五章 5-8
五章 5
尋問の対象も残すところ一人となった。
アジトリーダーのA。
権三郎はオクトパスの触手を全て収納すると、付属のマニュピレーターと大型モニターも格納させる。代わりに小型のモニターをオクトパスから拠出して手に取った。
権三郎は再び本体上部を切り離し、照明用の円盤として真上に控えさせた。
「オクトパス、スタンバイ」
権三郎の一言で、オクトパスの下部が緩やかに地上へ舞い降りる。そしてオレンジ色に光る目がゆっくりと点滅を始めた。
パチン、パチンと頬を叩く音がした。
地面の上にゴロンと横たわった男は、その衝撃で意識を取り戻し、ゆっくりと目を開き始める。
男の目に、最も見たくない人物の姿がぼんやりと映り始めた。
「よう、A。数十分ぶりだな。気分はどうだ?」
軽い調子でそう語りかけてくるのは、『探偵』を自称する謎の男X。
Aは夢うつつの状況から現実に引き戻された。これから展開される成り行きを想像すると、Aは暗澹たる想いに囚われる。
権三郎は、ベリッ! と豪快に口元のテープを引き剥がした。
「イテテ、もっとゆっくり剥がせや…」
Aが表情を歪めて抗議してくる。
「ゆっくり剥がしたつもりだが?」
権三郎がシレッと言った。
「ウソつけ、一瞬だったじゃねえか」
Aは唇を尖らせて言う。
そのとき、権三郎はAにバチーンと強烈なビンタをかました。
「テメェ、いきなり何すんだ」
Aはまだ虚勢を張っていたが、その口調は弱々しい。
「A、貴様態度がデカい。己の立場を弁えろ!」
権三郎の叱声が飛んだ。
「テメェ、今の時代にこんなやり方が許されると思ってんのか」
Aの発言に、権三郎は高笑いで返した。
「笑わせんのもたいがいにしとけよ。貴様の口から、『今の時代』なんてワードが飛び出すこと自体がギャグなんだよ」
「暴力で口を割らせても、正式な証拠とは認められんぞ」
Aはまだ小理屈を述べ立ててくる。権三郎は容赦なく、さっきとは反対側の頬にビンタを見舞った。
「イデエ! やい銀ピカ、俺が訴えたらテメェ左遷だぞ!」
「だから刑事じゃねえって何度いや解る。それによく見ろ。もう銀ピカじゃねえ」
アーマーモードは解除され元の白スーツに戻っている。
「そいや最初はその姿だったな。あんときゃテメェがここまでとんでもねえ奴だとは想像してなかったぜ」
権三郎はAを睨み据えると、鋭く言った。
「悪いが貴様と楽しくトークするつもりはねえ。これから尋問を始める。俺の質問には全て偽りなく正直に答えろ。いいな」
「嫌だと言ったら?」
Aがふてぶてしい面構えで挑発してくる。それに対し権三郎は、彼の額に指を近づけ強烈なデコピンで応えた。
「痛えっつってんだろコラ! この暴力探偵が」
手脚を拘束されたAは、大袈裟に身を捩ることで痛みをアピールする。
「お前、さっきからうるせえなぁ…。おいAよ」
権三郎はデコピンをもう一発追加すると、「お前の口から正論が飛び出す度に、こっちゃあ笑いを堪えてんだ。察しろ」と冷たく言い放つ。
「あ、悪党にも人権ってもんがな…イテッ」
権三郎は三度目のデコピンでAの言葉を遮った。
「テメェ…いい気になりやがって」
Aの瞳が屈辱に歪んだ。
権三郎は、Aの頬をぴたんぴたんと軽く叩きながら、息がかかる距離まで顔を近づける。
「確かに貴様は俺を殺すことを暫く躊躇っていた。しかし、結局最後は容赦なく殺そうとしてきた。その時点で、俺がお前に手心を加える義理は無くなったってことだ」
権三郎はスラックスからロッドを取り出すと、30センチ程度と短めに延ばした。
「A、この赤いスティック、覚えてるよな?」
権三郎は右手に持ったロッドを、左の掌にパシンパシンと当てながら、Aに見せつける。
