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(仮)物屋 ~KArimonoYA~

(仮)物屋 ~KArimonoYA~


 ――私ってやっぱり駄目なのかな……。

 ふと、そんなことを考えてしまう。

 元々可愛い方じゃないから、無理に告白したって当然結果は見えているのに。つりあわないことなんて分かっていたのに。

 それでも、やっぱり好だった藤岡先輩に告白してしまった。

 結果は――やっぱり見えていた。

 大学の帰り道だというのに涙が止まらない。人目を気にするなんて言っていられないくらい、自分ではどうしようもないくらい涙が溢れてくる。

「大谷大丈夫? ほら、もう泣くなって。ほら、前ケーキ食べたいって言ってよな? 今日せっかくだし食べに行かないか」

そう言ってハンカチーフを渡してくれたのは不二君だった。幼馴染の不二君はとても優しく、私に悲しいことがあった日はいつもこうやってハンカチーフを渡してくれる。不二君はいつも青色のハンカチーフを持っている。

でも、今日は一人になりたかった。

「ありがとう。でも今日はもう放っておいて」

「僕のおごりで今日はいいからさ、行こうよ」

「お願い……放っておいて」

「大谷……」

私はそう告げると違う帰り道をたどった。五月の道は少し水溜りが多かった。


 暫く歩いていると自然と涙が止まった。目をこすりすぎたせいで少しまぶたが痛いけど、それでも止まった。

「……、ここ、どこだろう」

 気が付けば知らない場所を歩いていた。

 裏道ではあるようだけど、でも、どこだか分からない。

 暫く歩いていると不思議な店の前に着いた。

 <仮物屋 ~KArimonoYA~>

 そう書かれている店は喫茶店のような店構えで、裏通りとはいささかも合っていなかった。

 私は吸い付かれるようにしてその店の中へと入っていった。

「綺麗……」

 中は外見よりももっと洋風だった。

 飾られた食器に、静かに聞こえるオルゴール。そして――シルクハットを被った男の人が座っていた。

その男の人はクルクルと片手でスプーンをカップの中で回していた。

「ようこそ」

 その男の人の声は高く、でも澄んで聞こえる店と同じく不思議な声だった。

「こんにちは」

私はあいさつをした。

「珍しいですね。ここに客が来るなんて」

「普段は誰も来ないの? こんなに綺麗な場所なのに」

「そうですね。裏道にあるというのもあるでしょうけど、何せ<仮物屋>ですから」

そういうとシルクハットの男は白い歯を見せた。

「ねえ、仮物屋って何なの」

私は間髪居れずにその男の人に尋ねた。

「こりゃ驚いた。中身も知らずに中に入ってきたのですか。まぁ、それも仕方ないですね。何せこの店やっているのも私だけなのですから」

こういうと男はスプーンを置いた。

「では最初からご説明しましょう。ようこそ、<仮物屋>へ。

 私はここの店主のアミーです。」

「アミー? 外国の人なの」

「なあに、アミーという名前はここでの名前ですよ。ハンドルネームのようなものとして捉えてください」

「はあ……」

 ――少し変わった人なのかな。

「では、<仮物屋>についてご説明します。

 あなたは今までにこんなものがあったらいいなとか、あんなものができたらいいなとかと考えたことはないですか」

「ないことは……ないですけど、それがどうしたのですか」

「ここではそれを実現化してさしあげるのですよ」

