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ご都合主義探偵 権三郎  作者: TT93
第一章
3/8

一章 13-15

一章 13


 突如として飛び出したその発言に、郁美は目を丸くした。

「えぇ、今からですかぁー!?」

「はい」

「本当に行くんですか? だってもう結構いい時間ですよ」

 時刻は午後3時半。現在、季節は九月の中旬である。日没までそこまで長々と時間は残ってない。

 郁美は漠然と、今日は事件の説明だけで終わると思っていたので、彼のこの提案はかなり予想外だった。

 だが権三郎は、そんな郁美の反応など全然気にすることなく平然としている。

「ここは都内のI区。S県の中央部あたりならそれほど遠くありません。車を飛ばせば、まぁ一時間ほどで着くと思います」

 権三郎がシャラッと言った。

「へ、車?」

 郁美がある単語にピクっと反応した。

「ん、車がどうかしましたか?」

 権三郎は悠然と構えているが、郁美はその存在に結構なインパクトを受けていた。

「いやその、ここにそんな贅沢品がホントに存在してるんですか? 」

 郁美はここが探偵事務所であるということは辛うじて認識していたものの、この男が車などという大層な装備を所有してるということに違和感を禁じ得なかった。

「ええ、ありますけど。それが何か?」

 探偵はいっちょまえに『何を当たり前のことを』みたいな顔でさらりと返してきた。

「うそぉ〜。客用ソファーに5円しかかけないような所に、マジで車なんてあるんですか?」

 意外さのあまり、本音がそのまま出てしまう。

 すると権三郎は、傲岸にもいっぱしの呆れ顔を作って、溜め息混じりに切り出す。

「鳩森さん、ウチは腐っても探偵事務所ですよ~。そりゃ建物は古いですし、お世辞にもキレイとは言えないですけど、これでも調査に必要なものはすべて、す・べ・か・ら・く・完備しておりますので!」

 探偵は『すべからく』の部分だけを、無駄に強調してそう力説する。

「はぁ、すべからく、ですか」

「ええ、すべからくことごとくです」

 そう語る権三郎の表情はどこか得意気だ。   

 郁美は若干イラっとした。でもそれを顔には出さない。

「すみません、けなしたつもりはないんですけど、かなり意外だったというか。その、不意を突かれた感じで」

「ほぉ、意外でしたか」

 権三郎がやや憮然とした表情を見せる。

「それは……だって5円の」

 郁美がそう口にしかけると、権三郎が途中で遮ってきた。

「もうそのことはいいじゃないですか。ええ、重々反省しております。二度と過ちは繰り返しませんので!」

 権三郎がヤケ気味に再度の謝罪を寄越してくる。

「そ、そうですね。あたしもちょっとしつこかったかも。ごめんなさい」

 まだ背中にわずかな痛みが残ってはいたが、ここは郁美が折れた。

「なら早速出発しましょう。善は急げです」

 そう言って権三郎はパイプ椅子から勢いよく腰を上げる。

「ちょ、ちょっと待って! シンキングタイム、プリーズ!?」

 郁美は似非バイリンガルという具合にそう口走り、返事を保留した。

「ま、急な申し出ですからな。とりあえず私はトイレに行ってきますから、その間にご判断を」そういって彼はトイレへ向かっていった。

 郁美は黙考する。

(まぁ冷静に考えれば探偵社に車くらいあるのは当然なんだけど、 ここの場合40年落ちくらいの棺桶に片足突っ込んでそうな超オンボロ(もちろん国産)が出てきそうな悪寒がするのよね……)

 彼女の脳裏に、そんな絵面が瞬時にイメージされた。権三郎は『飛ばす』などと威勢のよいことをいってるが、もし道中でエンコするハメになったら悲惨である。最悪、エンジンが煙を噴いて全壊する可能性すら予想してしまう。そのような悪夢に巻き込まれるのは御免だ。ゆえに郁美は即答を躊躇ったのである。

 権三郎は三分もしないうちにトイレから戻って来た。

「鳩森さん、どうですか、答えは出ましたか」

「すみません、もう少しだけ待って下さる?」

 内心の動揺が出たのか、今度はお嬢様のような口調になってしまった。

「あ、もしかしてこの後、何か別の予定が入ってらっしゃるとか?」

 迷っている郁美の様子を見て、彼はそのような推測をしたらしい。

「いえ。今日はもうとくに予定はありませんけど」

 郁美が言うと、権三郎はパッと明るい表情をみせた。

「それは良かった。ならやはり善は急げです。今日できることは今日中に片付けてしまいましょう!」

 権三郎が自己啓発本などに出てきそうな口上を朗らかに並べたてた。

(チッ。まずいわこの流れ。もー、何で正直に答えちゃうかなぁアタシはぁっ!)

