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惑星タトゥは独立するって言ってるの!  作者: 青樹加奈
第二章 ロボットと神社
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六、話し合い

 相沢凛と刈谷仁は、イセ神宮の社務所内を全速力で逃げていた。


「なんでこんな事になるのよ」


「君が誰かれ構わず殴るからだろう」


「だって、シチューをよこせって、しつこいんだもん。それで、シチューは?」


「行方知れず。この建物のどこかにいると思うんだが、君、モビは?」


「取り上げられた。ねえ、どうしてあたしのいる場所がわかったの?」


「ここに務めている女の子をくどいて訊いた」


「あんたの女ったらしの技がこんな所で役にたつとは思わなかったわ」


「そうそう、女ったらしの技も役にたつって、何言わせるんだ! まず、感謝してくれる? 僕に! 僕のおかげでしょ、逃げ出せたのは」


 その時、構内放送が流れた。


「相沢凛様、相沢凛様、その廊下の突き当たりの応接室にて、宮様がお待ちです。あなたの行いを咎めるつもりはありません。逃げる必要はありません。お話があります。速やかに応接室へお入り下さい」


 凛と仁は、立ち止まって顔を見合わせた。


「どゆこと?」


「こういう事です」


 二人が振り向くと、男が銃を持って立っていた。

 二人は手を上げた。


「さあ、あなた方を傷つけるつもりはないんです。さっさとその応接室に入りなさい」


 二人は仕方なく、目の前にある扉を開けた。応接室は二十畳程で、豪華なシャンデリアが下がり、中央には螺鈿(らでん)細工が施された低いテーブルとそれを囲むように豪華な革張りのソファが並んでいた。

 正面のソファに、凛が殴り倒した明和(あきかず)殿下が顎に大きな絆創膏をはって待っていた。お付きの人が殿下の後ろに控えている。


「さあ、かけなさい。大丈夫、君たちを訴えるつもりはないから」


 二人は仕方なくソファに腰掛けた。銃を持った男は、銃を降ろすと凛達の後ろに立った。


「あのー、あたしたちはこれからどうなるんでしょうか?」


「私の提案をきいてくれるかね?」


「は、はい」


「相沢凛君と言ったね。さっきはすまなかったね、君にご両親がいないとは思わなかったんだよ。事情があって、ナニワに行く途中だとか」


「そうです」


「そこでだね、君、シチュー君と一緒に私に仕えないかね。宮内庁タトゥ支部舞い方課の職員になるのだよ。どうだね。国家公務員だよ。そうすれば、君の抱えている様々なトラブルから、守ってやれるが」


「えーっと。でも、あたしはまだ工高生で」


「そこは特例という事にしよう。キョウトの工高に転校して、私の宮へはシチュー君だけ来てくれてればいい。どうかね?」


「あの、どうしてそこまで、シチューを手元に置きたいのですか?」


「うーん、なんというのかな。ロボットが人と同じ動きをする舞は今までも見て来た。人型ロボットが人間そっくりに舞うのだよ。しかし、人とそっくりに舞えば舞うほど、機械的で冷たい、ただの真似事になってしまうのだよ。ところが、シチュー君のは違う。どういったらいいのだろう。本物の舞いなのだよ。わかるだろうか。もちろん、人間の動きを参考に作られた舞なんだがね。しかし……」


「わかります。シチューの舞にはオリジナリティがあるんです。ロボットのくせに人を感動させるんですよ、シチューは」


「ふむ、さすが、持ち主だね。では、私がシチュー君を手元に置きたい気持ちもわかるだろう」


 そこで、刈谷仁が口をはさんだ。


「あの、でも……、普通、人間の舞踏家に、いきなり公務員になって自分に仕えろなんて言わないですよね。あなたはシチューがロボットだから、どうにでも出来ると思っている。それって、やっぱり傲慢だと思います。それに、あなたの目的はシチューであって、相沢さんじゃない。工高を卒業してそちらに務めても、相沢さん自身は何をするんですか? シチューの付き添いでしょ。それで、相沢さんが充実した人生を歩めると思っているんですか?」


 凛は目を見張った。驚いた目をして刈谷仁を見あげる。刈谷仁は凛の人生を正面から心配してくれていた。赤の他人からこんなふうに言われたのは初めてだった。

 明和殿下が返答に困っていると、側にいた上田侍従が言った。


「お上、ここは私が説明致しましょう。えー、私、お上に侍従として仕えております上田と申します。私から説明させて頂きます」


 上田侍従は凛が明和殿下に仕えたらどういう特典が待っているか説明した。


「まず、明和殿下にお仕えすると身分は宮内庁職員になります。住宅や制服が支給されます。国家公務員ですので、総て只です。さらに、勤務は朝九時から午後五時まで。残業はありません。お給料は規定がありますから、すぐに高給というわけにはいきませんが、相沢さん一人で生きて行くには十分なお金です。社会保障はもちろん完備していますし、有給休暇は年間一ヶ月、必ず取るように指導されます。結婚しても、子供を産んでも十分務められる職業です。

