一、格闘 二
「お嬢様!」
シチューだ。
飛行船の底に六本の触手を使って貼り付いていたシチューは凛に向って触手を伸ばした。凛を抱きかかえるシチュー。同時に!
バッ!
シチューの風呂敷、大風呂敷が開いた。
シチューの風呂敷は二重構造になっている。一番外側が大風呂敷。その中に小風呂敷がある。
シチューは二本の触手で凛を抱き、残り四本で大風呂敷の四隅を掴んだ。大風呂敷はパラシュートに変身。
シチューと凛はゆっくりと落ちて行った。
それを狙って米沢が光線銃を撃つ。
ババババ!
「シチュー!」
「お嬢様!」
シチューはわずかに体重を前に傾けた。みるみる、飛行船が遠ざかっていく。米沢はそれ以上、撃ってこない。
「シチュー、あんた、スイッチ切られてなかった?」
「その話をすると長くなります。今は、安全な場所に」
凛の耳は風の音で一杯だったが、いつのまにか波の音が聞こえてくる。
「シチュー、もうすぐ海よ。あたしは浮かぶけど、あんた、沈むんじゃないの?」
「お嬢様、大丈夫でございます。この大風呂敷、スイッチ一つで救命筏になります。ちなみに私めは防水仕様でございます」
シチューは着水すると、大風呂敷のスイッチを入れた。ポンと膨らむ大風呂敷。シチューは海水におちた凛を救命筏となった大風呂敷に押し上げた。自身も大風呂敷に乗る。
ピカ! ガラガラガシャーン!
雷が飛行船におちた。
バン!
上の方で何かが爆発した。凛が見上げると飛行船が火をふいている。
「仁! 宮司さん!」
飛行船はイデ島に向ってゆっくりと落ちて行く。
凛が見ている目の前で飛行船から誰かが飛び出した。パラシュートが開くのが見えた。
が、凛に見えたのはそこまでだった。飛行船はイデ島の山陰に入り、墜落した音があたりに響いた。
大風呂敷に乗った二人はイデ島の海岸に流れ着いた。
雨は上がったが、あたりは真っ暗である。がたがたと震えながら、凛は仁や西九条のおじいさんは大丈夫だったろうかと思った。
(誰かパラシュートで脱出したみたいだけど、仁だろうか、それとも宮司さん? まさか、米沢だったらどうしよう……)
シチューは海岸にある枯れ枝を集めた。風呂敷の中から、ライターを出し枯れ枝に火をつける。まもなく火が燃えかがった。凛は火を見てほっとした。火にあたって体を乾かす。
「お嬢様、お気に召さないかもしれませんが、アラビアンナイトの衣装がこちらに」
シチューは小風呂敷の中から、ビニール袋に包まれたアラビアンナイトの衣装を出した。
「ああ、もう、いいわよ、なんだって。ハックション。着替えないと。濡れた服を着ていたら風邪をひくわ。あれ? あんたこれ、クリーニングに出したの?」
「はい、夕べクリーニングして参りました」
「ええ! もったいない! これって、自宅で洗えんのよ」
「しかし、お嬢様、鹿園寺様の家事ロボットに、これを洗濯していただくのはいかがな物かと」
凛はけばけばしいショッキングピンクの衣装を両手で広げると、確かに鹿園寺家の家事ロボットに洗ってもらうのはまずいと納得した。
「ああ、もういい! わかったわよ!」
凛は叫ぶと、占い師の衣装に着替えた。濡れた服、買ったばかりのジーンズとTシャツは側にあった岩の上に広げた。
凛が火の前に落ち着くと、声が聞こえた。
「おーい!」
凛は声のした方を見た。
「宮司さんだ!」
凛は手を振った。西九条通兼が砂山の向うからよろよろしながら現れた。
「凛君! 無事じゃったか! シチュー君!」
「宮司さんも!」
抱き合って喜ぶ二人。
「刈谷君は大丈夫じゃったかのう?」
「あいつ、結構しぶとそうだし……。きっと、きっと大丈夫よ」
宮司は落ち込む凛にかける言葉がなかった。
「……、とにかく、何か食べよう」
宮司は背中にしょった救命パラシュートの袋から食料と水を取り出した。
「ワシの孫達はどうなったかの。痛い目にあってなければいいが」
「宮司様、じつは……」
シチューは、メリーナやノートブック型ロボット・デン助から聞いた話を交えて、凛達が連れて行かれた後、何があったか話した。