「例の警棒か。そりゃ覚えてるさ。さっきはソイツで気絶させられたんだからよ」
Aがじつに嫌そうな顔をした。
権三郎はサディスティックな笑みを浮かべて言う。
「貴様がそういう態度じゃあ、またこの警棒に活躍してもらうしかないんだよなぁ。いやぁ、俺もなるべく拷問みたいな真似はしたくないんだけどねぇ」
権三郎の芝居ががった言い草に、Aは目を吊り上げて反駁してきた。
「もう既に拷問だろうがっ!」
その瞬間、赤い棒がAの胸に振り下ろされた。
「うぎゃあ!」Aの上半身がビクンと痙攣する。
「今までのは前フリに過ぎん。Aよ、ここからが本番だぜえ〜」
権三郎がロッドをペロリと舐めた。
権三郎が改まった口調で問う。
「まずは貴様自身の罪状を訊く。といってもまだ組織全体の話じゃねえ。俺が知りたいのは、3ヶ月前のH町ヒグマ騒動の一件だ」
「ふん、どうもオメェはあの件に執着してるみてえだな。なぜそこまで拘る?」
その時、ゴンザブロッドがAの右腕に軽く振り下ろされた。
「イテッ!」Aが小さく呻いた。
「この段階でお前を弱らせすぎるわけにもいかん。訊くことはたくさんあるからな」
権三郎が冷徹に言い放つ。
権三郎はロッドグリップのツマミ部分をAに見せつけながら言葉を続けた。
「このゴンザブロッドはな、威力を自在に調節できるのさ。さっきパワーを落としておいた。今の一撃がほぼ最弱だ。それすら地味に効くだろ?」
Aは唇をプルプルと震わせている。
「お前が無駄口を叩くたび、お仕置きの一発をくれてやる。精々学習するこった」
「チッ、分かったよ」
Aが渋々という調子で言った。
「A。部下の三人からだいたいの経緯は聞いた。特にDの証言は極めて役に立ったぜ」
「くっ。裏切り者めぇ…」
バシッ! ロッドが左腕を叩く。
「ぬおっ!」Aの目が大きく見開かれた。
「部下を恨むのは筋違いだ」
「分かった分かった、質問に答えてりゃいいんだろ」
Aが不貞腐れたように言う。
「最初に訊く。なぜあのヒグマを不要と判断した?」
「某国のサーカス団に販売するつもりで、子熊の頃からDに調教させていた。先方は2歳になる前の受け渡しを希望していたが、金額が折り合わなくてな、交渉が難航しちまった」
「そりゃサーカス団の方にも問題があるんじゃねえのか?」
「…Dが交渉下手なんだよ。肝心なとこで強気に出られねえから、先方に足元みられていいように値切られちまうのさ」
「他からの需要は無かったのか?」
「皮肉にもその時期に限って、他国からも若いヒグマのオーダーは皆無だったんだ。そうこうしてるうちにヒグマはドンドン大きくなって、先方の希望に叶うもんじゃなくなった。しかも野性味が出てきて、Dの命令を無視することも増えてきた」
「熊の反抗期ってとこか」
「そんなとこだ。で、このまま飼ってても維持費ばかりかかってコストが嵩むだけ。俺はそう判断し、Dに責任を取らせることにしたんだ」
「お前が上役として交渉に加わることは出来なかったのか?」
「俺の得意分野は主に狩猟だ。獲物を狩ったあとは肉を闇業者に卸したり、牙や角を裏ルートに流したりとかな。ここの責任者になってからは捕獲や交渉にも多く関わるようになったが、メイン役はBや飼育班の連中に任せることが多かった」
「ボスとして貴様も修業中だったってとこか」
「嫌な言い方しやがる。ま、当たってるがな」
権三郎は一拍置いて、尋問を再開する。
「話を本筋に戻す。一口にヒグマを山中に放逐するといっても、普通に考えりゃ大仕事だ。いくらDが調教役だったからといっても、一人で行かせるのは無理筋だろう。なぜサポート役を付けなかった?」
「一つは、Dに教訓を与える為だ。交渉に失敗すれば面倒な後処理が待ってるということを身体に覚えさせてやろうと思ってな」
