三、旅立ち 後編
翌朝、凛はシチューの風呂敷包みから占い師の衣装、ショッキングピンクのアラビアンナイト風の衣装を出して着替えた。長谷川好子に、刈谷仁と一緒にナニワに行く話をする。
「そうかい。それは良かったね。あの若い人、良さそうな人だったじゃないか。それにフリーライターで生計を立てるなんて、なかなか出来ないよ。きっと、運も才能もあるんだね」
凛は何と言ったらいいかわからず、曖昧に笑った。
「ところで、あの保護司、なんだか嫌な奴だったね。独立騒ぎでゴタゴタしてるから、ああいう連中が幅を効かすようになるんだよ。少々税金が高くても平和でまっとうな世の中が一番だよ」
「でも……、やっぱり、税金やら地代やら取り過ぎだと思います。せめて地代がなくなれば」
「何言ってるんだい。そしたら、地代のかわりに税金をかけるんだよ。地球日本みたいにね」
「え! そうなんですか?」
「そうそう、お役人っていうのはどうやって税金を搾り取るか、それしか考えてないんだよ」
「……、あ、あのおばさん、昨日借りた古着、ありがとうございました。洗濯して返さないといけないんですけど」
「いいよ、いいよ。凛ちゃん。寝間着にでも使っておくれよ。ああ、そうだ。この古い鞄を使うといい。旅に出るんだったら必要だろう」
「ありがとうございます。でも、シチューの風呂敷包みに入れるから」
「そうかい」
凛はシチューの風呂敷に長谷川好子から貰った古着やタオルを包んだ。それをシチューに持たせる。そこにロボットカー・メリーナと共に刈谷仁がやって来た。
「おはよう、凛。支度は出来た?」
凛は名前を呼ばれてドキッとした。
「あ、あのねぇ、あんた、勝手に人の名前、呼ばないでよね」
「え? 名前って、凛って呼んで悪かった?」
「ああ、もういい! 雇い主だから許す」
凛は乱暴に助手席に乗り込んだ。
長谷川好子は凛に聞こえないように刈谷仁の耳元で囁いた。
「刈谷さん、凛ちゃんをお嫁さんにするつもりはないかい? そしたら、あの子の将来は安泰なんだけどね」
刈谷仁が照れくさそうに笑う。
「いやー、参ったな」
「とにかく、凛ちゃんを頼んだよ」
「何? 何の話?」
相沢凛がきょとんとして言う。刈谷仁と長谷川好子は笑って誤摩化した。
二人は長谷川好子に手を振ると出発した。
刈谷仁は昨夜の内に田沼奈津子がどのルートでナニワに向ったか調べていた。
「奈津子さんは船で先週の土曜日に出発してる。今、飛行機は独立のごたごたで空港に行っても乗れるかどうかわからない。奈津子さんは早くハカタを離れたかったんだと思う。僕らも船で行こうかと思ったんだけど、次のナニワ行きの船は土曜までないんだ。だから、高速道路でナニワに向おうと思う」
すると、シチューが言った。
「お嬢様、お願いがございます。旅に出る前に、ダザイフテンマン宮で旅の安全を祈願しても良いでしょうか?」
「は? ダザイフテンマン宮? ってあのダザイフテンマン宮?」
「そうでございます」
刈谷仁が呆れたように言った。
「君のロボット、変わってるなぁ」
「仕方ないでしょ、拾ってきたロボットなんだもの」
凛はシチューに言った。
「あんたね! 学問の神様に旅の安全祈願してどうなるのよ」
「お嬢様、昨夜、旅に出ると決まってから、私、占ってみました。すると、『信心すると良い』と出たのでございます。ハカタで信心するならダザイフテンマン宮と決まっております。タトゥのテンマン宮では、水の神竜神様を一緒に祀っておられます。これは、ハカタの街をここに作る時、水が出て街の建設が困難だった為、水の神を鎮める為に一緒に祀る事となったと聞いております。旅に天候は重要な要素! 竜神様といえば、雨を司る神様。ぜひ、良好な天候が続くよう祈願したいのでございます。お願いでございます、お嬢様。ほんの三十分程寄り道して下さいませ。どうか、お願いでございます」
結局の所、凛はシチューに甘かった。
両親を亡くし、葬式やら何やらが終わった後の空虚な時間、もう二度と両親に会えないのだと泣きそうになった時間をシチューのおかげでやり過せた。このとぼけたロボットの存在で凛はどれほど救われたかしれない。
結局、三十分くらいならとダザイフテンマン宮に行く事となった。