二、刈谷 仁 後編
「私は保護司です。親を亡くした子供達の世話をしています。相沢さんのお宅が火事と聞いて、駆けつけました。相沢さんの面倒は私の方でみますから」
集まった大人達は保護司の出現に、凛に向って口々に頑張れよと言って帰って行った。
「さ、行きましょう。あなたのように親を亡くした子達が一緒に住んでいるアパートがありますからね。そこに入れば大丈夫ですよ。さ、いらっしゃい」
「良かったね、凛ちゃん、保護司さんがすぐに来てくれて」
「イヤ! あたし、行かない! おばさん、お願い、今日はおばさんの所に泊めて」
「え?」長谷川好子が怪訝そうな顔をする。保護司が畳みかけるように言った。
「何を言うんです、相沢さん。あなたが泊まったら、そちらの方にも迷惑ですよ。さ、来るんです。あ、そのロボットは来なくていいですよ。相沢さんはもう、ロボットを飼えません。一文無しになったのですから、ほーっほっほっほ」
保護司は嫌らしい笑いを浮かべて凛の腕を強く掴むと引きずるように連れて行こうとした。
「いや、離して!」凛が叫んだ。
「君、やめたまえ」
刈谷仁が保護司の前に立ち塞がった。背の低い保護司はがまのような顔をゆがめて、長身の刈谷仁を見上げた。
「うん? なんだ、おまえは?」
「君、相沢さんが嫌がってるだろ。明日にしたらどうだ。隣の人が泊めてくれるって言ってるんだし」
「私は役所の仕事として、相沢さんを保護する義務があるんですよ。私の仕事を邪魔するなら、警察を呼びますよ」
「へえー、家が火事になったのに消防も来ないこんな辺鄙な場所に警察が来るとは思えないけど」
「それでも、私が呼べば来るんですよ。さ、そこをどきなさい」
「いやだね」
刈谷仁は動こうとしない。仁の後ろにはロボットカーがいて、保護司の行く手を阻んでいる。
「く、くそ! 今、警察を呼んでやる」
「ええ、いいですよ。警察を呼んで下さい、呼ばれて困るのはそちらじゃないんですか? こんな夜中に嫌がる女の子を無理やり連れて行こうなんて非常識でしょ」
「く、くそ! ええい、そこをどけ!」
保護司はがまのような顔を真っ赤にして怒り出した。刈谷仁に掴み掛かった。凛を掴んでいた手が離れる。凛は走り出した。
「シチュー!」
「お嬢様!」
凛はシチューに駆け寄ると、脇のスィッチを押した。シチューを気絶させ、コントローラーをつかむや、戦闘モードを選択、シチューの頭に飛び乗った。保護司に向き直る。
「ちょっと、保護司さん」
保護司が振り返った。あっという間だった。凛は保護司の胴体をシチューの触手で掴み上げた。
「こら、な、何をする! 離せ!」
保護司を宙釣りにしたままで、凛は言った。
「いいこと! あたしはあなたの世話にはならないわ! いい、金輪際、あたしの前に顔を出さないで! もし、出て来たら、承知しないから!」
「おまえみたいな小娘がどうやって生きて行く! きさま、降ろせ!」
「降ろしてほしい? だったら、二度とあたしの前に現れないって約束しなさいよ!」
「私の保護がなかったら、あんたは飢え死にするんだぞ! どうやって生きていくつもりだ? ええ! 家も無いくせに!」
「なんとかするわよ。あんたに心配される覚えはないわ! とにかく、あたしはあんたが気に入らないの。さあ、どうなの? 二度とあたしの前に現れないって誓いなさい!」
「くそー、こんな事で私はあきらめんぞ!」
「あ、そう! だったら、これならどう?」
凛は保護司のズボンを触手を使って器用に引き下ろした。保護司がパンツ一枚になる。
「やめろ!」
保護司が悲鳴を上げる。凛の騒ぎを聞き付け、火消しを手伝った大人達が戻って来た。保護司の姿を見て大笑いする。
「さ、どうなの。言う事を聞かなかったら、パンツも降ろすわよ」
凛は触手で保護司のパンツのゴムをひっぱった。
「や、やめろ。やめてくれ。わかった。あんたの事は諦める。二度と姿を表さない」
「誓う?」
「ち、ちかう!」
「いい、あんたの今の様子は、全部、録画したからね。もし、またあんたが、そのがまのような顔をあたしの前にだしたら、このビデオをネットに公開するわよ」
凛は保護司を宙釣りにしたまま、近くに停めてあった見慣れない車のそばに行った。
「これ、あんたの車?」
「そうだ、おい、何をする!」
凛はタイヤを次々にパンクさせた。さらに保護司を道に放り出す。ズボンを投げつけた。
「さ、とっとと消えて!」
「くそー!」
保護司は、ズボンを履こうとして転び、走ろうとしてこけた。必死に逃げて行く後ろ姿に回りの大人達は大声を上げて笑った。長谷川好子が言った。
「凛ちゃん、大丈夫かい? ああいう手合いはしつこいよ」
「あれだけ脅したから……、もう、大丈夫だと思います」
「今夜はうちに泊まってゆっくりするといい。さ、みなさん、見世物はお終い。帰った帰った」
周りの大人達は、皆、笑いさざめきながら三々五々と散って行った。
「おばさん、迷惑かけてごめんなさい」
「いいの、いいの、困った時はお互い様。そこの若い人もうちにおいで。凛ちゃんが世話になったね。お茶でも飲んでおゆき」
凛と刈谷仁は長谷川好子に招かれるまま、好子の家にあがった。
好子は凛を風呂に入れ自分の古着に着替えさせた。凛の浴衣は煤で汚れどろどろになっていた。
刈谷仁は洗面で煤を洗い流しお茶を飲むと、長谷川好子に礼を言って席を立った。玄関先でもう一度挨拶をして、外に出る。
風呂から上がった凛は刈谷仁を見送りに道路まで出た。
ロボットカーに乗った刈谷仁が言った。