「ふん、モノは言いようだな。で、他には」
「あのヒグマは、反抗期にこそ入ってたがDのことを親のように思ってたのは間違いねえ。それはD自身も確信してたはずだ。だから俺は、むしろサポートを付けねえ方が安全だと踏んだんだ」
「他のスタッフがいると、却って邪魔になるってことか」
「ああ。ヒグマを下手に刺激したら、D以外のヤツらを襲いかねねえと思ってな」
「…何だか上手く言い包められてる気がするが、一応筋らしきものは通ってるようだな」
権三郎が渋々理解した様子をみせると、Aは少しばかり溜飲を下げたようにニヤリとした。
権三郎の尋問は続く。
「次に、Dがヒグマを逃がした後の流れだ。Dの話では、お前は最初ヒグマを捕獲するつもりだったようだな。事実麻酔で動きを止めたそうじゃないか。なぜ急に殺す気になったんだ?」
「…探偵さんよ。アンタ知ってて聞いてんだろ? あの事故で死人が出たってことをよ」
「質問に質問で返すな。貴様は黙って答えりゃいい」
「へいへい。そうよ、俺は最初捕獲するつもりだったぜ。殺しちまったらDの奴が俺を逆恨みしかねねえと思ってな。だが、事情が変わったって訳だ」
「…続けろ」
「Dがヒグマを逃がした道路はよ、どうもハイキングコースの途中にあったようでな。Bと警備班の数名は、そのハイキングコースを登って探索に向かったらしいんだが、その終点にあった公園で、人間の遺体を発見したということだったようだ。つうか、俺自身も後でその公園に行って確認したんだがな」
「それで?」
「麻酔で動かなくなったヒグマを回収する方法を考えてたとき、警備の奴から通信が入ってな。『脱走場所から少し離れた所で人間の遺体を見つけた、Bの見立てではあのヒグマに殺られた可能性が大』とのことだった。俺としてもブッたまげたぜ。コイツぁもう熊一匹の処分なんかにかまけてる場合じゃねえって、素早く頭を切り替えたって寸法よ」
「そこで、最大の『証拠』であるヒグマそのものを消すことにしたんだな?」
「そうさ。あの夜は幸か不幸か大雨が降り出したもんで、血や体液は雨が洗い流してくれると踏んだ。夏至の頃でもあったし迷ってる暇なんざなかった。即決さ」
「それにしても、なぜ対物銃なんて使ったんだ。あんな化物ライフルで撃てば、肉片が派手に飛び散って後始末が大変になるのは分かりきってただろう?」
Aは『その化物ライフルがアンタのスーツにゃまるで効かなかったんだけどな』と小声でぼやいてから言った。
「簡単な話だ。あんときゃ俺のM82しかその場になかったからだ」
「Dは、お前に撃てと命じられたと言ってたぞ?」
「Dはルガー、アイツ自身の銃を持ってきて無かったのさ。それだけ襲われない自信があったんだろうよ。俺はそれまでに何度か、Dのやつにバレットの試し撃ちをさせたことはあった。いつも土嚢の上からだったけどな」
「なるほどな……かなり腑に落ちたぜ。しかしもう一度訊くが、貴様はなぜ普通に猟銃を使わねえんだ?」
権三郎はこの点にかなりの違和感を持っていた。
Aは上目遣いで考えるようなゼスチャーをみせたあと、やがて口を開く。
「俺は軍上がりだ。ボツワナにいた頃、この密輸団にスカウトされたんだが、任された仕事は専らゾウやサイの屠殺ばかりだった。キバやツノが主に上の求めるニーズだったってわけよ」
「それにしても対物銃ってのは過剰じゃねえか?」
「巨獣の生命力は半端ねえんだ。猟銃で急所に撃ち込んでも即死はしねえ。遠距離から対物銃で顔面ごと吹っ飛ばすのが安全だったんでな。それに俺の場合、猟銃は軽すぎて逆に扱いづれえ」
「アフリカならともかく、日本にゃそこまでの巨獣はいねえだろ。バレットなんざ無用の長物だろうに」
