第三章 1-4
第三章 1
ハイパーモードを起動したメデューサは、これまで以上に神々しい輝きを纏っていた。
『エスイチゴウ、これを使いましょう』
真紅の胸部から、円柱状の装置が二本せり出す。
「なるほど、アレか」
『はい――私の『超広範囲偵察ロケット』です』
「ほう、そいつは頼もしいな」
『これはホークアイより遥か上空を飛びます。精密調査には不向きですが、広大な森林から怪しい地点を絞るには最適です。速度も相当なものですよ』
「よし、それでいこう」
メデューサが台座から発射台を展開し、窓枠に設置するよう指示する。
「了解、有り難く使わせてもらう」
権三郎は胸から円筒を引き抜いた。直径10センチ、長さ30センチ、ずしりと重い。
「こりゃまさしくオッパイミサイルだな」
『……もうツッコミません』
軽口をかわすと、権三郎はさっそく発射台をセットする。
「偵察ロケット1号、発射!」
轟音と共にロケットが上空へ消える。
「続けて2号もGO!」
二機は西方へ連なり、猛スピードで飛翔した。
『エスイチゴウ、モニターを展開してください』
「おう、ワイドモニター展開!」
巨大なモニターが斜めに固定され、豆粒ほどの街並みが映し出される。映像は目まぐるしく変化していく。
「この速度は?」
『時速500キロ前後です』
「そりゃホークアイより速えな。持続は?」
『特殊燃料で12時間程度持ちます』
「なるほど、持久力も抜群だ」
権三郎はふと笑う。
「しかしお前、ハイパーモードになるとやけに滑舌がいいな。まるで人間みたいだ」
『褒め言葉として受け取っておきます』
「じゃあ、もうマウスレポート要らないんじゃないか?」
『いいえ。口頭が滑らかでも文書資料は必要です。それとも口述筆記をしてくださいますか?』
「速記は無理だな」
『では、この件は終了です』
苦笑で応じる権三郎。
『まもなくS県西部の森林地帯です』
「早えな、まだ10分も経ってねえぞ」
『これから探索に集中します。数時間は応答できませんのでご了承ください』
「分かった。待ってればいいんだな」
『はい。2機はエリアを分担し、モニターは二分割されます。怪しい地点は赤点でマーキングしますので、後ほどご確認を』
「了解」
モニターを眺めるが、映像は変化が早すぎる。
「こりゃ見てても意味ねえな。俺は別行動する。探索は頼んだぞ」
『お任せを……』
メデューサは瞼を閉じ、黄金の蛇群が赤く光を放ち始めた。点滅する光に合わせて体をくねらせる姿を見届け、権三郎は静かに部屋を出た。
事務所の固定電話から颯太へコールする。数回で彼が出る。
『おう、ゴンか。動物園はやっぱりハズレだったな。で、『T動物園』はどうだった?』
「調べたが無理筋だ。獣舎も車両も堅牢で、脱走の線はない」
『やっぱりな。九分九厘そうだと思ってた』
「ああ、予想通りだ。だが別の線で結論は出た」
『まじか?』
「密輸団だ。今回の事件は野生動物の密輸と結び付いている」
電話口が一瞬沈黙する。颯太は息を呑んだ。
『……密輸団。お前が言ってた『もう一本の線』ってのはそれか』
「そうだ。しかも証拠はある。午前中に二つ掴んだ」
『なんだと! 河原か?』
「ああ。一つは空薬莢。米軍仕様の化け物ライフルだ」
『なっ、マジかよ!』
「もう一つは麻酔銃の注射器弾。液体が残っていた。分析の結果、巨獣をも瞬時に無力化する強力な薬物だった」
『……そりゃ相当な相手だな』
「これから密輸団のアジトを探す。最終的にはお前に正式な逮捕とガサ入れを頼むことになるだろう」
『ひええ、今回ばかりは規模がでけえな……。俺がお前の“身代わり”で通せるか分からんぞ』
「ケ・セラ・セラだ。なるようになる」
『了解。進展があれば知らせてくれ』
「ああ、急ぐさ。じゃあな」
通話を終えると、権三郎は椅子に身を沈め、天井を仰いだ。
「果報は寝て待て……だが、俺は待ってるだけじゃいられねえ性分なんだよな」
三章 2
暇を持て余した権三郎は、近所のスポーツジムへ足を運んだ。会員制でも予約制でもなく、時間単位で料金を払えば誰でも利用できる気楽な場所だ。