 刈谷さん、あなたは充実した人生といいましたね。宮内庁職員になれば、給料を貰いながら自由な時間が十分取れます。自由な時間を使って、趣味に没頭すればいいのではありませんか? 相沢さんがどんな職業を望んでいるかわかりませんが、不安定な職業について、生活の為にキリキリと働き自分のやりたい事も出来ずに終わってしまう人達のなんと多いことか。それに比べたら、勤務中はシチューの付き添いであっても、時間外は素晴らしい人生が送れる宮内庁職員は夢のような職業だと思いますよ。いかがです?」


 相沢凛は迷った。確かにここに務めたら、老後も心配いらないだろう。それこそ、死ぬまで安定した暮らしが出来るだろう。だが……。


「あの、でも、それって、シチューが舞い手として踊れたらって事ですよね。あたしの能力じゃなく。もし、シチューが壊れたら、それまでって事ですよね」


 明和殿下は黙った。上田侍従が苦い笑顔を浮かべた。


「……シチュー君はロボットです。大切に扱えば、百年はもつでしょう。あなたの生きている限り大丈夫ですよ。それに宮内庁職員というか、公務員になれば、自分から辞めない限り身分は保証されていますよ。よほどの不祥事を起さない限り首はありません。いかがです?」


「……、あの、あたし……」


 刈谷仁がさらに口をはさんだ。


「あなたは国家公務員といったが、それはどちらの国家なのですか? 地球日本ですか? タトゥ合衆国ですか?」


「もちろん、地球日本だ。タトゥ合衆国など存在しない」


 明和殿下が吐き捨てるように言った。


「しかし、橋本大統領はタトゥは独立すると宣言しました」


 刈谷が食い下がった。


「今、橋本と交渉中だ。この火州キョウト一体を地球日本の飛び地として残すよう交渉している」


「……、それより新しい国の天皇となられてはいかがです?」


 明和殿下がギリっと刈谷を睨みつけた。上田侍従が慌てて言った。


「お上、どうか、お気を鎮められませ、ここは私が」


 上田侍従がコホンと咳払いをすると、刈谷仁に向き直った。が、しかし、上田侍従が発言する前に刈谷仁が言っていた。


「申し訳ないですが、今、相沢さんを雇っているのは僕です。僕が、シチューと一緒に相沢さんをボディガードとして雇っています。この契約は、ナニワである女性を保護するまで続きます。雇い主として、相沢さんがあなたを殴った事は謝ります。申し訳ありませんでした。お話が終わったのなら、解放して貰えますか? 僕らは先を急いでいるので」


 刈谷仁は立ち上がった。凛もつられて立ち上がる。


「シチューはどこです? 返して貰えますか?」


 上田侍従はしぶしぶ、手を叩いた。隣室のドアが開いた。そこにシチューと西九条通兼がいた。


「シチュー!」


 凛が駆け寄る。


「お嬢様!」


 凛とシチューは抱き合って喜んだ。そして凛は明和殿下に向って深く頭を下げた。


「あの、えーっと、いきなり殴って本当にごめんなさい。悪かったと思ってます」


 ソファから立ち上がった明和殿下はため息をついた。


「良い、私も確かに傲慢だった」


「……、あたし、あの、シチューの舞を気に入ってくれて、それに、すっごく高く評価してくれて、ありがとうございました。えっと、この後、シチューは、後二カ所で舞を奉納するんです。ネットで中継すると思うし、良ければ見てやって下さい。それに、国家公務員っていう素晴らしい就職先を紹介して下さってありがとうございました。あの、工高卒業するまでには、職業決めないといけないから、えーっと、その時、また相談させて下さい。もしかしたら、公務員試験うけるかもしれないし、どこの国の公務員かわからないけど……。あの、うまくいえないけど。いろいろ、お騒がせしてすみませんでした」


 こうして、凛達は明和殿下の前から退出した。





 アマノハシダテ号に向って歩いて行く凛達の後ろから上田侍従が走ってきた。


「相沢さん、待って下さい。はあ、はあ」


 凛は振り向いた。


「私の名刺です。何かあったら連絡を。お力になりましょう」


 上田侍従が名刺を凛に渡す。


「いいえ、いいです。心配してくれてありがとうございます」


 凛は名刺を返そうとした。


「そういわず、持ってらっしゃい。国家権力にコネがあるといろいろ便利ですよ」


「そうじゃとも、もらっとけ」


 西九条通兼が口添える。


「でもでも、明和殿下に力はありません。地球日本の天皇陛下も、明和殿下も国の象徴であって、何の権力もありません」


「その通りです。ですが、権力を持った人と多数お知り合いですし、みなさんお上の発言を蔑ろにはしません。さ、持って行きなさい。困った事があったら連絡するんですよ」


 凛は上田侍従に礼を言ってその場を去った。





 飛行船アマノハシダテ号は、イセ神宮を後にした。山を一つ越えると、眼下にキョウトの街並が広がる。

 窓から街並を眺めている刈谷に凛が軽口を叩いた。


「あんたがあたしの人生について考えてくれているなんて思わなかったわ」


「別にー、殿下が気に入らなかっただけさ。あ、僕に惚れないでね。未成年は守備範囲外だから」


「なによ! あんたね、ホレタハレタしか考えられないの! まーったく!」


 凛と仁が口喧嘩をしている横で、シチューはお茶を淹れていた。

 宮司は飛行船を操縦しながら、イセ名物「アカフク」をつまみ、シチューのいれたお茶をうまそうに飲んだ。


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