクシク」

 泣き伏せるルイーダを残し、店の奥へと進む。

おもちゃと会話らしきものが成立したことに違和感を覚えるが、ゲームさえ買えれば問題は無い。私は深く考えないようにして、さらに店の奥へと進んだ。

 この花を持っていれば、奥の店員がゲームを探してくれるのか。

 よく考えて見れば、何もかもおかしな話であったはずなのに、私は、とにかく早くゲームを手に入れる事しか頭に無かった。


「パンパカパーン、ガブッ」

 手にした花が突然ファンファーレとともに腕に噛み付いてきた。慌てて引き剥がす。

「ケケケケケ。パンパカパーン、ガブッ」

 尚も噛み付く。腕から血が滴る。

 引き剥がす。噛み付く。

 面倒なので、花には手を噛みつかせたままにする。言われるままに手にしてしまった花だが、その辺に放置するわけにもいかない。


「そこの者!怪し!」

「止まれ!止まれ!」

 いつの間にか、レゴの兵隊たちに取り囲まれていた。

「そこの者!花持ち人であるか!」

「どうやら花持ち人のようである!」

 レゴの兵隊たちが、口々に言いながら、わたしへ迫ってくる。背後で炸裂音が響き、突然後頭部に強い衝撃を感じ、目の前が真っ暗になった。

 目を覚ますと、体が動かない。どうやら床に縛りつけられているようだ。

 目の前にレゴの王様が玉座に座って、私の顔を覗きこんでいた。

「余が王様じゃ。お主は花持ち人だそうじゃな。5年ぶりじゃよ、花持ち人を見るのは。それでは、ゲームを始めるとするか」

 いったいここはどういう店なのだろう。おかしなおもちゃばかりがまるで意志を持っているかのように振舞っている。目の前にいるレゴの王様は、威厳さえ醸し出している。このままでは何か取り返しのつかない事態に巻き込まれそうな予感が湧きおこる。

「ちょ、ちょっと待ってください。私はゲームをしたいのではなくて、ゲームが欲しいのです」

 自然と下手に出てしまう自分が歯がゆい。

「嗚呼、その二つにいかほどの違いがあるというのだろうか。近衛兵~~前へ!」

 王様が杖を振りかざして声を上げると、捧げ筒の姿勢で、兵隊が行進してきた。

私は、身の危険を感じて思い切り体をよじった。幸い紐の結びは緩く、すぐに解ける。突然立ち上がった私に、兵隊たちが列を乱した。その隙をついて、逃げ出す。

「撃て、撃つのじゃ、撃て、撃てー」

 王様の掛け声が聞こえ、同時に針でチクチク刺されるような痛みが全身を襲う。兵隊たちが私に向かって一斉に発砲したようだ。私は構わず走り続ける。やがて、階段を見つけ、そこを一気に駆け下りる。

 もうゲームを手に入れるどころでは無い。

 

 2階まで下って、膝に手をついて息を整えていると、突然頭上でけたたましい叫び声が聞こえた。

「ウギャギャギャギャギャ、サンカイダヨ、ココハサンカイダヨ、ウギャギャギャギャギャ」

 顔を上げると、その先で三つ指がひどく悲しげな顔で私を見ていた。

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