 郁美は心中でそう悔やんだ。

「そ、そうですね。善は急ぐに越したことないですよねっ」

 郁美は頬をひきつらせながら、作り笑いを浮かべて適当に答える。

「そうそう、何事もスピードが命です」

 権三郎はウンウンと頷きながら、デキる男ふうの台詞を口にする。

「でも、でもね!  まだ混む時間じゃないとは思いますけど、それでも一時間やそこらで現地に行くには、かな~り飛ばさないと無理なんじゃないかとアタシは思うわけですよ。それって結構危険だと思うんですよね〜。ここはやはり、日を改めた方が無難なのではなくて?」

 この流れを何とか白紙に戻そうと郁美はあがいた。現場を案内する時は、できるだけ現地集合に近い形にしたい。

「んー?  どうも様子が変ですね。ははぁ、貴女もしかして、私と車で同行するのが嫌なのですか……?」

 図星を突かれて郁美はギクッとした。

「そんな!  滅相もないですわ、うふふ」

 シラを切ろうとする郁美だが、権三郎は猜疑に満ちた表情を崩さない。

「やっぱり何か変ですなぁ。さっきから妙なマダム口調になってるとことか」

 郁美はさらに狼狽える。それにしても妙齢女子に対してマダムは無いだろう。お嬢様と言え。

「それは……これが本来のあたしですから。つい地が出てしまっただけですわ」

 郁美が澄まし顔でそういうと、権三郎は哀れむようにポツリと言った。

「鳩森さん、嘘はやめましょうよ」

「やっぱり、無理がありますか?」

「はい、かなり」

「ですよねー」

「鳩森さん、嫌なら嫌だって正直に言ってくれていいんですよ?」

「……」 


 そのようなやりとりを経て、結局郁美は安全運転を絶対条件に権三郎の車へ同伴することにした。

「それじゃ、よろしくお願いします」

 郁美が殊勝に頭を下げると、権三郎は「なんか硬いですね~、リラックス、リラックス」などといって快活に笑った。

「それにしても、いま日が落ちるのってだいたい6時くらいですよね? 急がなくても十分間に合うのでは?」

 ダメ押しするように郁美が言うと、権三郎は軽く頷くようにして答える。

「確かに十分間に合うでしょう、現場の公園にはね。だがついでといったら何ですが、せっかくの機会だ、出来るだけМ山付近も明るいうちに散策したいのですよ」

「ああなるほど、そういうことでしたか」

 それなら急ぎたい理由も分かった。

「もちろん、М山を軽く調べた後はご自宅の近くまで送っていきますよ。鳩森さんもその方が楽でしょう?」

 権三郎がそのように申し出てくれる。

「でも、さすがにそこまでは」

 郁美はとりあえず遠慮した。

「あ、もしかして最寄り駅までは車で行ったとか?」

「いいえ、徒歩です。免許は持ってますけど自分の車は持ってませんから」

「ならやっぱり、近くまで送りますよ」

「んー、でもなんか悪いですし」

 遠慮がちな郁美の態度に、権三郎は首を傾げているようだ。

「もしかして、お住まいになられてる地域を私に知られたくないとか? ははは、大丈夫ですよ。これも仕事の一環です。あくまでついでということでよいではありませんか」

「別に、そういうことは心配してませんけど」

 実際タダの遠慮だった。

「ではなぜ? あ~。ひょっとして、私がストーカーみたいな真似をするんじゃないかと危惧してるとか?」

「さすがにそれはないですよ。分かりました。お言葉に甘えることにします」

 権三郎の軽口に、思わず苦笑する郁美だった。


一章 14


「よし。今度こそ参りましょう!」

 権三郎は再び勢いよくパイプ椅子から立ち上がった。

「準備とかはいいんですか? 例えば懐中電灯とかそういうのは」

 安全運転を絶対条件に課した郁美としては、山を散策する頃には照明器具が必要になってくるだろうとの読みがあった。

