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ご都合主義探偵 権三郎  作者: TT93
第二章
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第二章 1-5

第二章「調査」

第二章 1


 鳩森郁美からの調査依頼を引き受けた私立探偵・大山田権三郎は、翌日からさっそく本格的な調査に乗り出した。

 事務所には朝の光が差し込み、机の上には読みかけの新聞と冷めかけたコーヒーの湯気がわずかに漂っている。昨日は依頼人との顔合わせで過ぎたが、今日はもう探偵としての「仕事の日」だ。


 権三郎は椅子に深く腰掛け、事務所備付の固定電話を引き寄せる。短い逡巡の後、記憶の番号を迷わず押した。数コールの呼出音が鳴り、やがて相手が出る。

「もしもし」

「ソータ、俺だ」

 受話器越しに聞こえる声は軽い調子を帯びていた。

「おう、どうしたゴン。また事件の相談か?」

 権三郎からソータと呼ばれた男は、開口一番そんな台詞を口にする。声に混じるのは余裕と、どこか退屈を持て余している響きだ。

「まぁそんなとこだ。ところでお前、いま何か面倒なヤマを抱えてるのか?」

「いや、最近はここ数年でも珍しいくらい平穏な日々でな。ウチの班は専ら待機モードさ。毎日退屈な書類仕事と格闘してるよ」

 笑い混じりの声が響く。権三郎は目を細め、口角をわずかに上げた。

「そいつぁ都合がいい。で、悪いんだがその退屈っぷりに乗じて、お前に一つ頼みたいことがある」

「いきなりだな。まぁ毎度のことか」

「悪いな。難事件はいつだって突然舞い込んでくるもんでね」

「ほー。また難事件か。今度はどんなんだ?」

 ソータが興味深そうに尋ねてくる。権三郎は一拍置いてから語り始めた。

「S県のとある町の、小さな山の中で獣害事故が起きたんだが、こいつがちぃとばかし妙な具合でな」

「獣害? 動物にやられたってことか」

「そうだ。十中八九熊の仕業だと思われる」

「熊か。ま、日本で獣害といったらやっぱり熊だよな」

「まあな。国産の猛獣の筆頭ってとこか」

「筆頭というか、日本じゃ他にいないだろ、アレに迫るようなヤツは」

「そんなとこだな」

 事務所の窓の外では、午前の風が木々を揺らしていた。穏やかな日常の空気と、これから語られる「異様な事件」の対比が際立つ。

「ところでS県といえばお隣さんだ、俺にもある程度知識はある。熊害が起こるとしたら、西部にあるT地区の山中くらいじゃないか?」

「違う、あそこじゃない。今回の舞台は中央部にあるH町だ」

「H町? そこはちょっと知らないな。てことはなにか、中央部の町の中で熊害が起きたってことか?」

「そうだ。しかもかなり小さな山だ。それにな……」

「それに、なんだ?」

「遺体の発見現場が妙なんだ。どこだと思う?」

「そんな問い掛けされてもな。山の中なんだろ。そうだな、道路の上にでも転がってたとか?」

「それならまだありそうな状況だ。何と今回は、公園の敷地内で遺体が見つかったんだ」

 ソータが息を呑んだのが、電話越しでも分かる。

「公園か! いやでも、一口に公園といっても色々ある。例えば『〇〇自然公園』的な感じに大きく開けた広大な公園なら、敷地内でそういう被害があっても可怪しくないんじゃないか?」