トレーニングウェアに着替えた権三郎は、軽くストレッチで体をほぐした後、ルームランナーに乗り込む。本来は一時間走るつもりだったが、三十分で息が上がった。
「ふう……ブランク明けってやつだな」
続いてウエイトトレーニング器具に挑み、満遍なく筋肉を刺激する。いい汗をかいたところで、頬を軽く叩いて気合を入れ直し、ダンベルコーナーに足を踏み入れた。
黙考の末、彼は200キロのバーベルの前に立つ。
「百キロ台で妥協はできん。プライドが許さねえ」
権三郎はバーを掴み、渾身の力で引き上げる。
「むんッ!」
200キロのバーベルがゆっくり宙へ浮かび、数秒の静止の後に床へと下ろされた。汗を拭いながら独りごちる。
「……何とか持ち上がったか。不安は的中せず、だな」
すると背後から拍手が起こった。
「兄さん、すごいね! 一見普通の体なのに200を上げるとは」
振り返れば、頭髪の薄い四十代後半のおっさんが立っていた。
「いやいや、大したことじゃありませんよ」
軽くあしらうつもりが、おっさんはずかずか近寄り腕を触ってくる。
「うおっ、すげえな! 袖をまくって直に見せてくれない?」
人懐っこい圧に押され、権三郎はしぶしぶ長袖をめくった。
「そんな大した筋肉じゃありませんが……」
おっさんの目が見開かれる。
「おおっ、まるで鋼だ! 格闘技か何かやってる?」
「いえ、ただの筋肉フェチですよ」
――結局、ジムで四時間ほど過ごした権三郎は、重い足取りで事務所に戻る。
シークレットルームを覗くと、メデューサはノーマルモードに戻っていた。胸部の膨らみから、ロケットもすでに帰還しているようだ。
『おかえりなさい、エスイチゴウ』
「候補ポイントの絞り込みは終わったか?」
『ええ、ひとまずは。探査は時間をかければいいものではありません。トライ&エラーで段階的に進めるべきです』
「なるほど。理に適ってるな。モニターを見せろ」
ワイドモニターに、S県西部山岳地帯のマップが映し出され、九つの赤いマーカーが点滅する。
「怪しいのは九カ所か」
『まずは最寄りのポイントへ。夕方ですし、今からオウルアイを向かわせるのが最適です』
「善は急げ、だな」
ただしメデューサは釘を刺す。
『怪しい施設が見つかっても、オウルアイで対処できなければ私のハイパーモードを起動してください。A級認定中は使用制限がありますから』
「要所に絞って使うしかないな」
『お願いします』
こうしてオウルアイが放たれた。
数時間後の夜。オウルアイからの映像がモニターに映し出される。
森の中の平地に、スーパーマーケットほどの大きさの建物が孤立して建っていた。窓からは明るい光が漏れている。
「山奥にポツンと……これは胡散臭いな」
オウルアイが窓際の木に止まり、カメラを寄せると、中では老夫婦がテーブルを挟んでくつろいでいた。男は高級ガウンにウイスキー、女は編み物を楽しんでいる。
スーパーソナーで拾った会話は、平和そのもの。
『スミエ、この別荘は居心地がいいだろう?』
『ええ、静かで快適。おかげで編み物がはかどるわ』
権三郎はため息をつく。
「ハズレだな……金持ちってのは理解できねえもんだ」
翌日、第二ポイントはホークアイが担当。バッテリーを増設して半日稼働できる仕様にしたが、見つかったのは廃病院のみ。
第三、第四ポイントも空振り。第五から第八も廃屋や廃スーパー、廃校舎など、廃墟のオンパレードだった。
そして第九ポイント。権三郎はさすがに気落ちしていた。
「メデューサ、敵もなかなかやるな」
『らしくないですよ、エスイチゴウ』
「大規模密輸団……尻尾は簡単に掴ませないか」
『諦めたら試合終了です』
「諦めちゃいないさ。ただ、ちょっと疲れてるだけだ」
『最初から長期戦の構えで行くべきだと申し上げました。信じてください』
「ああ。分かった。今夜も頑張るか」
そうして放たれたオウルアイ。
夜十時、居眠りしていた権三郎をメデューサの声が叩き起こす。
『エスイチゴウ、起きてください! これは相当“臭い”です!』
「本当か」
『怪しい匂いがプンプンします』
モニターに映し出された映像を見て、権三郎も頷いた。
