47:人の家族事情と壺の値段は把握しておいた方がいい。
サイド:ハク
「――開門!!」
気の入った衛兵の声とともに、重々しい門が開いていく。
インフォムさんの話によると、この門はデウィーネやシーウォールと違い、
未だに魔素機関のつかわれていないものなんだとか。
さすがは武芸と伝統の国……ジパンギル共和国である。
その重々しく威厳の漂う門をとおりながら、おれは感慨深く呟いた。
「やっと、ジパンギル入りか……」
「僕としては、帰ってきたという気持ちの方が近いな」
「私も。なんだか、一年前がすごく遠く感じるよ」
呟くおれに、ニーアとルリーアが返してくる。
この2人からすれば、デウィーネよりもこちらの方が落ち着くようで、
自然と表情が緩んでいる。
「で、あんたもそういう気分になるもんかい?」
そんな表情を見ながら、ふと気になって御者台に声をかける。
ガウァースは馬を引きながら、笑って返す。
「そうだなぁ。こんな国、ここにしかねぇからなぁ」
そう言ってまわりを見るガウァースに引っ張られるようにみると、
たしかに、門や建物の形もデウィーネやシーウォールにはない、東洋独特の物だ。
きっちりと整備された道も、ジパンギルにしかない特徴だろう。
おれでさえ、どことなく懐かしい気がする。
何だろう、この、一定間隔ごとに道が分かれて、まるで碁盤の目のような……あ、平城京?
昔々に歴史の教科書でよんだものにぴったり当てはまって、おおーとか心の中で歓声を上げる。
で、まぁそんな感動もそこそこに。
「さて、寄り道してもいられんな。すぐにここのお偉いさんに伝えなくてはな」
学園長が呟く。
そうそう、バカハードな旅の道中のせいでかすれてたこともあるが、
おれ達の目的は厳戒態勢を敷くようにジパンギル政府に話を伝えることだ。
まぁ、本格的に忘れてはいないと思うが、
「うむ?なかなかおいしそうなものがありそうなくにじゃな!ご主人、しんこんりょこーをいいものにするのじゃ!」
「……よ、よし。は、ハクが来たんだもん、わたしのお父さんお母さんに挨拶を……それでそれで……えへへ……はっ!?あ、いや、ままままだっ気が早いって……!!」
「……絶対……絶対、この、お詫びだけは、なにがあろうとさせますわ、ハークレイ……!!この、私の、練りに練った計画を……!!ブツブツ」
「……久々の家族旅行。おにいちゃん、たのしも」
「……。…………」
………………………。
うん。
何やらこの旅を謎めいた呪文にしてエンジョイする気満々のトカゲっ子やら1人で赤面してるハーフエルフやら謎の復讐心に燃えている貴族系エルフやら袖をぎゅっと掴んでくる妹やそっぽ向いたまま猫耳ピコピコさせてときどきハッとしたように尻尾を逆立たせてを永遠ループしてるビースタクトを横目で見つつ、
そんな連中いるはずもないと再確認。
いるはずがない、いるはずがないんや……っ!!
