一、アキバ神社 二
ゴンという音と共に、米沢広司が刈谷に倒れ込んだ。気絶した米沢。目を剥いている。
米沢の後ろに相沢凛がこん棒を持って立っていた。
舞殿の前で大声を出した奈津子にまず刈谷仁が気がついた。仁は奈津子を見つけて驚いたが、同時に米沢がいるのを見てさらに驚いた。何故二人がここにいるのか分からなかったので、取り敢えず様子を伺おうと二人の後をこっそり付けた。
凛はアキバ神社の宮司ともめていて奈津子の声に気が付かなかった。
アキバ神社の宮司はシチューの踊りに謝礼を出すと凛に約束したのだが、凛が謝礼を要求すると、支払いは来月末振り込むと言ってすぐには支払おうとしなかった。凛はすぐに謝礼を支払ってくれと宮司に詰め寄った。
そこにシチューが通信端末を通じて奈津子が米沢に連れて行かれたと凛に連絡してきた。
凛は取り敢えず宮司に支払って下さいねと念を押して、刈谷仁の後を追いかけた。途中、神社を普請していた現場からこん棒を取り上げ武器にした。
仁に馬乗りになっている米沢広司を見つけた凛は躊躇なく殴っていた。
「ふう。じゃあ、行きましょうか、奈津子さん。ここじゃあ、人目があるし。仁、この男をしばって運んでくれる?」
「おやおや、意外に人使いがあらいんだ」
「なんですって!」
「冗談、冗談! こいつを殴ってくれてありがとう、助かったよ」
奈津子が当惑した顔で二人を見た。
「あの、助けてくれて嬉しいけど、あなたたち、誰?」
「えー、忘れたの? あんたを占った占い師!」
「ああ、あの時の!」
相沢凛は奈津子に、奈津子を占ってから何が起きたか話した。
「えー、こいつ、あんたに迷惑かけたの! もう、信じらんない!」
奈津子は、改めて米沢広司の乱暴さに驚き呆れた。
奈津子と刈谷仁、相沢凛、西九条通兼は、アキバ神社に繋留しているアマノハシダテ号の倉庫で、気絶した米沢広司を囲んでいた。
刈谷仁が言った。
「奈津子さん、この男、どうする?」
「どうするって?」
「ほっとくと、またあんたを追いかけて行くと思うんだ」
「うーん、ナニワに行ったら、大丈夫だと思うんだけどな。こいつ、ハカタ行きの貨物船か何かに放り込めない?」
「あんた達さ、警察に突き出すとか考えないわけ!」
凛が仏頂ヅラして言う。
「警察に突き出しても、あっというまに出てくるのさ、この手の悪党は」
刈谷仁がどうしようもないという表情で肩をすくめた。
「だって、こいつ、私の家を燃やしたのよ。りっぱな放火犯じゃない」
「証拠がない。俺達は数人の男が燃えている家の前で騒いでいるのを見た。その後、男達は大声を上げながら、車で逃げて行った。俺達が見た男が米沢かどうか、暗くてはっきりしなかったし。奈津子さんへのストーカー行為も男女間の痴話ゲンカで終わるだろう。警察に突き出せるとしたら、会社でしていた悪さを暴いた時だろう」
「ねえ、奈津子さん。奈津子さんはこの男が会社で何かこそこそしていたのを見てない。例えば、備品の横流しとか……、私の親、殺されたかもしれないんだ」
「ええ! 殺された! やっぱりねぇ。乱暴な男だもの。いつか人を殺っちゃうんじゃないかと思ってたのよねー」
「憶測でものを言うもんじゃないわい! かえって真実を見えなくするぞい」
それまで黙って聞いていた西九条通兼が嗜めた。
「取り敢えず、この男にいろいろ聞いてみようぞ」
「そうするか、君たちは隠れていろ」
凛達は隣の部屋に行った。ドアを閉める。
刈谷は椅子に縛られ目隠しをされた米沢広司にブランデーを嗅がせた。目を覚ました米沢広司は、早速、喚き始めた。
「さっさとこの縄をはずせ。貴様、殺してやる。はずせ、はずせー!」
「静かにしなよ。聞きたい事があるんだ」
「なんだ? 何を聞きたい?」
「奈津子さんの居場所をどうやって突き止めた?」
「あん? 船会社に問い合わせたんだよ」
「だが、何故、船とわかった?」
「おまえも俺を馬鹿にするのか! え! 俺だって頭があるんだよ!」
実際は、佐原和也の腹心の部下、ゼブラこと菅原直樹が調べたのだが、他人の手柄は自分の手柄とばかり米沢はぺらぺらとしゃべった。
「奈津子はナニワの出身だ。ハカタの街を探してもいなかったからな。ナニワに行ったんだろうとあたりをつけた。飛行機は制限されている。いろいろ聞いて回ったらよ、ナニワに行く船に奈津子が乗ったとわかってよ。俺はな、佐原ダイヤモンドの佐原和也常務と親しいんだ」