「なるほど……確かに臭うな。居眠りしてる場合じゃねえ」
三章 3
その建造物は、山奥深くの空き地にひっそりと、しかし禍々しい威圧感を放ちながらそびえ立っていた。
ひっそり――とはいえ、大きさは体育館並み。オウルアイの暗視カメラが捉えた外壁はダークグレーで、どこかオウルアイ自身のボディを思わせる色調だ。
偵察の結果、形状は二階建てらしい長方形構造。ただし異様な点がある。窓が一つも無いのだ。
さらに、出入口は銀色の鋼鉄製と思しきドアが右端に一箇所のみ。檻や動物を搬入するには不自然すぎる造りだった。シャッターも通風口もない。むしろ「閉ざすこと」を徹底した異様な倉庫に見える。
外灯は建物から百メートルほど離れた場所に二基だけ。しかも明かりは弱々しい。建物自体には照明がなく、暗視カメラがなければ存在さえ気づけぬ闇に包まれていた。
そして、音もなかった。虫の声すら届かぬ完全な沈黙――それが逆に不気味さを増幅させる。
「むぅ……胡散臭さ百二十パーセントだ。こりゃ相当ヤバいぞ」
『同感です。高確率で“アタリ”でしょう』
「だが窓が無ければ赤外線アイも役立たん」
『ええ、その通りです』
苛立ちを押し殺しきれず、権三郎が指令を飛ばした。
「オウルアイ、スーパーソナーを最大出力で使え!」
『ホゥ』
オウルアイが建物へ接近し、全力で音を拾う。だが――。
スピーカーからは無音。微弱な気配すら掴めない。
「くっ……内部まで無音だと? 何だこれは」
焦燥が滲む。そこへメデューサの落ち着いた声。
『エスイチゴウ。――“アレ”の出番です』
「……ハイパーモードか」
『はい。起動コールを』
「よし、メデューサ、ハイパーモード起動!」
瞬間、メデューサのボディが真紅に変貌し、黄金の眼光が迸る。
『ここからは私が指揮を執ります。よろしいですか』
「任せた!」
『オウルアイ、これから、今の私の力をあなたに付与します。しっかりリンクなさい』
蛇の眼が赤く輝き、力を収束。二十秒後――。
『スーパーソナー・マキシマムッ!!』
無音だったスピーカーから、人の話し声、物音、機械の駆動音が浮かび上がる。
だが声は籠もり、内容までは聞き取れない。
『……私の力をもってしても、せいぜいこの程度。防音は極めて強固です』
「それでも“人がいる”と分かった。それだけで収穫だ」
『いえ、不十分です。私のプライドが許さない。――もう一枚カードを切ります』
蛇たちが再び赤く灯り、新たな技が紡がれる。
『赤外線超音波マイクロウェーブ・ミラクルセンサー!!』
リンクしたオウルアイのモニターに、黒地の上へ浮かび上がるシルエット。大小様々な人影、獣の輪郭。檻らしき区画――。
『確定です。獣舎を兼ねた倉庫。人間の生活スペースもある。密輸団のアジトと見て間違いありません』
「でかしたぞ、メデューサ! お前のおかげでアジトを特定できた!」
だが彼女は冷静に問い返す。
『それで――突入しますか?』
「いや、今夜はここまでだ。依頼人のニーズが最優先。まだ殲滅の時じゃない」
『では、どう動きます?』
「オウルアイは帰投。――明日の昼に再び飛ばす」
そして、静かに切り札を告げた。
「メデューサ、追加装備を申請する。コード名は――YCCE-1だ」
『了解。すぐに申請します』
翌昼。オウルアイの充電完了と同時に報告が入った。
『使用許可、下りました』
「OK。勝機はここからだ」
権三郎が棚から取り出したのは、中型魔法瓶ほどの円柱。大きな眼を刻んだトカゲの意匠が彫られている。
「……次はコイツの出番だ」
円柱が床に置かれ、彼の叫びが響く。
「メデューサ連動――屋内型ステルス密偵機、カメレオンアイ!!」
瞬時にトランスフォーム。体長25センチ、渦巻く尾を持つ緑のボディ。頭には小さな二本角。
瞳を眩しく光らせ、沈黙の了解を示す。蛇の眼とシンクロし、オレンジの光が明滅した。
『ホークアイではなく、あえて?』
「機動性は優れるが、オウルアイほどの搬送力は無い。必要なのは“運搬”だ」
『日中ではオウルアイの性能は半減しますが』
「構わん。主役はカメレオンアイだ。オウルアイは舞台まで運んでくれればいい」