 聞いてもあまりよく分からなかった。

「えと、どういうことなの」

「ふふ、少し分かりづらかったですかね」

 くくくと笑うアミーは席を立つと杖を片手に説明を続けた。

「簡単に言えばその人の欲しいものを用意する店ですよ。車がほしいといえば車を用意し、時間が欲しいといえば時間を用意する。何だってここでは用意しますよ。

 そうですね、あなたなら――彼氏だって可能ですよ? お嬢さん」

 ずばり欲しいものを言い当てられたことへの驚きより、本当にそんなことが出来るのかという期待が私の体を支配した。

「本当に! でも、私お金ないし……」

「なあに、今なくても大丈夫ですよ。代金は後で大丈夫ですから。それに金額もあなたの好意で決めてもらって構いませんよ」

「例えば一円でも? そんな馬鹿げた話――」

「ええ、構いませんよ。何せこの商売に規定なんかありませんから」

 アミーはまた白い歯を覗かせた。

「ただ、その代わり条件がつあります」

「条件? それは何なの」

「まず一つ。ここで渡すものはあくまで仮物。いつまでも得られるわけではありません」

「そうなの……」

 道理で話が上手いと思った。要はそりそめだってことか。

「二つめ。二回目に利用する場合は一度目の代金を払わないと出来ません」

「そうね、じゃないといつまでたっても払わない人がいるわけだからね」

 ――でもいくらでもいいから一円渡しただけでもいいのに……。

 そんなことを思いながらも私はそれを胸に押し返した。

「三つめ。同じものはもう二度と渡せません」

「それは何故? 何か理由があるの」

「そうですね、まあいずれ分かるでしょう」

 アミーは一人で笑うときにくくくと言う様だ。

「四つめ。まあこれは言わなくてもいいことなのですが、この店のことを誰にも言わないこと」

「これも不思議なルールね。あなたにとっては良い宣伝になるのに」

「なあに、時折お客が来るから私も楽しんでやれるんですよ」

 やっぱり変わった人。

「それでどうします? ご利用しますか」

「うーん……、どうしようかな……」

――でも、一円でもいいわけだしいいか。最悪すぐにやめればいいし。

「何でもいいの? 例えばあなた――アミーが言った通り彼氏でも」

「ええ、もちろん構いませんよ。ではご用意しましょう」

「いつここにくればいいの」

「いえ、もう来る必要はないですよ」

「どういうこと? 連絡でもくれるの」

「なあに、時が来れば分かりますよ」

 アミーと話すと謎が増えていく一方だ。

「じゃあ私はどうしていればいいの? アミー」

「もう帰っていただいて結構ですよ。お客さん」

「そうなの」

 時計を見れば七時を回っていたし、私は帰ることにした。

「あ、そういえば私迷子になってここに来たのだった……」

「なあに、出ればあなたの家まですぐ近くですよ」

 私の家を知っているわけでもないのに何でそんなこと言えるのだろう。

 でも私はそれ以上聞かずに店を出ることにした。

「ではまたのお越しを」と後ろから高い声が聞こえながらドアを開けた。

その先にあったのは――私の部屋のあるアパートだった。

「え?! アミー、これはどういう――」

 後ろを振り返るとそこには道だけがただあった。


「なんでも用意する、か」

 夢だったのだろうか。

 そういえば、あのときの出来事を証明するものは何もないということに気づいた。

 もしかしたら失恋の寂しさから私はどこか違う世界に夢見ていたのかもしれない。

