一、ロボット舞
「あんた、冗談?」
ダザイフテンマン宮の神殿にお参りした後、何を思ったか、シチューが舞を奉納すると言いだしたのだ。ダザイフテンマン宮には広大な池がある。その池のほとりに舞殿があった。
「お嬢様、お急ぎなのはわかりますが、どうか舞わせて下さいませ。舞は十分程で終わりますから」
「はいはい、わかったわかった。わかったから、早くしてよね!」
シチューは、舞殿にあがった。一体、いつのまに用意したのか、紋付袴を身につけている。ロボットの丸い体に合わせた着物もどきなのだが、なかなかさまになっていた。日の丸の舞扇を持ち、シチューが舞台の中央に立つと、シチューの体内スピーカーから雅な音曲が流れ出した。音曲は水面の上を広がって行く。
早朝である。境内に参拝客はほとんどいない。が、曲が流れ始めると掃除やジョギングをしていた人達が集まってきた。
シチューは触手を器用に動かして舞った。舞扇を正面に向けぴたりと持ちしずしずと進む。首をくるりと回転させ見栄をきる。着物の袖をひらり、ひらりと振ってみせる。円筒形の胴体で、足がないにもかかわらず、それはちゃんとした舞になっていた。圧巻は六本の触手を使った扇の技だった。六つの扇が同時にパンと跳ね上がるや、シチューの頭上できれいに交差、扇の持ち手が右から左へ、左から右へと入れ替わった。さらに、二度三度と同じ動作を繰り返す。おおーっと観客から一斉に感嘆の声が洩れた。
シチューはしめ縄を取り出すと二本の触手で持ち上げた。さらにもう二本の触手で小刀を取り出す。シチューは小刀を三度、しめ縄の前でふるうと、キェーッという声と共にしめ縄を切った。そして、しめ縄と小刀を恭しく床に置くと、六本の舞扇を広げくるくるとまわった。回転速度は次第に速くなり、そして、ぴたりと止った。シチューは扇を丁寧にたたみ、床におくと触手で自分の体を持ち上げわずかに前に倒し礼をした。
拍手が沸く。唖然呆然とシチューを眺めていた凛と刈谷仁は拍手の音に我に返った。
「……きみのロボット、凄い隠し芸もってるんだね」
「あたしも初めて知った!」
神主の装束をした老人が凛のそばにやってきて言った。
「このロボットはあんたのかね?」
「はい?」
凛は怪訝そうに老人を見た。
「ワシはここの宮司をやっとるもんじゃがの。いや、素晴らしい。こんな素晴らしいロボット舞は見た事がない。これはあんたがプログラムしたのかの?」
「いいえ、違うんです。この子が勝手に……」
「ほう、しかし、誰かがプログラムしたんじゃろう。しかし、初めてみたわい、筒型ロボットの奉納舞。このロボットが人型をしていたら、さぞ、見事じゃったろうな」
舞台から降りたシチューが言った。
「宮司様、お恥ずかしい舞をお見せしました。あ、私、占いロボットSTSM1000、シチューと申します」
「いやいや、素晴らしかった。このプログラムはどなたが?」
「私、独立型AIでして、人様の舞から自分の体に合わせて舞を創作してみました」
「ほおぅ、これは高性能な。ロボットというと、単一機能しか持ち合わせていない物が多い中、家庭用とはいえ、秀逸ですなあ。ぜひ、我が家にも欲しい。一体、どちらでお求めに?」
宮司が凛に問いかける。
「あの、拾ったんです」
凛は、ちょっと恥ずかしそうに答えた。
「ええーーー! それならぜひワシに譲って下さらんかの。どうかね、君、シチュー君、うちに来ないかね? うちに来たら君専用の部屋も用意しよう。バッテリーも最高の物に変えて上げよう。君は、用事のない時はスリープ状態にしてエネルギーを節約しとらんかね? うん? そんな事はしなくてもよくなるぞ。どうじゃね?」
「ちょっと、シチューを勧誘するのはよしてよね。この子はあたしの物なんだから。それに、あたし達これから旅に出るの。さ、行きましょう」
「旅に出るってどこへじゃ?」
