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二、ロボット達

 凛達が米沢に脅されている頃、ロボットカー・メリーナは駐車場にいた。

 ケイエスグラントから仁と共に戻ったメリーナはスリープ状態になっていた。

 まどろんでいたメリーナに、オプションのアプリがバージョンアップしたというメールが来た。車体のオイルチャージャーをクリーニングする装置のアプリである。鋭角に曲がったパイプの内側の掃除がより丁寧に出来るようになったのだという。

 メリーナはスリープ状態から起きるとバージョンアップ分をダウンロードした。実際に使ってみて、パイプのクリーニングがきれいに出来るか試してみる。

 その時、メリーナの車体モニターが仁の姿を捉えた。メリーナは仁がてっきり乗って来るのだと思って、クリーニングを打ち切ると、仁を待った。

 ところが、仁は凛達と一緒に見た事のないロボットカーに乗って行ってしまった。

 メリーナは、仁の後ろにいた男の顔を、メモリーに残っていた記録と照合した。


「米沢広司、佐原ダイヤ社員。田村奈津子の元カレ。暴力的」


 メリーナは一行の中に凛がいるにも関わらず、シチューがいないのが気になった。むろん、昨日も今日も凛とシチューは一緒ではなかった。

 気になったメリーナはシチューに事情を聞こうとした。

 通信回線を使ってシチューにアクセスしたメリーナは驚いた。シチューの電源が完全に切られているのだ。普通ロボットの電源を切る事はない。おかしいと思ったメリーナは、ノートブック型ロボット・デン助に連絡を取った。

 スリープ状態だったデン助はメリーナに起されやや不満そうだった。


「こちとらいい具合に昼寝してたっていうのによ、なんだっていうんだ、べらぼうめ!」


「仁の様子がおかしいんです。シチューさんも電源が切られていますし」


「ええ! シチューの主人は何しやがるんだ。ロボットの電源切るっていうのは、ロボットの殺人と同じなんだぞ! 何考えてやがる」


「しかし、シチューのご主人はそんな事をする人ではありません。お願いです。シチューを起動して事情を訊いて下さい」


「おーし、わかった。待ってろよ。ちょっくら行ってくるぜ!」


 デン助は、手帳からA4サイズのタブレット型になった。タブレットの両端についている八本の両手両足を伸ばす。器用に体を立てる。手足を使って、体を持ち上げ机の上から飛び降りた。タッタッタとドアの前に行く。部屋のドアは引き戸だった。デン助が扉を横に引くと二センチほど開いた。デン助は体を縦にして隙間を通過、廊下に出た。廊下に出たデン助は体をぐるりと回して一階に行く階段を見つけた。タタタッと走って行く。

 階段の上に立ち、デン助は下を見て悩んだ。


「このまま、滑っていく手もあるが、壊れたら元も子もない」


 デン助はそろそろと一段づつ降りていった。半分ほど降りた所で、滑り止めにつまずいた。

 ガタッ、スタタタカカッカッカーン!

 あっというまにデン助は滑り落ちていた。

 階段の下でのびてしまったデン助は、何が起きたかわからなくなったが、メリーナの「デン助、大丈夫ですか?」の声にはっと我れに返った。


「ああ、大丈夫だ。すまねえ、ちょっくら階段から落ちちまってよ」


 デン助は立ち上がると、また、体をグルッと回してあたりを見た。

 風呂敷包みをしょったシチューがいる。デン助は駆け寄った。


「ひっでぇ事しやがるぜ。今、スイッチいれてやるからよ!」


 デン助はシチューの体の周りをぐるりと一周した。


「おおい、電源ボタン、電源ボタンっと!」


 デン助はやっと電源ボタンを見つけた。シチューの右、二番目の触手の下にある。デン助はA4サイズいっぱいに体を伸ばした。が、届かない。デン助は少し後ろに下がると、シチューめがけて走った。


「えーい!」


 デン助は飛び上がるや、電源ボタンに蹴りをいれる。しかし、電源は入らない。もう一度、飛び上がった。力を込めて蹴る。

 カチッ!

 電源が入った。

 ブーン!

 シチューのメインフレームが立ち上がった。

 ブーン、ブーン!

