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夢の中

「えっと」


 那乃は混乱していた。

 桜が満開の場所、でも誰もいない。

 夢だというのはわかる。

 

「えっと、誰かいるところに連れて行って?」


 夢であれば自分の思い通りに行く。

 なので、すぐに那乃は移動した。


 そこにいたのは少年だった。

 美しい顔の。

 だけど、痩せすぎている感じがした。

 顔に見覚えがあった。

 そして、那乃はその少年が先ほど電車で隣の席に座っていた綺麗な顔の男性によく似ていることに気が付いた。


「おばちゃん、誰?」

「お、おばちゃん」


 那乃はまだ二十一歳だ。

 おばちゃんと言われたのは初めて、目を丸くして驚いた。


「ご、ごめんなさい。ぶたないで」


 少年は驚いている那乃から逃げ出す。

 

(意味が分からない。これはもしかして、隣で寝ていた人の夢?私が入り込んだの?)


 那乃は夢の中で無敵だ。好きなことは何でもできる。けれどもそれは自分の夢だからで、今がかつて人の夢に入り込んだことはなかった。


(どういうことなんだろう)


「とりあえず少年のところへ」


 そう言うとまた移動し、川辺の景色になった。

 少年が一人で遊んでいた。


「ひっ、追いかけてきたの?」

「違うから。あの、私は那乃っていうの。お姉ちゃんだからね。あなたはなんていう名前なの?」

「本当に違う?おば、えっと那乃おねーさん」

「違うわよ。証拠にこれあげる。チョコレート出して」


 那乃が手の平を上に向けて、そう言うと板チョコが手の平に現れる。


「うわああ。おねーさん。魔法使い?」

「うーん、違うけど。食べる?」

「うん」


 少年は可愛らしい笑顔を浮かべながら頷く。

 

「美味しい」


 那乃が板チョコを渡すと、少年は直ぐに食べ始めた。


「喉、乾くよね。麦茶飲める?」

「うん」

「じゃあ、麦茶、二つ。ペットボトルがいい」

 

 那乃の両手にそれぞれ麦茶のペットボトルが現れた。


「うああ。本当、すごい。おねーちゃん、やっぱり魔法使いなんだね」

「えっと、違うけど。あの、名前教えてもらってもいい?」

「うん。いいよ。僕は鐘田かねだ健太郎っていうんだ」

「健太郎くんね。よろしくね」

「うん。よろしく」


 少年はチョコレートを食べるのをやめると、ごくごくと麦茶を飲む。

 

(これは私の夢じゃない。だって、私の夢だったら、起きようと思えば起きれるんだけど、これはそうはいかない気がする。そうなると、この夢はこの子のだ。正確にいうと、大人になったこの子か。どうしてたら目を覚ましてくれるのかな)


「あの、健太郎くん。今、ここが夢の中だってわかる?」

「夢?」


(やっぱりわからないか)


「夢だったら嫌だな。僕。チョコレートもなくなっちゃうし」

「夢だから、私は健太郎くんになんでもあげれるよ。どこにでも行けるし」

「本当?!だったら夢だったらいいなあ」


 少年はとても素直で、那乃は微笑ましい気持ちになる。


(この子が満足したら、もしかしたら目が覚めるのかな?私だって、したいことしたら、満足して目を覚ますし。うん。そうだ。この子がしたいことに付き合おう)


「健太郎くん。何がしたい?何が食べたい?」

「……あの、僕、お父さんに会いたい」

「お父さん?」

「僕が悪いんだ。お父さんの夢に入って、叫び声あげちゃったから」


(夢に入る。やっぱり、この子はそういう特技があるんだ。私が夢でなんでもできるように、この子は人の夢に入ることができる。あ、でも私は寝てなかったけど。夢に入るんじゃなくて、夢を共有できるってことなのかな?)


