【短編】義務と権利は愛し合う~醜い聖女との婚約を婚約を拒み陥れようとした王子の末路~
十二歳の第一王子アクアの婚約者候補として紹介された聖女ミラレーンは初めて会った時から白豚だった。
聖女の肩書に相応しく花冠と真っ白なドレスに包まれた少女の体はふくふくとした白パンのようだ。
「初めまして。第一王子殿下、第二王子殿下。私はミラレーンと申します」
外見に似合わない澄んだ可愛らしい声だった。
しかしそれが何の意味があるというのか。
「ふざけるな、俺は豚を花嫁にする気は無い!!」
アクアは叫んだ。
自分は第一王子、次期国王なのだ。
父を除けばこの国で一番偉い男である。
なのに何故結婚相手が丸々と太った小娘なのか。
髪色は淡い桃色で瞳は水色。どちらもこの国では珍しく稀有な物だ。
しかしそれが何の慰めになるというのだ。
ミラレーンはペットの白豚としてアクアに与えられるわけではない。
アクアの婚約者として紹介されたのだ。
少年少女の初顔合わせはアクアの癇癪で早々に切り上げられた。
アクアは窘めて来る年上の従者にうるさいと叫んだ。
そして自室に入ると手当たり次第に花瓶や調度品、玩具を叩き壊す。
「アクア兄様、おやめください」
アクアの二歳下の弟であり第二王子のシリウスが言う。
侍女たちは八つ当たりの対象になることを恐れて隠れているのだろう。
「うるさい! ならお前があの白豚聖女と結婚しろ!」
「兄様、聖女を侮辱するのは王族でも許されません!」
「あんなのが聖女なわけあるか!」
聖女というのは清らかで無欲な美少女の筈だ。
「あんな体つき、食べては寝てという生活を繰り返さないとならないだろう」
「それは、そうですが……」
シリウスが暗い表情で言う。それ見た事かとアクアは思った。
弟だって本心ではミラレーンを怠惰な白豚と蔑んでいるのだ。
「うるさい、そんなに聖女が気になるならお前が機嫌を取ってこい!」
「……わかりました。僕が謝罪してまいります」
兄に言われ第二王子は部屋から出て行く。
「ふん、良い子ぶった偽善者め」
面倒ごとを押し付けた弟をアクアはそう腐した。
昔から優等生気取りのあの弟は気に入らない。
そんな事を考えていると突然扉が開かれる。
無礼者と怒鳴りつけようとしたアクアは相手を見て驚いた。
「母上……」
「アクア、聖女は貴方との婚約を希望しました」
普段優しい母に冷たい眼差しで見られアクアは驚く。
しかし同時に理不尽な怒りも感じた。
「母上、私が結婚したいのは人間の美しい女なのです!」
「できるではありませんか」
あっさりと王妃である母は言う。
確かにこの国王は正妃の他に側室を二人まで持てる。
しかしそれは逆を言えば三人までしか妻に出来ないという事だ。
その中の一匹が白豚など御免だった。
そんなアクアの心を読んだように王妃は冷たく言う。
「もし聖女との婚約がお前の都合で破棄されたなら、次期国王は第二王子になります」
「なっ……」
第二王子シリウスはアクアの二歳下の弟だ。
同じ母を持つ彼だが、だからと言って未来の王の座を譲るつもりは無い。
「私は役目を果たすのはどちらでも構いません、よく考えることですね」
王妃はそう言うとアクアの私室から出て行く。
つまりアクアは王になりたければ白豚聖女と結婚し子どもを作らなければいけない。
「絶対嫌だ!」
そう誰も居ない部屋で騒ぐ。
けれど、それでは事態は解決しない。
アクアは生まれて初めて何時間も頭を使う。
そして一つの名案を思いついた。
■■■
聖女との顔合わせから八年の歳月が経った。
明日ミラレーンは半年の巡礼の旅から戻って来る。
自室のベッドに仰向けになりながらすっかり青年となったアクアは思い出す。
半年前に見た聖女は子豚から立派な雌の白豚になっていた。
よくあの体で歩けるなと感心する程だ。
そしてそんな彼女の傍らには騎士気取りの第二王子の姿があった。
巡礼の旅には本来婚約者であるアクアが付き従う決まりだった。
絶対嫌だったアクアはわざと足を捻った。
そして骨折したと言い張り弟を代理に立てたのだ。
実はそういった事は今回だけではない。
