二、刈谷 仁 前編
Tシャツの上からでもわかる引き締まった身体付きをした長身の青年は、ジーンズ、スニーカー、キャップ帽というラフな服装でありながら武装した兵士のように隙がない。たてがみのような金茶色の髪がキャップ帽からはみ出している。
「あんた誰?」
「君の味方。君が追っかけられていたから助けようかなって思ってみてたんだ。その必要なかったけどさ。それより、ロボットから降りて、浴衣の裾、揃えてくれない? 目のやり場がないんだよね」
男はバツが悪そうに視線をそらした。
凛ははっとして、下を見た。太ももが丸見えだ。慌てて、シチューから飛び降り、浴衣の裾を直す。同時にシチューの体にコントローラーを差し込んだ。シチューが目を覚ました。
「お嬢様! また、私を道具としてお使いになりましたね。私は由緒正しき占いロボットですのに」
「泣き言、言わないの。あんたが戦えない以上、あたしがああするしかないじゃない」
ぐずぐずと泣き言を言っていたシチューだったが、見知らぬ男に気が付いた。
「ところで、こちらは」
「今、知り合ったの。あたしを助けようとしてくれたんですって。その必要なかったけど」
「僕は、刈谷仁。フリーライターだ。宜しく。さ、家まで送ろう」
「いいわよ、この先にバス亭があるから。バスで帰るわ」
「……いいのかな、さっきの男ども、しつこそうだったけど。いいから、待ってろって」
男が腕に巻き付けた通信端末モビに向って何事か言った。しばらくすると、ブンという音がして、銀色に輝くランドクルーザー型のロボットカーが通りをこちらにやって来た。
しかし、凛はシチューを連れ、刈谷仁の言葉には耳を貸さず、すたすたとバス停に向って歩いて行く。ロボットカーに乗った仁は、凛と平行してゆっくりと車を走らせた。
「なあ、君さあ、意地はってないで乗りなよ。さっきの男達が戻って来たらどうするんだ」
「また、戦うだけよ。チンピラには負けないわ」
「お嬢様! 私は戦いたくありません!」
シチューが泣きそうな声を出す。
「ほら、君のロボットが嫌がってる。僕もこのまま帰ったら、君が襲われたんじゃないかって心配でしょうがないだろう。頼むから乗ってくれよ」
頼むという言葉を聞いて凛は立ち止まった。
「頼む? そうね、あなたの頼みなら乗ってやってもいいわ。車に乗った後に法外な料金を請求されたら困るもの」
「しかし、お嬢様、見知らぬ男性の車に乗っては、万が一という事があります。私めが確認致しましょう」
刈谷仁はシチューの言いようにくすくすと笑いながら、ロボットカーに言った。
「メリーナ、このロボット君とコンタクトしてくれ」
シチューは刈谷のロボットカー・メリーナと通信回線を使ってコンタクトを取った。情報の交換は速やかに行われ、どうやらシチューは安全だと納得したようだ。
「お嬢様、こちらのメリーナさんは、とても良いお人柄のようです。刈谷さんは、地球アメリカのご出身で、現在デイデイホテルにご宿泊中です。取り敢えず、安全かと思われます」
刈谷仁は薄い唇の端を皮肉げに曲げながら言った。
「これで信用して貰えましたか? 占いロボット君?」
「あ、私めはシチューとお呼び下さい。はい、この頃は物騒ですのでね、一応、確認させて貰いました。ロボットは嘘がつけませんから。刈谷様、改めまして私の主人を紹介させて頂きます。相沢凛お嬢様、ハカタ技能工高の二年生です」
「シチュー、何ベラベラしゃべってるの! よけいな事、言わないの!」
「しかし、お嬢様。この方は身元を明らかにされたのですよ、こちらも名乗るのが礼儀かと。さ、乗っても大丈夫でございますよ」
刈谷仁が助手席のドアを開けると、凛はつんとすました顔で助手席に滑りこんだ。シチューが後部座席に乗る。
「で、君の家は?」
「あ、行き先はメリーナさんにすでに伝えてあります」とシチュー。
「それはそれは……、ではメリーナ、シチューが教えた場所まで行ってくれ」
ロボットカー・メリーナは「おまかせを」というと、速やかに発進した。
「君、見事に機械人形を操っていたけど、どこで習ったの?」
