二、田沼奈津子 二
とあるホテルの一室。田沼奈津子は、佐原ダイヤモンドに連絡をいれると、佐原常務の秘書を呼び出した。
固定端末に秘書の顔が映る。2Dモードだ。
「あの、先日、退職した田沼奈津子です」
「あら、田沼さん、お久しぶり」秘書はにっこりと笑った。
「あの、佐原常務に繋いでもらえませんか? 実は、私、米沢さんとお付き合いしていたんですけど、あの、すっごい暴力振るう人だったんです。私、ハカタから逃げて来たんですけど、でも、米沢さん、追いかけてきて、もう、すっごく怖いんです。米沢さん、佐原常務の部下でしたよね。お願いです。彼にぃ、もう、私の事、追っかけるなって言ってもらえませんか。お願いします」
佐原常務の秘書は胸が大きいだけでなく、如才なかった。秘書は佐原常務が、田沼奈津子という平社員の退職に興味を示していた事をよく覚えていた。
「まあ、それは大変ね。いいわ、常務にきいてくるわね。待ってて」
佐原和也は秘書の連絡を受け、田沼奈津子と直接話をした。
「おお、田沼君か、久しぶりだな。米沢の所行については、任せてもらいたいと言いたいところだが、考えさせてくれないか。社員同士の恋愛に会社が口を出すのはおかしいだろうし……、それよりこれ、君のお守りじゃないかな」
佐原和也は、例のお守りを出して見せた。
「え? 私、持ってますけど」
奈津子は、自分のお守り、実はデータパッケージを出してみせた。
「それは本当に君のかね? 私のお守りは、特別に作らせた物なんだ。一見、他のお守りと一緒に見えるんだが、ロゴが入ってないシンプルな物なんだ」
「えー、そうなんですか。あー、ホントだ、ロゴがなーい。きゃあ、すいません。あの、私、すぐにお返しします。えーっと、どうしたらいいでしょう」
「米沢君と会ったんだろう。だったら、米沢君に預けてくれたまえ」
「いやです。米沢さん、いきなり殴ろうとしたんですよ。もう、あんな乱暴者とはかかわりたくないんです」
「君は今、どこにいるんだね?」
「えーっとカガミハラです」
「カガミハラのどこに泊まっているんだね」
「あ、今夜の寝台列車でナニワに行くんです」
「そうか……。じゃあ、こうしよう。もし、君が米沢君にそれを渡してくれたら、米沢君には二度と君に会わないよう、私から注意しよう。そうだな……、彼には君にあったら会社を首にすると注意しよう。どうだね?」
「本当に注意して下さいます?」
「ああ、もちろんだとも」
「だったら、一筆書いて貰えませんか? あ、信用してないわけじゃないんです。だけど、それがあったら、あいつ、私をなぐらないんじゃないかって」
「いいとも、それぐらいお安いご用だ。君、今の話きいていただろう。すぐに書面化してくれたまえ」
「はい、常務。こちらに」
「わお、はやーい!」
奈津子は秘書の仕事の素早さに大きく目を見開いた。
「ほら、それでどうだ」
佐原の作った書面は、通信回線を通じて奈津子の元に瞬時に届いた。それは、佐原の署名がしてある正式な物だった。
「はい、わかりました。じゃあ、米沢さんにも送って下さい。そしたら、会いに行きます」
「いいとも。今、送っておいた」
奈津子の後ろから、通信端末に何か届いた音がする。
「うん? 今のは? 君の通信端末か?」
佐原は怪訝そうな顔をした。奈津子は照れくさそうな顔をして、へへっと笑った。
「あれ、すいません、なんか端末の調子が悪いみたい。あ、あれ」
奈津子は通信端末を待ちモード(「しばらくお待ち下さい」といったメッセージが流れ、こちらの画像が相手に届かないモード)にした。
「君! 何をしている! 失礼じゃないか!」
待ちモードにすると、相手の画像もこちらには見えないが、音声は届く。
佐原常務の怒った声が響き渡る中、奈津子は後ろのベッドに寝かされている米沢の側に行った。腕をしばられ気絶した米沢の通信端末を見ると、佐原から書類が届いていた。中身はパスワードがないと見られないが、佐原が書類を送ったのは確かなようだった。
奈津子は固定式の通信端末に戻ると待ちモードを通常モードに切り替えた。佐原の怒った顔が目に飛び込んできた。
「何をしていたんだ」
「あ、すいません。端末の調子が悪くて」
「……、それで、君は米沢に会いに行くというが、米沢がどこにいるか知っているのか?」
「あ、こちらに」
奈津子がさっと体をよけた。佐原和也の顔が驚きにゆがんだ。そこには、ベッドに気絶して横たわっている米沢広司が映し出されていた。
「えへへ、親切な人がいて、米沢さんを捕まえて下さったんです。じゃあ、お守りはこちらに」
奈津子はクリスタルピースを米沢の上着のポケットにいれた。
「それじゃあ、えー、米沢さんには、ハカタに帰ってもらいますので、後のこと、どうか宜しくお願いします! あ、私のお守りは常務さんに上げます。ありがとうございましたー」
奈津子は接続を切った。