権三郎はオウルアイボールを手に取り、語りかける。
「真昼の太陽はお前には酷だが……頼むぜ」
再び、空の密偵が目を覚ます。
三章 4
権三郎はオウルアイの回路を起動し、優しく呼びかけた。
「オウルアイ、昨夜のポイントまで“荷物”を運んでほしい」
『ホゥ……』
返事はどこか不満げだ。
シークレットルームは遮光カーテンで昼光を遮っているが、オウルアイの体内時計は正午を示していた。真昼の行動は彼にとって苦手分野なのだ。
「安心しろ。お前に求めるのは搬送だけだ。速さも戦闘も要らん。ただ運ぶだけでいい」
しばし沈黙の後、オウルアイは渋々うなずく。
「助かる。――カメレオンアイ、クロージング」
黄色く光ったカメレオンアイの瞳がスッと閉じ、身体は円筒形へと戻った。
「よし。オウルアイ、頼んだぞ!」
オウルアイは脚のクローを大きく広げ、円筒をガシッと掴む。まさに“梟掴み”。
隠し扉が開かれると、権三郎が声を張った。
「オウルアイ、発進!」
その巨体がゆるやかに舞い上がった。
『オウルアイ、眩しそうですね』
メデューサの声がモニター越しに響く。映し出された映像には、半眼でだるそうに羽ばたくオウルアイの姿。
「速度も出てないな」
『通常の巡航は時速150キロですが、今は80キロ程度しか出ていません』
「昼間だし、荷物持ちだしな。仕方ない」
『カメレオンアイは三キロ超ですからね』
「アジトまで直線で75キロ。まあ、一時間もかからんだろう」
『もう少しですよ、オウルアイ……』
メデューサは母親のような口ぶりで労った。
権三郎はふと思い出したように尋ねる。
「ところでメデューサ、あの密輸団の人員構成はどう見る?」
『考察に入ります』
30秒の沈黙の後、メデューサが報告した。
『密猟班、警備班、施設管理・飼育班――最低でも15人は常駐していると推測されます』
「なるほど。申請はS級装備フル解禁で行かないと厳しそうだな」
『エスイチゴウでも、ですか』
「ああ。米軍仕様のライフルを扱える連中だ。警備の方はそこまでじゃないだろうが」
『了解。申請レポートに反映します』
「助かる」
会話の最中、オウルアイは山岳地帯に突入していた。
「お、少し速度を上げたな」
『ラストスパートでしょうね』
「あと十五分ってところか」
権三郎はモニターを見つめながら方針を口にする。
「あのアジトは入口が一つだけ。扉が開く瞬間を待つしかないな」
『カメレオンアイを潜入させられれば成功、ですね』
「そのためにドアの至近距離で待機させておく。作戦はそれで行こう」
『賛成です』
やがてオウルアイは昨夜のアジト近くへ到着。暗視は切れており、半眼での飛行。視界は万全ではない。
「むっ、警備の人間がいるな」
モニターには屈強な若い男の姿。アーミールックに双眼鏡と無線機、腰には警棒。
「オウルアイ、悪いが360度首回しで周囲を確認してくれ」
『ホゥ』
フクロウには不可能なネックロール機構が作動し、全方位を監視。結果、巡回しているのは一人だけだと判明。
「よし。そいつが100メートルほど離れたら待機だ」
オウルアイは静かに地面へ降り、カメレオンシリンダーを抱えたまま潜んだ。
数分後、警備員が視界から外れる。
「今だ。ドア前まで運べ!」
オウルアイは飛び立ち、木陰にシリンダーを降ろすと、ようやく解放されたように枝へと移った。
「ご苦労だったな、オウルアイ。さて――次はお前の番だ」
権三郎はメデューサマイクに呼びかける。
「カメレオンアイ、アクティブ!」
円柱が生き物のように変形し、瞳が黄色く光った。
「ドアの斜め前へ移動!」
カメレオンアイはノソノソと歩き出す。樹上のオウルアイが「おい大丈夫か?」と言いたげに見下ろす。
一分ほどで指定ポイントに到達した。
『通常モードは、やはりスローですね』
「だが短距離なら時速60キロでダッシュできる。チャンスがあれば問題ない」
『ただ、巡回兵が戻る前に準備を終えるべきです』
「了解」
権三郎は深呼吸し、声を放つ。
「カメレオンアイ――ファントム・イリュージョン!」
瞬間、カメレオンアイの体が背景へと溶け込み、姿を完全に消した。