「え? ああ、工高のクラブに入ってるの。シチューと知り合う前は、クラブのロボットを使ってたんだけど、この子と知り合ってからはシチューで戦ってる」
「お嬢様、私めは」
「はいはい、由緒正しい占いロボットって言うんでしょ。しばらく黙っててくれる。刈谷さんと話しているから」
シチューは仕方なく黙った。
「シチュー君と知り合うって、買ったんじゃないの?」
「ううん、拾ったの」
「へえ、珍しい出会いだね」
「この子、前の主人が地球に帰るからって、捨てられてたの。スクラップになるって泣きついてきてね。占い師にしてやる、お金が稼げるっていうから拾ったんだけど、まさか、チンピラに絡まれるとは思わなかったわ」
「君さ、占いの館『アタル』でブース出してる占い師さんでしょ」
「え? どうして知ってるの」
「実はさ、僕も奈津子さんを探していてね」
「ええ! ちょっと、どういう事!」
相沢凛は身構えた。
「大丈夫。そんなにピリピリするなって。とにかく、落ち着いて話を聞いてくれる」
「……、いいわよ」
「実はさ、今夜、君に会ったのは偶然じゃないんだ。君に会いに占いの館に行ったんだ。あの男が言っていた奈津子さんって」
だが、そこで刈谷仁の話は途切れた。ドンという音が聞こえた。暗闇の一角が明るく輝く。
「きゃあ、何あれ! うちの家の方角よ!」
ロボットカーは郊外に出ようとしていた。ポツポツと家がまばらになっていく。道路の先で男達が火の手をバックに何か喚いているのが見えた。彼らがトラックに乗ってこちらに走って来る。刈谷仁は慌ててロボットカーをマニュアルに切り替えると、そのままバック、横道に滑り込んだ。男達が街灯の灯りに酒を飲み、大声で笑いながらトラックで走って行くのが見えた。
「ひどい! 人の家を焼くなんて! 早く家に連れてって! 火を消さなきゃ!」
「君の家の人は?」
「あたし、一人暮らしなの。両親は……、一月前に死んだわ、事故で」
凛達が家に着くと、辺りは火の海だった。凛がロボットカーから飛び出す。シチューが続く。
「シチュー、たすき!」
シチューが風呂敷包みから紐を取り出す。凛は差し出された紐を掴むと、浴衣の袖をたすき掛けに縛った。落ちていたバケツを拾って近くの小川に急ぐ。シチューが続く。
「メリーナ、消火ホースの準備!」
ロボットカー・メリーナは小川のそばで停まるとホースを伸ばし、小川の水を汲み上げた。刈谷仁はホースの端を持つと燃えている家に走る。二人と二台は懸命に水をかける。近所の人達も集まって来た。火を消すのを手伝う。小一時間ほどして火はようやくおさまった。
しかし、凛の家はほとんど焼けてしまい何も残らなかった。
凛は家の焼け跡を前に呆然と立ち尽くした。
両親と共に暮らした家。それが跡形もなく無くなってしまった。
「どうしよう、これから……」
その時、相沢凛の隣人、長谷川好子が声をかけてきた。長谷川好子は人の好い小太りのおばさんだ。凛が両親を亡くしたので、何かと凛の世話をしている。
「凛ちゃん、大丈夫だったかい? 怪我しなかったかい?」
「あ、おばさん! 大丈夫です。それより、迷惑かけて申し訳ありませんでした」
「何言ってるの。なんにも迷惑じゃないよ。それより、さっきの男達はなんなんだい!」
消火作業を手伝っていた大人達が振り向いた。
凛は下を向いた。
「あの、わかりません。ごめんなさい、おばさん。あの、みなさん、ご迷惑をかけて申し訳なかったです」
凛は、見習い占い師をしている事、占った女性が彼氏と別れた事、別れた彼氏が凛を逆恨みして襲ってきた事を話した。
「……もしかしたら、そいつが、あたしの家をどこかで調べて、家を焼きにきたのかもしれません……。本当にすいませんでした」
「謝る事はないよ、凛ちゃん。あんたが悪いわけじゃないんだから」
そうだ、そうだと声があがる。
「さ、今日は私んちに泊まりなさい。みなさん、今夜はありがとう。この子は私の方で面倒みるから」
「その必要はありませんよ」
どこから現れたのか、凛の保護司が近づいてくる。保護司は集まった大人達に向って言った。