「いや今回はそういうタイプじゃない。四阿やベンチに加えて、展望台まであるような如何にも公園らしい公園だ」

「マジかよ……そんなところに遺体がか。確かにそれは普通じゃないな」

「明らかに普通じゃない。だが事実だ。ウソみたいなホントの話さ」

「中央部の、小さな山の中の、公園らしい公園ときたか。そいつぁ本格的に妙な具合だな」

 ソータはようやく納得したらしく、声色を改める。

「ところでゴン、俺に頼みってのは具体的にどんなことだ?」

 権三郎はそこでフッと息をつき、数秒の間を置いて語り始める。

「警視庁捜査一課のエース様の御威光に縋って、ちょっとある人物にコンタクトを取れるよう口利きをしてもらいたいんだ」

「なにぃ!? 俺は警視庁所属だぞ。お隣とはいえ他県警のナワバリに首を突っ込めってか」

 ソータの声色が狼狽の響きを帯びた。

「お前ならそれが出来ると見込んでお願いしている」

「相変わらず無茶苦茶だなお前は。うーん、まあ聞くだけは聞こうか。その『ある人物』とやらはどういうタイプの人種なんだ?」

「おそらくは大学の教授といったところだろうと読んでいる」

「なんだ、『ある人物』なんていうからもう人定が出来てるのかと思ったぜ」

「探偵の俺にそこまで踏み込んだ調査をするのは困難だ。そこで、お前の力を借りたい。まずS県のS市北署という所轄から、遺体の調査をした人物の名を突き止めて欲しいんだ」