「おっと、そういうことなら、俺達もご一緒しよう。傭兵団と一緒の方が早く大臣やギルド長への謁見も許されるからな」
現実逃避に走っている間に話が進んだようで、
おれたちの馬車はそのままジパンギル政府への謁見に赴くこととなった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
ジパンギル共和国の政治体制は、大きく2つの柱から成り立っている。
ひとつは政府。
デウィーネと同じく、外交や内政、国の予算に至るまでの管理をしている。
そしてもう1つは、大ギルドである。
冒険者ギルドの総本山ともいえるジパンギルの大ギルドであるここでは、
冒険者ギルドから騎士団までのすべての警察機関、軍事機関を取り仕切っている。
騎士団までギルドに入っているというのは他の2国を見てもジパンギルのみだ。
さすがはギルド総本山、国への影響も半端なものじゃないらしい。
「ジパンギル直属護衛傭兵団"ギルズレイド"、ただいま戻りました」
そして、その政府のツートップに首を垂れるインフォムさんは、やっぱり半端じゃなくすごい人らしい。
赤い絨毯と本棚に囲まれた応接室。
言われたとおりに腰かけた恐ろしく豪奢なソファの向かいに座っているのは、
ジパンギル共和国の総理大臣とギルド長である。
「さて、厳戒態勢についての書類は確かに受け取りました。先ほど、厳戒態勢の手続きの方が完了いたしました。わざわざ遠路はるばる、よくぞ来てくれましたね。おかげで、この国は脅威を前にお間抜けを晒さずに済みました」
書類を大事そうに胸元にしまいこみ微笑んできた、黒い長髪に眼鏡をかけている物腰の柔らかな狐のビースタクトが、総理大臣のヤハンさん。
「まぁ、もし厳戒態勢をしいてなかろうが、大ギルドある限り蛮族ごときに負けはせんが……被害はないほうがいいからな。礼を言おう、デウィーネの遣いよ」
そしてその隣にいるガウァースに負けず劣らずの巨躯で腕を組んでいる獅子のビースタクトが、ギルン大ギルド長だ。
……とんでもない大物を目の前にに例によっておれとニーアとルリーアは緊張している。
「んー、このプルーア、あんまりおいしくないのじゃ。こっちのナッシーは……んむ、まぁ合格」
「ふふん、この水差し、水のクリエイトの魔法付加とはなかなかに高価なものじゃないか。おっと、持ちにくいな、おっと、お、お、おっとっちょあやべ」
「ごめんあそばせ給仕の方、この紅茶、もうひとつ頂いてもよろしくて?ああ、それにお茶受けにこちらの……」
「……zzz」
おもに他のフリーダムな奴らのせいで。
ガウァースが馬を預けに行ってて本当によかった。
とおもったら、まさかのセルティニアがフリーダムだったでござる。
……おまえはもう少し分別のある奴だと思ってたよ。
そしてわが妹よ、頼むからお兄ちゃんにウトウトできるその図太さを分けておくれ。
「それはそうと」
そんな惨状を笑顔でスルー出来るヤハンさんと表情を崩さないギルン大ギルド長の懐の大きさが計り知れない。
「ルリーア・ハイデンベルさん」
「はい?……あっは、はい!!」
まさか自分に声がかかるとは思ってなかったらしく、
ルリーアはあわてて背筋を伸ばす。
それを落ち着けるように、ヤハンさんはルリーアに優しく言葉をかけた。
「あなたは、ハイデンベルさんのところの娘さんですね。ハイデンベルさんにはここ一年間もお世話になりっぱなしでして……おかえりなさい」
「あっはっ、ありがとうございましゅ!う……」
かわいらしく噛みながら、ルリーアは頭を下げる。
にしても、どうもルリーアのお父さんはヤハンさんの知り合いのようだ。
ちょっと気になって聞いてみる。
「ルリーアのお父さんって何してるんだ?」
「はい、ルリーアさんのお父さんは外交大臣をなさっていますよ。デウィーネとも関係が良好で、とてもこの国の助けになっているのです」
と、ルリーアの代わりに、ヤハンさんが答えた。
