一、格闘 一
一方、倉庫に置き去りにされた凛と仁は、手首にまかれた縄を解こうとしていた。
「君さ、椅子を動かせる? だったら、えーっと右に九十度回転して!」
「え? 九十度? 右? えーっとどっちだっけ?」
「お箸を持つ手! 窓じゃなくて壁の方を向くの」
「そんなにガミガミ言わないでよ!」
仁も椅子を動かした。凛と背中合わせになる。仁と凛の手が触れ合う。
「さ、僕の縄をほどいて」
凛は自由のきく指で仁の縄目を探った。
「西九条のじいさん、きつく締めちゃって。あ、でも、待って! この縄目」
凛は西九条通兼から船乗りの伝統的な結び方をレクチャーされていた。
(よいか、ここをこう結ぶとじゃな、ほどけんのじゃ。ほどこうとするとますますきつく締まるんじゃよ。じゃが、ここを引っ張ると簡単にほどけるんじゃ)
凛は首をひねって仁の縄目を見た。
「これ、わかった。この結び方!」
凛は西九条通兼に教わった通りに縄の端を引っ張った。するすると解ける縄。
「ふう、西九条のじい様から縄の結び方を習っといて正解だったわ」
仁はすぐさま足の縄をといた。凛の戒めを解く。
「大丈夫か?」
「うん」
遠くに銃の発射音が聞こえた。
「何? あれ? あの馬鹿、飛行船の中で光線銃を撃ったの?」
飛行船がいきなり飛び立った。
「おい、嘘だろう。一体どこへ行くんだ」
飛行船がどんどん高度を上げて行く。
「凛、君はここにいて。いい、絶対、ここから出るなよ」
「いや、一緒に行く」
「駄目だ!」
「だって、あたし、あんたのボディガードよ! 雇い主に守られたらお金貰えないじゃない!」
「じゃあ、今から休暇だ! いいから、絶対にここにいろ」
凛は仁の真剣な声色に気圧された。こっくりとうなづく凛。
仁は倉庫の扉に耳をつけた。廊下の様子を伺う。安全とわかると飛び出した。
一人残された凛は、天井を仰ぎ見た。飛行船が、右に左に大きく揺れる。
「きゃあ、どうなってるのよ!」
凛は不安に堪えられなくなった。倉庫を飛び出す。階段を登って操舵室に向った。
飛行船はぐんぐんと上昇する。
毎日のように州都ナニワに降っていた夕立がこの日も突然降り出した。雨がアマノハシダテ号に容赦なく吹き付ける。われた窓ガラスから雨が吹き込んで来た。雨の中、西九条通兼は進路を東に取ろうと、舵を回した。
バン!
操舵室の扉が開いた。
米沢が振り返る間も無く、仁が米沢に飛びかかっていた。
「こいつ!」
仁は米沢の銃を持つ手を上に向けた。米沢と仁が揉み合う。
「はなせ! じいさん、こいつをなんとかしろ! 孫を殺すぞ!」
「西九条さん、大丈夫です。僕は取引材料を持っている」
「なんだと!」
その時、飛行船が大きく傾いた。警告音が鳴り響く。照明が赤にかわる。西九条通兼が飛行船を安定させようと、舵に飛びつく。しかし、舵が回らない。飛行船は海に出た。船はまっすぐイデ火山へと向って行く。
仁と米沢が床に転がった。仁が米沢を殴った。米沢が反撃する。米沢は銃を仁に向けようと必死だ。
凛はキッチンから、フライパンを持ち出した。米沢の頭を殴ろうとするが、仁と揉み合っていて出来ない。凛はキッチンに戻り、包丁をつかんで引き返す。
米沢が足で仁の腹を蹴って立ち上がった。しかし、船が揺れ米沢はバランスを崩して窓ガラスに突っ込んだ。飛び散るガラス! 銃を離さない米沢! 飛びかかる仁。
仁は米沢の腕を上に向けさせた。そのまま米沢の首をしめる。米沢が仁を押し返した。
突風にあおられ傾く船。テーブルが滑って窓にぶつかる。
窓ガラスが大きく砕けた。船体に穴が開く。
船が逆に傾いた。テーブルが逆方向に滑る。
凛は米沢を狙って包丁を振り下ろした。包丁が米沢の太ももをかすった。痛みに逆上する米沢。
「何しやがる!」
仁と格闘しながら、米沢は足をばたつかせた。米沢の足が凛の鳩尾にはまった。
「きゃあーーーー!」
弾き飛ばされ穴から落ちる凛!
「凛!」
仁が叫んだその時!