 那乃自身、夢で好きなことができる自分の特技を把握してなかったので、健太郎の特技をそう理解することにした。そうすれば今の現状、理解ができる。


「じゃあ、お父さんのところへ行こうか」

「うん」

「じゃあ、健太郎くんのお父さんのところへ連れて行って」


 那乃がそう言うとすぐに場面が変わる。

 長閑な田舎の情景が広がっていた。


「あ、お父さんだ!」


 健太郎が男性に向かって走り出す。

 那乃はその後を追いかけた。


「お父さん!」


 男性は健太郎によく似ていた。

 親子というのは一目でわかる。

 男性は不機嫌そうに健太郎と見ていた。


「どうしてきた?」

「お、お父さん?!」

「お前の顔なんて見たくない。気持ち悪い」

「なんてひどいこと言うんですか!」


 咄嗟に那乃がそう言うと、男性の顔が急に柔和になる。


「すまないなあ。健太郎。お父さんが悪かった。怒鳴ったりして」


 先ほどまでとは別人ような猫撫で声と笑顔だった。

 明らかに違和感のある変わりようで、那乃は自分のせいだと気が付く。


「おねーちゃん。お父さんおかしいよ。こんなのお父さんじゃない」


 怒られるのも嫌だが、気持ち悪いくらいに優しい父の姿に、健太郎は違和感を覚えていた。

 健太郎は走りだして、那乃は追いかける。

 彼の走る方向はどんどん色が変わっていき、嵐の中のようになった。


「天気よ。よくなれ」


 那乃がそう言うと、天候が変わる。

 健太郎は歩みをとめて、周りを見ていた。


「おねーちゃん。僕、思い出したよ。お父さんは、僕が嫌いなんだよ。お母さんも。僕が夢に入ることができるから」


 少年だった健太郎の声が少し低くなる。

 体も少しずつ成長しているようだった。


「気持ち悪い夢を見るやつ。僕におかしなことをさせようとする女。人を殺そうとする頭のオカシイ奴。子供を虐待する親。最悪な夢ばかりだ」

 

 健太郎は電車の中でみた青年と同じ姿になっていた。


「もううんざりだ。どうして、僕は人の夢の中に入れるんだ」

「……そんなのわからないわ。でも大変だろうなって思う。だって、夢の内容はコントロールできないんでしょ?」

「ああ。っていうか、あんたはいったい誰なんだよ。僕の夢の産物?でもあんたのことなんて知らない」

「私は実際の人間よ。鈴元すずもと那乃なの。あなたはおばさん呼ばわりしたけど、まだ二十一歳。あなたより多分年下」

「ああ、それは謝るよ。だって、小さい時ってわからないだろう」

「うん。確かに」


(謝るってことはやっぱり素直な人なんだな)


「で、鈴元さんはどうしてここに?もしかしてこれは鈴元さんの夢の中?」

「違う。なんか巻き込まれたみたいなのね。電車で寝ているあなたに触れたら、ここにきた」

「ふ、触れた?」

「いま、変な想像したでしょ?本当、だからイケメンは嫌なの」


 綺麗な顔の男は苦手、イケメンは苦手だったけれども、小さい時の彼と話したこともあって、那乃は普通に彼と話していた。痴漢でもしたと勘違いされたくないと慌てて言葉を続ける。