この八年間、アクアは婚約者として義務付けられた事の九割は弟のシリウスに押し付けていた。
あの白豚に婚約者として接したくないというのもある。
しかしそれだけではない。
「ねえ、アクア様。本当に私を王妃にしてくださるの?」
「ああ、お前なら家柄も釣り合う。大丈夫だろう」
そう自分の体に擦り寄りながら甘い声で囁く女に言う。
彼女は伯爵家の次女で今は王妃の侍女として王城で働いていた。
金色の髪に緑の瞳、派手な顔立ちに豊満な胸とくびれた腰つき。全部アクアの好みで出来ている。
「結婚するなら白豚より美女が良い」
「やだ、アクア様ったらぁ」
そう言いながら女にキスをする。
そしてすぐ人の悪い笑みを浮かべた。
「しかし弟の奴は美女より白豚が好きらしい」
「変わった御趣味ですのね」
クスクスと女が笑う。
それが事実かはわからない。
だが事実だと言い触らせば良いだけなのだ。
婚約者である自分を差し置いて弟のシリウスは聖女と頻繁に顔を合わせている。
そして聖女も婚約者がいる立場でありながらシリウスと不貞を働いている。
寧ろ本来の婚約者であるアクアを二人で邪魔者扱いしている。
そうアクアはこの八年間自分と繋がった貴族令嬢たちを通じて噂を広げて来た。
きっちり状況証拠も積み上げている。
「明日が楽しみだ」
アクアは喉奥で笑い、満足げに眠りについた。
■■■
「聖女とシリウスが想いあっている? 結構な事では無いか」
謁見室で国王はあっさりとそう言ってのけた。
「は……?」
聖女を迎える為正装に身を包んだアクアはポカンと口を開ける。
しかしすぐに怒りに顔を赤くした。
「何を言っているのです、私は弟と婚約者の二人に裏切られたのですよ?!」
「お前こそ何を言っているのだ……?」
困惑を滲ませる父王の横には美しい着飾った母が居る。
しかし彼女もアクアに同情し不貞に憤るような様子は皆無だった。
(なにかおかしいぞ)
流石にアクアも事態の異常に気付き始める。
先程まで自分は聖女と第二王子の不義の恋を父母に報告していたのだ。
悲しみに声を詰まらせ、婚約者と弟に裏切られた男としての悲哀を存分に発揮した筈なのだ。
しかし父である国王は微妙な表情を浮かべ、母である王妃は白けた顔をしている。
「用件がそれだけならお前は下がりなさい」
「そんな、余りにも冷たいです母上」
「黙りなさい、これから私たちは聖女たちに感謝し労わなければいけないのです」
その言葉と同時に扉の向こうから衛兵の声が聞こえる。
ゆっくりと扉が開き、一組の男女が謁見室に入って来た。
その姿を見てアクアは口をぽかんと開ける。
男の方は第二王子シリウス。アクアの弟だ。
しかし彼にエスコートされている美女はアクアの全く知らない人物だった。
「う、美しい……」
桃色の長い髪は上質の絹のように煌めき、ほっそりとした肩を飾る。
水色の神秘的な瞳は長い睫毛に彩られ肌は滑らかで白い、頭の花冠も相まって花の女神のようだった。
アクアは自分の胸が初めてときめいた事に気付く。
これが恋という物なのか。
散々女性を弄んで来たことを忘れ純な青年の気持ちで第一王子は美しい娘を見た。
あまりにも見惚れすぎて衛兵たちに端へ移動させられたことにも気づいていない。
「二人とも、よく役目を果たしてくれましたね」
王妃が優し気な声で言う。
第二王子シリウスと聖女が臣下の礼を執ろうとするがそれを止めたのは王だった。
「構わない、そのままで。体は辛く無いかね聖女ミラレーン」
「はい、今はもう私もシリウス様も日常生活を送る分には問題ございませんわ」
父と美しい娘の会話を聞いたアクアは目を見開く。
今父はミラレーンと呼んだ。そして娘はそれに返事をした。
「貴様、もしかして白豚聖女なのかっ?!」
アクアの場違いな台詞に場が凍り付く。
「……この痴れ者を摘み出しなさい」
氷塊のような王妃の言葉にアクアは慌てた。
「待ってください、母上。私は彼女の婚約者ですよ!!」
八年もの間聖女理由の婚約破棄を企み先程まで主張していたとは思えない台詞を第一王子は吐いた。