そんな気さえした。

「もう一〇時……」

 ……もう、夢から醒めないとね。

 私はそう自分に言い聞かせ、今日は早めに寝ることにした。


「……ン、コンコン」

 目覚まし時計の代わりの音はノックする音だった。

 ――まだ六時なのに誰だろう。

 重たい体を起き上がらせてドアに向かい、そして開けてみると、

 そこには私の好きだった藤岡先輩がいた。

「おはよう、大谷。いや、さつきちゃん」

「な、なんで先輩がここに……」

「君が望んだことだろう? 僕と付き合いたいって」

 私は寝起きの頭を最大限に回転させた。

「あ……」

 ――昨日の<仮物屋>さん……。

 あれ、本当だったんだ。

 理解すると同時に言葉では言い表せない気持ちが私をいっぱいにした。気が付けば昨日のように涙が頬を伝っていた。

「あれ、どうしたの。さつきちゃん」

「いや、思いもしなかったから……」

「そうだよね。こんなこと普段の日常ではありえないことだしな。いいよ、すぐに理解してなんて言わないからゆっくりと考えてよ。じゃあ、俺は学校に行っているよ」

「はい……」

藤岡先輩はそれだけを告げると私のマンションを後にした。暫く私は先輩の背中を見送るだけしかできなかった。

私はいつもより早く部屋を出ることにした。


「おはよう不二君」

「おはよう、大谷がこんなに早いなんて珍しいね」

「ふふ、まあね」

大学に着くと不二君がいた。不二君は相変わらず笑顔が似合っていた。

「これありがとう」

私はそう言うと青色のハンカチーフを差し出した。

「もう……大丈夫なようだね。何よりだ。いつもなら1ヶ月くらいは引きずるのにね」

「失礼な! もう私は大人なの。それにね……」

「それに? どうしたの」

「先輩が付き合ってくれることになったの」

「へえ……、それは以外だね」

 不二君は私が思ったより驚かなかった。

「うん、私も意外で驚いちゃった。やっぱり仮物屋さんのおかげなのかな」

「かりものや? 何だいそれ」

「何でも用意してくれるお店なの」

「へえ、今度僕にも教えてよ」

「勿論いいよ、不二君は何が欲しいの」

「僕はそうだなあ……、言えないな」

「何で? あ、恥ずかしいんだ」

「よせよ、でも今は言えないよ。今は……さ」

「ふうん」

不二君が私に隠し事をするなんて珍しいのに、一体何が欲しいのだろう?

その後、私は不二君とは少し話してからそれぞれ授業がある部屋へと向かった。

「――あ」

 ――そういえば、言っちゃ駄目だったんだ。でもいいよね、人気が上がれば儲かるだろうし。

 そう考えると私はそのことを脳からデリートした。


放課後、大学の門で先輩が待っていた。門を壁代わりにしてもたれるようにして立っていた。

「先輩、やっと会えました」

「やあ、さつきちゃん。待ってたよ」

「待っていたって……私をですか」

「当たり前じゃないか、さあ行こう」

 ……先輩が私のために待っていてくれてたなんて!

 昨日のことが本当だと改めて感じられた。私は先輩について行った。先輩の手を握りながら。

「ここは……」

目の前にあるのは最近出来たばかりで有名なケーキ屋さん。

「先輩、ここがどうしたんですか」

「ケーキ好きなんだって? 今日は俺がおごるよ」

「これって――デートってこと、ですか」

「そうだね。さあ、中に入ろうよ」

「は、はい」

 ――あれ、でも何で先輩私がケーキ大好きって知っているんだろう?