米沢は得意気にしゃべった。大物と親しいのが、自慢でならないのだろう。
「所用があってナニワに行きたいといったら、会社の船に乗っていいと言われたんだ。え、わかったか。俺の扱いは丁寧にした方がいいぜ」
「そうだね、佐原一族に睨まれたら、ヤバイからな。それで、何故、ここがわかった?」
「俺の乗ってた船の船長が、客船がカガミハラの港に泊まってるっていうからよ、貨物船を降りたんだ。奈津子を締め上げてやろうと思ってよ、客船に乗り込んだら、一足違いで奈津子は下船しててよ。まさか、奈津子がここで船を降りるとは思ってなかったが、ここからナニワに行くなら列車だと思って駅に行ったのさ。駅員に女房に逃げられたと言ったら、寝台列車の切符を買ったと教えてくれてよ。列車は夜出発だ。だとしたら、奈津子の事だ、ふらふらして回ると思ったのよ。駅前でここのチケット売ってる奴に聞いたら、奈津子みたいな女が買ったっていうからよ。来てみたのさ。奈津子はこういうお祭りみないな所が好きだからな。これでも俺は奈津子を愛してるんだぜ。奈津子の好みはわかってるさ」
「愛しているという割には、奈津子さんより荷物を気にしていたな。奈津子さんを連れて行きながら荷物、荷物と連呼していたようだが」
「なにー! 関係ない。荷物なんか関係ないぞ! あいつを連れてハカタに帰るのによ、荷物がなかったら、また、買ってやらないといけないだろ。あいつは金のかかる女なんだ。だ、だから荷物がどこか訊いたんだ」
「あんた、下っ端だろ。常務が一社員の為に会社の船に乗って言いなんていうか? 出張ならいざしらず、私用だろ。あんた、何か隠してるだろ」
「けっ、何も隠してない! さっさとこの縄をほどけ、奈津子を返せよ!」
「奈津子さんに荷物を取って来てもらう。そしたら、わかるだろうよ」
「くそ! 荷物は関係ないぞ」
刈谷は米沢の反応に、奈津子に興味を持っているのは米沢だけでなく、佐原和也もだと思った。佐原和也が会社をやめた備品係の女に興味を持つとしたら、それは女個人ではなく、何か会社に関係したことなのだろうと、あたりをつけた。奈津子の荷物、そこに秘密があると刈谷は思った。
同時に、刈谷は相沢凛の両親の事故についても聞きただそうとしたが、この質問を一介のフリーライターである自分がするのはかなりまずいと思った。もし、相沢凛の両親が殺されたなら、それを嗅ぎ回る自分もまた殺される可能性があった。刈谷は、凛の家の放火の件をきくことにした。
「それと、もう一つ。あんた、ハカタの街で占い師を襲っただろう」
「ああ? 占い師? ああ、あのツインテールか。奈津子につまらんこと吹き込んだからな。しめてやろうと思ったんだ」
「襲っただけじゃなく、あんた、占い師の家を焼いただろう」
「家を焼いた? なんの話だ?」
「とぼけたって無駄だ」
「とぼけてない、とぼけてないぞ! 俺はやってない」
「嘘を付け!」
「嘘じゃない。濡れ衣だ。俺はいろいろやってるが、放火はしてないぞ」
「ふーん、あんたに襲われた占い師、うちに帰ったら家が燃えてたそうだ。数人の男達が家の前から逃げるのを見ている。あんたの仲間じゃないのか?」
「いや、違う。……俺が占い師を襲った夜だよな、放火があったのは。あの占い師、あいつ、機械人形使いでな。情けないことに返り討ちにあったんだ。ケチがついたからな、その夜は何もする気になれなくて大人しくしてたんだ。放火なんかしてないぞ」
「本当に、放火してないんだな」
「ああ、第一、俺はあの占い師の住処をしらんぞ」
だまった刈谷に米沢が言った。
「……そういえば、あの占い師の家かどうかしらんが、酒場で誰かが話してたぜ。親を亡くした女子工生の家に火をつけたら、金を貰えるって。女子工生の住処を焼いて、行き場がなくなった工高生を囲うんだってよ。あの占い師、若かったな」
「それをやらせてるのは誰だ?」
「誰かは知らん。だが、ハカタの夜を歩いてりゃあ、そういう噂は聞くさ。さあ、知ってる事は話したぜ、縄をほどけ、奈津子を返してもらおうか」
「悪いな。あんたには、もう少しここにいて貰う」
刈谷は米沢広司にアキバミコシスターズから借りたスタンガンを押し付け気絶させた。