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ご都合主義探偵 権三郎  作者: TT93
第二章
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二章 6-10

二章 6


 小原はそこまで言うと、ソファから腰を上げ、壁のインターフォンを軽く押した。

「小原だ。思ったより長引きそうだから、冷たい飲み物と菓子を三人分持ってきてくれ」

 そう言い置き、またゆっくりと腰を沈めた。

「今まで茶菓子も出さずに失礼しました。まだしばらく続きますから、息抜きでも挟みながらにしましょう」

「そんな、お話を聞かせていただけるだけで――」

 恐縮した顔で権三郎が口を挟む。颯太も頷いた。

「我々にそこまでお気遣いいただく必要はありません」

「どうか遠慮なさらず。実のところ、私自身が喉を潤したかっただけなんです。九月とはいえ、まだまだ暑いですから」

 程なくして、若い職員が盆を手に現れた。グラスに入った麦茶と、切り分けられた羊羹。

「それでは、ごゆっくりどうぞ」

 そう言い残し、彼女は足早に退室した。

 小原はグラスを傾け、一息に三分の一ほどを流し込んだ。

「さ、どうぞ。この羊羹、見かけによらず侮れませんよ」

 爪楊枝で一切れを刺しながら笑みを浮かべる。

「ありがとうございます」

 二人も麦茶に口をつけ、静かに場が落ち着いた。

 小原が羊羹を飲み込み、改まった声を出した。


「さて。私がS県警から依頼を受けた経緯――納得した点と、不自然に感じた点とがあったことはお話ししましたね」

「はい、そこまでは」

「ではまず、納得した部分から。警察は私の経歴を調べたうえで、依頼の理由をいくつか挙げてきました。第一に、都内のT農業大学でクマ研究の第一人者として知られる大原教授が不在だったこと。ちょうど渡米中で、裏を取ったところ確かに事実でした」

「なるほど、第一人者がいなかった」

「ええ。そして第二に、北海道の大学で教授を務める中原先生。彼はヒグマに限れば国内随一と評判で、大原先生を凌ぐ部分もある。だが北海道から駆けつけるのでは時間がかかりすぎる――警察はそう説明しました」

「尤もらしい理由に聞こえますね」

「三つ目は、私自身の経歴です。実は私、大原教授の弟子だったのです」

「なんと!」

「若い頃、T農業大学の研究員として、長年助手を務めていました。ですから、クマの研究について一定の基盤はある。――ただし」

「ただし?」

「教授は研究者としては卓越していましたが、人を育てる気がまるでなかった。『生涯現役』が口癖でしてね。私はいつまで経っても助教授に推薦されなかった。十五も年下の私に跡目を継がせる気などさらさら無い、そう悟ったのです」

「……」

「そこで私は別の道を模索しました。目をつけたのがアライグマです。あれは外来種ですが、クマの遠縁にあたりながら、分類学上はイタチに近い――妙な立ち位置の動物なんですよ。近いようで遠く、遠いようで似ている。私はそこに魅せられた」

「面白いですね」

「ええ。畑違いではありましたが、独自に研究を進め、一定の成果を上げたことで他の教授から推薦をいただき、ようやく助教授になれた。もっとも、学内での予算は雀の涙。外来種の研究など価値がないと見なされたのです」

「アカデミアの世界も厳しいのですね」

「ええ。私は先の無さを悟り、大学を辞めてこの研究所を興した。――それが私の経歴というわけです」


 小原は小さく肩を竦め、続けた。

「こうした事情から、ピンチヒッターとして私に声がかかるのは理解できなくもなかった。ただし――」

「変に感じた部分、ですね」

「その通りです。国内には他にも優れた研究者が数人はいます。特に、業界で“ナンバー3”と呼ばれる若手がいる。しかも、彼はS県の大学の准教授で、まさに現地にいるはずなのです」

