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ご都合主義探偵 権三郎  作者: TT93
第二章
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二章 11-15

二章 11


 「メデューサ」と呼ばれた胸像は、最初はただの灰褐色の石像にしか見えなかった。だが権三郎の起動コールを受けると、その全身が脈打つように色を変えはじめ、やがて赤紫の光沢を帯びた金属質の姿へと変貌していく。まるで神話の怪物が現代技術によって蘇ったかのようだ。


 変色が完了すると、メデューサはカッと目を見開き、鋭い閃光を放った。石化ではなく、これは「システム起動完了」の合図らしい。やがて瞳を閉じると入れ替わるように、髪にあたる数十本の機械蛇の両眼が青く灯り、ゆらゆらと体を揺らしはじめた。ニュートラルモードに入ったのだ。

 赤紫の装甲に薄桃色の顔、そして銀色の蛇群。暗い室内で青い光を点滅させる様は、不気味でありながらもどこか幻想的なイルミネーションのようでもあった。


 権三郎は椅子に腰を下ろし、像に語りかける。

「メデューサ、本件の概要は伝えてある。件名は『M山熊害事件』だ。本部データベースと照合しろ」

 蛇の目が赤に変わり、点滅を始める。それが「了解」のサインだった。沈黙のまま数十秒が過ぎ、メデューサの本体が再び鋭く目を見開いた。

「よし。次はこれを解析しろ」

 権三郎は胸ポケットから二枚の写真を取り出す。

「小原所長が法医学者の目を盗んで撮影した遺体写真だ。全身像と、胸部打撃痕のアップ。この違法証拠で小原先生は自らの見立てを託してきた。――その真価を、お前で確かめる」

 メデューサがコクリと頷くように首を傾げる。胸部からせり出した薄型トレイに権三郎が写真を入れると、像は再び目を閉じ、蛇の群れが赤く点滅しはじめた。三分後、青い閃光を走らせて目を見開くと、口が開き、顎が横へと展開する。

 ――ガシャリ。

 その口からレポート文が数枚吐き出された。権三郎が受け取ると、メデューサは静かに閉口し、ニュートラルへ戻る。

 一読した権三郎は、思わず笑みを浮かべた。

「ビンゴだ。小原先生はやはり一流だな」

 レポート冒頭にはこう記されていた。

『掌形状から推定:エゾヒグマ雄、若年個体、生後約2年半。爪は人為的に根元近くから切断されている模様』

 権三郎は深く頷くと、次なる装備に手を伸ばす。棚から取り出したのは鳥の顔が刻まれた球体だった。

「メデューサ、次は証拠収集だ。こいつを使う」

 床に置き、鋭く命じる。

「メデューサ連動――超高性能探索機ホークアイ!」

 球体がカチカチと音を立て、あっという間に鷹型マシンへと変形する。全高三五センチ、ガンメタリックの装甲、緑色の両眼。まるで生きた鷹そのものだった。

「ホークアイ、事件情報をメデューサと共有せよ」

 鳥型は小さく頷く仕草を見せ、メデューサの蛇の目も緑に点滅。両者のデータリンクが開始された。

 一分後、同期が完了。権三郎は満足げに呟く。

「よし、調子は上々だ」

 だが表情を引き締める。

「問題は……バッテリーの持ちが悪いことだな」

 ホークアイは首を傾げ、まるで「なぜだ」と言いたげだ。

「証拠調査は現地発進しかあるまい」

 権三郎が「クロージング」と命じると、ホークアイは再び球体へと収束する。

「メデューサ、次の報告が届くまで待機。解析は任せたぞ」

 ボールを手に取ると、権三郎はシークレットルームを後にした。


二章 12


 権三郎が車を飛ばしてM山公園に到着したのは、時計の針が四時を回った頃だった。

「……ちょっと巻きでいかないとな」

 小さく呟きながら園内へ足を踏み入れる。幸い人影はまばらで、警備員の姿もない。

 トートバッグから例の球体を取り出し、芝生の上にそっと置いた。

「ホークアイ、起動!」

 次の瞬間、球体は羽根を広げ、鋼の鷹へと変貌する。

「ここが遺体発見現場だ。まずはこの地点を徹底的に、迅速に調べろ」

 権三郎の命令に、ホークアイはコクリと頷く仕草を見せ、羽ばたいて空へ舞い上がった。

 四阿のベンチに腰を下ろした権三郎は、小型モニターを起動する。画面にはホークアイの視界が次々と映し出され、土や芝、砂利が流れるように切り替わっていく。まるで「どんな痕跡も見逃さない」と言わんばかりに、機械の鷹は低空を旋回していた。