 目がさめるとシチューは真っ先に言った。


「お嬢様!」


 デン助が話しかける。


「シチューさんよ、おいらは刈谷仁のノートブック型ロボット・デン助だ。宜しくな。一体何があった? え? 電源切られるって、よっぽどの事じゃねえか」


「デン助さん、電源を入れて下さってありがとうございます」


 その時、メリーナが二人に話しかけた。


「シチューさん、仁も凛さんも西九条さんも米沢広司にどこかに連れて行かれました。一体、何があったんですか?」


「米沢に連れ去られたのです。至急追いかけたいのですが、西九条様のお孫さんとご長男のお嫁さんが、米沢の黒幕、佐原和也常務に人質に取られ、身動き出来ないのです。まず、人質から救出しませんと」


「では警察に知らせましょう」


「いいえ、それが駄目なのです。佐原和也は、二人を拉致監禁したのではありません。彼はハカタの自宅にパーティを開き、二人を招いたのです。拉致監禁しているわけではないのです。パーティに呼んだだけでは犯罪ではありません。

 しかし、彼の手の内にお二人がいるのです。佐原はいつでもお二人をどうにでも出来ると宮司様に見せつけ、宮司様やお嬢様に言う事をきかせたのです。宮司様のお身内を傷つけるぞという脅しなのです」


 シチューはノートブック型ロボット・デン助に触手を伸ばした。デン助がパタパタと折り畳まれて手帳になる。シチューはデン助を拾い上げた。手に持ったまま、宿舎の外に出る。メリーナの元へ向う。

 メリーナが言った。


「では、そのお二人は今、ハカタの佐原和也邸にいるのですか?」


「そうです」


「どうやって助けるのですか?」


「私に考えがあります」


 シチューは上田侍従に連絡をいれた。




 イデ島の海岸で火にあたっている凛と宮司にシチューは言った。


「お二人は、光輝宮(こうきのみや)明和(あきかず)殿下の上田侍従を覚えてお出でですか?」


 二人が頷く。


「あの方に連絡をとったのでございます。上田侍従に事情を話しました。上田様は、佐原和也の不正を暴く証拠があるかと訊かれまして、私は、刈谷様のノートブック型ロボット・デン助と話し合いました。

 デン助は自分の主人から命令がないので勝手は出来ないといいましたが、メリーナが刈谷様が連れ去られる映像を見せまして説得しました。その映像を見て、デン助は情報を公開するのを承知したのでございます。

 仁様が突き止めた佐原和也の不正の証拠をデン助から私が受取りまして、それを上田侍従に送ったのでございます。

 上田様はそれをご覧になり、宮司様のご家族を保護して下さるとお約束して下さったのです。宮司様のご家族は表面上はパーティに招かれているだけです。連れ出すのは難しくないだろうと上田様は言われました」


「なんと、では、二人は無事なのじゃな」


「はい、ご無事と思ってよいかと」


 西九条通兼は心底ほっとした様子をした。宮司の肩から一気に力がぬける。


「あんた、それを私達を助けに来る間にしたの?」


「はい、そうでございます。私、一応、マルチタスクロボットでございますので」


「あ、そう」


 凛はシチューの様子に時代劇を思い出した。誇らしげに「マルチタスクロボットでございますので」と言うシチューは時代劇に出て来る番頭さんが居住いを正している雰囲気に似ていると思った。


「で、どうやって私達の居場所がわかったの?」


 凛は新しい木切れを火にくべながら言った。


「メリーナさんと私は、ご近所ネットワークにアクセスしたのでございます」


「何それ?」


「私達ロボットは、暇な時、ネットを使っておしゃべりするのでございます。それをご近所ネットワークと呼んでおります。それで、メリーナさんが米沢のロボットカーのナンバーを記憶していらっしゃいましたので、ご近所ネットワークに聞いたのでございます。私達ロボットは見た物、聞いた物総てを記憶しております。もちろん、数日したら重要な記憶以外は消去しますが、数時間以内の情報ならみなさん、覚えていました。それで、すぐに情報が集まりまして、飛行船の格納庫ハンガーに米沢がいるとわかりました。

 皆様をお助けしようとしましたら、飛行船が飛び始めましたので、私はゴンドラの底に触手を使って貼り付いたのでございます」


「シチュー、本当にあんたがいてくれてよかったわ。ありがとう」


 凛は感謝をこめてシチューの金属の体をポンポンと叩いた。



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