37:戦いが終わったあと、白い個室で
サイド:ハク
ぼんやりとしつつも、視界が甦る。
それがはっきりしてまず始めに認識できたものは、白だった。
しばらくしてそれが天井だとわかる。
……別に、知らない天(ryとかの台詞が出てきた訳じゃないよ?うん。
どうやらおれはどこかのベッドに横になっているらしい。
(……おれ、どうしたんだっけ?)
上手く働かない頭を無理やり使って、考える。
そしてすぐにおれが気を失うまでを思い出した。
ヴァラーの陰謀。
デモンタクト。
ベルセルド。
おれの武器のことも、しっかり思い出した。
視線をずらす。
武器とコートは見当たらなかった。
いやまぁ、当然っちゃ当然か。
多分コートはグッチャグチャかつボロボロになってるだろうし、
そもそも病室まで剣とか持ってこれんし。
おれの剣、今もあのまんまなのかなぁとか、
鞘2本用意とかしなきゃいけないのかなぁとか、
コートの代わりも買わなきゃだろうなぁとかいう考えが浮かぶ。
……まぁ、いまはいっか。
思考を止め、視線を巡らす。
……誰かいないのかな?
体をおきあげて辺りを
ピキリ。
「おおおいってぇ!?」
悶絶。
何ですかこの痛みは?って聞きたくなるくらいの激痛が走りましたはい。
……暫し、硬直。
痛みが引いてきたところでようやくおれはようやく頭を上げて自分の体を確認した。
……包帯まみれだ。
いやもう、おっそろしいくらい包帯まみれだった。
「これは体です」ってどや顔で主張して良いくらい、包帯まみれだった。
あと添え木と湿布と点滴。
……まぁ、それもそうか。
あんだけ激しい闘いであんだけひどい傷をおって、
当たり前に起き上がろうとしたおれがバカだった。
改めて、今度は頭だけを動かして誰もいないのかを確認する。
まぁ大声だして悶絶しても反応がないってことは誰もいないんだろうけど。
見回すと見える機材やカーテンを見るに、ここは多分病院もしくは何処かの診療所のようだった。
と、その時、この部屋のドアからノックの音がした。
続いて、ドアを誰かが開く。
医者の先生でも来たのかとおもいそちらに目を向けると、
そこには。
「……ハク?」
呆然とおれを見るルリーアがいた。
その手には花と果物の入ったバケットがあり、なんと言うかお見舞いに来ました感がすごい伝わってきた。
……花束と果物のバケットはどちらかでいいような気がする、
とかどうでもいい考えが浮かぶが、そこら辺の突っ込みは空気を読んで気合いで押さえる。
ちょっとの間、お互い沈黙。
「……あー、おはよう、ルリーア」
なんと返して良いのかわからずに、おれはとりあえず無難に笑いかけてそう言ってみる。
……と。
「……ハク……」
呼ぶ声とともに、呆然と立っていたルリーアの目から、
一筋、水滴が滑った。
次の瞬間にはそれが増大し、ついにはグスリグスリと泣き出してしまう。
……おっと……?
対するおれは硬直する。
ちょ、いや、さすがに驚かれるだろうなぁとは思っていたけど、
まさか、まさかそんな泣かれるとは思っても見なくてですね?