「ここに来てからは捕獲がメインになったからな。使うのは主に麻酔銃さ。ダメージを与える必要のあるときは、部下の連中に任せてたってとこだ」
「ならバレットなんて尚更不要だろう?」
「この関東アジトを任される前は北海道のアジトでサブリーダーやってた時期があってな。そこではヒグマを割と頻繁に狩ってた。そのさい、俺は主に後衛を務めてたのさ。前衛の奴等が撃ち漏らしたとき瞬殺できるようにな」
「で……その後もバレットを使い続けてたってことか」
「あれはまあ、権威の象徴みてえなもんだ。関東に来てからは実際に使うことは殆ど無かった」
Aはそこまで言うと「銃の話はもういいだろう」と小声で呟いた。
「貴様があんな銃を使ってなければ、犯罪組織と結び付けて考えることは無かったかもしれねえ」と権三郎が言うと、Aに『今更。結果論だ』と軽くいなされた。
Aは『えーと、熊を消すことにしたって辺りまで話したんだっけか』と前置きしてから、再び語り出した。
「ヒグマは動きを止めてたから、腕力のねえDでも当てるのは簡単だったはずだ。結局アイツは、可愛がっていたヒグマを自分で殺すことに耐えられなかったのよ。だから俺が殺った。それだけだ」
「ヒグマを殺した後、Dにサポートを付けて屍体を遺棄させに行ったようだな。貴様はそれからどう動いた?」
「Dから聞いたか。『屍体を遺棄』なんて簡単に言ってくれるが、体重が130キロもある巨獣をトラックに移送するだけでも凄まじく面倒だったんだぜ。とにかくその後、俺の頭の中にあったのは『隠蔽工作』の四文字だけさ。最初にやったのは、ヒグマ殺害現場の証拠隠滅の指示だな。飛び散った肉片やら骨片の片付けを警備班の連中に任せた。俺自身はまず、人間の遺体が出たっつう公園に向かってジープを走らせたよ。当然だろ、現場をこの目で確認しねえことにゃ生きた心地がしねえ」
「それで、お前自身も確認したのか」
「ああ。Bの見立て通り一目瞭然だったぜ。遺体の状態は熊に殺られた以外にゃ考えられなかった。特に胸の傷痕が顕著でな。前脚で叩かれた跡だ。大きさから推定して間違いなくウチのヒグマが殺ったのは確定だった」
「そこからは、どうした?」
「本チャンの隠蔽工作に決まってんだろ。本部に緊急応援を速攻で依頼した。要は泣きついた訳さ。その公園一つとっても、ヒグマの足跡がたくさん残っててよ。逃走現場から公園までの山道だってかなりの長さだ。雨のせいで足跡はクッキリ残ってやがるしよ、どんだけ面倒な作業になるかと想うと、気の遠くなる思いだったぜ」
「で、大人数で深夜のトンボ掛けか」
「ああ。あの公園は現場そのものだったから、そりゃ念入りに均したぜ。あとは毛なんかが落ちてないかと警戒してよ、業務用の強力なクリーナーなんかも一通りかけたりしてな」
「本部からの応援はどのくらいの人数が来たんだ?」
「ざっと30ってとこだな。無論、ウチのアジトも総出で当たったから、総勢で五十近くもの人間が深夜の山中でせっせと隠蔽工作に励んでたって絵面よ」
「そりゃあ、想像するだけで壮観だな」
「実際壮観だったぜ。オマケに雨は弱まるどころか、強さを増す一方だったしな」
「人間の遺体に対して偽装工作は行わなかったのか?」
「飼育班に闇医者がいるって言ったろ。そいつに検分させて意見を聞いたところ、『大雨が良い具合に体液などの物証を洗い流してくれてる。ここは遺体を変に弄らないほうが得策だ』と言ってな。そいつはさらに『ツキノワグマと誤認してくれる可能性が高いと予想されます、それに賭けましょう』と言ったんだ」
それからも暫くのあいだ、権三郎はAから聴取を続けたが、その後の話はDの供述と被る部分も多く、権三郎は纏めに入ることにした。
「A、人的被害が出たことをDに隠そうとしたのはなぜだ?」
