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惑星タトゥは独立するって言ってるの!  作者: 青樹加奈
第二章 ロボットと神社
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四、タツタ神社

「一時はどうなるかと思った」


 刈谷仁は、タツタ神社の巫女、沢田百合子が淹れたお茶を両手で持ちほーっと息を吹きかけた。一口すする。


「なんとかなるにきまっとろうが。神様がついとる。わしゃ、信心厚い宮司ぞ! いててて!」


 西九条通兼宮司は頭に出来たたんこぶを氷嚢で冷やしながら、減らず口を叩いた。


「みなさん、無事に着かれてよかったです。今夜はゆっくりして下さいね」


 相沢凛とシチュー、刈谷仁、ダザイフテンマン宮の宮司、西九条通兼(にしくじょうみちかね)は、強風と雨の中、タツタ神社の牽引ビームに助けられ、アマノハシダテ号を飛行船格納庫(ハンガー)にかろうじて着陸させた。タツタ神社の客間、二間続きの和室に落ち着いた一行は、タツタ神社の巫女、沢田百合子の厚いもてなしを受けていた。

 沢田百合子は、二十代後半の美しい巫女である。先代の宮司、百合子の父親は、昨年病いで亡くなり、長女の百合子が跡を継いだ。藍の地に白で朝顔が描かれた浴衣を着ている。


「しかし、百合子さん、以前はこんな大雨は降っとらんかったじゃろ。夕立はあったがの」


「それが……、今年の夏は特別暑くて……。異常気象らしいんです。嵐も例年より多いみたいで……。原因は、火州南の海水温らしくて。でも、ほら、海はまだまだ、調査が進んでいないでしょう」


 タトゥの海は、海岸から五十キロの範囲が調査済みの地域で、漁や航行が許されていた。しかし、そこから先は、まさに未開の海だった。潮流の調査は継続して行われていたが、海底地図は大雑把な物しか出来ていない状態だった。ましてや、海水温の調査など、まだまだ先の話だったのである。

 凛が刈谷仁に言った。


「あんた、細っこい体してるのに、意外に力が強いんだ。それとも、火事場の馬鹿力?」


「言ってくれるね、お嬢さん。これでも体は鍛えてるんだ。見よ、この筋肉」


 刈谷仁はTシャツの袖をめくって腕を見せた。ガッツポーズを取る。力こぶが盛り上がった。


「はいはい、わかりました。わかったから、さっさとしまってよね、そんな筋肉」


 凛はしかめっ面をして目をそらしたが、沢田百合子はぽっと頬を赤らめて俯いた。


「あ、あの、すぐに夕飯を用意させますね」


 百合子は立ち上がると部屋をそそくさと出て行った。


「ふーん、あんたって隅におけないわね。彼女、あんたに気があるみたいよ」


「何をいうとる。清浄な巫女が、おまえのような若造に恋心なぞ起さんわ」と宮司。


「僕はどっちでもいいけどね」


「何を罰当たりな」


 仁と宮司、凛が低レベルの言い争いをしていると料理が運ばれて来た。

 料理を運んで来た沢田百合子の母親が言った。


「ようこそ、いらっしゃいました。大雨にあわれて大変でしたでしょう。さ、ゆっくりして下さい。イブスキの海で取れたお魚なんですよ。どうぞ、召し上がって下さい」


 沢田百合子の母親がにこにこと皿を並べる。一緒に料理を運んできた、百合子の妹達が母親を手伝う。凛は料理を一口食べて言った。


「おいしい! シチュー、あんたのより美味しいわよ」


「お嬢様、私めは家庭用ペットロボットに分類される占いロボットでございます。料理は得意ではありません」


「わかってる、わかってる。ちょっと言ってみただけだから」


「よければ、作り方を教えましょうか?」と沢田百合子の母親が言う。


「奥様、それはぜひ!」


 とシチューが元気な声をあげた。


「あ、すみません。あたし、その冗談で言っただけで」


「いいえ、相沢さん、いいんですよ。舞を舞ってもらうんですもの。料理を教えるくらい、お安い御用ですよ」


「奥様、ではこれから教えて頂いても宜しいでしょうか? 明日は時間がないかと思いますので」


「まあ、熱心ね。いいですよ、台所にいらっしゃい」


 沢田百合子の母親は、シチューを台所へと案内した。

 一人と一台が出て行くのと入れ替わりに、沢田百合子がお酒を盆に載せて戻ってきた。


「おお、百合子さん、これはすまんの」


 宮司が嬉しそうな声を上げる。宮司と刈谷仁は料理をつまみに酒を楽しんだ。




 イブスキ市は、サイタ湾の奥にあった。サイタ湾の東側にはカイタ岬がある。この岬全体が、タツタ神社の境内だった。その一角に沢田家の屋敷がある。純和風の屋敷には錦鯉を放った池があり、庭石が置かれ石灯籠が立っていた。