……まじでか、とおれはヤハンさんを見る。
ルリーアのお父さんが外交大臣……あ、そういえばルリーアの家って、元デウィーネの貴族だったとか何とか……。
「さて、次はニーア・ヘイムさん」
「は、はい!」
おれの驚愕を笑顔で流して、ヤハンさんがニーアに目を向ける。
緊張で毛を若干逆立たせたニーアに、ヤハンさんは笑って言った。
「君のこともしっかりと覚えていますよ。ウィーネル学園長の「魔力を豊富に持つビースタクトの研究」とはいえ、勝手に受けてしまった我々の無理を聞き入れデウィーネ魔法学園に行っていただき、本当にありがとうございました。おかえりなさい」
「は、はいっ!あ、いいえッ当然のことをしたまでです!」
にっこりと笑うヤハンさんに、ニーアはしどろもどろで答えた。
ああ、ニーアが魔法学園に入ったのって、「ビースタクトが魔力以外の魔法に対する適正はあるのか、ということを検証するため」だったっけ。
……あの時だけ助かった花瓶、あのころから何回スローイン割りしたんだろうな……。
「それで、不自由はありませんでしたか?私としては、なじめなかったらどうしようかと心配しておりましたが……」
「いいえ、大丈夫です!」
ヤハンさんの心配そうな声を、ニーアがあわててさえぎる。
「それは、最初こそビースタクトということであまりなじめない時もありましたが……」
そこで少し声が小さくなり、なんだか落ち着かなそうに尻尾と耳を動かす。
そして、こちらをチラリと見る。
そしてまたそっぽを向くと、小声で続けた。
「……そんな時は、この、な、"仲間"が、助けてくれましたし……」
「……あー」
なんだか、とても気恥しくなって、こんどはおれとルリーアが落ち着かなくなる結果に。
こう、なんというか、全く知らない人の前でこんなこと言われると結構照れくさいというか、とてもむずがゆい気持ちになるというか。
もじもじし始めたおれ達に、ヤハンさんが笑顔を深くしたような気がする。
「そうですか……。いい仲間をもちましたね、ニーアさん」
「……」
恥ずかしくて尻尾丸めてうつむくぐらいなら自爆テロを起こさないでくれませんか、ニーアさん。
非常に奇妙な空気に、もういっそ部屋の隅で待機してるソルさんとかランツさんとかシーナさんとかの方に行きたくなr……ニヤニヤしないで頂けますかみなさん。
くそお、後で昔のあだ名で呼んでやる。
シーナさんはちょっと無理だけど。
傭兵団のみなさんを睨んだり視線を泳がせたりしてるうちに、
ヤハンさんは嬉しそうに隣で瞑目しているギルンさんに声をかけた。
「いやぁ、彼女に向こうでかけがえのない存在が出来るとが、これは「おじい様」としては嬉しいんじゃないですか?」
「そうだな、「孫」の成長と仲間……ふふ、今夜は酒がうまそうだ」
「……はい?」
なんだかほほえましい空気にほんわか流れる会話のはずなのに食堂に座っているティノの如くに恐ろしい存在感を放っている名詞に空気が止まる。
「……おじいさま?」
ニーアの方を見る。
ニーアは未だ恥ずかしそうに尻尾を丸めて、しかしぽつりと教えてくれた。
「……その、聞いての通りだ。おじい様は大ギルド長、お父様は大ギルド副長をしている。その、必要のない情報だと思って話していなかったが……」
……本日二度目の驚愕である。
1年も一緒にいたパーティーのご家族事情、あまり詳しく聞いてはいなかったが、まさか、まさかこんなことになっているとは……。
「ふむ、ニーアよ、儂のことは必要なかったか?それはちと寂しいものがあるよのう……」
「はっ!?い、いいいいいえっおじい様っ、そそそのような、そのような事は……っ!?」
……わざとらしく猫背でたくましい尻尾と耳を垂れてしょんぼりする大ギルド長にあわてまくりで右往左往する光景を見るに、どうやら本当らしい。
……さあ、ここでうちのパーティーメンバーをあらためてご紹介しよう。
シーウォール騎士団団長の子供兄妹
大貴族の娘
ジパンギルの外交大臣の娘
大ギルド長の孫