この状況をどうしようかとおれはいつも通り現状打破のために急速に考え始め、
「……ハク……!」
考える暇もなくおれを呼ぶ声と共に、
ものっそい勢いでルリーアが飛び付いてきた。
突然の事態におれは驚き、とりあえず体が動かないので寝そべったままルリーアを受け止め、
ドス。ピキピキ。
そんな音が体内で響いたのは当然、ほぼ同時でしたよ、うん。
「……う……ぐぉおう……」
思わずうめく。
こ、これはキツイ。
とんでもなくキツイ。
あ、あばらがもう一回逝ってそうな気がする。
……だがしかし、そんな空気じゃないわけで。
「……っ、ハク、ハクっ……!」
とにかくすごい涙目でしがみついてきているルリーア。
その様子はすごい心配かけたってことがすごいわかるくらい切羽詰まっていて。
「……ごめん。心配かけた」
おれはそう言って、ルリーアの頭になんとか頑張って包帯まみれの手を置いた。
「……ううん……いいよ……いいよ……!」
そんなおれにルリーアはそう繰り返して、さらに泣いて顔を埋めた。
そのままルリーアが泣くこと、数分。
ようやく落ち着いて離れた時には、ルリーアは顔を真っ赤にして謝ってきた。
その顔にはありありと後悔の念と羞恥心が。
「……ご、ごめんね?痛かったでしょ……?」
「………………あー、いや、そうでもなかったよ、うん」
上目遣いで訊いてきたルリーアに、おれはなんとか笑ってそう返す。
……実際は数分間アバラさんがミシミシ言ったりルリーアの涙に精神的に追い詰められたり、心身共に色々と結構きつかったです。
まぁでも、それも全部自業自得なんだし、仕方ないんだけどね。
それはそうと。
「ルリーア達の方は、怪我人とかいなかった?」
気になって訪ねる。
ルリーアはすぐに首を縦に振った。
「あ、うん。誰も怪我してないよ。危ないときはガウァースと先生が庇ってくれたし」
笑みを浮かべる。
それからおれは気を失っている間のことが気になって、ルリーアに聞いてみた。
ルリーア曰く、おれがベルセルドを倒してからはトントン拍子で事が解決したらしい。
ヴァラーはルリーア達が倒し、そのすぐ後に、バーナガル様率いるデウィーネ騎士団が入ってきたらしい。
ぶっ倒れたおれはすぐに担架で運ばれ、奇跡的に全員重症ですんだヴァラーのハリボテ軍隊を一斉に捕まえて、あっさりと一件落着となったそうな。
ちなみに騎士団がなぜ洞窟の場所を把握していたのかと言うと。
おれたちがフェローニア家を後にしたとき、
学園長がこっそりバーナガル様にメッセージを残し、学園長が残した魔力の道を辿らせたかららしい。
……本当になんなのあの人の用意周到ぶり。
ともあれ、洞窟内を嵐のような勢いで徹底的に調べ尽くした騎士団はルリーア達に感謝の言葉を送って帰還し、
今は洞窟内に残された書類などを元に、浸入ルートなどの手がかりを探している頃だという。
「へぇ、じゃああのあとは何にも問題なく終わったんだな。良かった良かった」
「そうだね。今度また詳しく説明する場が設けられるらしいけど、今のところはこんなものかな。」
ルリーアの言葉に頷いて、おれはひとまず危機が去ったことに安堵した。
まぁ、まだこれでデモンタクトからの襲撃が全部終わったって訳じゃないんだろうけど、
デウィーネが超危険な所から脱出しただけでもよかったなぁ。
おれがうんうんと頷きながら笑みを浮かべていると、
不意にルリーアが話しかけてきた。
「……あのね、ハク」
「ん?どうした?」
おれがルリーアの方を見ると、
ルリーアは居心地悪そうにもじもじとしてから、口を開いた。
「あの……ゴメンね?」
「え?なにが?」
思わず聞き返す。
いきなり何を謝ってるの、この子は。
ルリーアはおれのマヌケ顔を見て「えっと」と一泊おいて、続きを話し始めた。
「ほら、私がまだまだ未熟だったせいで、ハク1人であのデモンタクトの人と戦わなくなっちゃったから……」
「いや、あれは単にほら、おれが避けた結果の事であって、そんな」
「ううん。私がもっと、ハクや先生達みたいに強かったら、ハクのところに駆けつけることができたかもしれない。なのに、私は自分の事に必死で、ハクがボロボロになっても助けに行けなくて……だから、ごめんなさい」
「……」
おれのことばを遮り、そのまま頭を下げて謝ってくるルリーア。
おれは押し黙ってルリーアを見る。
かける言葉が思い浮かばなかった。
「……だから」
と、ルリーアが顔を上げておれを見た。