 疑問を抱えながらも私は先輩に押されるようにして中へと入っていった。

「わあ……すごい」

 中に入るとそこは小さなおもちゃ屋さんのように心を躍らせて、でもどこか落ち着いて。そう、あの仮物屋さんのようだった。

「お二人様ですか」

 制服を着たウェイトレスが私たちの前へと現れた。

「そう。禁煙席はある? できればそっちがいいのだけど」

「かしこまりました。では、こちらにどうぞ」

 ウェイトレスに案内されるとおりに行くとそこは窓の横の席だった。

「では、ごゆっくりどうぞ」

 ウェイトレスはそう付け沿えるとどこかへと去っていった。

「ここに来るのは初めて? さつきちゃん」

「はい、一度来たかったのだけどまさかこんな形で来ることになるなんて」

「ごめんね、予定も聞かずいきなり連れてきちゃって。驚かせたかったんだ」

「いえ! その、私も嬉しかったです」

 きっと隠していても、今の私の顔は赤色になっているだろう。

「よかった、喜んでくれて。」

 先輩はそう言うとはにかんで見せてくれた。

「何を食べる? いっぱいあるよ」

メニューを開くとそこには一〇、二〇はゆうに超えている量のメニューが載っていた。

「うーん、どうしようかな」

 ――やっぱり基本はイチゴ系かな。でも食べたことも食べてみたいし……。

 決めるのが苦手な私はいつものように選択を決めかねていた。

「どうぞ」

 さっきとは違うウェイトレスがおしぼりと水を二つずつ持ってきて、それを一つづつ私たちの前へと置いた。

「ご注文は何にされますか」

「あ、ま、まだ決めて――」

「お勧めなんかある? あるならそれで」

「かしこまりました」

 ウェイトレスは頭を一回下げるとまたどこかへと消えていった。

「勝手に決めてよかった? 決めるのが苦手っぽいからさ」

「はい」

 先輩は私のことを何でも分かってくれている。そんな風に感じた。

 それからは先輩との話がずっと続いた。先輩の過去のやんちゃな出来事、最近流行しているもの、好きなアーティストについて。

 たわいもない話だらけだけど、それでも二人の口を止めることがなかった。

 気が付けば九時をもうすぐ回ろうとしていた。

「ああ、もうこんな時間だね」

「本当ですね、もうすぐここも閉店ですね」

「じゃあ出よっか」

「はい」

外に出ると五月だというのに少し寒かった。もう少し着てくればよかった。

「寒いね、そんな薄着じゃ風邪ひいちゃうよ」

 ふわっと肩に先輩の服がのる。ほんのりと先輩の暖かさがあった。

「でも、先輩が風邪ひいちゃいますよ」

「いいんだよ、俺これでもサッカーやってたから体は丈夫なんだよ」

「先輩……」

 先輩はその後私を家まで送ってくれた。

「じゃあ、また明日」

「はい」

きっと寒いのに平然とした顔をして先輩は帰っていった。


 それからも先輩との一緒の日々は続いた。それからは何故か先輩を見かけるのは決まって放課後だけだったけど、だけどそれでも幸せだった。

 その頃には<仮物屋>のことなんてすっかり忘れていた。

 一ヵ月くらいした時、食堂で偶然に不二君に会った。

「久しぶり」

「ん、大谷じゃないか。久しぶり」

 不二君からはカレーの匂いがした。

「あれからどうなの? 上手くいってるの」

「うん、毎日が楽しいよ」

「そう……よかったね」

「不二君はどうなの? 毎日が楽しい」

「そうだね。ま、いつも通りって感じかな」

「はは、不二君らしい」

 でも私には何か違う何かを感じた。不二君らしいのに、何故か不二君らしくない。そんな感じがした。

「じゃあ僕はもう行くよ」

「うん、またね」

「またね」

 おぼんに乗ったカレー皿と共にカレーの匂いもどこかへと消えていった。

 ――どうしたのだろう、不二君。

 少し残った匂いと共に私は考える。

 ――そういえば、不二君今日はあまり笑ってないよね。

 正確に言えば笑ってはいたけど、いつもの笑顔とは違う笑顔だった。

 ――どうしたのだろう……。

 でも、そんなことも放課後になるころには全て残った匂いと共にどこかへといっていた。

「先輩! 待ちましたか」

「いや、ちょうど来たとこ」

 相変わらず先輩は門にもたれかかるようにして立っていた。

「今日はどこへ行くんですか」

「いや、今日は話しがあってさ」

「話し、ですか」

「うん。実はさ俺、この大学やめたんだ」

「……え」

 そんな話しは今までに先輩からも、周りの人からも誰も聞いていなかった。

「俺の実家さ、農業やっているんだ。それで親父が倒れたらしくてさ、俺がその跡を予定より早く継がないといけなくなったんだよ。本当は学校出てからにしたかったのだけどさ」

