プロローグ
唐突に始めてしまった連載。
更新は異常に不定期です。
私は魔女だ。
というか、代々私の家系は魔女だ。
魔女はとてつもなく寿命が長い。ヒトの寿命なんて、私たち魔女から見れば一瞬の灯火のように感じる。……いいや、こうやって時系列を比べること自体が間違っているのかもしれない。とにかく、私たちがヒトよりも途方もない位寿命が永いことが分かっていただけただろうか。
私の母は、魔女のなかでもかなり位の高い貴人だった。母が高位であることは、母の魔力や技術も比例して素晴らしいということを表している。
ヒトと同様に、魔女の世界にも当然序列は存在する。だが、一部が保身のためにやれ純血主義やれ権威主義だの主張し合わないところが愚かなヒトとは違う。魔女における序列とは、完全たる実力主義によって構成される世界を意味する。いくら親の能力が高くても、子が凡庸だったならばすぐに格下に降ろされる。
蹴落とし、蹴落とされ。いつでも何処でも往々下克上が繰り広げられる。
そんな殺伐とした世界に産まれた私は、運が良いとことに母の顔に泥を塗るほど低俗ではなかった。
ーー母の為に、母に恥をかかせないように。
幼少期はひたすらその事を胸に留め、がむしゃらに、ひたすら努力を怠らなかった記憶がある。母は私にそう大した興味を向けてくれなかったが、気まぐれに声を掛けてくれたりするときもあり、私はそれだけで自然とやる気が湧いたものだ。彼女のふと魅せる母親としての愛情は、私を彼女に酷く思慕させた。母もそんな私を表面上だけでも毛嫌いすることなく接してくれた。娘へ最低限の愛情は持っていてくれたんだろう、と今更ながら感じる。
そんな、私達の婉曲した幸せはずっと続くのだと思っていた。
ーーーあの日、までは。
私がこの世に生を受けて丁度12年がたったあの日、私は最愛の母を失った。朝起きたら、母がいなかった。あの母のことだから、死んだのではないと直感した。
けれど、私は焦った。よもや、と森の住み処もその周辺も隈無く捜索したが、彼女はいなかった。諦めきれなくて母の友達だった魔女達にも訊き回った。皆が首を横に振った。私は青ざめながら家に帰った。そこまでして、私は漸く気付いた。
ーーああ、そうか。私は、母に捨てられたのだ、と。
急に寂しくなった部屋を見て、私は泣いた。声が渇れるまで、喉が痛むまで、涙が枯れるまで全力で泣いた。泣いて、泣いて泣いて泣いて泣き明かした3日間だった。
そして4日目の朝。
色々吹っ切れた私は誓った。こんな真似をした母を見返してやろうと。母よりも、誰よりも強くなって、美しかった母の顔を悔しさに歪めてやろうと。その時の私は今まで貯めてきたつっかえが一気に外れたような高揚感に包まれていた。
そして私はその日の昼、簡単な荷物を持って住み処を後にした。もし母が帰ってきたときの為に1枚置き手紙を置いておいた。読んでくれるかもなんていう、甘い期待はしていないが。
『母さんへ。心配しないでください。私は家を出ます。必ず帰ってきます。』
それだけだ。元々私達母娘の間には余計な詮索は要らないかった。全ては家を開けるときは手紙を置いておくという暗黙のルールを破った母が悪いのだ、とこじつけのように書き捨てた。
母の容姿のお陰で、私はそこら辺の同年代の魔女達よりは大人びて見えた。今の本当の年齢は12歳だが、15歳と言っても余裕で通じるだろう。
そんな氷薄な虚構を盾にして、いっそのこと森をでようと考えた。魔女特有の超寿命は、人間の世界に下りることで最大の利点を発揮する。ヒトが強くなる為に必要とする"時間"が、私には半永久的にあるのだ。
……といっても死んでしまえばそれまで。
まぁ、死ななければ良いだけの話なのだ。
私こと、カトレア・グリーン、12歳。
(非常に高い確率で)帰ってこない(だろう)母を真似て、一人旅に出ようと思います。