「アイツがそれを知れば、奴の性格的に暴走する可能性があると思ったからだ」
「お前らにとっての暴走とは、警察に自首するとか、そういう意味か?」
「その通りだ」
「A、そこまで隠蔽工作に必死だったのは何故だ?」
「決まってる。警察の捜査と専門家の調査を恐れたからだ。分かりやすいのは足跡さ。当然だが熊には後ろ脚もある。あのヒグマの前脚の爪は切ってあったが、後ろの方は切ってない。専門家にあの足跡を見られたら、ツキノワじゃないと見破られる可能性は十分に有った」
「A、あの時期はちょうど夏至の辺りで、悪天候でも夜明けはかなり早かったはずだ。それだけのマンパワーをかけても、証拠を隠滅しきれたという自信は持てなかったんじゃないか?」
「ああ、持てなかったね。あれだけ頑張っても、俺達が引き上げた後の現場周辺は不自然極まりなかったと思うぜ。証拠はかなり残ってしまったはずだ。俺達の存在に疑いが向かなかったのは、ひとえに警察がいい加減だったおかげさ。それに、猟友会のレベルも低かったんじゃねえのか? まぁ本州にゃヒグマはいねえから、仮に痕跡を見つけてもツキノワだと頭から決め付けただけかもしれねえけどな」
「A、リーダーのお前をはじめ、貴様らのアジトは本部からどのようなペナルティを受けたんだ?」
「幸いサツが俺達に疑いを向けた様子は無かったからな。俺は本部幹部からの降格は免れ、厳重注意とメンバー全員に対しての減俸処分だけでコトは済んだ」
権三郎は、М山熊害事件に関しこれ以上の情報は引き出せないだろうという所まで詰め切った手応えを得た。そしていよいよ、尋問の最終フェイズに踏み込むことにする。
「A。よくここまで詳細を語ってくれた。一言だけ礼を言ってやる。ありがとう」
権三郎のその一言に、Aは露骨な渋面を浮かべた。
「アンタに礼を言われても調子が狂うだけだ。むしろ寒気がするんだが」
権三郎はゆっくりと頷いて答える。
「A。お前の不安は正しい。ここからが第二ラウンドの始まりだ」
Aがゴクリと生唾を呑み込む音が聞こえた。
「これより、最終尋問を開始する!」
静寂の中で、権三郎の声が高らかに鳴り響いた。
五章 6
権三郎の宣告を受け、Aの表情が一気に曇った。
「さ、最終尋問だと。これ以上話すことがあるのか?」
Aがすっとぼけた口調で言う。しかしその目が泳いでいることを権三郎は見逃さない。
「またまた〜、分かってるくせにぃ」
権三郎が茶目っ気たっぷりに応じる。
「さ、さぁ。想像つかねえなあ」
Aの白々しい対応に、権三郎の眼が猛禽の如く鋭いものに変わった。
「決まってんだろ! 本部だよ。ほ・ん・ぶ! この密輸団の本部施設の在り処を教えろってことだ!」
Aは泣き笑いするような表情をみせ、懇願口調で迫ってくる。
「た、探偵さんよ。済まねえがそれだけはど〜しても喋れねえんだ。どんな状況であってもな。頼む! 勘弁してくれねえか」
権三郎は返事の代わりにロッドのダイヤルを廻して、Aの首へ無造作にそれを押し当てた。
「うぐあっ! ごふぅ」
Aは一瞬白目を剥いて、上半身をビクンビクンと痙攣させた。
「情に訴えても無駄だぞ、A」
権三郎が氷のような眼差しを向けた。
「俺には、依頼人ファーストという信条の他にも幾つかのポリシーがあってな」
Aが話を聞ける状態なのかはお構い無しに、権三郎は一方的に喋り続ける。
「一つ、出来る相談とそうでないものはキッチリ分ける、ということ」
権三郎が指を一本立てる。そして、ニヤリと笑って一言付け加える。
「可燃ゴミの日に不燃ゴミは出せねえだろう? それと同じことだ」
ハァハァと荒い呼吸をしているAに、権三郎は容赦なく言葉のナイフを突き立てていく。