「それなのに、なぜ先生に?」

「そこが腑に落ちない。警察はやけに押しが強く、すぐにでも来てほしいと迫ってきた。……私のような小さな研究所の所長なら暇だろう、そう思われたのかもしれませんね」

 羊羹を刺した爪楊枝を皿に置きながら、小原の声が一段低くなった。

「要するに、警察が不自然なほど事を急いでいた。その違和感が拭えなかったのです」

「……なるほど」

「まあ、そのとき私が感じたことは以上です。そして――ようやくですが、当日の私の行動についてお話ししましょう」


二章 7


「あの日、警察から電話があったのは午後二時ごろだったと記憶しています」

 小原は記憶を探るように目を伏せ、ゆっくりと言葉を継いだ。

「電話口では――とにかく一刻も早く臨場してほしい、と。都合がつくかどうかは問わない、ただ急いで来てくれ、と」

 権三郎たちは無言で頷き、続きを促す。

「呼び出し先はS県の大学病院にある『法医学センター』でした。……その瞬間、私は大きな違和感を覚えたのです」

「驚いた、と?」

「ええ。我々研究者が臨場するのは、通常は“事故現場”です。獣害が確定している場合でも、私たちは医師でも獣医でもありませんから、遺体に直接触れることはほとんどない。現場で残された足跡や体毛、爪痕を調べるのがせいぜいです。人間同士の殺人における“鑑識”の仕事に近いでしょうか」

 権三郎は「なるほど」と相槌を打つ。

「ですから、大学病院に来てほしいと言われたときは頭が混乱しましたね。現場でもない場所に呼ばれるとは……。ですが幸い予定は空いていたので、取るものもとりあえず駆けつけました」

 小原の声には、あの日の胸騒ぎがいまだ色濃く残っていた。

「病院に着いたのは午後三時半ごろ。まず相談室に通され、刑事さんにこう告げられました――『法医学者が結論を出せず困っています。参考意見をいただきたい』と」

 室内の空気がひやりと冷たくなる。


「法医学者が結論を出せない……?」権三郎の眉がわずかに動いた。

「はい。私はその時点で察しました。行政解剖――つまり“犯罪性のない変死体”として調査が行われたのだと」

「なるほど。司法解剖ではなく」

「そうです。熊害では時に行われます。とはいえ、ツキノワグマと目星がついているのなら、そう難しい判断ではないはず。遺体検案書を作成するだけで済む話でしょう」

 小原は椅子に背を預け、苦い記憶を吐き出すように続ける。

「それでも刑事が戻ってきて見せてきたのは、三十枚ほどの写真でした。遺体の全身、損傷部位の拡大、正面・側面・背面……細部まで容赦なく切り取られた像です」

 しばし沈黙が落ち、部屋の時計の音だけが響く。

「……私はその写真群から、二つの強烈な違和感を覚えました」

「二つ?」権三郎が身を乗り出す。

「一つは“あるはずのものがない”。もう一つは“あるはずがないものがある”。まるでなぞなぞのようですが……」

 小原は苦笑し、しかしすぐに表情を引き締める。

「まず“あるはずのもの”――それは現場写真です。低山の公園だと聞いていましたから、足跡や爪痕が残っていたはずです。大雨の翌日であれば、なおさら明確な痕跡が残っていたでしょう。しかしそうした写真は一枚もなかった。まるで鑑識が入っていないかのように」