それに呆れたような返事をしたのは父である国王だ。
「何を言っているのだ、お前と聖女はもう婚約などしておらぬ」
「いや、それは。先程申し上げた内容は誤解で」
必死に言い訳をする息子を無視して国王は言葉を続ける。
「彼女の婚約者はシリウスに決まっておるだろうが」
「……は?」
ポカンとする第一王子を心底軽蔑した目で王妃は見た。
「何を呆けた顔をしているのです。お前が八年前から望んでいた事でしょう」
知らないとでも思っていたのですか。
そう見透かしたような目で言われた。
「……二百年に一回聖女はこの国に生まれる、それは各地の女神像に力を分け与える為です」
昔授業でやった気がする内容を母が告げる。
しかし何故突然そんなことを言い出したのかアクアには分からなかった。
「しかしそれは文字通り身を削る行為。その為に聖女は体に肉を蓄えておく必要があった」
「……え」
呆然と呟くアクアに、今度は別の方角から呆れた声が投げられる。
「清められた味の殆どしない食事を限界まで毎日食べ、ろくに運動も遊びも許されない生活を彼女は十年以上強制させられていたんだよ」
「シリウス……」
「聖女の役目についてはちゃんと女神学で学ぶ筈だよ。特に王族は特別な役目があるのだから念入りに教えられた筈だ」
アクアは弟を睨みつけた。
勉強が嫌いなアクアは授業を短くしたいが為に教師に宿題を多くするよう言い、そして自分の分の宿題は殆どシリウスに押し付けていた。
その事を誰よりも知っている癖にと腹が立ったのだ。
「……その役目とは身を削られる痛みを私から肩代わりしてくださること」
鈴を転がすような声がシリウスに続く。
聖女の言葉にアクアは八年前母に言われた「役目を果たす」という言葉が頭に浮かんだ。
自分はもしかして勘違いをしていたのだろうか。
「私は、シリウス様にそのような辛い思いをして欲しくはなかった。彼は最初からずっと醜い私に優しくしてくださいましたから」
「君が醜かったことなんて一度も無い」
「だから私は……苦痛の旅の伴侶としてアクア殿下を選び、そしてお待ちしておりました」
「ミラレーン……」
伴侶という言葉に反応しアクアは彼女の名を呼んだ。
しかし与えられたのは拒否だ。
「けれどその役目すら果たして頂けないのなら、貴方との婚約を続ける意味など私にあるのでしょうか?」
そう心の読めない顔で微笑む聖女は、残酷な女神の様だ。
そしてやっとアクアは理解する。
選ぶ立場にあったのは己では無く、彼女だったのだと。
「貴方が巡礼の旅の同行を拒否した翌日、私の婚約者はシリウス様に代わりました」
「そんな、何故誰も俺に教えてくれなかったんだ」
「ならアクア殿下は体が引き裂かれるような痛みに旅が終わるまで耐え続けてくださいましたか?」
聖女の問いかけにアクアは何も言えなかった。
「私はずっと迷い続けていました。シリウス王子に苦痛を与えたくないと。一人で巡礼の旅を完遂しようとも思いました」
「でもそんなことは絶対させられない、だから僕と婚約してくれと頼み込んだんだ」
「そして私たちにはそれを止める理由は無かった……お前が不甲斐ないせいで」
母の言葉にアクアは下を向く。
父はどこか気まずそうに口を開いた。
そういえば彼の代には聖女は存在しない。恐らく大した苦労もせず王になった父をアクアは初めて狡いと思った。
「……そう言う訳で次期国王は役目を果たしたシリウスになる」
「そんな父上!」
「当然の結果です。学ぶことを拒否し、役割を拒否し、自分の事しか考えない者に国王など務まりません」
「母上……」
「そして弟と聖女を陥れようとした小賢しい嘘の償いをお前はする必要があります」
連れて行きなさい。
王妃の命で衛兵たちはアクアを罪人のように連行する。
自分の今後はどうなるのだろう。慈悲に縋るように聖女を見つめたが彼女の瞳はシリウスを甘く見つめていた。
その顔はこの世で一番美しかった。
「ああ……」
母が言った、やがて美しい女と結婚できるとは彼女のことだったのか。
今更アクアは言葉の意味に気づいたが、その時には既に未来永劫叶わなくなっていた。




