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惑星タトゥは独立するって言ってるの!  作者: 青樹加奈
第二章 ロボットと神社
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五、イセ神宮

 大宇宙の虚空に一隻の船が浮かんでいる。宇宙自衛隊母艦カイコウ。惑星タトゥの独立を阻止する為、はるばる地球からやってきた船である。

 そのメインデッキで、三本木豊(さんぼんぎゆたか)大将は、太い眉をぎゅうっとよせてスクリーンを睨みつけていた。

 スクリーンには恒星エヴァを中心にタトゥ星系が映し出されている。

 側に控えていた木下副官が言った。


「閣下、まもなくタトゥ星系に入ります。橋本とはどのように対決されますか?」


「まず、話し合ってみよう。橋本は地球日本政府によって搾取されているという。独立の理由としては妥当だ。では、どこまでが搾取なのか、どの程度であれば搾取ではなく妥当な税負担だといえるのか、話し合いの余地はあると思う」


「地球日本政府はそれほど搾取しているのでしょうか?」


「ああ、しているだろうよ。惑星タトゥから搾り取った金で、役人達は我が世の春を謳歌している。高級クラブでの豪遊、贅沢で派手な生活。官僚達の有様は目に余る物がある」


「はあ……」


 三本木大将は、若い士官の様子に彼の経歴を思い出した。彼の両親は地方公務員だった。三本木は声を和らげた。


「総ての公務員が贅沢な暮らしをしているとは言わない。……良い事もある。搾取した金のおかげで溜まりにたまった国の借金は返せた。その上、このように素晴らしい船も建造出来たのだからな。橋本には悪いが、タトゥのおかげだ」


「閣下、この母艦は素晴らしい船ですね。しかし、攻撃型に改造できるとは思いませんでした。それも、たった一週間で」


「その通りだ。この船は、本来、宇宙空間での災害救助船として建造されたんだが、わずか、一週間で惑星間バトルシップに改造できるとはな。救助用のシャトルを攻撃型飛行艇に変え、船首にエネルギー砲を取り付ける。まさか、この船にぴったりのエネルギー砲がすでに用意されていたとは思わなかった。今回の遠征、諸外国も注目しているだろう。この船のおかげで、地球日本は宇宙での戦争に対応出来るようになったのだからな。諸外国はぴりぴりしているだろうよ」


「一体、政府は何を考えているのでしょう」


「彼らが何を考えているか、役人の腹の中など伺いたくもない。役人は実際に戦地に出るわけではない。命令すれば良い。死者の数が何名となっても彼らにとって、それはただの数字。人が死んでいるとは思わんのだろうよ」


「我々は惑星タトゥを攻撃しなければならないのでしょうか? 彼らは同胞です」


「そうだな。この船を見て、独立を思いとどまってくれればいいのだがな。

 ……しかし、結局の所、我々はシビリアンコントロールを受けている。文官達が攻撃せよと言えば、従うしかないが」


 三本木大将は青く輝く惑星、タトゥを眺めながら言った。





 凛達は次の目的地へ向っていた。

 次は、天照大神(あまてらすおおみかみ)を祀るイセ神宮である。正式名称は、イセ神宮天照大神(あまてらすたいしん)エルダ拝礼所(はいれいじょ)といった。惑星タトゥを照らす恒星エルダを天照(あまてら)大神(おおみかみ)に見立てて拝礼していた。


 地球日本政府は、惑星タトゥに地球日本の歴史的建造物をすべて建てていた。政府は日本古来の建築技術が廃れる一方だったので、惑星タトゥに歴史的建造物を建てる事で技術を保管しようとしたのである。例えば地球日本の京都は街並そのままを惑星タトゥに再現されていた。

 惑星タトゥ火州キョウト。

 キョウトの場所は地球日本の京都とよく似た地形が選ばれた。

 北に緩やかな山。南に大きな池。東に川のある盆地。そこに碁盤目状の道路が配置された。平安時代の京都を再現したのである。ここで、どの時代に焦点を合わせるか、議論が起ったが、祇園といった花街のありようを考え合わせ、御所近辺と神社仏閣は平安時代を、花街界隈は江戸時代末期とした。