 権三郎が低い声で囁くように言った。

 受話器の向こうで、ソータが小さく舌打ちする気配がした。


2章 2


 ウルトラハイパー探偵事務所の無骨なドアが、ドンドンと響いた。

「俺だ、ソータだ。約束通り来てやったぞ。ゴン、いるかー?」

「今開ける。ちょっと待ってろ」

 ガチャリとロックを外すと、そこには長身の男が立っていた。仕立ての良いスーツをさらりと着こなし、短髪に爽やかな笑み。道行く人が振り返るタイプのイケメンだ。

「よっ、ちぃとばかし久しぶりだな」

「悪いな、わざわざここまで。入ってくれ」

 促されるまま、神谷颯太は遠慮の欠片もなくずかずかと上がり込む。

「しかし相変わらずだなぁ。ここまで散らかってると逆に芸術だぜ。スタッフでも雇えよ」

「ウチにそんな余裕がないのは知ってるだろ。……ほら、座れ」

 権三郎が差し出したのは、頼りないパイプ椅子。

「なんだよこれ。客用ソファは?」

「おととい壊れた」

「おとといって……依頼人が来た日か? まさか依頼人に――」

「ああ、ちょっとばかり痛い思いをさせちまった。失態だ」

 颯太は呆れ顔で肩を竦めた。

「ふくよかなご婦人でも来たのかと思えば、普通の女性で壊れるって……ソファの寿命だな」

「その話は終わりだ。ほら、座れ」

「へいへい、ありがたく」


 颯太は渋々腰を下ろす。この男、権三郎の幼馴染であり、今は警視庁捜査一課の警部補だ。互いに親友と呼ぶ関係だが、権三郎に言わせれば“腐れ縁”の方がしっくりくる。

「コーヒーでいいか?」

「もちろん。ここに来て唯一の楽しみだからな」

「よく分かってるな。俺のスペシャルブレンドは天下一品だろ?」

「インスタントにしては最高級だな」

 褒めているのか貶しているのか分からない言葉に、権三郎は眉をひそめる。

「依頼人にも出してやったんだが、『普通』とかぬかしやがってな。これだから意識高い系は―」

「まあまあ。インスタントとしては一流だが、本物の豆と比べたら仕方ないさ」

「おい、ソータまで偽物呼ばわりか! これは俺が研究に研究を―」

「ストップ! その話はもう耳タコだ。能書きはいいから早く淹れてくれ」

 やり込められ、権三郎は渋い顔で立ち上がる。

「分かったよ。すぐ持ってくる」


 数分後、湯気の立つカップが卓上に置かれた。

「うん、美味い。インスタントとしてはな」

「余計な一言を付けるな」

 権三郎が睨むと、颯太は芝居がかった仕草で両手を広げる。

「おお怖い怖い。まるで獣の眼だ。さすが元グリーンべ―」

「やめろ」

 短い一言。空気がひやりと凍る。

 颯太はすぐ肩を竦め、話題を切り替えた。

「分かった分かった。本題に戻ろう。今日向かうのはどこだ?」

「T市にある『関東野生生物研究所』だ」

「研究所? てっきり大学かと思ったが」

「昨日、お前に調べてもらったセンセイ、今はその研究所の所長をしてるらしい」

「いや〜苦労したぞ。S県警の連中にしつこく詰問されてな。お前のせいで胃が痛え」

「おかげでアポは取れた。条件は“警視庁のエリート刑事様も同席”ってやつだがな」

「ったく、俺が巻き込まれるのはそのせいか……」

 颯太がぼやくのを横目に、権三郎はふと笑みを浮かべた。

「ただな、面白いことが分かった」

「面白いこと?」

「その学者先生、熊じゃなくて―アライグマ専門らしい」

 颯太は一瞬ぽかんとしたあと、声を漏らす。

「アライグマ? ……おいおい、獣害事件に結びつくのか、それ」

「さあな。ただ言えるのは、それも含めて随分とミステリアスな話だということさ」


第二章 3


 権三郎と颯太は事務所を後にし、裏手の駐車場へ向かった。アスファルトには午後の陽射しが鈍く反射し、残暑の匂いを帯びた風が吹き抜ける。社用車の隣、客用スペースには颯太の愛車がぴかぴかと鎮座していた。警視庁の給料でここまで磨くか、と権三郎は内心で皮肉を漏らす。もっとも、今日は非番のため官舎から直で来たらしく、その車はただの見物人に過ぎない。


「じゃ、乗ってくれ」

 権三郎が顎をしゃくると、颯太は「はいよ」と返し、慣れた動作で助手席に滑り込んだ。

 車が発進して間もなく、権三郎はハンドルを握りながら念を押すように口を開く。

「さっき言った通りだ。先生とは基本的に俺が話す。お前は立会人。必要以上に喋らなくていい。質問されたら最低限の応答で十分だ」

 颯太が眉を寄せる。

「そうは言ってもなあ。『今さら警察がなぜ』なんて、根掘り葉掘り来るのは目に見えてるぞ」

「そこは心配するな。詰問じみたものは俺がさばく」

「本当か〜?」

「俺の話術を信用しろ」

 颯太は鼻で笑う。

「普段は石みたいに黙ってるくせに、いざとなるとペラッペラだもんな。二重人格かと思うぜ」

「業務上のスキルだ」

 権三郎はそっけなく返す。

 実はそれだけが理由ではないのだが、ここは軽く躱すに留める。

「わかったよ。俺は脇役に徹する。他に注意点は?」

「そうだな……必要になったらアイコンタクトする。そのときはアドリブで一言頼む」

「おいおい、何も喋るなって言ったろ」

「“基本的には”って言ったはずだ」

「はいはい。じゃ、機転くらいは利かせてやるよ」


 やがて一時間ほど走った頃、郊外ののどかな景色の中に、白い看板が現れた。

「そろそろ着くぞ。ほら、あそこだ」

 権三郎が指さす。『←P 関東野生動物研究所』と黒字で書かれている。

 車を降りると、蝉の声がかすかに残る初秋の空気が漂っていた。研究所は二階建ての、やや年季の入った小さな建物だ。外観は公民館と見紛うほど質素で、とても学術的な威厳は感じられない。

「思ったより小さいな」

 颯太が呟く。

「同感だ。大学と連携せず、細々とやってるのかもな」

 二人は受付で来意を告げ、案内されたのは「相談室」と記された小部屋だった。白い蛍光灯に照らされた部屋には、横長のソファと簡素なテーブル。壁には山岳動物のポスターが数枚、色あせ気味に貼られている。