 満月である。惑星タトゥのただ一つの月、衛星ナトが雲の合間に見えた。

 地球日本政府が、惑星タトゥを領土として望んだ理由の一つに、地球と同じく、月が一つというのがある。日本人の美意識、光よりも光によって出来る影に美しさを感じる感性が、一つ以上の月によって作られる影をよしとしなかったのである。

 そのたった一つの月が、沢田家の屋敷を照らしていた。

 軽く酔った刈谷仁は、酔い覚ましに部屋を出ると庭を見晴らす縁台に立った。欄干に腰掛け夜風にあたる。その仁を追って、沢田百合子がやってきた。


「刈谷さんは、地球のご出身ですの?」


「ええ、地球のアメリカ生まれです」


「まあ、よくこちらに。確か、日本人以外のタトゥへの入国は制限されていると思いましたが」


「父が日本人なんです」


「まあ、それで。……最近こちらに?」


「ええ、仕事で……。僕はフリーライターなんです。雑誌や新聞の記事を書いています。取材を続けるうちに、知り合った女性がトラブルに巻き込まれたらしくて……。ナニワに行ったらしいので、ナニワまでその女性を探しに。飛行船に乗せてもらって助かりました」


「あの、その女性というのは、刈谷さんの……、あの、親しい方なのですか?」


「え? いえ、違うんです。その……、詳しくは話せないんですが、彼女が社会的不正を暴く鍵を握っているような気がするんです。記者のカンなんですけどね。もう一度会って、話を聞けたらいい記事を書けるような気がして……」


「まあ、そうなんですの。私ったら……、あの、ここは良い所です。ぜひ、また来て下さい」


「ええ、ぜひ。今度はのんびり遊びに来たいですね。その時はこのあたりを案内して下さい。あなたと二人で歩いてみたい」


 月影の中、沢田百合子の頬が熱く染まる。

 刈谷仁が沢田百合子の肩を抱き寄せ、二人の影が重なった。




 翌朝、タツタ神社では、シチューのロボット舞を見ようとたくさんの人が集まっていた。

 相沢凛とシチュー、刈谷仁、西九条通兼は、タツタ神社に正式参拝、旅の安全を祈願した。

 二人と一台はタツタ神社の巫女、沢田百合子から修祓(おはらい)の議を受けた。沢田百合子の祝詞を上げる声が美しい。

 参拝の後、シチューは神楽殿に上がり、自身の舞を披露した。

 タツタ神社は風が常に吹いている。その風の中、シチューは触手を器用に操り扇を投げ、受け止めた。最後にしめ縄を小刀で切り、くるくると回転して舞を終えた。

 見学者達はシチューに大きな拍手を送った。拍手が収まると見学者の一人が、沢田百合子に話しかけた。


「沢田さん、いい物を見せて貰いました。ロボットにこのような事が出来るとは! いや、素晴らしかった。ところで、そろそろ、態度をはっきりさせて貰いたいのですが」


 イブスキ市は広大なサイタ湾のおかげで、豊富な海産物がとれた。漁や船の航行は海岸線から五十キロという規制があったが、サイタ湾は陸地に入り込んでいたので、湾の中では自由に漁が出来た。石鯛やきびなごまがいの魚類。スルメイカまがいの軟体動物。若布まがいの海藻。はまぐりまがいの二枚貝。そういった質のいい海産物が豊富に取れた。

 豊富な海産資源は、イブスキ市に富をもたらし、結果、漁民達の政治への発言権は大きかった。

 今、沢田百合子に話しかけたのはイブスキ漁業協同組合の組合長だった。組合長は五十代、猟師上がりの威丈高な男だった。


「組合長さん、今、その話は……」


「いや、しかし、ここには市の主な人間が集まっている。返事をきかせてもらうのにちょうどいいと思うんだが」


 ダザイフテンマン宮宮司、西九条通兼が怪訝そうに言った。


「何をもめとるんじゃ?」


「……独立派か、反独立派かですわ」


 美しい巫女はその柳のような眉を寄せ、シチューが舞をまった舞台にあがり、観客に向き直った。


「みなさん、私どもタツタ神社は、政教分離の法則に従い、どのような政治的立場もとりません。どうか、ご理解下さい」


「政教分離って、国政を預かる議員じゃないんだから。タツタ神社の意向しだいで、市民の独立指示か反独立指示かが変わるんだ。いつまでもそんな事言ってられないぞ!」


 そうだ、そうだという声があがる。

 しかし、沢田百合子は凛とした声で言った。


「なんといわれようと、神社の方針は中立です。皆様、お引き取り下さい」


「今回は引き下がるが、これ以上強情をはるようだったら、宮司を替わってもらうからな!」


「それは脅しですか?」


 瞬間、沢田百合子の声が変わった。女性的な優しさが一度に吹き飛んだ。


「いや、脅しというわけでは……」


 組合長が言葉を濁す。

 百合子は相手をきりりと睨んだ。


「どんなに脅されようと私は屈しません。巫女を脅すと天罰が下りますよ」


 突然、百合子は舞舞台を飛び降りると神殿へと駆け出した。神殿に入り玉串を掴む。祭壇の前に額付いた。くぐもった声が聞こえる。祝詞だ。百合子が頭をあげた。祝詞を上げる声がひときわ大きくなる。と同時に、穏やかだった風が、急に勢いを増した。あたりが暗くなる。