「二つ、悪ってやつは、根絶やしにしない限りいつまでも毒花を咲かせ続ける。ゆえに中途半端は意味がねえってことだ」
権三郎がVサインのように二本指を立てて言った。
「三つ、仲間は大切にする。基本だが大事な点だ。どんな優秀な人間でも一人で出来ることは限られてる。だから手柄はちゃんとシェアしねえといけねえ」
権三郎は指を三本立ててAの眼前に突きつけた。
「四つ、先送りに本質的な意味は無い。ならばやるべきことは早めにやっておくのがベターということ」
権三郎が四本目の指を立てて言う。そして話はまだ続く。
「A。ここで俺に教えなかったとこで、どうせお前の行く先は取調室だ。警察の取調べは昔よりソフトになったとはいえ、連中はとにかくしつけえぞ〜。何日もの長きに渡って、ネチネチネチネチやってくんのは目に見えてる。ある意味電気ショックよりキツいんじゃねえか?」
その口調には諭すような響きが含まれていた。ただそれがAに届いているかは分からない。
権三郎は虚脱状態のAを見下ろしながら、「以上だ。そんな訳で貴様の願いは却下する!」と、締めの台詞を吐いた。
それから一分ほど沈黙の時間が流れたのち、ショックから回復した模様のAがボソリと呟いた。
「探偵、お前が俺達を警察に引き渡したとこで、俺達は何にも喋らねえぞ」
権三郎は「ほう」と一言。
「俺達犯罪者には『黙秘権』つう素晴らしい権利が与えられてるんだ! ヤクザみてえなどっかの探偵よりは、取調室のほうが余程人権を尊重してくれるだろうさ」
権三郎が苦笑した。
「『犯罪者』と認めてるとこが笑えるな。普通そこは『容疑者』だろう?」
「言い方なんざどうでもいい。とにかく俺は何も喋らねえ」
そう言うと、Aはすっかり意固地になったように口を閉ざした。
権三郎はおどけるように少し首を傾げたあと、徐ろにポケットからボイスレコーダーを取り出した。
『おいD! テメェドジもたいがいにしとけよ!』『すみませんBさん〜……』
ボイスレコーダーからBとDが会話している音声が流れ始める。
「て、テメェ、それは……」Aの顔が蒼白になった。
権三郎は澄まし顔で答える。
「つい先日、このアジト内で行われていたやりとりさ。誰と誰が喋ってるかは、一目瞭然ならぬ一聴瞭然だろ?」
Aが表情を歪めて「どんな方法でそれを…」と呟く。
レコーダーからは、明瞭な音質で録音された会話が展開していく。やがて話題はМ山熊害事件に及び、Bをはじめ警備班連中がDを責め立て嘲笑し、Dはひたすら平謝りという局面に進む。
「B君は典型的なイジメっ子キャラだねえ。虫酸が走るわ〜。さっき、もっといたぶってやりゃよかったかな」
権三郎が軽く後悔するように言った。
『よさねえか、B』『あ、アニキ、いつからそこに〜……』
やがて、会話に割込む形でA本人が登場する局面に入った。
「つっ!」Aの表情が引き攣る。
「いやぁ、この時の君は格好良かったねえ。まさにボス! って感じでさあ」
権三郎が茶化すように言った。
権三郎は適当なところで再生を止めると、Aの眼を覗き込むように凝視する。
「Aく〜ん、これで理解できたかな? 君が幾ら黙秘したところで、既にネタは上がってるってことに」
Aは頬を引き攣らせながら苦々しげに目を閉じた。
権三郎は追い討ちをかけるように畳み掛けていく。
「証拠はこれだけじゃねえぞ。ついさっき、BCD三人の証言も録音した。いや、映像付きだから録画かぁ。中でもD君はとても協力的でね、美味しいネタをたくさん提供してくれた。まさに大漁ってやつさ」
権三郎は舌なめずりしながら楽しげに語る。
Aが怒り心頭とばかりに怒鳴り散らす。
「こんなもん違法だ! 探偵、警察でもねえオメェが、盗聴やら拷問で引き出した証拠なんざ、採用される訳ねえだろうがっ!」