 建設された平安京では、平安宮、いわゆる御所の正面から羅生門へと朱雀大路が続いていた。地球日本では見られない光景だった。

 御所には、地球日本から天皇家の流れを汲む、光輝宮(こうきのみや)明和(あきかず)殿下がお住まいになられていた。様々な宮中行事を行う為である。

 この日、殿下は二人の侍従を連れ、お忍びでイセ神宮へ参拝した。殿下はシチューのロボット舞の噂をきき、こっそり見に出かけたのである。

 惑星タトゥのイセ神宮は、キョウト御所から見て南東の方向、山を一つ越えた清涼な川が流れる地に建てられていた。

 殿下は、英国紳士風に麻の生成りのスーツを着て、群衆の中にいた。殿下は生来の人柄か、一旦群衆に混じってしまうと、誰も殿下とは見抜けなかった。

 昼の二時である。最も暑い時間帯だった。その上、異常気象のせいか、ここ、緑に囲まれたイセ神宮も例年に比べずっと暑かった。

 群衆の中からシチューのロボット舞を見た殿下は、額に流れる汗をハンカチで抑えながらつぶやいた。


「見事だ! とても機械が舞ったとは思えん」


 群衆の中から人々が口々に言う声が聞こえた。


「ぜひ、あのロボットが欲しい、誰のロボットだ?」


「おかあさん、あのロボット買って!」


「あの女の子らしいぜ」


 殿下は群衆の中、人垣が出来た方に近づいた。人々が口々に譲ってほしいと言っているのが聞こえる。


「お上、群衆を追い払いましょうか?」と侍従が言う。


「よい、私の身分がわかるのはよくない」


 殿下はしばらく待っていた。群衆をかき分けて行くなどという、はしたない真似は彼の矜持が許さなかった。人々がいなくなったのを見計らって、殿下は拍手をしながら凛に近づいた。


「このロボットの持ち主はどなたかな?」


 ツインテールの少女が振り返った。


「あの、あたしですけれど」


「ふむ、お嬢さん、失礼だがあなたは未成年ではないかな。私は大人と話がしたいのだ。このロボットの所有者の『大人』はどなたかな? あなたのご両親だと思うが」


 殿下は、大人という言葉に力をいれた。殿下は未成年者と取引をして後から保護者がごちゃごちゃと言ってきては面倒だと思った。


「だーかーらー、あたしがこの子の主人だって言ってるじゃない。うるさいわね」


「コホン、君、大人に向ってうるさいはないだろう。私は丁寧にきいているんだ。さあ、さっさと君の親を呼んできたまえ」


「う、る、さ、い!」


 殿下は、華奢な女の子からするどいアッパーカットを顎にくらうとは思っていなかった。そして、何が起ったか理解する前に気絶した。


 相沢凛はシチューに粉をかけてくる人の多さに辟易していた。

 シチューの主人が女の子だとわかると、凛の足下を見て、なんとか只でシチューを奪ってやろうという人間が凛の周りに人垣を造った。

 その人垣が崩れ、しつこく譲ってくれと言っていた人々がいなくなりほっとした直後、またまたシチューを譲れと言われ熾火(おきび)のようにくすぶっていた凛の怒りがこれまでないほど燃え上がった。言って来た男の有様も凛の心を刺激した。超高価な麻100%の三つ揃いスーツ。その上、男の言いようが恐ろしく高飛車だったのもカンに触った。

 凛は初老の男の顎を殴り、あっというまに地面に叩き付けていた。

「女、何をする。ええい、神宮警察予備隊! 出会え、出会えい! 殿下が、暴漢に殴られたぞ!」

 殿下のお付きの者が大声で叫んだ。

「はあ? 殿下? 殿下って! す、すみません、その、あたし、知らなくて!」

 相沢凛は逃げ出そうとしたが、あっというまに捕らえられ、イセ神宮の社務所の一室に閉じ込められた。

 たまたま、観光していた女の子を口説いていた刈谷仁は、凛の様子に赤の他人を決め込んだ。ダザイフテンマン宮の宮司、西九条通兼(にしくじょうみちかね)は、巫女と話していたので、仲間と思われなかった。シチューは控え室で着替えた後、イセ神宮の楽部方から舞について訊かれていて凛の様子に気が付かなかった。