 できれば虫除けグッズなども欲しいところだが、あえてそこまでは言わない。

「道具類はだいたい車内に積んであるので大丈夫です。さあ急ぎましょう!  時間が勿体ない」

 ここの車、意外にも装備に抜かりはないらしい。最もどこまで信用できるか怪しいものだが。

「はぁい。了解です」

 郁美はハンドバッグを手に取った。

 そして権三郎は、本当に何の支度もせずそのままスタスタと出口へ向かい始めた。郁美は慌てて立ち上がり、言われるまま彼の後を追う。

 ドアから出る時、郁美は結構な長時間この事務所にいたような錯覚を覚えた。実際には一時間半ほどだったのだが。良くも悪くも密度の濃い時間だったということだろう。

 権三郎がポケットから鍵束を取り出してガチャリと施錠する。流石の彼も外出時は鍵くらい掛けるようだ。

「そういえば探偵さん、契約書のサインは本当に後回しで大丈夫なんですか? 正直いって、サインのためだけに近いうちもう一度来てくれみたいのはしんどいんですけど」

 郁美が思い出したように聞くと、権三郎はこう答えた。

「そんなのはいつでも構いません。私は貴女を信用した、それだけだ。ただ貴女がそういうのを気にするタチでしたら、書類入りの返信用封筒を送りますのでご安心を」

 その言葉で郁美は安心し、少し嬉しい気持ちにもなった。

「承知しました。郵送にするかは今日中に決めますね」

「とにかく私は早く現場を見たい。今はそれが最優先です」

 権三郎は既に調査モードのスイッチが入っている様子である。

 ちなみに郁美は、調査費用については惜しみなく払う覚悟ができていた。既にかなりまとまった資金を用意している。

 父の生命保険金が相当な額入ってきたからだ。

 事件の真相が分かるのなら大金を投じても惜しくはない。郁美にとってこれはそういう種類のお金だった。

 遺産の一部を探偵料に活用したいという彼女の意向には兄が結構な難色を示したのだが、郁美の熱心な説得に折れ、今は納得してくれている。

 妹は二つ返事で了承してくれた。

 なので金銭面の心配は不要だったが、それにしても探偵の契約というのはそんなに大雑把なものなのかと郁美は少し不思議な気分だった。

「でも、口約束だけで動き始めると調査料を取り損ねるリスクもあるんじゃないですか?」

 せっかく権三郎が燃えているのに、郁美はまたテンポを損なうような発言をしてしまった。彼は自分信用してくれたのだ。それで十分ではないか。我ながらもう少し黙ってられないものかと嫌になる。

 すると権三郎は、掌で鍵束を弄びながら口元をニヤリと綻ばせた。

「契約やら手続きなんてのは付録みたいなもんです。私にとって大事なのは、それが難事件かどうかだけですよ」

 そして権三郎は、さあ行きますよといって階段をスタスタと降り始める。

「あ、待って〜」

 郁美は彼の背中を追いながら今の言葉を反芻する。格好いい台詞ではあったけど、こういう猪突猛進タイプの人物は隙も出来やすいのではないか。誰か支えになってくれる人がいたほうが良いのでは? なんてことを考えてしまう。

 だが郁美のそんな想念は、ギシィッ、ミシィッといった軋み音に遮られた。

「探偵さん、もう少しゆっくり降りませんか。この階段、音が煩くて」

 そう言ったが、権三郎は振り向きもせずに「大丈夫ですよ。まだ腐蝕まではしていない」とニベもない。

「しかも、狭いし急だし、ついでに汚いわで……転んで怪我する人とか、いないん、ですかぁ……?」

 郁美は息を切らしながらさらに問いかけるが、権三郎は容赦なく早足で降りていく。

「なあに、その辺は慣れですよ」

 そりゃアンタは慣れてるからいいでしょうよと内心で毒づくが、息切れでもう言葉を発する余裕もない。階段を降りきって小さなエントランスに辿り着いたところで、郁美は権三郎を呼び止める。