 数分後、モニターに警告音とともにオレンジ色のロックオンマークが浮かぶ。

「お、何か見つけたか……?」

 ホークアイは芝生の一角に降り立ち、嘴で地面を突いた。そこにあったのは、長く太い焦げ茶色の毛だった。

「熊の毛にしては長すぎるな……」

 権三郎は眉をひそめ、指示を飛ばす。

「ホークアイ、メデューサとリンク!」

 緑の両眼が点滅し、モニターに文字列が走る。

―『長毛種の犬の毛である確率が極めて高い』。

「なんだ、犬の散歩かよ。立ち入り禁止のはずなのに」

 ぼやきつつ、ホークアイの頭を撫でる。

「まったく、お前も休ませすぎて腕が落ちたんじゃないか?」

 途端に嘴で指を突かれ、「痛っ!」と声を上げる。

「悪かった、許せ」

 そう宥めると、ホークアイは不満げに首を振りつつも、従順に姿勢を正した。

「よし、仕上げに周辺の木々を探れ」

 再び飛び立ったホークアイは、公園を囲む樹木の間を縫うように低空飛行を続けた。しかし、爪研ぎの痕跡は見つからない。

「まぁ、研ごうにも爪がほとんど無かったんじゃ無理もない」

 権三郎は苦笑しつつホークアイを回収し、呟いた。

「三か月も経てば遺留品調査は厳しいか……」


 次なる目的地は「熊出没注意」の看板の立つ森だ。看板の前でホークアイを再び起動する。

「今回は骨を探せ。大型動物の死骸、それ一点に絞れ」

 ホークアイは鋭く頷き、勢いよく飛び立つ。先ほどとは違い、速度も高度も一気に増していった。

 権三郎は虫除けスプレーを浴び、タブレットを確認しつつハイキングコースを歩く。やがて郁美と共に横断した車道が目に入ったが、すぐ首を振る。

「その可能性を考えるのは、まだ早いな」


 郁美が猟師を訪ねた場所へ辿り着く頃には、あたりはすっかり薄闇に包まれていた。ホークアイからの合図はまだ無い。暗視機能を備えているとはいえ、サーチライトの照射範囲は狭く、夜間の探索は不得手だった。バッテリーの持久力と並ぶ、ホークアイ最大の弱点だ。