「ほう……」

「そして二つ目、“あるはずがないもの”。これは私にとって決定的でした」

 小原の声が低く落ち、場が張り詰める。

「遺体の胸部に――大きな掌の跡が残っていたのです」

 権三郎の背筋に寒気が走る。

「最初は信じられませんでした。文献を繰り返し照合しましたが、どうしてもツキノワグマの掌では説明がつかない。むしろ……」

 言葉が一瞬途切れる。

「それは、ヒグマの掌の跡でした」


二章 8


 「……ヒグマだと?」

 小原の衝撃の一言に、権三郎と颯太は同時に息を呑んだ。

「なんと! 本州でヒグマとは」

「うーん、それは確かに驚きです」

 二人の声に、小原は静かに頷いた。

「驚くのも無理はありません。ここは本州のど真ん中ですからね。常識的には、ヒグマなど存在するはずがないのです」

 彼はメガネを指で押し上げながら、当時のやり取りを振り返った。

「だいぶ逡巡しましたが、思い切って刑事さんにその見立てを伝えました。すると彼は『本州にヒグマ? バカな、あり得ない』と、一笑に付したのです」

 権三郎は眉間に皺を寄せ、声を低くした。

「一方的に呼び出しておきながら、その態度は失礼極まりない」

 颯太も顔をしかめる。

「刑事以前に、人としての礼儀を欠いてますね。同業者として恥ずかしいです」

 小原は苦笑し、少しだけ表情を和らげた。

「まぁ、私もその時は大人気なく腹を立てましてね。とにかく見解は示したのだから、と踵を返そうとしたのです」

「お気持ちはよく分かります」

 権三郎が神妙に頷く。

「ところが、刑事は急に慌てて『ご気分を害されたなら謝罪します。先生のご見解を法医学者に伝えますので、もう少しだけお待ち願えませんか』と打って変わって低姿勢になった。結局、私は留まることにしました」

 やがて刑事が戻ってくると、神妙な面持ちで告げた。

「『法医学の先生が、小原先生に遺体を直接見てもらいたいと申しております』と」

「そんなことが許されるのですか?」

「本来は有り得ません。ただ、あまりに特異な状況ゆえ、特例中の特例としてご協力を賜りたい、とのことでした」

「それで……遺体と対面なさった」

「はい。恐怖心はありましたが、元・熊研究者としての好奇心が勝ったのです」


 小原は息を整えるように間を置き、続けた。

「ただし対面する前に、法医学者にまず確認しました。──遺体に熊の毛は付着していなかったのか? 傷口から唾液や汗のような体液は検出されなかったのか? それらがあればDNA鑑定が可能だからです」

「返答は?」

「大雨で痕跡はすべて洗い流されていた、とのことでした」

「ふうむ……」

「やや訝しく思いながらも、私は遺体と対面しました。惨たらしい有様に吐き気を覚えましたが、必死で検分したのです。──胸部に残された大きな掌の跡。私は勇気を振り絞り、メジャーで測定しました。横幅十二センチ、縦幅十九センチ」

「それは……ツキノワグマの成獣ほどの大きさですね」

「ええ。しかし決定的なのは形状です。ツキノワグマは小指が不自然に短い。一方ヒグマは五本の指がなだらかな山並みのように並び、全体が分厚いグローブ状をしている。──遺体に残っていたのは、まさにヒグマの手形でした」

「ですが、大きさが……」

「仮説があります。成獣ではなく、亜成獣──つまり若い個体なら辻褄が合うのです」

「若者のヒグマ……」

「ええ。人間に例えれば中学一年生くらい、十二、三歳相当のオス。私の見立てでは二歳半前後。『ヒグマの中学一年生男子』とでも言うべき存在です」

 権三郎と颯太は思わず顔を見合わせた。

「ヒグマの……中一男子!」

「そう考えると合点がいく。しかも爪痕が浅すぎた。引き裂いたのではなく、引っ掻いた程度。熊は猫のように爪を引っ込められませんから、本来ならもっと深く残るはずなのです」

「確かに……」

「だから私は推測しました。──あの個体は、人為的に爪を切られていたのではないか、と」


二章 9


 小原の口から放たれた言葉に、権三郎たちは再び息を呑んだ。

「爪が――切られていた」

「ええ。ほぼ間違いなく」

 メガネの奥で、小原の瞳が鋭く光った。

「つまり先生の推論では、ヒグマのように巨大でありながら、中学生ほどの年齢に相当する個体で、しかも人の手で前脚の爪を切られていた……そういう熊が犯人だと?」

「ざっくり言えば、その通りです」

「それで、その後はどう展開したのですか」

 小原は静かに頷き、当時を振り返るように口を開いた。

「あの刑事とこれ以上言葉を交わしたくなくてね。法医学の先生を一人だけ相談室に呼び、私の知見から導いた推論を率直に伝えました」

「その法医学者の反応は?」

「『筋は通るかもしれないが、結論としては荒唐無稽だ』と」

「振り出しに戻ったようなものですね」

 小原の声は苦みを含んでいた。

「当時の私は引き下がるわけにいかず、腹部に残った噛み跡をさらに精査しました。だがそれも、ツキノワグマの成獣と断定するには弱かった。むしろ“甘噛み”程度で、食害の痕跡すらなかったのです。……それを説明しても、法医学者は目を泳がせながら『では小原先生の見解は揺るがないのですか』と問うばかりでした」