「……あの、それが何か?」
「今の時期なら、州都ナニワに行くんじゃないかと思ってね。宙港から地球に行くのかね」
凛は黙った。宮司が何故そんな事を聞くのか、不審に思って黙っていると宮司が言葉をついだ。
「何を警戒しとる。わしゃ神様に仕える身ぞ。安心せよ」
「……、それで、あなたが僕達に行き先をきく理由は?」
刈谷仁が用心深く言った。
「そのシチュー君の舞なんだがね。ぜひ、他の神社でも舞ってもらえんかのう。他の神社の連中にも生で見せたいんじゃ……」
チャンリンチャンリン
宮司の通信端末モビが盛大な音を立てた。宮司がモビの表面を押すと、モビの上に美少女の顔が3D画像で飛び出した。
「おじいちゃん、大変よ。今、舞殿で舞ったロボットの舞がすごいって! じゃんじゃん連絡来てる!」
「なんじゃと!」
通信端末モビの3D画像が次々に変わって行く。様々な神社からのシチューの舞に対する賞讃のメッセージだった。
「やはりのう……。舞殿の舞は自動的にネットに流れるようになっとっての。みんな、ぜひ、直接みたいと言うんじゃないかと思ったんじゃ。どうじゃ? もし、ワシが行ってほしい場所にあんた達が行ってくれるなら、神社特製飛行船であんた達の行きたい場所に送ってあげよう」
凛と刈谷仁は顔を見合わせた。シチューが嘆願した。
「お嬢様、ぜひ、舞を奉納させて下さいませ!」
刈谷仁がしばらく考えて言った。
「僕達は急いでいるんだ。その……、こちらは占い師さんでね。ある女性に暴力男と別れろとアドバイスしたら、本当に別れてね。女性にとっては別れた方がよかったんだが、相手の男が逆恨みしてさ。一刻も早く、ハカタから逃げ出したいんだ」
「ふむ、その男はどういう男なんじゃ」
「米沢広司といって、ダイヤモンド鉱山の労働者なんだ」
「米沢広司! あの男に目をつけられたんかい? あいつは、乱暴者なうえ、粘着質で有名じゃぞ! うちにもあの男と別れたいから、別れられる祈祷をしてくれと女の子が来た事があったわい! 半年程前じゃったが、女の子にストーカー行為をしての。訴えられとったわ。相手の女の子は地球に引っ越したと聞いとるが、実際はどうなったかわからんのじゃ。タトゥには未開の地が多い。そんな所に連れ込まれでもしたら大変じゃ。早いとこ逃げ方がええぞ!」
凛の顔色が変わった。体を強張らせる。シチューが言った。
「お嬢様、飛行船に乗って逃げましょう。その方が、ナニワにも早くいけると思います。宮司様、行く先々で泊めていただけますか?」
「ふむ、よかろう。というか、飛行船は寝泊まり出来るようになっておるでの。しかし、悪いが、食事の支度や掃除は手伝ってもらうぞ」
「おまかせ下さい。良かったですね、お嬢様。これで安全に逃げられますよ」
凛はほーっと息を吐いた。
「そうね……、シチュー、いいわ、好きなだけ神社に行って舞を舞いなさい」
「それでは宮司様、舞を奉納する神社を教えていただけますか」
地図で宮司が示した神社を確認したシチューは言った。
「こことここと、こことここ。四つの神社に寄りましょう」
「何故、その四つなの?」
凛が口を挟む。
「こちらの神社は水の神様が、後の四つには風火地天の神様を祀っています」
「おお、四元素の神様とアマテラス大御神をまわるというのじゃな。そりゃあ、いい考えじゃ。あんた、信心深いロボットじゃの」
「いえいえ、とんでもございません。ただの占いロボットでございます。この旅を成功させるには信心に精進すべしという占い結果が出ましたので、お嬢様の為にお参りさせていただきました。……宮司様、出発は早い方が良いのです。すぐに支度をしていただけますか?」
こうして、相沢凛と刈谷仁、シチューとロボットカー・メリーナは、ダザイフテンマン宮の宮司、西九条通兼と共に神社所有の飛行船アマノハシダテ号に乗船する事になった。