その目は今までにない真剣さで、こんなルリーア見たことないって言うくらいのもので、おれは思わずその真剣な顔に見入ってしまった。
そんな真剣な顔で、ルリーアは口を開いた。
「だから、私、もっと強くなるね。もっともっと、強くなる。ハクと、ずっと一緒にいたいから」
その言葉には、表情通りの固い決意と意思が見えて。
その表情はきれいで、とてもきれいで。
「……うん。おれも、強くなる。だからよろしくな、ルリーア」
おれはしっかりと頷いて同じ決意でそれに答えた。
そして、お互いに微笑む。
おれとルリーアの間に、暖かい空気が流れ。
「──ほほーぅ?告白みたいだなぁ、ハイデンベル?」
一気に凍りついた。
驚いて聞き覚えしかない変人の声のする方を見ると、そこには。
「……な、な、な、な……」
顔を真っ赤にしてなにかで噴火しそうなお嬢様が1人。
「お、お、おまえら、公共施設の一室でそんな、わ、わ……!」
同じく噴火しそうになりつつ目を回している猫耳少女が1人。
「うにゃー!ルリーアずるいのじゃー!」
そしてすでに噴火している真っ白トカゲっ子が1匹、いた。
……後ろの方でクツクツ笑ってるおっさんはスルーして。
飛び付いてくるトカゲっ子の突進に、おれは「結構いいシーンだったんだけどなぁ」とか、「そういえばおれどんだけ寝てたのかなぁ」とか現実逃避に走りつつ、とりあえずマイあばらさんに心のなかで合掌して死を覚悟した。
「ぐぉうふっ」
───────────────────────────────────
「……というわけで、だな」
まぁ色々大変収拾がつかない筆舌に尽くしがたい出来事のあと。
ルリーアがパーティーメンバーからの質問責めと教師陣のいぢりに耐えきれず病室の外に出た所で、
おれは残った学園長からおれの体についてやら剣やらコートやらについての説明を聞いていた。
1日寝ていたらしいおれの怪我の具合はあばらさん以外は案外ひどくないらしく、また強化魔法を本気でやって悪化させたりしない限りは安静のみですぐに完治するんだそうな。
ちなみにコートはやっぱりおれの記憶通りボロッボロで魔法付加も機能しなくなっているらしい。
要は買い換えろと。
それはまあ覚悟済みなのでしょうがない。
で。
「お前の剣の事なんだがな」
「はい」
おれは返事をして学園長をみる。
正直、1番気になっていたのはその剣だ。
二刀流になる、みたいな魔法付加は聞いていない。
ヤクザオヤジが言い忘れたとも思えないし。
あの剣に起きたあの現象は一体なんだったんだろう。
しかしおれを見て、学園長は思いっきりため息をついてから口を開いた。
「お前がぶっ倒れている間にいつのまにやら剣に戻っていたアレ。興味がわいて私も調べてみた。……が、正直、意味不明だ」
「え?」
なんで?とおれは目を丸くした。
魔法万能な学園長ならなにかわかるってるんじゃないのか?
学園長が続ける。
「まぁ確かに状態維持やら属性強化やら色々と掛かっていたが……凄まじいクオリティの魔法付加だったぞ。フェローニアのロッドよりも上等かもしれん。お前いったいどこであんな宝剣クラスのもん貰ったんだ?」
「黙秘します」
そりゃあもう、全力で。
にしてもあの剣、そんなにヤバいやつだったのか?
宝剣クラスのってことは、元々どっかの家宝的なアレだったんだろうか。
……まさかあのオヤジ、それを知ってておれにこの剣についての面倒事を押し付けたとかじゃあるまいな?
……いやさすがに、ない。と思いたい。
学園長はおれを軽くにらんでから、
やれやれとまたため息をついた。諦めてくれたようだ。
おれがホッとしていると、学園長はさらに不可解そうな顔をして続けた。
「……そして1番わからなかった物がある。あの剣の中心にはめられているクリスタルだ。どうやら剣全体とリンクしているあれに、見たこともない魔法付加がかけられていた」
「……どういう物ですか?」
気になって訪ねる。
学園長はすぐに答えた。
「言うなれば、枷……いや、封印、だな」
封印、という言葉に、おれは驚いた。
「え?じゃあアレ、なんか入ったりとかしてるんですか?」
もしそうならばまずい。非常にまずい。
だって、なんか入ってる剣を今までブォンブォン振り回すって、
いや中身が酔うとかそういう問題じゃなくて、
ヤバいもんが入ってて、何かの弾みで出てきたりしたらとか考えると、今までなんと言うものを使って戦ってきたんだろうな?