「優柔不断ですねえ」

「私も痺れを切らしました。そこで思い切って問い詰めたのです――『山上先生、あなたはいったい何を迷っているのですか』と」

 羊羹を口に運び、麦茶で流し込んでから、小原は続けた。

「その時でした。例の刑事が、ノックもなく突然入ってきたのは」

「あの無礼な刑事が」

「ええ。そして開口一番、『小原先生、あまり山上先生を困らせないで下さい』と。問い質すと、刑事は言いました――『山上先生が欲しいのは研究者としてのお墨付きですよ』と」


 権三郎は息を呑む。

「まさか……八百長鑑定を?」

「そうです。警察の腹は最初からそれでした。私を呼んだのは、ツキノワグマ説に“学者の署名”を添えるための方便だったのです」

 小原は一気に語り出した。

「近所の医師が“これは本格的に解剖すべきだ”と上申し、大学病院に回された。しかし法医学者は動物学に疎い。そこで『本当にツキノワなのか』と逡巡した。良心の呵責もあったのでしょう。だが所轄警察にとっては迷惑でしかない。だから、私に八百長を持ちかけたのです」

 刑事は笑みを浮かべながら言ったという。

『先生がツキノワの仕業と証言してくれれば、すべて丸く収まる』

「私が拒めば、『町のイメージを守るためです』と情に訴えてくる。さらに『万一ヒグマが出ても猟友会と内々に処理する』とも。私が『名誉は守れるのか』と聞けば、『今の小原先生はアライグマの専門家でしょう? 多少の誤りも昔取った杵柄で済む』と」