「仕方ない。今日はここまでにするか」

 予定通り引き上げる判断を下し、呼び戻す。やがて肩に舞い戻ったホークアイを撫でながら笑みを浮かべる。

「こうしてると、本物の鷹匠みたいだな」

 ホークアイは「クエッ」と人工音声で返答した。


 事務所に戻ったのは夜八時近く。シークレットルームでホークアイを棚に戻し、声をかける。

「今日はご苦労だったな」

 もちろん返事はない。代わりに、権三郎はメデューサに向き直る。

「収穫なしじゃ気分が悪い。メデューサ、最近この辺でサーカス団の興行があったか調べてくれ」

 蛇の目が赤く点滅し、ニ十秒もするとマウスレポートが吐き出される。

『6月〜現時点で、都内T市にてKサーカス団が興行継続中』

「なんだ、やってるのか。しかも六月からか……。国内最大規模ならヒグマを抱えていても不思議じゃない。だが、S県H町からじゃだいぶ遠いな」

 独り言ともつかない声で呟き、思案する。やがて立ち上がり、決意を込めた。

「可能性は低いが、一応調べてみるか」


 棚から別の球体を取り出す。ホークアイよりひと回り大きなそのボールには、フクロウの顔が刻まれていた。

「メデューサ連動、隠密型広範囲偵察機――オウルアイ!」

 掛け声とともに、ボールは変形し、ダークグレーのフクロウ型メカへと姿を変える。体長四十センチ。ホークアイより一回り大きい。

「やはり、夜の調査はこいつの出番だ」

 オウルアイとメデューサを同期させ、隠し扉を開く。

「行け、オウルアイ。サーカス団のテント周辺を探れ!」

 『ホゥ』と機械音を響かせ、闇へ飛び立つ。

 その背を見送りながら、権三郎は微笑んで呟いた。

「アイツはホークアイと違って、燃費がいいからな」


二章 13


 権三郎は再びチェアに腰を落とし、メデューサへ命じた。

「ワイドモニター展開!」

 台座上部から現れたのは、43型テレビほどの巨大なスクリーン。斜めに固定されると同時に、オウルアイの眼が映し出した夜の街並みが広がった。

 視野は広くないが、超高性能暗視カメラが昼間のように鮮明な映像を届けてくれる。

「相変わらず視界は良好だな。だがちょっと遅いぜ」権三郎は独りごちる。

 オウルアイの最高速度は時速210キロ。ホークアイの380キロには劣るが、その代わり長時間の飛行に耐える持久力を誇っていた。

 東京都I区からT市までの距離を考えれば、一刻も早く現地に着きたい。

「オウルアイ、全力で飛ばせ!」

 権三郎が胸部マイクに声を飛ばす。

『ホゥ…』

 スピーカーから響いた返事には、どこか「しんどいなぁ」とでも言いたげな響きが混じっていた。

「気のない返事しやがって。ま、普段は全速を要求しないからな」

 苦笑しつつ、権三郎はモニターを見守った。


──全速飛行のおかげで、40分ほどで目的地のKサーカス団準備テントに到着。

 広大な空き地に巨大テントが聳え、その脇には動物輸送用と思しきトレーラーが数台停まっている。

「オウルアイ、まずはメインテントから。周囲をゆっくり回って全体を把握しろ」

『ホゥ、ホゥ』

 旋回する機影に合わせ、モニターも動く。だが暗闇が濃く、映像が次第に不鮮明になる。

「サーチライトだ」

 紫の目が黄色く輝き、光が地上を照らした。再び映像は鮮明になる。

「にしても、随分と巨大なテントだ。設備投資も安くはあるまい。数カ月の興行じゃ勿体ないぜ」

 そう呟く権三郎の目に、出入口付近で作業を終えるスタッフの姿が映る。

「サーチライトOFF。テント入口を狙え、定点観察だ」

『ホゥ』

 オウルアイは大木の枝に静止し、ズームで出入口を映す。

「しかしこの時間帯は雑用係くらいしか動きがないもんだな」

 欠伸交じりに権三郎が零したその時。

『ドウモ、ソノヨウデスネ』

 メデューサが喋った。

 甲高い、如何にもな人工音声ではあるが、日本語で応答した。

「フッ、お前の声を聞くのもちょっとばかし久しぶりだな。会話機能が故障したのかと少し心配だったぜ」

『コンカイハ、ナラシウンテンガナガビキマシタ』

「これでひとまず安心だ」


 やがて夜十時。作業員が一斉に引き上げ、照明も落ちた。

『エスイチゴウ、ジョウキョウガカワッタヨウデス!』

「おお、すまん……俺としたことが」

『ユダンハキンモツデス』

 窘められた権三郎は、頭を掻きながらモニターを凝視する。

 次は車両だ。

「オウルアイ、トレーラー群を調べろ。周囲を旋回して形状を確認だ」

『ホゥ〜』

 三台のトレーラーはいずれも黒張りガラスで、中は窺えない。

「動物の鳴き声は?」

『ホゥ、ホゥ』

「メデューサ、翻訳しろ」

『ホトンドキコエナイ、ソウデス』

 権三郎がマイクからオウルアイに指令を飛ばす。

「スーパーソナー起動!」

『ホゥ』

 スピーカーから風音が鮮明に響き、やがて低い唸り声が混じった。

「読み通り、ここに収容されてるな」

 オウルアイが高度を上げ、窓を確認する。小さな透明窓に檻の影が映った。

「ホバーで窓前に静止。赤外線アイを使え」