「安心しろ、何かが封じ込められているわけではない」
「それを聞いて安心した」
全くもって早とちりでした。
「あれはどちらかと言うと、あの剣そのものを封印しているような、そんなものだとワタシは推測している」
顎に手を当てて言う学園長。
剣そのもの、という単語に、おれは質問する。
「剣そのものを?じゃあアレ、あの状態が普通じゃないってことですか?」
「そうなるな。そして1つ、驚くべき事に」
質問に答えつつ、学園長はおれに指を一本たてた。
そして、一言。
「──いくつかかけられていた封印の内1つが解除されている、ということだ」
「……1つが、解除されている?」
オウム返しに訪ねる。
学園長は頷いた。
いくつかの封印の内ひとつが解除されている。
それって……
「おそらく、あの時の2つの刀。アレがその解除された封印なのかもしれない」
やっぱりか。
おれは黙り混んで考える。
そう考えると辻褄が合う。
おれのあの剣に変形やら分解やらの魔法付加はない。
にもかかわらず、二刀になったあの姿、同時に封印(仮)の魔法付加のうち1つの解放。
あの姿が封印されていたとみて、ほぼ間違いないだろう。
そうなると色々と疑問が出てくる。
他の封印は一体なんなのか。
何故封印されていたのか。
と。
……そういえばと、おれは思い出した。
なにかあのとき、声が聞こえた気がしていたことだ。
聞き覚えのあるような、女の子の声だった。
……でも、あれは魔法付加に関係あるのだろうか?
なんか死に間際の走馬灯的な幻聴っぽかったし、微妙なところだ。
……うーーーーむ………
「……まぁ、お前が退院するまではじっくり調べてみるが、あまり期待はするな。ワタシでさえ読めないほど複雑な代物だったからな」
「はい……」
考え込むおれに、学園長が言う。
それに頷きながら、おれはさらに考えようとして
「……ああ、そうだ、1つ伝言だ」
「はい?」
学園長の言葉に思考を中断した。
学園長は笑顔でおれに続ける。
「バーナガル殿からの伝言だ。"君が敵将を討ってくれていなければ、今ごろは我々にも被害が出ていたかもしれない。とても感謝している。それだけではない。君とその友人達が娘を助けてくれたこと、感謝している。私の娘を救ってくれて、本当にありがとう"……だそうだ」
「ああ、それはどうも」
まさかの大貴族の当主様からの感謝の言葉に、おれは笑顔を浮かべて頷いた。
学園長はそんなおれをみてフッと笑みを浮かべた。
そしておれに背を向ける。
「さて、ワタシはもういくぞ。そろそろハイデンベルたちを止めなければな」
「え?学園長がいぢりを止めるんですか?」
まさかの発言に驚く。
まぁ、さすがに病院で騒ぐとかそこまでの変人じゃないらしい。
「当たり前だ、そろそろワタシがイヂル番だろうが」
「おい」
変人だった。
突っ込みをいれると、学園長はいつもの「ふふん」を一発かまして、出口に向かって歩き始める。
と。
「ああ、そうだ」
出口を出る直前、学園長が振り向く。
「はい?」
おれはそんな学園長に何事かと首をかしげ、
「──今回はよくやった、ハークレイ。実践演習は特別に満点をやろう」
今まで見たことのないほど、
純粋に嬉しそうな笑顔の学園長に、割りと本気で驚いた。
そのあと、学園長が出ていった病室の出口をみてから、おれは笑って呟いた。
「……ホントに、人を驚かすのが得意だよなぁ」
……それから、半泣きのルリーアが全員引き連れてくるだろうその時まで、おれは上機嫌に今の平穏を楽しむことにした。
お久しぶりすぎて引く。じむです。
後日談と剣について。
そして最後はちょっとイイハナシカナー?
もしかしたら続けてもう一話がんばるかもなので、その時はどうぞよろしくお願いいたします。