権三郎が人差し指をぐっと突き出して言う。
「Aよ。お前は自分にコトが及ぶと一般人みたいな物言いをするよな。それって見苦しいと思わねえか?」
Aは子供のように喚き散らす。
「うるせー! とにかくこんなの無効だ。捏造だ。作り話だ。テメェが俺達を嵌めるために仕掛けた小細工にすぎねえっ」
権三郎は突き出した人差し指を折り曲げて、顔の横にピンと立てると、口許に笑みを浮かべて言った。
「Aく〜ん、君は情報が古いねえ」
「な、古いだと?」
「時代というのは変化していくんだよ〜。勿論法律だって例外じゃない。君は20XX年の刑法改正をご存知無いのかな〜?」
権三郎のその一言にAが動揺をみせる。
「なんだ、その改正ってのは?」
「犯罪における証拠の入手経路についてさ。これ、めっちゃ規制が緩くなったのよね。知らなかった? まぁその様子じゃ推して知るべし、か」
「なんだその『緩くなった』てのは?」
「問われるのは『証拠としての説得力』のみになったのさ。それさえ満たせば、結果オーライ、文句無しに採用! というふうに変わったんだよ」
「なんだそりゃー!!」
Aが絶叫する。
「経路なんてどうでもよくなったわけ。だ・か・ら、俺が抑えた証拠は全て正式に認められるってことよ」
「バカな! ありえん。オラァそんな大ボラ信じねえぞ」
「信じようと信じまいと、貴様はこれから取調室や法廷でイヤというほど現実を知ることになる」
権三郎が得得と語った。
「そこまで言うなら証拠を見せろ!」
権三郎は傍らに置いてある小型モニターを見ながら言う。
「この機器は特定の作業専門でな。インターネッツなんつー便利なものとは繋がってないのよ。残念ながら」
権三郎が腕を組みながら空々しく言った。
「やい探偵! それがホントの話なら、この世は冤罪だらけになっちまうぞ。そこはどう説明する?」
「貴様は正真正銘の罪人だろうが。憂えるような立場かよ」
権三郎が小馬鹿にするように言う。そして続ける。
「入手経路は問わずとも、信頼性は従来通り深く吟味される。別に冤罪が増えたなんて話は聞いたこたねえなぁ」
「と、とにかく俺は信じねえぞ! そして何も喋らねえからな!」
Aはヤケを起こしたように喚きちらす。
「聞け、Aよ。仮にだ、パラレルワールドというのが実際にあったとしよう。そちらの世界では今まで通りの法律が適用されてるかもしれない。しかし、俺達が存在するこの『世界線』においては、刑法が大幅に変わったというのが紛れもない『真実』だ」
権三郎が尤もらしい顔をして語った。
「メタ発言で煙に巻こうとすんじゃねー」
Aが悲鳴さながらに叫ぶ。
「A。その手のワードは堂々と口に出すな。裏でヒソヒソ言うもんだ」
「テメェだって世界線とか言ってただろうが!」
「A、もうよせ。違う意味で『消される』ぞ」
権三郎が意味深? な台詞を吐いた。
「うるせー! こうなりゃ貝になってやる。見猿聞か猿言わ猿だ!」
Aのメンタルはもはや、玩具売り場で駄々を捏ねる子供並みに退行していた。そんな彼の額に-
バシッ! とロッドが振り下ろされた。
「うぎゃあああ!!」
Aが全身をバタつかせて絶叫する。
「A、これが最終尋問と言ったよな」
権三郎が氷の眼差しを向ける。
「さっきも言ったが、ゴンザブロッドはこのツマミで威力を調節する。最大パワーでぶち当てりゃ、まぁ人間なら殆どが死ぬな」
「な…なんだぁ…またお得意の脅しかぁ…」
Aが息も絶え絶えに言った。
「今の一撃がちょうど真ん中辺のパワーレベルだ。これから少しずつ出力を上げて折檻するわけだが…」
権三郎はツマミをクイクイ弄りながら平然と恐ろしげなことを呟く。
「俺、不器用だからさ。こういう微調整みてえな作業は苦手なのよ」
権三郎がニコッと微笑んで言った。