 紫の眼が紅く変わり、モノクロ映像に動物たちが浮かび上がる。

 そこにはライオン、トラ、そしてクマ。

「おぉ、さすが大手サーカス団。豪華な顔ぶれだな。……やはりクマもいたか」

 権三郎が感嘆の声を漏らした。

「メデューサ、このクマの種類を特定できるか?」

 オウルアイがズームし、メデューサの蛇が赤く点滅する。

『ツキノワグマ、推定四歳雌』

「……やはりヒグマはいないか。脱走した個体が例の犯熊だった、という線も考えられるな」

 二台目は馬、三台目は象。

「ゾウまでいるとはさすがだが、結局ヒグマは空振りか」

 赤外線とホバーの消耗を気にしつつも、権三郎は決断する。

「今夜の調査はここまでだ。オウルアイ、入口を朝まで監視。ただし限界が来たらすぐ帰投しろ」

『ホ〜ウゥ』


 オウルアイは再び樹上に戻り、紫の目を鈍く光らせた。まるで置物のように微動だにしない。

「ふぅ……できることはやったな」

 チェアにもたれ、天井を仰ぐ権三郎。

 そのとき、携帯に颯太からメールが入る。

――『あの日の警官隊と鑑識の動き、大まかに掴んだ。マジ苦労したぜ。ぜってえ奢ってもらうからな!』

「さすが一課のエース様、思った以上に仕事が早い」

権三郎は口元を吊り上げ、次の一手を思案するように目を細めた。


二章 14


 チェアの上で権三郎が目を覚ますと、オウルアイは既に帰還してボール状態で床に転がっていた。

 メデューサはニュートラルからさらに節電したスタンバイモード。頭上の蛇も静止しており、石像とまではいかないが眠っているようだ。

「む、もう八時か。だいぶ眠ってしまったな」

 目を擦り、小さく欠伸。気合を入れるように頬をパンパンと叩く。

「メデューサ、ウェイクアップ!」

 ゆっくりと目が開き、『オハヨウゴザイマス、エスイチゴウ』と人工音声が返ってきた。蛇たちが揺らぎ、瞳の青い点滅が始まる。

「オウルアイは帰ったようだが、あれから特に動きは無かったか?」

『アサ、ロクジゴロマデミハッテマシタガ、メダッタウゴキハナカッタヨウデス』

「そうか。午前の公演は無いのかもしれんな。だが一応映像はチェックしておくか。メデューサ、録画はあるな?」

『ムロンデス』

「よし。朝食を準備してきて、食べながら確認するか」

『ショウチシマシタ。ロクガノホウハスタンバイシテオキマス』

 権三郎は床のオウルアイを棚に戻した。自動で急速充電が始まる仕組みだ。

「オウルアイ、ブランク明けなのに頑張ってくれたな」

 物言わぬボールに、感謝をひとこと。


 トーストとコーヒーの簡易な朝食を摂りつつ、映像を12倍速で再生。

「目立った動きどころか、まるで変化が無いな。こういうところは交代で警備したりしないものか?」

『ソノヘンハマチマチデショウ。サクヤハナニモナカッタトイウダケデス』

「まぁ、あの装甲車のようなトレーラーから動物を盗み出すなんて軍隊でもなければ不可能だろうしな」

 権三郎は停止ボタンを押す。

「よし、このくらいでいい。朝メシも済んだし、今日のミッションに取りかかるか」

『エスイチゴウ、キョウハドノヨウニウゴクツモリデスカ』

「手始めにМ山でホークアイに昨日の続きをやらせる。正午を過ぎたら依頼人に中間報告。颯太とも今日中に直接会いたいが、そこは奴の都合次第だな」

『リョウカイデス。ワタシハ、ツウジョウタイキデモンダイナイデスカ』

「ああ。ニュートラルを保っていてくれ」

『オーケー』

 こうして打ち合わせを終えると、権三郎はフルチャージのホークアイを携え、シークレットルームを後にした。


 約一時間半後。I丘陵ハイキングコース。

 権三郎は昨日と同じくホークアイを飛ばし、森を探索させていた。スーツ姿ではなく山歩き仕様。立入禁止の公園とは違い、ハイキングコースは特に規制されていない。折畳み椅子に腰掛け、モニターを覗く姿はハイカーに見えなくもない。

「この『インセクトキャンセラー』はよく効くな。助かるぜ」

 横に置いた小型装置からは、昆虫が嫌う超音波と無害のガスが発せられ、蚊も蜂も寄り付かない。地味ながら山中では心強い装備だ。

「ふむ……ここまで探しても出ないとなると、森で野垂れ死にした可能性は低いか」

 そのとき、モニターにロックオン表示。ブザーが鳴る。

「ホークアイ、骨を見つけたか!」

『クエッ!』

 視点を切り替えると、巨大な骨の上でホークアイが誇らしげに鎮座している。だが直感で「違う」と感じた。ズームすると角付きの頭蓋骨。鹿だ。

「残念ながらハズレだな」

 声をかけると、ホークアイは地団駄を踏む仕草。

「責めてるわけじゃない。俺が“大型動物の骨”とだけ指示したせいだ。お前の頭脳にクマの骨格までは入ってない。これはミスじゃないぞ」

 慰めにホークアイは落ち着き、再び探索へ。


 正午までに見つかったのは鹿や猪ばかり。熊ではなかった。猪の存在に驚きつつも、熊の目撃は見間違いと考えた。ホークアイでこれだけ探しても成果なし――ここで探索を打ち切る。