「こ、これは一体!」


 百合子の祈りがあたりに響く。とても、先程までの優しくたおやかな百合子と同一人物とは思えない。声が違う。甲高く威圧する声が祝詞を唱え上げる。

 勢いを増した風がごうごうと組合長に吹き付ける。

 風の中から声がした。百合子の声だが、人とは思えぬ声だ。


「この巫女は我が使い。巫女を脅すとは何事。神を脅すか!!」


 その場にいた全員が見た。神殿から出て来た百合子を。

 玉串を持ち、髪を逆立て、神殿に飾られていた般若の面をつけ、仁王立ちする百合子。

 全員がその場に平伏した。


「も、申しわけありません。決して、決して、二度と脅しません」


 組合長がうわずった声で約束する。


「真実二度と脅さぬか? 神を二度と政治的に利用せぬと誓うか?」


「ち、誓います! 誓いますから!」


「もし、このような事が再び起きたら天罰を下すぞ! 忘れるなーーー!」


 ごーっと大風が吹いた。風はごうごうと吹き続ける。砂利や小枝が吹き飛ばされピシピシと人々にあたる。組合長を始め、沢田百合子に圧力をかけに来た人々は悲鳴を上げながら先を争って逃げ出した。

 組合長は人々の先頭を切って参道を駆け下りた。鳥居の外に出ても組合長は走るスピードを緩めなかった。車に飛び込み、猛スピードで自宅に戻る。自室のベッドに潜り込んでも組合長の体は恐怖で小刻みに震え続けていた。

 人々がいなくなると大風がやんだ。元通りの穏やかな風になる。あたりが明るくなった。

 神殿の前の百合子が、面を外した。


「これで、当分、つまらない事を言ってくる人はいないでしょう」


「百合子お姉様……」


 妹の一人が駆け寄った。タツタ神社に使える巫女達が、百合子の周りに集まる。


「私は大丈夫。今日だったら、この時間に突風が吹くと思っていたのです。ほら、昨日の夕方、大雨がふったでしょう。大雨の翌日は必ず突風が吹きますからね。漁師の人達は迷信深いから、神懸かりを演じました」


 わっと歓声があがる。


「本当に天罰が下ったのかと思いました」


「こわかったですぅー」


 皆、口々に言い合う。


「これからはあの手の(やから)が来たら天罰が下りますよと言って追い返してくださいね」


 沢田百合子が笑いながら言った。皆、一様にうなづく。


「さ、見世物は終りですよ、みなさん、仕事に戻って下さい」


「はーい」と声を上げると、巫女達は楽しそうに持ち場に戻って行った。

 沢田百合子が凛達に向き直る。


「お恥ずかしい所をお見せしました」


「いいえ、いいんです。巫女をするのも大変なんですね」と凛。


「橋本大統領が独立宣言をしてから、落ち着かなくて……。あ、ちょっと待ってて下さいね」


 沢田百合子が神社の売店に急ぎ足で歩いて行く。何かを手に戻ってきた。


「お詫びと言ってはなんですが、どうぞこれを」


 沢田百合子が袋を差し出した。袋の中には様々な花火が入っている。


「先程、あなた方をお祓いした時、この花火が頭に浮かんだんです。きっと、何かの役に立つでしょう」


 凛達は百合子に礼を言って、花火を受け取った。




 凛達は出発する前にイブスキ港へ向った。田沼奈津子が船から降りたかどうか確認する為である。船会社の人間は、田沼奈津子は降りなかったと教えてくれた。

 田沼奈津子が船で順調にナニワに向っているとわかると、凛達はアマノハシダテ号で次の目的地に向った。

 アマノハシダテ号の食堂で夕飯を取りながら凛はシチューに言った。


「シチュー、残念だったわね。百合子さんの芝居のおかげで、あんたの奉納舞の影が薄くなっちゃって」


「私は舞を奉納出来たましたので、満足でございます」


「百合子さん、凄かったな。まるで、本物の神様が降りてきたみたいだった」と仁。


「わしは百合子さんを子供の頃から知っとるが、あれは、視えとるんじゃないかと思う時があっての。今日のあれは、実際、神が降りたのではないかと思うとる。百合子さんは芝居だと言って誤摩化したがの」


「ええ! 怖い事言わないでよ。霊とかそういうのって苦手なんだから」


 三者三様に意見を言い合う。シチューは、彼らの前にそっとコーヒーを置いた。


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