「探偵さん、ストップ。ちょっとだけ休ませて……」

 ゼイゼイと喘ぎながら郁美はその場にしゃがみ込んだ。

「鳩森さん、意外に体力ないんですな」

 権三郎が少し嘲るような調子で言ったので、郁美はイラッとしたものの、今は言い返す元気もないので一言だけ呟いた。

「それは、か弱い乙女ですもの……」


 郁美の呼吸が整ったところで、二人はビルを出て路地を歩き始めた。

「暑っ。最近の九月は残暑厳しいですよねー」

 開口一番郁美がぼやく。道に出た途端ムワッとした暑気が襲ってくるのだから堪らない。来た時も勿論暑かったが、昼下がりになっても気温は全く下がってないようだ。事務所のクーラーはボロかったものの、一応は快適に過ごせたので、ギャップが身に応えた。

「確かにね。ここ数年の気候はちょっと異常ですな」

 権三郎も辟易した表情で追従してくる。

「探偵さん、その上着脱がないんです? 見てるだけで暑さが増すカンジ……」

 郁美が如何にもダルそうに言う。

「駐車場はさして遠くないんでね。車内で脱ぎますよ」

「駐車場まではだいたい何分くらいです?」

 権三郎の少し斜め後ろのへんを歩きながら郁美が問うた。

「体力のない貴女でも疲れない程度のものです。ま、5分くらいですかな」

 権三郎が例の調子でけしかけてきたが、暑さが郁美の闘志を萎えさせている。なので彼女は穏やかに権三郎をやり込めてやろうと思った。

「そのくらいなら良かった。ところで聞きたいんですけど、あの建物って築年数どれくらいなんですか?」

 権三郎は少しの間をおいて「オーナーが言うには、確か今年で41.2年目辺りじゃなかったかな」と言った。

 郁美はそこでほくそ笑む。

「へえ〜。なら老朽化が問題になって、遠からずあのビルも取り壊しになっちゃうかもしれないですね。そうなったら探偵さん困るのでは?」

 権三郎が渋面を浮かべた。

「まあ、その時はその時です。ケ・セラ・セラの精神ですな」

 強がるように言う彼の表情からは、権三郎もそのことを多少なりとも心配してる様子が伺えた。

 予想通りとはいえ、四十年越えというのは

やはり結構なインパクトがある。郁美は他人事ながら彼の行く末が少し気になった。郁美としても自分の依頼を解決してもらうまであのビルを壊されては困るのだ。とはいえ、現時点でそこまで考えるのは杞憂というものだろう。

 権三郎がしばらく黙ってるので、これは薬が効きすぎたかなと思った郁美は、雰囲気を変えることを含めてあることを思いつく。

「探偵さん、まもなくコンビニの横通りますけど、ちょっと寄ってきません? 暑いですし、冷たい飲み物があったほうがいいでしょ。ついでにサンドイッチなんかも買っとけばベターかなって」