 昼休みを見計らい、依頼人・鳩森郁美に電話。だが留守電。進展を簡潔に残す。

 ちょうど帰還したホークアイが肩に停まり、頬を擦り寄せてくる。

「フッ、本当に生きてるみたいだな」

 クロージングして撤収準備。ファミレスで昼食をと考えたそのとき、郁美から折り返し。

「探偵さん、鳩森です。さっきは出られなくてすみません」

「大丈夫ですよ」

 数日ぶりの声が妙に懐かしい。

 郁美に進展を報告し、権三郎は言い切る。

「これだけは断言できます。貴女の父上を襲った犯人は――ツキノワグマではなかった」

 郁美は息を呑み、詳細を求める。

 権三郎は遺体が大学病院で法医学者と動物学者の両方に調べられたこと、稀なケースであったこと、研究者が贖罪の念を抱いていたことを伝えた。

「いまさら…そんなこと言われても」

「もちろんすぐに許せとは言いません。ただ、自分の非を認める勇気を持った分、警察よりは誠実に思えました。少しでも思いを汲んでやれませんか」

「……今は答えられません」

「それでいい。ゆっくり考えてください」

 さらに権三郎は警察の動きを調査中だと伝え、第一回の報告を終える。

 郁美の姿を思い浮かべ、事件解決への決意を新たにした。


 そしてファミレスの駐車場に車を停めた瞬間、颯太から電話。

「おうゴンか。いまどこだ?」

「遺体現場の近くだ。これから昼メシを取ろうと思ってな」

「実は俺も今S県にいる。理由は後で話すが、そっちに寄れる。メシしながら少し話そうぜ」

「それは願ったりだ」

 権三郎は即答した。


二章 15


 権三郎はファミレスに入り、じきにもう一人来るからと伝え、先に席を取ってドリンクバーで喉を潤していた。

 20分ほど待ってると、スーツ姿の颯太が早足でテーブルに向かってきた。

「おうゴン、待ったか」

「そうでもない。むしろお前が意外と早く着いたことに驚いてるくらいだ」

 颯太は権三郎の向かいに腰を下ろすと、早速メニュー表に目を通す。

「まぁその辺はこれから話すさ。とりあえず注文だ」

「ここの日替わりランチは中々悪くないぞ」

「そのようだな、ええと今日は木曜、きのこハンバーグか。これは美味そうだ。よしこれにしよう」

「俺も同じものでいい」

「おし、後は俺もドリンクバー追加でOKだ」

「決まりだな、注文するぞ」

 権三郎が呼出しブサーを押す。

 注文が済むと、権三郎はおどけた表情で颯太に顔を向ける。

「今回の報酬はここの奢りでいいか?」

 たちまち颯太がウンザリした顔になった。

「あのなぁ、今回は俺がどれだけ苦労したと思って……」

 その言葉を権三郎が遮る。

「冗談に決まってるだろ。事件解決の暁には上等な店に連れてってやる」

「頼むぜぇ〜」

 そんなやり取りを経て、きのこハンバーグを腹に収めた二人は、ドリンクを片手に本題へと移る。

「ところで今日はなぜこの近辺に?」

 権三郎が問うと、颯太は苦々しい顔で語りはじめる。

「S市北署の署長から直々に呼び出されたんだよ。なぜウチの管内の件を今頃になってコソコソ嗅ぎ回ってるんだって」

「おおよそそんなとこだろうと想像はしてた。で、なんて答えたんだ」

「例の熊害事故の犠牲者の娘さんの恋人が知人にいて、その知人から、事故当日の様子をなるべく詳しく教えて貰えないかと懇願され、断りきれず仕方なく。みたいな感じだ」

「その『恋人』役のポジションが俺に当たるわけか」

「そういうことだ。探偵だとは言えないだろう?」

「毎度のことながら苦しい言い訳をさせてすまんな。それで、あの日の所轄の動きはどうだったんだ?」

「それがな……何とも妙な具合なんだわ」


 颯太が眉根を寄せて小声で話し始める。

「第一発見者は、近所に住む60代の男性でな、定年後、足腰を弱らせない為に毎朝M山に登っていたそうだ。雨の日でもな」

「ふむ」

「頂上の公園を散策してたらビックリ仰天、死体を発見したってわけだ。男性はその場から携帯で通報。早速、最寄り交番の巡査を案内役に所轄の制服警官たちが駆けつけてきたわけだが…」

