弥生のことども
○月×日 はれ
年下のいとこと飯。
結婚の話になり、「この際出来婚もありかなー」と言ういとこに、出来婚の末五年で離婚した、共通のはとこの話をし、若い芽を摘む。
帰路、酔った勢いで、BOOK OFF大人買い。
以前より気になっていた『ラフマニノフ』『ドビュッシー』『カエル男』のトリプルコンボ(良品)に興奮し、なぜか『細雪』を買ってしまう。
新品同様の『プリンセストヨトミ』が三冊並んでいる光景に、万城目氏に代わって涙。
○月△日 はれ
突然思いたってクッキーを焼く。
なんのことはない、賞味期限が切れて困っていたホットケーキミックスを、箱の作り方通り、混ぜて焼いただけである。
思いのほか、それなりの味になり、驚く。これでは、今まで世のお菓子作り大好き女子達が、小麦粉をふるい、ベーキングパウダーを測り、切るようにさっくりと混ぜて、麺棒で伸ばし、型に抜いて、きっちり170℃に加熱しておいたオーブンで焼いてきた、あの苦労は一体何だったのか。
そういえば、先日髪を染めてくれた美容師さんが、森三中村上のレシピ本にプロの料理人がダメ出しをする、というテレビ番組の話をしてくれた。
『仮にもレシピ本として、お金を出して買ってもらうものなのに、ホットケーキミックスを使うなんて邪道だ。なさけなくて涙が出る』と宣ったという。
素人考えで恐縮だが、世のアマチュア達は、いかに手を抜いて旨いものを作れるか、を伝授して欲しいのであって、邪道もなにもあったものか、というのが私見である。
オリジナルの小説なら良いが、書評で飯を食うのは邪道だ、と言っているのに等しいように思う。無論、そのような人は皆無であろう。
○月□日 くもり
ジムでランニング。
一時間強で9.4km走る。
新記録ではあるが、10kmを目前にして残り600mを走りきれない、自分の根性のなさに泣いた。
○月◆日 くもり
世話になった先輩が渡米するので、プレゼントを購入。
そういえば、近々南米に転勤する友人も結婚するので、何か贈らなければならない、なにが良いかな。
○月▽日 あめ
登美彦氏のブログが、ひっそりと更新されていた。
読むも涙の告白である。
『小説を書く』を『働く』に入れ替えてしまえば、まさにわがことで、居たたまれない思いである。
しかし、『小説を書く』もままならないので、余計にひどいとも言える。斯様な駄文を垂れ流すのみである。
はっきり言って、誰も得をしない。
黒髪の乙女ではないが、登美彦氏にふぁんれたーを出すぞ、と心に誓う。
○月@日 はれ
最近伊達眼鏡ブームである、変身願望だろうか。
外にでるのも億劫であるが、近頃はめっきり春めいてきて、近所の梅の花なぞ、満開を経て、散り始めている。そろそろ桜も咲くであろう。南国の郷里では、すでに開花したという。自称桜アレルギーの妹には、つらい季節の到来となろう。
冬眠の季節は過ぎ去った。
通勤訓練だなんだという無粋な話ではなく、生理的欲求の問題である。
書を捨てよ、街にでよう、と寺山修二はおっしゃった。
しかし、積読を山と抱え、相方に白い目で見られる我が身としては、書を持て、街に出るべきである。
○月※日 はれ
セザンヌを見に行く。
行って初めて、セザンヌについての己の無知を悟った。ならば何故行ったのかと思われるであろうが、なんのことはない、彼のネームバリューに惹かれてのことである。
オレンジとリンゴがごろごろしている静物画に、大変感銘を受ける。あんなに美味そうな果物の絵を見たのは初めてだった。
セザンヌはどうやら、名家の御令息だったらしい。広い実家の壁という壁に、自分の描いた作品を飾ることが出来たというのだから、おぼっちゃまも極まれりといった感がある。
彼には彼なりの苦労はあったのであろうが、ゴッホやユトリロのような切羽詰まった印象がなく、息苦しさを覚えず楽に見られる絵だった。
「これは、本当にいい展示だねー、近年稀に見るいい展示だよー」
と、芸術家風でもない普通のおっさんが、学芸員にしきりに繰り返していたが、私も同感である。
『ナントカのナントカがやってくる!』と銘打って、そのナントカの作品はクライマックスに数点のみ、あとは、彼に影響を受けたり与えたり、同世代だったりのよくわからん画家の作品でお茶を濁す(とはいえ、その中に『ナントカのナントカ』よりも遥かに印象的なものがあったりもするので、あながち馬鹿にも出来ないのだが)展示が多い中、これは頭から尻尾までセザンヌだった。
○月●日 はれ
受験や就職活動におたいて、遅刻なんてものは、もってのほかである。
遅れて会場入りした時点で、既に勝敗は八割九割方決してしまうのではなかろうか。受験であれば、ぎっしりと会場を埋め尽くす、準備万端余裕綽々のライバル達のムードに飲まれてしまうだろうし、就活ならば、『こいつやる気ねえな』と思われそうだ。宮本武蔵は、よくぞその方程式を覆したものである。
何の話かといえば、この転寝の遅刻の話。
さる専門学校で、物書き向けコースの説明会があった。
こういった学校では、どんなことを学ぶことが出来るのだろうか、そうやって学んだ暁には、このサイトでもお気に入りざっくざく、茹だるほどの熱い感想が押し寄せるようになるのだろうか。そんな好奇心から申し込んでみた。
のくせに遅刻した。かっちり一時間、遅刻した。
休業中、四分の三ニートの身である。遅刻する理由がなかろうというものだ。
説明会はほぼ終了していた。受付嬢は笑顔だったが、担当者は半ギレだった。
申し訳ない限りである。
被服の勉強をしたくて、仕事のない土日を専門学校に当てるという一大決心をしたにも関わらず、前日の金曜に朝まで飲んでいて、その大事な入学式に遅刻した先輩を、笑えた立場ではない。
それと同時に、先輩も同じB型であったことに思い至り、血液型診断も不本意ながら受け入れざるを得ない、と、しみじみ思うのであった。