「さて、どんなセンセイが登場しますやら」

 ソファに腰を沈めた颯太が、期待と揶揄の入り混じった声を漏らす。

「胡散臭い人物像は期待するな。俺が知りたいのは、何を、どんな理由で隠しているかだ」

 権三郎は低い声で応じた。

 そう言い終わった直後、ノックもなくドアが開く。

「お待たせしました。ここの所長を務めております、小原と申します」

 現れたのは、五十代と思しき中年男性。覇気の薄い顔立ちに無地のスーツ。あまりにも普通すぎて、逆に拍子抜けするような人物だった。


二章 4


 所長が現れるや否や、権三郎はすかさず立ち上がり、腰を九十度に折って声を張った。

「大山田と申します。本日はお忙しいところお時間を割いていただき、誠に恐縮です!」

 その態度は営業マンのように腰が低い。隣の颯太も慌てて立ち上がり、「神谷です」とだけ告げて軽く頭を下げた。

 所長の小原は「では私も」と短く言い、テーブルを挟んだソファへ腰を下ろした。四角いメガネの奥からは、温度の読めない眼差しが向けられている。

「えーと、何とお呼びすればよろしいでしょうか。所長さんで?」

 権三郎が恭しく問いかける。

「小原で結構です」

 その声音は抑揚がなく、どこか壁を作ったように響いた。

「承知しました。では小原さん、まずはこれを」

 権三郎は胸ポケットから、赤地に金文字という悪趣味なまでに派手な名刺を取り出し、両手で差し出した。

 小原は受け取り、しばらく無言で眺めた。紙片一枚を見つめる視線には、胡散臭さを隠そうともしない色が浮かんでいる。

「……探偵さん、ですか。私はあなたを『警察に関連する人物』だと考えていましたが、少し予想外でした」

 口調こそ穏やかだが、目は明らかに警戒を帯びていた。

「たしかに昨日はそのように申し上げましたが、私の職業が警察と直結しているわけではありません。誤解を招くような言い方をしてしまったなら、申し訳ありません!」

 権三郎は深々と頭を下げたが、研究者の醒めた視線は変わらない。

「なるほど……騙し討ち、か」

 小原が吐き捨てるように小声で呟いた。

 しかし権三郎は眉一つ動かさない。

「ですが、私的な関係とはいえ警察との縁があるのは事実です。こちらは神谷颯太という現役警察官。長年の知己でして、個人的にも親しくさせてもらっております。―神谷さん、どうぞ」

 促され、颯太が名刺を差し出した。警察手帳まで見せることも考えたが、非番の今日それをさせるのは適切でない。代わりに、スーツの襟には捜査一課員の赤バッヂを付けてある。

「神谷颯太と申します。本日はよろしくお願い致します」

「……ほう、捜査一課の警部補さんとは。しかもドラマに出てくるような風貌とは驚いた。いやいや、実在するんですね、こういう刑事さんが」

 小原の声音が、わずかに和らぐ。やはり肩書きと赤バッヂの威力は絶大だ。

「恐縮です」

 颯太は軽く手を振り、愛想笑いでかわした。

「彼の言ったとおり、大山田さんとは個人的にも親しく―」

 間が持たないと感じたのか、颯太が打ち合わせになかった言葉を口にする。

 小原はクスリと笑みを漏らした。

「知人のフリはもう結構。要するに―お友達なんでしょう?」

 図星を突かれ、権三郎はわずかに狼狽した。だがすぐに開き直り、苦笑を交えて認める。

「一本取られましたな。先生の慧眼を甘く見ておりました。仰る通り、私と神谷君は友人に近い関係です」

「そんな迂遠な言い方を。まあ、守ってやりたい気持ちはわかりますが」

 小原は小さく失笑した。

「まあそれはいい。そこにいる刑事さんは本物のようだ。探偵さん、良い協力者をお持ちですね」

「公私混同と見られれば、神谷君に迷惑がかかりますから。その点は気を遣うようにしています」

 その言葉に、小原は一応納得した表情を浮かべた。

「失礼かもしれませんが、そうした『コネ』でもなければ、あなたが私と話す機会を得ることは難しかったでしょう」

「仰る通りです」

 権三郎は素直に頭を下げた。

「では――捜査一課の刑事を友人に持つ探偵さん。私に何を聞きたいのですか?」


 空気を変えるように、権三郎は声を強めて語り出した。

「なぜ私がこのような行動に出たのか。順を追ってご説明します。小原先生が熊害調査を担当された、あの事故についてですが……犠牲者には娘さんがおられました」

「ふむ、それで?」

「その娘さんが、『あれは事故ではない』と主張し、私の事務所へ依頼に来られたのです」

「……なんと。探偵事務所に?」

「はい。しかし当然ながら無理があると感じ、最初はお断りしようと思いました。ですが彼女は頑として譲らなかった。『警察は何もしてくれなかった』『猟友会も熊を捕まえられなかった』――そう言って、到底納得できないと」

