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六、ケイエスグラント 一

 仁と凛はナニワスイシン株式会社の駐車場でロボットカー・メリーナに乗り込んだ。


「ふう、ダメだったね、仁」


「まだ、わからないさ。もしかしたら、真鍋さんが良心に目覚めてくれるかもしれない」


 仁の通信端末モビが軽やかな音を立てた。仁が見ると知らない男からだ。仁は一瞬迷ったがボタンを押した。見知らぬ男の顔が3D画像となって現れた。


「初めまして、刈谷です」


「私、真鍋ゆかりの上司の森本といいます。真鍋から報告を受けたんですが、今回の件、うちの会社の名前を出さないでいただけますか?」


「もちろんです。お約束します。御社の事情も真鍋さんから聞きましたし」


「……IT機器を製造している会社、ケイエスグラントの特殊機器課に行ってみて下さい」


 森本はケイエスグラントの住所と電話番号を仁に教えた。


「ありがとうございます。安心して下さい。決して御社の名前もあなた方の名前も出しませんから」


 こうして二人はケイエスグラントへ向った。

 しかし、ケイエスグラントはナニワの郊外にあり、二人が着いた時はすでに営業時間を過ぎており会社は閉まっていた。


「仕方ない、出直すか」


 仁と凛はナニワの繁華街を抜けヒノヤマ神社の宿舎に戻ろうとした。ロボットカー・メリーナが信号待ちをしている時、凛は車窓の向うに華やかなブティックを見つけた。

 凛は通信端末モビを操作して、貯金の残高を調べた。凛は両親が残してくれた家をはじめ、様々な物を火事で無くしたが、わずかな現金が銀行にあった。

 凛は着替えの洋服が欲しかった。今、持っているのは長谷川好子の古着とあの夜着ていた浴衣、そして、占い師の衣装だけである。さすがに新しい服に着替えたかった。


「仁、ちょっと停めてくれる」


「何?」


「新しい洋服を買いたいの。この辺りで安い服を売っている所、探して買ってくるから」


「そういう店なら知ってる。連れてってやるよ」


 仁はメリーナのハンドルを切ると繁華街から離れた。




 惑星タトゥの開発当初、地球日本政府は植民者達が健康で文化的な最低限度の生活を営めるよう多数のドーム型住宅を建設した。しかし、この住宅はすこぶる不評だった。都市が整備されると、人々は普通の家を自ら建てて移り住んで行った。

 残ったドーム型住宅は倉庫として使われるようになった。ドーム型住宅が多数建てられた一帯は倉庫街となった。

 タトゥが発展するにつれ、様々な商品が倉庫街に集まって来た。

 人々は倉庫の一角を店舗に改装、仕入れた商品を安く売るようになった。こうして、倉庫街に安売りマーケットが出来た。

 仁が向ったのはそんな安売りマーケットの一角だった。

 看板に「ブティック フラワーアンドドリーム」と書かれた店の前で仁はロボットカー・メリーナを停めた。


 仁が店に入ると店長が嬉しそうに声をかけた。店長は二十代後半のスタイリッシュな女性である。


「仁! 仁じゃない! 一体どこに行ってたのよ!」


「店長、久しぶり! 元気にしてた?」


「ええ、ええ、元気ですとも。もう、淋しかったわよ」


 凛は仁が女性と親しそうに話すのを、げんなりしながら見ていた。一体、仁のガールフレンドは何人いるのだろうと思った。


「こちらは?」


「僕のボディーガード。新しい服を探してるんだ。火事にあっていろいろ無くしてね」


「ええ! それは大変ね。そうね、あなただったら」


 凛は動きやすいTシャツとジーンズにしようと思っていたが、店長の出して来た白地に花柄のワンピースに思わず心が動いた。しかし、値札を見て諦めた。


「あたし、こっちのTシャツとジーンズ、お願いします」


「そのワンピース、着てみろよ」と仁が言う。


 凛は迷ったが着てみるだけならと、試着してみた。


「うん、いい。とってもよく似合ってる。それにしたら」


「でも、こっちには予算ってものがあるのよ。これを買ったら、Tシャツとジーンズが買えない」


「じゃあ、ワンピースは僕からのプレゼント」


「ええ! 嫌よ。施しは受けないわ」


「施しじゃないよ」といささか傷ついた顔で仁が言う。


 凛は言い過ぎたかなと思ったが、理由もなく人から物を貰いたくなかった。


「と、とにかく嫌なのよ」


「じゃあ、給料の一部を現物支給ってことでどう?」


「給料に上乗せ! というか、ボーナスなら貰ってあげる」


「くっくくくく。はいはい、じゃあ、ボーナスってことにしよう」





 二人が宿舎に戻ると、鹿園寺家の人々が凛達の為に歓迎の宴会を開いていた。西九条通兼が杯を大きく差し上げて言った。


「おお、遅かったな。先にやっとるぞ! お! 凛君、新しい服を買ってきたのか? よく似合っとるぞ!」


「えへへ」凛が照れくさそうに笑う。

 宿舎の広々とした和室には卓が並べられ、その上にたくさんの料理が乗っていた。


「おいしそう!」


 凛と仁はふかふかの座布団に座った。早速、料理にかぶりつく。

 食事の給仕を手伝うシチューに凛が言った。


「シチュー、どう? 練習はうまくいった?」


「はい、お嬢様。あの、こちらの神社には奥の院があるんです。ご存知ですか?」


「奥の院? ううん、知らない」


「イデ火山の火口にあるのです。私、そちらに詣って奉納したいのですが」


「もう、何を言い出すの! 無理、無理。第一、どうやって登るのよ!」


「あの、私一人で登りますので」


「じゃあ、とにかく明日の奉納舞が終わったら、考えるから! あ、ほら、流しソーメンが始まるわよ」


 卓の真ん中には流しソーメンのセットが設えてあった。タトゥ杉をくりぬいて作った(とい)が斜めにおかれ、水が流れていた。お手伝いさんがゆであがったソーメンをざるにいれて持って来た。


「始めさせて頂きます」


 お手伝いさんの声に、凛は早速、流れて来るソーメンを待った。

 ソーメンが流れてくる。

 流れてきたソーメンをさっとすくう仁。


「あっ! それ、あたしのー」


「ざーんねん! 僕のだもんね」


「ワシも参戦するぞい」


 宮司が立ち上がり、ソーメンが流れて来るのを待つ。

 しかし、次に流れて来たソーメンをさっとすくったのは、鹿園寺茉莉子だった。

 素晴らしい箸さばきである。


「失礼! (わたくし)、流しソーメンに目がありませんの」


 臈長けた美女の思いがけない一面に、一同、顔見合わせる。


「あたし、負けない!」


 凛が立ち上がった。


「だって、このままだったら食いっぱぐれるもん!」


「わしも負けんぞー!」


 キラばあちゃんも右手に箸、左手に付けつゆの入った器を持って立ち上がる。

 お手伝いさんが、ニコニコとソーメンを流し入れていく。ワイワイとソーメンをすくう凛達。

 つるつると流れるソーメンは瞬くうちにすくい取られ、皆のおなかに収まった。

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