「本当……、なのですか」

「今更嘘なんて言わないよ。だから俺は明日から田舎に帰る」

「そんな! 急に……」

「ごめんな」

「じゃあ、今日思いきり遊びましょうよ」

「……ごめん。これから準備しないといけないんだ。じゃあ」

「先輩! 先輩! 行かないで、もう少しだけでも――」

 でも、叫ぶ私の声は決して届くことはなかった。

 また、私は涙を流した。

「あれ。大谷、今日は先輩とは一緒じゃないのか」

「不二君……」

「大谷……」

 不二君は理由を聞くともなく、私にまたハンカチーフを渡した。青い、ハンカチーフを。

「また、いいことあるよ。ほら、『たなぼた』みたいなこともあるって」

「……っておいて」

「ん? 何」

「放っておいてって言ってるのよ! いつもいつもそう! 無駄にお節介焼いて、それで『またいいことあるよ』? あんたに何が分かるって言うのよ! もう話しかけないで」

「大谷……」

「こんなもんいらないわよ」

 私はハンカチーフを投げると、ただ走った。目を、左腕で押さえながら。


 涙がやんだときにはまた、一ヵ月前と同じように裏道を歩いていた。

 ――何やっているんだろ、私。

 他人に八つ当たりして。それも、いつも親切にしてくれている不二君に。

 目の腫れと同じくらい、心が痛んだ。

「もう一度やりなおせればなあ……」

 つい、そんなことを口ずさんでしまう。

できるわけないのに。

 できるわけ……、

 ――そうだ、あのお店なら。

 奇遇にも今日はあの日とまったく同じことをしている。もしかしたらまたあのお店にいけるかもしれない。

 私はそう思うと走った。

 息が切れるくらい走った。

 そして――見つけた。

「あった」

相変わらず喫茶店のような店構えで、何回見ても裏通りとはいささかも合っていなかった。

 中に入るとシルクハットを被ったアミーが出迎えてくれた。

「ごきげんよう。あれから調子はいかがですか」

 くるくるとスプーンを回しているところもこの前と同じ。

「ねえ、もう一度彼と付き合いたいの! お願い、あなたなら可能でしょ」

「そうですねえ……」

オルゴールの音色が静かに響く。

「無理ですね」

 その声は高くて澄んではいるが、怖い感じもしていた。

「どうしてよ。あなたなら可能でしょ」

「確かに可能ですよ。ですが無理ですね」

「何でよ! お金ならいくらでも出すから」

 私は財布ごとアミーの前に音を出しながら置いた。

「お金が欲しいとは言っておりませんがね。そうですね、ルールを覚えていますかね」

 ――……ルール。

 アミーの顔と共に思い出すルール。

 一つ、用意するものはあくまでも仮物。

 二つ、二回目を借りるときは一度目の料金を払ってから。

 三つ、同じものはもう二度と得られない。

 四つ、お店の存在を誰にも言わないこと。

「同じものはもう二度と……得られない」

「そう、いくらお金を払われても無理なものは無理ですね」

 アミーはカチャンとスプーンを置いた。

「それにあなたは今までちゃんとルールを守っていましたか? 

 いつまでも目の前の現実が続くと考え、あわよくばそのままいようと思ってたのではないですか。それに、この店の存在のことも話したことあるようですしね」

「! 何で知っているの」

「なあに、少しばかり耳がいいんでね」

 ――そういえば、私は何もアミーとの約束を守ってない。

 思えば、私は何も守ってないし何も自分でしてきていない気がする。全て、他人任せでやってきて、そしてそれで満足していた……。

「何事もね、守らないといけないことは守らないといけないんですよ。そして、いつかは目の前の現実を見ないといけないのですよ。なあに、あくまで<仮物屋>はその手伝いをするだけですよ」

その声は、どこか懐かしい感じさえした。厳しくも優しい――そう、親のようだった。

「そう、だよね。そう、だよね」

 私は二度繰り返した。

「でも、現実に気づけば意外と幸せは近くにあるものなんですよ。例えば……いつも親切にしてくれている幼馴染とか、ね」

「幼馴染……」

 浮かぶのはいつも青いハンカチーフを幼馴染の存在だった。

「気づけば後は自分次第ですよ」

 アミーはくくくと笑った。

「そうね。ありがとう、アミー」

「いえいえ、何も私はしていないですよ」

「本当にありがとう、アミー。もう一度頑張ってみる」

「それが一番かもしれませんね。それで、今日は何か用で」

「ううん、何でもないの」

「そうですか」

アミーはまた一人で笑った。

「また、悲しいときは来てもいい? アミー」

「ここは<仮物屋>です。いつでもお客を待ってますよ」

「……ありがとう」

 私は店を後にした。


 ――三年後、アミーのポストに一通の手紙が入っていました――

 拝啓。

 お元気ですか?私は今とても幸せです。

 あれからアミーに言われた通り『身近な存在』を探してみました。

 すると意外と早く見つかりました。

 それも、アミーからくれた先輩なんかよりもずっと幸せになる存在。

 今ではその方と結婚して幸せに暮らしています。

 来年にははじめての子供も生まれる予定です。

 結局あなたが何者なのかは分からなかったけど、でもそれでいいと思うの。

 だって、それでも会えたということは変わらないのだから。

 本当に、ありがとう。アミー。

 仮物屋、がんばってね。

 大谷 皐月

「ふう、やれやれ。また暫くは暇になりそうですね」

<仮物屋>は裏道どおりの小さなお店。


END…


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