「うむ、そこまでは通常の流れだな」

「発見時にまだ雨は止んでなかった。だいぶ小降りにはなってたらしいがな。で、当然ながら公園内の土は泥濘んでいる。なので、なるべく現場を保存するため最初は警官が一人だけ園内に入っていき、遺体を確認したそうなんだが、驚いたのはその後だ」

「……」

「なんと公園内の土の上には、その確認役の警官の足跡を抜きにすれば、第一発見者の足跡しか残ってなかったそうなんだ」

「やはりか……」

「雨は前夜からかなり激しく降っていたそうだ。それなのに、動物の足跡はおろか、犠牲者の足跡すら残ってなかったということらしい」

「ふむ。予想以上だな」

「まず確認役の警官が遺体の場所から公園の入口に戻る際、周辺の地面をできるだけ見廻しつつ、ポラロイドカメラで撮影しながら戻ったそうなんだが、とにかく第一発見者の足跡以外影も形も無かったそうでな」

「……」

「警官は、何ともワケの分からん現場だと混乱してしまったそうでな。とりあえず警官隊は公園内には入らず、所轄署刑事部を統括する警部に臨場してもらうよう要請したらしい。その警部は自ら出陣する前に、なるべく現場を荒らさないよう配慮しつつ鑑識に調べさせろと指示したそうだ。そこで鑑識が現場に踏み込んだそうだが、極力現場を壊さないようにとベテランの鑑識員が一人だけで公園内に入っていったそうなんだ。その鑑識員は慎重に公園内の敷地、特に土の部分を隈無くチェックしたらしいが、先の警官が言ってた通り、第一発見者以前の足跡は一つも見つからなかったらしいんだ」

「つまり『密室』みたいなものか。雨の公園内の足跡無き熊害事件と」

「どうもそんなところらしいぜ。結局、警部が現れるまで警官隊も鑑識隊も敷地外で待機だったらしい。そしてくだんの警部がやってきたそうなんだが…」

「ふむ」

「警部は部下達の報告を聞いてから、自ら公園内に入って遺体を確認した後、警官隊と鑑識隊に箝口令を敷いたようなんだ」

「箝口令ときたか」

「うむ。足跡の謎については非公式の情報とする。責任は自分が持つから一切口外するな。というふうにな。さらに、鑑識隊はもう全員帰っていい。そして警官隊は現場保存は意識しなくていい。むしろ積極的に歩き廻って現場を壊せ、とまで言ったそうなんだ」

「とんでもない警部殿がいたもんだな。もしかして、小原所長と交渉したのもその人物なんじゃないのか?」

「当たりだ。近所の警察医では手に負えないと分かった後は、その警部を経由して大学病院の法医学センターに依頼が行ったらしい。さらに法医学のセンセイが検案書の作成に戸惑ってると聞けば、どんなパイプから情報を入手したのかは不明だが、小原先生の招聘をゴリ押ししたのもその警部だったみたいだぜ」