 権三郎は眉をひそめた。

「狡猾すぎる……」

「極めつけは、相談料を相場の三倍出すという条件でした」

 小原の声が沈む。

「私は――屈してしまったのです。研究所の修繕費が頭をよぎり……心が揺らいだ。今となっては悔やんでも悔やみきれません」

「先生……」

「結局、私は“ツキノワの仕業”と証言した。山上先生もそれに背中を押され、検案書を書き上げた。これで形式上は一件落着。あとは猟友会に託されたのです」

 小原は目を閉じ、深く息を吐いた。

「もし罪を問われるなら、甘んじて受け入れる覚悟です。私は罪人でしょうか?」

 その問いに、場は凍りついた。権三郎は即答できなかった。

「……ここで結論を出すのは早計でしょう」

「そうですね。だが、こうしてすべてを話せたことで、少しは贖えた気がします」

 小原は寂しげに笑った。


二章 10


 帰りの車内は、しんとした空気に包まれていた。

「小原所長……見た目よりずっと熱い人だったな」

 助手席の颯太がぼそりとつぶやく。

「ああ。醒めた人物かと思いきや、芯には真っ直ぐな炎を抱えていた」

 権三郎はハンドルを握りながら短く応じる。

「で、ゴン。これからどう動く?」

「輪郭が見えてきた。小原先生の話でな」

「例の“ヒグマ中一男子”のくだりか?」

「それが最大の収穫だ。だが他にもある」

 権三郎の声は落ち着いていたが、目は鋭さを増していた。

「まず確信した。これは単なる熊害事故じゃない。人間が必ず絡んでいる」

「だよな。他には?」

「警察の初動だ。鑑識は何をしていた? なぜ動きが鈍い? そこに意図があるはずだ」

「確かに……普通ならありえねぇ」

「遺体整復師からも証言を取る必要がある。だが筋書きはおおよそ読めている」

 颯太は苦笑いを浮かべる。

「まぁ、あの所轄ならな。やりかねん」

「次は“犯熊”の出処だ」

 権三郎の言葉に、颯太の眉がぴくりと動いた。

「やっぱそこか……」

「一つは動物園。爪が切られていたとなれば、逃走か、あるいは放棄の可能性だ」

「だろうな」

「もう一つは?」

「え、もう一つ?」

「一分やる。考えろ」

 颯太は腕を組むが、沈黙のまま。

 権三郎は「ブーッ、時間切れ」と昔のクイズ司会者のように言って肩をすくめた。

「サーカスだ」

「……あっ! そうか。すっかり忘れてた!」

 だが颯太はすぐ顔を曇らせる。

「でも、俺たちのガキの頃にはもう巡業サーカスなんてほとんどなかったろ」

「ああ。都市のホールでの興行が主流だったな。前売り券を買って観に行くスタイルだ」

「じゃあサーカスから脱走したにしても……ヒグマは調教が利きにくいんだろ?」

「子熊なら可愛いぬいぐるみだが、二歳を過ぎれば“反抗期”だ。扱いは難しい」

「クマの反抗期かよ……。迷惑の桁が違うな」

「そして最大の謎は“退”の方だ」

「つまり……行方不明?」

「そうだ。猟友会が見つけられなかったのは不自然だ。大人の熊ならともかく、若い個体があの丘陵地に隠れ切れるはずがない。飼育されていたなら、なおさらだ」

「確かにな……。いったいどこへ消えたんだ?」

「そこが核心だ」

 車内に沈黙が落ち、エンジン音だけが響いた。

 やがて権三郎が口を開く。

「頃合いだ。小原先生のおかげで手がかりは揃った。――始めるぞ」

 颯太は口元を吊り上げる。

「もうその段階か。早いな」

「ああ。今日中に“例の所”に申請を出す」

「一気に解決できるのか?」

「無理だ。段階を踏む」

「飛ばしすぎるなよ」

「フッ、俺を誰だと思ってる」

 軽口を交わす二人の間に、不思議な信頼感が漂う。

 事務所が近づく頃、権三郎が言った。

「ソータ。お前にはS市署の初動、特に鑑識の動きを探ってほしい」

「……また無茶を。ま、できる範囲でな」

「一課のエースを信じてるぜ」

「おいおい、それ現実とズレてんだろ」

「信頼の問題だ」

「はいはい、ありがたく頂戴しやす」

 さらに権三郎は付け加える。

「余力があれば、関東の動物園で不審な動きがなかったかも調べてほしい」

「完全に俺の職務外だが……まあ、ついでにな」

 二人は駐車場で別れた。颯太は笑いながら車を発進させる。

「期待すんなよ!」

「美味いネタを待ってるぜ」

 残された権三郎の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。


 事務所に戻ると、権三郎は固定電話を取り、国際回線を叩いた。

 数コールののち、外国人スタッフが出る。英語で事情を伝え、日本語対応を求めると、すぐに女性スタッフに切り替わった。

「こちら本部。どうされましたか?」

 怜悧な声が響く。

「関東ブロックS1号だ。A級相当の事案を調査中。通常調査の限界を超えた。特殊装備の解禁を要請する」

 一時間かけて状況を詳細に報告したのち、折り返しの連絡が入った。

「本部は案件をA級相当と判断。特殊装備の一部解禁を承認。まずはXA-A1……」

 権三郎は薄く笑む。

「了解。初動はそれで足りる。ロック解除を頼む」

「セーフティロックを解除します。ご武運を」

「ラジャ」

 受話器を置くと、権三郎は迷いなくリビングへ向かった。

 数日前、郁美にコーヒーの瓶を見せた食器棚の前で立ち止まる。

「――シークレットルーム、オープン」

 小さな声とともに、食器棚が中央から割れ、ギギギと音を立てて左右へ滑った。

 闇の奥に現れたのは、異様な空間だった。

 正面の台座には巨大な円筒状の装置。その表面には「WSDO」のエンブレムが刻まれている。

 権三郎が可動式チェアに腰を下ろす。

「ウルトラ情報解析システム――メデューサ、起動!」

 円筒が二つに割れ、内部から姿を現したのは石像のような胸像。

 髪の代わりにうねる無数の蛇。睨みつける双眸。

 ギリシャ神話の怪物、メデューサを模した異形のオブジェだった。

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