 凛だけが連れて行かれたのである。

 凛は閉じ込められた物置のような部屋の隅に膝を抱えてうずくまった。通信端末モビは取り上げられている。


「はあ、これからどうなるんだろう」


 凛は独り言を言った。


「大体あたしを雇った仁はどうしたのよ。宮司のじいさんだってそうだわ。大体、シチューがあんなへんてこな舞を舞うからこんな事になるのよ! っとに!」


 凛は怒りのあまり立ち上がると、こぶしを握りしめて叫んだ。


「シチュー! あんた、なんとかしなさいよ! ご主人様のピンチでしょう!」


 叫びは物置の壁をふるわし、建物をふるわし、イセ神宮境内の樹々を揺らし、鳥を驚かした。この叫びが、凛が殴り倒した明和あきかず殿下の耳に届いたかどうか定かではないが、殿下は目を覚ました。


「ここは? 私は一体……。なんだか、物凄い雄叫びを聞いたような気がしたが……。あ! 思い出した! いたたたた」


「お上、急に起き上がらない方が宜しいかと。どうか、横になられて」


「良い、大丈夫だ」


 殿下は寝かされていたソファの上に起き上がった。


「……ふむ、あの者はどうした?」


「は、ただいま、身元を確認致しました。相沢凛十七歳、ハカタ技能工高二年生。両親はすでに事故で他界しております。政治的背景はございませんでした」


「ふむ、あの子の両親は死んでいたのか。なるほど……。では、ロボットの持ち主は彼女という事になるな」


「はい、左様で」


「あのロボットは、家庭用のロボットかね?」



 この時代のロボットは、産業用と家庭用に分類された。産業用ロボットは、人間の経済活動を補助するロボットである。文字通り何かの産業に特化した単機能型のロボットだった。

 それに対し、家庭用ロボットは家庭内での遊び、単純な家事労働を目的とした多機能型ロボットである。家庭内で使用されるので、人との親和性を第一に設計されている。

 占いロボットシチューは家庭用ペット型ロボットに分類される。占いロボットは、占い師という職種があったにも関わらず、家庭で遊ぶレベルの占いを想定して家庭用に分類された。これは占いロボットを造ったメーカー側の都合による物だった。家事ロボットとして売り出すより占いという夢をつけた方が売れたのである。

 シチューの占い機能は前の持ち主によって強化され職業として成り立つレベルとなっていた。家事能力には手が加えられていなかったが、凛によって戦闘機能がコントローラーにダウンロードされ機械人形ゲームの対戦用機械人形パペッティアとしても使えるようになっていた。



 殿下の質問に対し、侍従が言った。


「はい、家庭用です。あのロボットの前の所有者が、家庭用ペットロボットの占い機能をさらに強化したようです」


「ふーむ、そして独自の進化を遂げたのか?」


「はい、独立型AIですので、環境による影響を受けたかと思われます」


「同じ物を造るのは、難しいか……」


「そうでございますね。今の状態をコピーしましても、この後、どのように進化するか……、恐らくまったく違った性格を持つようになるかと」


「……そうか、仕方が無い、諦めるか」


「こうしてはいかがでしょう。あの少女と一緒に旅をしているダザイフテンマン宮の宮司が申しますに、あの少女はハカタでトラブルに巻き込まれ、逃げている途中だと言っております。ロボットとあの少女を一緒に舞い方に召し上げては。そうすれば、少女も助かりましょう」


「それは良い考えだ。そのように取りはからうように」


 殿下の侍従、上田是親うえだこれちかは凛を閉じ込めている物置へ向った。

 物置についた上田侍従は、扉の前に見張り番が倒れているのを見つけた。


「おい、しっかりしろ!」


 上田侍従が見張り番を助け起すと、見張り番から強烈な酒の匂いがした。さらにいびきが聞こえる。見張りは、よく眠っていた。

 物置のドアを開けると、簡単に開いた。鍵が開いている。上田侍従が中を除くと、藻抜けの空だった。


「おい、逃げたぞ! 誰か!」


 上田侍従は廊下に向って叫んだ。


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