「招聘したに留まらず、小原先生を強引に買収してコトを収めたっていう例の刑事も、その警部なんじゃないのか?」

「さすがにそこまで裏は取れてないが、可能性は十分ありそうだな」

「これで遺体発見時の情景はおおよそ掴めた。ありがとう颯太。さすがは天下のエース様だ。頼りになるぜ」

「フン。おだてたところで、奢ってもらうときの店のランクは下げないからな」

「心配するな。俺は締まり屋だが出す時は出す。高級ディナーを楽しみに待っとけ」

「ああ、期待してるぜ。あ、そういえばゴン、一つ言い忘れてたが」

「ん、何だ」

「さっき話したベテラン鑑識員が気になることを言ってたんだよな」

「どんなことだ」

「あの公園の泥の部分だが、どうやら全体的に『トンボ』がかけられていた形跡があるというんだよ」

「トンボってあれか、泥濘んだグラウンドなんかを均すあの道具のことか」

「そうそう、学校なんかでよく使われるアレだ」

「それはかなり重要な証言だぞ。何者かが公園から痕跡を誤魔化そうとした状況証拠になりうる。それが問題にならなかったのは、やはり」

「ああ。それも例の警部の箝口令で表に出なかったようだ」

「その警部、よほどあの件を通常の熊害事件として片付けたかったようだな。ある意味主犯格の一人みたいなもんだ」

「全くだ。なぜそこまで強引な幕引きに拘ったんだろうな」

「ところで颯太。お前、今回のナワバリ荒らしで具体的な処分は受けそうなのか?」

「そこは例によって、ウチの一課長が県警に頭を下げてくれたよ……。『うちの神谷がまたお騒がせしまして。この男は懇願されるとどうしても断れない性格らしくてね。バカがつくほどのお人好しというか、私もほとほと手を焼いております』てな具合でな。おかげで何とか説教だけで済みそうだ」

「それは際どいところだったな。済まなかった。しかしお前んとこの課長さんは懐が深いな。実に有り難い御仁だぜ」

「まぁあの人が上司じゃなかったら、とてもお前にここまで協力できないだろうよ」

「お互い、頭が上がらないな」

「俺はあの人を実のオヤジ以上の存在だと思ってるよ」


 この場はワリカンでお開きとなり、颯太と別れた権三郎は、日没までの時間を限界まで有効に使うことにした。お次は、郁美がとある猟師から意味深なメッセージを受け取ったポイント周辺の探索だ。このエリアを抑えればI丘陵の森林地帯を七割ほど網羅することになり、痕跡調査のセミファイナルとなる。

 権三郎は森に分け入り、適度に平らなスペースを発見すると、そこに折畳み椅子を置いてインセクトキャンセラーを稼働する。

「行け、ホークアイ! メデューサとリンクして、何でもいいからクマの痕跡を見つけ出すんだ」

『クエッ?』

 ホークアイは『何でもいいから』の部分が引っ掛かったらしい。

「今回のポイントはとにかく『クマ』だ。大型動物の骨だけじゃなく、足跡、爪研ぎ跡、糞、そして生きたクマの発見まで、幅広く探索するんだ!」

『クエッ!』

 ホークアイから了解の合図が返る。

 権三郎は指示を出し終えると、ホークアイを再び空に放った。

『キューンッ!』

 ホークアイが木の枝を掻き分け探索に出発する。

 しかし、それから二時間半ほど探索を続けても周辺の森からクマの痕跡が出ることは無かった。ヒグマはおろかツキノワグマの影さえ見えない。もしかすると犯熊は、I丘陵を脱出してどこか遠くの森にでも出奔してしまったのだろうか。権三郎はこのエリアを本命視していたので、今回の空振りはズッシリと身に応えた。


 事務所に帰り着くと、オウルアイは既にサーカス団の偵察に向かっていて不在だった。実はI丘陵にいるうちから、メデューサに指示を出してオウルアイを早めに動かしていたのだ。

「メデューサ、今日は夕方からオウルアイに張り込みをかけさせてたはずだが、何かいいネタは掴めたか」

『今日は夜七時頃に調教師と思われる人物を特定できました』

 メデューサは、調子が上がってきたのか滑舌が良くなっていた。但し甲高い機械音声は相変わらずだ。

「本当か? その人物はもうテントの中に入ってしまったのか」

『いいえ。メインの大型テントの方には入っていきませんでした』

「どっちの方に向かったか分かるか?」

『どうやら、隣にある中型テントの方に向かっていったようです』

 権三郎は時計を見る。時刻は夜7:30。まだ仕事を続けていてもおかしくない時間だ。権三郎はメデューサ付属のワイドモニターを展開し、マイクに向けて語りかける。

「オウルアイ、俺だ。聞こえるか」

『ホゥ』

「今から大型テントの隣にある、中型のテントを調べろ。そこが訓練場の可能性がある。適当な位置に陣取って、スーパーソナーで内部の音を拾うんだ」

『ホゥ』

 権三郎の指示を受けたオウルアイは、メインテントの定点観察ポイントから、200メートルほど離れた中型テントのほうへ飛んでいく。

 中型テントは、大きめのスーパーマーケットくらいの大きさで、長方形の骨組をしていた。表面は分厚いビニールシートで覆われている。そのシートの光り具合から、テント内部に灯りが灯ってることが伺えた。