「あなたが居眠りしていて、頭が私の肩に触れたの。そしたら急に眠くなって気が付いたらここにいたのよ」

「あ、巻き込んだのか。そんな能力まで僕があったなんて、本当嫌になる」

「ある意味超能力よね」

「そういえば、あんただって、僕の夢なのに、色々好き勝手にしてたよな。あれってどういうことなんだ?」

「私は夢の中でなんでもできるの。自分の夢限定だと思っていたけど、そうじゃなかったのね」

「それはすごいな。いいな。僕もそういう能力もあれば、嫌な夢なんてみないのに」

「そうよね。確か。今まで酷い目にあってそうだし」

「そうだ。これから、僕が寝る時、ずっと傍にいてくれないか。そしたら変な夢を見ない気がする」

「そんなことできるわけないでしょ?仕事だってあるし、私たち初対面だもん」

「あんたは、子供の時の僕を見た。だから初対面じゃない」

「なに、それ。とりあえず、却下。それよりも早く目を覚ましてよ。電車でどこまで行ってるかわからないし。二人とも寝ているんじゃ、何かされていてもおかしくないし」

「そうだな。で、どうやって目を覚ますんだ?」

「え?わからないの?困ったなあ。満足したら多分起きるはずなのよね。何かしたいことある?」

「……セックス」

「殺す!」

「冗談だよ。本当。怖いなあ。えっと、あれ食べたい。苺のショートケーキ。お母さんが初めて買ってくれたケーキ」

「うーん。できるかな。とりあえず言ってみる。健太郎くんが小さい時に食べた、お母さんが初めて買ってくれた苺のショートケーキください」


 サービスなのか、ぽわんとピンクの煙がでて、ケーキが出現した。

 座卓の上に小さな苺のショートケーキがおかれている。


「すごい。これだよ。これ、座卓まで一緒だ」


 那乃にとっては他人の夢の中で、他人の過去に出てきたものを願ったことは初めて、成功して驚くしかなかった。


「一緒に食べよう」

「え、これ、一人で食べたほうがいいと思うけど」

「一緒に食べて。あとコーヒーがあったら嬉しい」

「なかなか。我儘ね」


 そう言ったが、那乃もコーヒーを飲みたいと思っていたので、提案に乗る。

 

「ドリトスのコーヒーを二つください」


 大好きな喫茶店のコーヒーを頼んでみる。

 すると座卓の上にコーヒーカップが二つ現れる。


「すげー。しかもドリトスって指定だし」

「ここのコーヒー凄い美味しいの。っていうかブラックでよかったっけ?」

「うん。ブラックが好き」


 二人で小さな苺のショートケーキをわけて食べて、コーヒーを飲む。


「満足、満足。こんな満ち足りた気持ちになったのは初めてだ。ありがとう。那乃ちゃん」

「突然ちゃん付け。イケメンって本当」

「那乃ちゃんも、僕のこと健太郎くんって呼んでただろ。お相子だよ」

「え、だって、私はあなたの小さい時の姿を知ってるから」

「あ、なんか眠くなってきた。これが目覚める前?」

「そうそう。そのまま頑張って起きて。多分。起きたら私のことなんて忘れてるから。じゃあね」


「!」


 目を開けると、イケメンのどアップが目の前にあって、那乃は慄いてしまった。


「おはよう。那乃ちゃん」

「お、覚えてるの?」

「うん、ばっちり。目覚め最高。そして僕たち、終点間近」

「え、終点……。戻るのが面倒」

「だったら僕の家に泊めってく?」

「冗談はその辺にしてください」


(夢の中で私たちは随分仲良くなった気がした。でもそれは夢だから。現実は違う)


 那乃は健太郎の誘いを躱して、終点駅で降りる。


(戻るのが面倒だけど、仕方ない)


「那乃ちゃん、本当に帰るの?」

「帰ります。それじゃあ、健太郎、いえ、鐘田さん。失礼します」


(イケメンには近づきたくない。あれは夢だったから)


 自分に言い聞かせて、健太郎に頭を下げて背を向ける。


「またね。那乃ちゃん!」


 あっさりと健太郎に別れを告げられ、内心複雑な心境で那乃は反対車線へ歩いていく。

 その後、彼とはそのままお別れかと思ったが、そんなことはなく、那乃は健太郎と再会した。

 どうやら、那乃は会社のカードを首からそのままぶら下げていたらしく、会社の名前から彼女の会社を割り出し、待ち伏せされた。

 女性慣れしているのか、イケメン効果なのか、那乃が嫌がらない程度に食事に誘ったり、眠れないと同情を買うような真似をしたり。

 子供の時の彼をなまじ知ってしまったため、無下にもできず、その後微妙な関係が続いている。


 その後、健太郎が水商売から足を洗いたいと、夢カウンセリグの会社の開き、那乃は巻き込まれることになる。

 そうして色々なトラブルに巻き込まれていくのだが、その話は別の物語で。

 

(おしまい)


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