挙句の果てに世界最強特別指定Sランク生物、ドラゴンの娘
…………。
こんにちは。
「さて、ウィーネルさん」
スーパーコンピュータ張り廃スペック集団という衝撃の事実に呆然自失となる少年や、
笑みを隠しながらしょんぼりしている筋肉隆々の獅子のビースタクトに困り果てて半泣きの猫耳の少女や、
噛んだことに自分をタコ並みの赤面で繰り返し叱責している少女、
という、なんとも死屍累々な現場が出来上がったところを面白そうに眺めてから、
ヤハンさんは笑顔を変えず学園長を呼んだ。
「なんでしょう、ヤハン殿」
学園長もようやくソファに座って、ヤハンさんと対面する。
初めてまともに言葉を交わしたことに嬉しそうに笑みを深めて、しかしヤハンさんは困ったように本題に入った。
「たしかに、厳戒態勢は受理され、今すぐにでも敷くことが出来ます……が、ひとつ懸念が」
「ほう?懸念と申しますと?」
学園長が訊ねる。
それに、ヤハンさんは簡単に返した。
「三日後に行われる武芸大会です」
「武芸大会?ああ、そういえば、もうそんな時期ですか……」
学園長はその単語に納得したように頷いて、眉をひそめた。
「武芸大会?」
納得した学園長とは違い、武芸大会がわからずに首を傾げる。
と、羞恥心から抜け出したルリーアが教えてくれた。
「毎年この時期になると、ジパンギルじゃあ武芸大会が行われるの。一次大会と二次大会があって、その期間はずーっとお祭りなんだよ?」
「へぇ……面白そうだな、それ」
ルリーアの説明に頷きながら、おれは武芸大会を想像して笑みを浮かべる。
武芸大会……冒険者にとってはなかなかに楽しそうな行事である。
自分の腕がどこまで行ったのか、試す絶好の機会ではないだろうか。
「ふむ……まぁ、国の中のことならば行っても問題はないでしょう。現場での決定権はワタシに一任されていますから、心配なさらずに行ってもよろしいかと」
学園長は少し考えたのち、そう口にする。
ヤハンさんはその言葉に嬉しそうに頭を下げる。
「ありがとうございます。ほかの国からのゲストがいないのは少し残念ではありますが、精一杯やらせていただきましょう」
ニコニコと、細い腕をグッと力ませて、力強く宣言する。
と、そこでヤハンさんが「ああ!」と手をたたいた。
「みなさん、よろしければゲストとして参加しませんか?」
「……ゲスト?」
その言葉に、学園長が聞き返す。
ヤハンさんは笑顔で頷いた。
「いえね、厳戒態勢でほかの国からの方々が減ってしまって、ゲスト選手の方なんかも来れないようですし……。ですから、皆さんにゲスト選手になって頂きたいなと思いまして!デウィーネ魔法学園の特進魔法科クラス、そしてその学園の学園長ともなれば十分な有名さです!
そのかわり、と言ってはなんですが、宿代にゲストさんが使うはずだった部屋をお貸ししましょう。どうですか?」
……ということだ。
ふむ……おれとしては悪くない相談だろうか。
もともと武芸大会には興味があったし、宿代が浮いて、ゲストの部屋で寝泊まりが出来るとなればなかなかにいいものであるだろう。
……だが、学園長はあまり乗り気ではないようだ。
「あー……ありがたい申し出ではありますが、うちの生徒ならともかくワタシはそのような祭りごとでのそう言った立場、というのはどうにも苦t」
「まるで関係のない話ではございますが、おやおや壺が割れていますねぇ、屋敷一つ分の値段くらいはするのですが」
「大好物ですな、いやぁ腕が鳴る!」
乗り気になったようだ。
……どうにも、ヤハンさんはよくいえば取引上手、悪くいえば食えない人のようで。
こうして、おれたちは無事にジパンギルへと到着し、ひょんなことに三日後の武芸大会に参加することになったのである。
はじめまして!
一か月と十日とちょっとぶりの更新。
はくくん一同、ジパンギル入りですね。
ここまでにリアル一年ちょっと。
……完結できるのかなこれ……。
次回またお会いできますように。