 オウルアイはテントの真上に降り立つ。

「オウルアイ、スーパーソナー起動」

 数秒もすると、ワイドモニターのスピーカーから調教師と思われる人物の声が聴こえてきた。その様子から、動物の訓練中らしいことが分かる。

『レオン、ジャンプが低いぞ! そんなんじゃ本番でヤケドしちまう。もっと高く跳べ!』

 調教師はどうやら動物を叱咤しているようだ。火の輪くぐりの練習か何かだろうか。

 権三郎は続けて指示を出す。

「オウルアイ、テントの周辺を探って、中が見えるポイントが無いか探るんだ!」

 オウルアイは低空飛行で偵察を始めたが、僅かな距離を飛んだだけですぐ屋根の上に降り立った。

「オウルアイ、もう見つけたのか?」

『ホゥ』

 権三郎はオウルアイの視点から、メデューサに連動した俯瞰カメラへ切り替えた。これを使うとオウルアイのボディを中心に周囲360度の情景を至近距離から映し出せるのである。

「おっ! このテントは屋根に採光窓があるようだな。しかもかなりの広さだ」

 オウルアイが停まっていたのはその採光窓の真上だった。 

「オウルアイ、その窓の中から調教師の姿を捉えられるか?」

『ホゥ』

 オウルアイはしばらくモソモソと窓の上を歩き周りながら、下方向に首を向けていたが、やがて止まり『ホゥ』と鳴いた。

「よし、視点切替」

 オウルアイの視界には、ホワイトライオンに火の輪くぐりの訓練をさせている調教師の姿が映し出されていた。

「オウルアイ、ズーム」調教師の姿がアップになる。

 オウルアイのカメラとソナーで、権三郎はしばらく調教師の訓練の模様を眺めていたが、やがて何かを察したように溜息をついた。

「なあメデューサ、本当にこのサーカスが飼育動物をそこら辺の山中に放り出すと思うか?」

『と、言いますと?』

 メデューサがその問いの意味を図りかねるように言う。

「この調教師を見てるとさ、心から動物を愛してることがヒシヒシと伝わってくるんだよ。仮に動物が何か面倒をやらかしたとしても、安易なやり方で厄介払いをするとは思えないぜ」

『確かに、そんな感じはしますね』

「もちろん、意図的な放擲とは限らない。動物自身による逃走の可能性もゼロではないが、だとすると、このテントからS県H町は距離があり過ぎる。とても若グマが自力で移動できるとは思えないぜ」

 権三郎の言葉にメデューサは頷いたが、疑義も呈してきた。

『トレーラーで移送中に脱走した可能性も皆無ではないのでは?』

 権三郎は少し思案した後に答える。

「いや、サーカスったって、ここまでメジャーな処であれば、そんな重大ミスを隠蔽するとは想像できないな。素直に警察へ届けるんじゃないか?」

 権三郎の言葉に、メデューサは若干思考したような間を置いて口を開く。

『言われてみれば、そんな気もします』

 権三郎はチェアレストの上で組んだ両手に頭を載せながら、何かを振り切るように宣言する。

「やっぱ、サーカスの線は捨てるか」

『ここの調査を打ち切るのですか?』

 メデューサが抑揚のない調子で問うてくる。

「ああ、そういうことだ。元々可能性は低めだと思っていたが、ある程度調べてみて確信に変わった。これ以上の追及は無意味だ」

『そうすると、今後の調査方針はどうされるのです?』

「一応、この後颯太に動物園関係も洗ってもらうつもりでいるが、余り期待はしてない」

『隘路にハマってしまったということですか』

 そこで権三郎は目を閉じ、コキコキと首を鳴らしてから背凭れから半身を起こす。

「現状、厳しくなってきた感はある。М山公園を起点にI丘陵の森林の七割がたを探索したが、めぼしい物証は出てこなかった」

『それはかなり残念な展開ですね』

「まだ未調査のエリアは残ってる。そこを明日探索する」

『公園からだいぶ離れてるエリアでは、正直期待値は低めですね……もし手掛かりが出なかったらどうしましょう』

 メデューサが不安げに眉根を寄せる。

「勘違いするな。まだ行き止りじゃないぞ」

『と、言いますと?』

「森林から痕跡が出ないなら、切り口を変えるまでだ。引き算の思考さ」

 権三郎がメデューサに向かってウインクする。

『引き算、ですか』

「森だけが丘陵の全てじゃない」

『そうですが、しかし……』

「結局、事件の鍵は丘陵の『何処か』に落ちてるってことさ」

 権三郎の目が鈍い輝きを讃えた。

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