 そう提案すると、権三郎は満更でもない表情を浮かべた。

「いいですな。М山散策まで視野に入れると休憩が必要になるでしょうしね。寄りますか」

 そして二人はめいめいの好みで飲み物とパン類などを選んだが、会計の際に権三郎が『ここは自分が奢ります』と言ってきた。

「え、いいですよ。自分のぶんは自分で出しますから」

 郁美が辞退しようとすると、権三郎は「まあいいじゃないですか」と言って郁美のカゴの中から商品を自分のカゴへと移した。

「今日の調査は私が半ば強引に話を進めたところがありますからね。そのお詫びといったところです」

 素直にそう言われると郁美も断りづらくなり、ここは出してもらうことにする。

「そういうことなら、お言葉に甘えますか」

「よしなに」

 会計を終えコンビニを出た時には、先ほどの硬い空気はすっかりほぐれていた。

 コンビニ袋片手に権三郎の後をついて少し歩いていくと、交差点が近づいてくる。そこで彼は右方向を指差して言った。

「そこを右に曲がると、まもなく当事務所の貸しスペースのある駐車場に着きます」

 郁美はそこであるワードが気になった。

「当事務所? 探偵さんの1台分じゃないんですか」

 すると唐突に権三郎が笑い出した。

「はっはっは。関東随一たる我が事務所に、客用駐車場が無いわけないでしょう!」

 権三郎によると、社用車の1台分の他に客用駐車スペースが3台分、計4台分を契約しているとのことである。

 郁美はそれを聞いて「分不相応」という言葉を思い浮かべたが、もっといえば「生意気だ」と思ったのだが、あえてそれには触れず違う質問を投げかける。

「なんだー、駐車場あったんですねえ。留守電では何も言ってなかったから、無いのかと思ってました。でも何で留守電で『P有り』について触れてないんですか?」

 すると権三郎は、痛いところを突かれたとばかりの表情を見せた。

「いやー、P有りに付いても留守電に入れたかったんですが、ウチの電話の留守録機能の限界でしてね。その、秒数が足りないのですよ」

 権三郎は恥じ入るかのような下目遣いでそう告げた。

 矛盾を感じた郁美がすかさず突っ込む。

「それなら、例えば客用駐車場を1台分減らすなりして高い電話機を買えば済むことなのでは?」

 どうせ3台分も必要ねーだろという本音は胸に秘めて、差し当たり無難な指摘をする。

「いやそれがね、ホント稀ですがいちどきに複数の依頼人が来ることもあるのですよ。あと意外に多いのが、依頼人と関係者がそれぞれの車に分乗してくるパターンでしてね。そういった事態に対応するため3台分が必要な訳でして」

 権三郎はさも適切な対応のように言うが、郁美はどうにも釈然としなかった。そもそも広告を出してる気配はまるでなく、大半は例の留守電経由か、或いは口コミで来る依頼人であろう。事務所のドアや窓ガラスにも駐車場についての表記は一切無かった。こんなにも発信力の無い探偵社が、ごく稀にしかないケースのために、3台分もの客用スペースを契約するのはムダな出費以外の何物でもないだろう。この男は探偵としての腕は未知数であっても、経営者としては三流だと現時点で断じざるを得ない。

「差し出がましいようですが、そういう場合はコインパーキングを使ってもらえば済む話なのでは。このへん、沢山ありそうじゃないですかコインパーキング。実際ここに来る途中にも二つほど有りましたし」

 郁美は生来のお節介ぶりが自然に発動し、まるで問い詰めるかのような口調でそう言ってしまった。

「あの、何か微妙に怒ってません? もしかして事前に知ってたら車で来るつもりでしたか? しかし先ほど車はお持ちでないと。あ、もしかしてお兄さんの車を借りるつもりだったとか?」

 権三郎は、郁美から地味に責められてるように感じたのか、妙に早口になってそう言った。

「いえ、兄は車通勤だし休日もだいたい車で出かけるからアテにしてません。亡くなった父の車はあたしには大きすぎたし、税金も高いので売ってしまいました。なのでどのみち電車で来るつもりでしたけど」

 郁美がそう告げると、権三郎は少しホッとした表情を見せて口を開く。

「なら、そんなムキにならなくてもいいじゃないですか。これもウチの経営判断ってことで。さあ、こんな所でムダ話をしてたら日が暮れてしまいますよ!」

 権三郎はそのように話を打ち切って、郁美に歩行を促した。事実、この会話中は互いに足が止まり数分を使ってしまった。傍から見れば男女が路上で揉めてるように思われたかもしれない。まあ、ある意味それに近いものはあったのだが。

 歩きながら、ひとまず郁美は冷静になることにした。

「すみません。あたしもちょっとウザいですよね。今後はもう少し静かにします」

「別に気にしてませんよ鳩森さん。さ、そろそろ着きますぞ」 

 交差点を右折して程なく、そこそこ広さのある駐車場が視界に入ってきた。十数台の車がポツポツと停まっている。敷地内に入ると、権三郎はある1台の車に向かって進んで行った。