「なるほど。とはいえ無理なものは無理と、突っぱねればよかったのでは?」

「もちろん突っぱねました。すると今度は、『探偵が引き受けないなら町役場を民事訴訟で訴える!』とまで言い出したのです」

 本当はそんな事実は無かったのだが、小原の証言を引き出す為、権三郎はあえて誇張を入れた。

「そこまで……。しかし民事では―」

「先生のご想像通り、弁護士が受けてくれる可能性は低い。それも説明しましたが、彼女は理解してくれませんでした」

「それで結局、依頼を?」

「ええ。恥ずかしながら」

「……そうでしたか」

 小原は黙り込み、しばし深刻な表情で視線を落とした。

「小原先生?」

 権三郎が声を掛けると、所長はやがて決意を帯びた顔を上げた。

「探偵さん、刑事さん。私は小さな研究所の責任者に過ぎませんが――それでも、研究者としての良心は持っているつもりです」

「小原さん……」

「いや、研究者以前に、人間としての良心、ですね」

「では……」

 権三郎が身を乗り出す。

「はい。正直に話しましょう。私があの日、どう過ごしたのかを」


二章 5


 小原所長はそう言うと、すぐには語り出さず、深く腕を組んで黙した。数十秒、いやそれ以上か。額に刻まれた皺が思案の深さを物語り、やがて重い口を開いた。

「今、考えていたのですが……あの日の出来事を話す前に、まず私自身の経歴を少し説明した方が、理解しやすいかと思いまして」

「なるほど。それはぜひ伺いたいです」

 権三郎が恭しく頷いた。

「ただし、その経歴に触れる前に、ひとつだけ最初にお伝えしておくべきことがあります」

 小原は伏し目がちに言い、言葉を探すように沈黙した。重苦しい間ののち、ようやく決心したように顔を上げる。

「――私は、熊の専門家ではないのです」

「えっ!? 今、なんと……」

 権三郎はわざと驚愕の芝居を打つ。

「実は……私の専門は『アライグマ』なのです」

「そ、それは一体……」

 目を丸くする権三郎。隣の颯太も同調するように大げさに肩を震わせる。

「アライグマ……?」

「はい。その通りです」

 小原は懺悔でもするように、苦々しい笑みを浮かべた。

「私はアライグマに関しては、それなりに深く研究してきた自負があります」

「ほう……つまり、その道の権威というわけですな」

「大げさに言うつもりはありませんが、一応、研究者の世界では『日本のアライグマ研究の第一人者』などと呼ばれることもあります」

 そう告げる顔に誇張はなく、ただ静かに重みだけが漂っていた。


 やがて小原は二人を見回し、ふと質問を投げかけた。

「ところで……クマとアライグマの関係を、あなた方はどう捉えていますか?」

「アライグマというのも、小型のクマの一種なのでは?」

 権三郎が即興で答える。

「私は……クマの亜種に近いのでは。喩えるなら兄弟とか、ご近所さんのような」

 颯太がひとひねり加えた推測を口にした。

「残念ながら、どちらも正解ではありません。神谷さんの答えは惜しかったですがね。――正しくは『遠い親戚』といったところです」

 小原は感情を交えず、ただ事実を置くように言う。

「遠い……親戚」

 権三郎が唸る。

「要するに、まったくの別物だということです」

 そこから小原は静かに分類学の講義を始めた。科、上科、目……。

 例えにヒト科や霊長目を持ち出しながら、まるで学校の教壇に立つ教師のように丁寧に説明していく。颯太は素直に頷きながら質問を投げ、権三郎は沈黙を保ちつつ清聴の姿勢を崩さない。

 科は兄弟。上科は親戚。目はさらに遠い血筋。そしてその外に広がるのは「哺乳類」という大きな枠。そこから先は他人であり、爬虫類まで行けばもはや別世界。

 比喩を交えながらの説明に、二人は素直に感心の声を漏らした。

「さて――長々と前置きをしてしまいましたが、ここからが肝心です」

 小原は咳払いをひとつして表情を引き締めた。

「なぜ、あの獣害事件に際し、アライグマ研究者である私に白羽の矢が立ったのか。警察から調査を要請されたとき、私は理解できる部分と……どうしても腑に落ちない部分の両方を覚えたのです」

 その声音には、いよいよ核心に迫るという緊張感が漂っていた。

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