「これがウチの社用車です。いまロック解除しましたので、助手席へどうぞ!」

 その車を前にして、郁美は軽く驚愕する。

「こ、これはっ!!」


一章 15


 郁美の大袈裟なリアクションに権三郎がビクッと反応する。

「ど、どうしました鳩森さん?」

「普通ねっ!!」

 それが郁美の感想だった。

「確かに商業車としてはごく一般的な部類でしょうな」

 車は典型的な大衆車クラスのワゴンタイプだった。

 特に古くも新しくもないといった印象で、まるで商業車のテンプレートのような機体である。カラーも無難な白で、無個性そのものだ。

 郁美はぐるりと廻りながらひとしきり車体を観察し、満足げに頷く。

「うん、いい、とってもいい! これなら大丈夫そうっ」

 郁美は胸元で両拳を握りしめ、テンション高くそう言ってから、深い安堵の溜息をついた。

「はあ……ホッとしたぁ」

「ホッとした? なんだかなぁ。ともかくお気に召されたなら良かったです」

 権三郎が若干の戸惑い顔を見せて言う。

「もーう探偵さん、やれば出来るじゃなぁ〜いっ!」

 郁美は破顔一笑して権三郎に近づくと、その肩をバンバンと叩いた。

 権三郎は呆気に取られたような顔をして「ど、どういたしまして」と呟いた。

「それにしてもあなた、私のコーヒーを『普通』と評してだいぶ不満げな様子でしたが、車が普通だと何でそんなに嬉しそうなんです?」

 権三郎が不審げな目で尋ねてくる。

「それは、基準をどこに設けるかによりますね!」

 郁美が快活に答えた。

「基準?」

「基準を高く設定すれば、『普通』は期待ハズレってことになりますし、逆の場合だと、それはラッキー♪ってことになります」

「なるほど」

「つまり、ソータイ的な問題ってことですよ!」

「はぁ、相対的ねぇ……」

 権三郎はイマイチ納得してない様子でそう零す。

「ただ、これだけはちょっと頂けませんね」

 郁美がそう言って指差したのは、サイドドアに刻印されている事務所の名前だった。性懲りもなく例の特撮ヒーロー風字体である。

「まあ、このくらいは大目にみましょう」

 郁美が腕を組んで偉そうに言った。

 権三郎は憮然とした表情を浮かべていたが、やがて気を取り直したように言う。

「とにかく、コーヒーよりは気に入ってもらえたようで良かったです。さ、乗って下さい」

「はぁい。お願いしまーす」

 郁美は上機嫌にそう応え、ドアノブを掴んだ。


 車が発進する。車内はごく静かで、乗り心地もゴツゴツした感触は無いので足回りも安定してるようだ。郁美は完全に安心した。

「このクルマはいつ頃買ったんですか?」

「買ったのは2年半前くらいですが、例によって中古ですよ」

 権三郎は上目遣いで車道の青看板を確認しながら素っ気なく答えた。

「年式はどのくらいなんですか?」

「〇〇年ですから、9年前の製造ですね」

「なーんだ、9年なんてまだまだ。十分にヤングですよ!」

 郁美が人間に喩えるような言い方をした。それは40年と比べればそうだろう。比較対象が古すぎる。

「ま、決して新しくはないですが今のところ問題なく使えてますね」

 権三郎が淡々と言った。そして彼は声のトーンを変えて続ける。

「鳩森さん、H町へ行くルートはさっき地図でざっと頭に入れましたが、可能ならあなたができるだけナビゲートしてくれると助かります。お隣とはいえ私はS県の中央辺りには余り詳しくないですからね。恥ずかしながらカーナビも付けてませんし」

 郁美は今時、それも探偵社の車にカーナビが無いなどあり得ないと思ったが、それも一瞬のこと。この事務所のオンボロさ加減にもだいぶ慣れたので、マイナス方面ではまず驚かなくなってきている。それに郁美はかつて父や兄の車に同乗してきて、地元のS県から都内へ抜ける道順は何ルートも覚えてきた。家族から車を借りて自身で都内まで行った事も幾度かある。

「了解です。これでも県内の道路事情はそれなりに把握してる自信がありますから、たぶん力になれるかと」

「それはありがたい。では私が間違った方向へ行きそうになったら早めに教えて下さい。それと、現地に近付いたら細かい道順も」

 権三郎はそう言うと、ドアのラックから本のマップを取り出して郁美に手渡した。

「S県のページは32ページです。そこを開いておいて下さい」

「了解でーす」

 郁美が言われた通り指定のページを開く。

「とはいえ、おおよその道順は頭に入ってます。とりあえず地図は膝の上にでも置いといて、あなたは飲み物でも飲みながら寛いでてください」

「はーい」

 権三郎は特に迷う様子もなく、正しいルートで国道に向かってるようなので、郁美は一安心とばかりにボトル式缶コーヒーの蓋を開けた。


 そのまま5分ほどは特に会話もなく、淡々とした時間が流れた。郁美はコーヒーにちょびちょび口を付けながら車窓から流れる景色を黙々と眺めていたが、やがてそれにも飽きてきた。

(しかし、ずいぶんチンタラと走ってるわね……)

 郁美はちょくちょくスピードメーターに目をやっていたが、権三郎は先ほどから概ね50キロ前後しか速度を出してないようだ。

 自分が彼に安全運転を強要したので文句は言えないが、軽ではない、標準的な排気量の車でこのくらいのスピードだとかなりスローモーに感じてしまうのも事実である。

「はぁ。どーも地味に退屈ですね。このままだと寝ちゃいそう。探偵さん、何でもいいから何か喋って下さいよ」

 郁美がそんな勝手なことを言うと、権三郎は一瞬だけこちらに顔を向けてから言う。

「たしかに、全く音が無いのも気詰まりですな」

「ええ」

「それなら歌でもかけますか。CDならこの車に何枚か積んでますのでね」

 トークでもラジオでもなくCDと来たのは少し意表を突かれたが、郁美は特に異存なかった。

「いいですね。それじゃ、探偵さんが普段よく聞いてる曲でも聴かせて下さいよ」

「ほう、それでいいんですか?」

「ええ、ちょっとばかし興味もありますし」

 そんな郁美のリクエストを受けた権三郎の横顔は、少しばかり嬉しげにみえた。

「ようし。では、ミュージックスタート!」

 権三郎はトレイを開閉させることなく、いきなりプレイボタンを押したようだ。

 チャララら〜と、何やら古臭くて重々しいイントロが流れてきた。

(げ、なにこれ)

 いかにも昭和全開なイントロを聞いているだけで、何やら嫌な予感が頭をもたげてくる。

『♪ いつぅぅも おいらのぉ こころはよぉぉ〜』

 冒頭からおっさんとおぼしき歌手のパワフルなボーカルが炸裂した。

『おまえのぉぉ ことをぉ もとめてるうぅぅ〜』

 ピクリと、郁美のこめかみ辺りにシワが寄る。

 そこから数フレーズを我慢して聴いていたが、サビに入る頃にはそろそろ耐え難くなってきた。

『♪ うぅ〜〜ん だきしめた はだぁの ぬくもりぃぃ〜〜』

 謎のおっさん歌手は陶酔の極みといった調子で切々とサビを謳い上げている。

 もうダメだと、郁美は限界を感じて権三郎に頼んだ。

「探偵さん、悪いんだけど、このCDはちょっとやめにしません?」

 すると探偵の横顔に、明らかな不服の色が浮かんだ気がした。

「え、ここからがいいとこなのに……」

 郁美は媚びるように続ける。

「その、こういう懐メロみたいのもたまには良いと思うんですけど、ホラ、いま私達調査に向かってる訳じゃないですかぁ。なので砕け過ぎるのもどうかと思って」

「しかし、退屈で寝てしまいそうだと言ったのは貴女ですぞ」

「まぁそうですけど」

「しかも、私が普段聴いてるものでよいと言いましたよね」

 権三郎の口調はいかにも不満げである。

「たしかに言いましたけど、あたし、こういうレトロチックなのは正直ちょっと趣味が合わないっていうか……」

 郁美は遠慮がちに本音を告げた。

 すると権三郎は、溜息混じりで残念そうに言った。

「まあ貴女のような若輩の者に、権俵大三郎を理解しろというのはムリがあったかもですな」

「ごんだわら、だいざぶろう?」

 郁美がまるで聞いたこともない名前だった。誰だそれは。

「昭和中期に世を席巻した大物歌手です。あなたくらいの歳なら知らなくても無理はないですけどね」

 郁美は、お前だってあたしと六つしか違わないだろうとツッコミたかったが、とりあえず適当な相槌をうつことにした。

「なんだ、探偵さんの名前と感じが似てるから、親戚か何かと勘違いしそうになりましたよ」

 郁美はとぼけたふうにそう言って、切り口を変えようとしたが、権三郎の返しはシニカルだった。

「ま、権俵ワールドの豊穣な味わいを楽しめるのは大人になってから。お嬢ちゃんには十年早かったということですな。私の選択ミスです」

 さすがに郁美はムッときた。

「何よ! さっきから人を子供扱いして。これのどこが豊穣ですって? こんなのタダのリアルジャイアンじゃない!」

 だが郁美のそんな罵倒にも権三郎は動揺をみせることなく、黙ってインパネの棚を開けた。

「申し訳ない、私も言い過ぎた面はありましたな。確かにあなたが仰るとおり、この状況で権俵大三郎は少し賑やかが過ぎるかもしれません。ここは無難にジャズでもかけましょう」

 権三郎はそう言って、棚の中にあるCDの束を指差した。

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