「な、なんだと……」
Aが虚ろな瞳を向けてくる。
「ちなみに次は心臓を叩く」
権三郎がストレートに予告した。
「し、心臓……」
Aの眼がますます虚ろになる。
「もしも俺の手元がちょっとばかし狂って、ツマミを捻り過ぎちまったらよぉ…」
権三郎はそこでワザと若干の間を空けた。
「な、なにがいいたい…」
Aの顔が脂汗にまみれる。
「弾みで、お前のこと殺しちゃうかもしれないな!」
権三郎が白い歯を見せてとびきりの笑顔を見せた。
五章 7
その一言で、Aは寒さに震えるように歯の根を鳴らした。
「た、探偵、正気かよ……」
「もちろんさ」
「仮にオメェがここで俺を殺しちまったら、そっちも刑務所行きだぜ。それでもいいってのか」
「確かにな。少なくとも過失致死罪には問われるだろう」
「それだって軽くねえだろ。後悔しねえのか?」
「するかもしれないし、しないかもしれない。なってみないと分からないね!」
権三郎はピースサインを掲げ、にこやかに笑った。
Aは引きつった顔で唾を飲み込む。「イカれてやがる……」
権三郎はロッドのツマミを覗き込み、慎重に指先を動かす。やがて動きを止め、静かに息を吐いた。
「よし、設定完了。おそらく――死ぬことはねえ。ギリギリ後遺症も残らんレベルにしたつもりだ」
そう言うと、Aの左胸へロッドを構える。
「じゃ、いくぞA。覚悟はいいな」
右腕がゆっくりと振り上げられる。
Aは半泣きで鼻水を垂らしながら、声を震わせた。
「フンッ!」――ロッドが閃き、空気が裂けた。
「ギブアップ! ギブだギブ! 吐く、吐きゃいいんだろ!!」
ロッドはAの胸に届く寸前で止まった。電光のような寸止め。
「全部ぶちまけてやる。だから、殺さないでくれぇぇ!」
その叫びが、山奥の夜気を切り裂いた。
権三郎はようやくロッドを下ろし、額の汗を拭う。
そして、密輸団本部の特定に入る前に相棒・神谷颯太へ連絡を入れた。
「ソータ、待たせたな。俺だ」
「遅えぞゴン! もう八時だぞ。何時間待ってたと思ってる」
「悪い悪い。尋問が長引いた。ボスがなかなか口を割らなくてな」
「チッ、そういうことなら仕方ねえか。超高級レストランのフルコースで許してやるよ」
「分かった分かった。最高級の店に連れてってやる。楽しみにしてろ」
軽口のあと、権三郎は声の調子を引き締めた。
「俺の仕事はあと一息。残るは本拠地の特定だ。スパコンで解析する。だからそろそろこちらに向かってくれ」
受話器の向こうで何か声が混ざり、すぐに颯太が戻ってきた。
「おう、もう向かっていいのか?」
「ああ。こっちが片付く頃に、お前が着くのが理想だ。今どこにいる? 例のポイントか?」
「そうだ。菓子パンと缶コーヒーで命を繋いでる最中さ」
「なら30分だな。地図は頭に叩き込んだか? 四駆も確保したか?」
「バッチリだ」
「よし。初動は例によってお前に任せる。警官隊はそのあと呼べ」
「へいへい。……ただ、今回は規模がデカそうだな」
「それは自分の目で確かめてくれ。じゃ、切るぞ。最後の仕事が残ってる」
「了解。すぐ行く」
「山道は狭い。慎重にな」
通話を終えた権三郎は、Aのもとへ戻った。
「A、本拠地の住所を言え。番地まで覚えてるな?」
「バカにするな。これでも記憶力は悪くねえ」
権三郎は小型モニターを取り出し、ピンマイクに語りかける。
「メデューサ、ハイパーモード起動。これから言う住所を映像で表示してくれ」
『了解。どうぞ』
権三郎がマイクをAの口元に向ける。
「言え」
「東京都〇〇区☓▲2-14-3」
メデューサの声が即座に返る。
『確認完了。解析に入ります』
数分後、モニターに映像が浮かび上がった。
薄い靄の向こう、白い外壁の三階建てがゆっくり姿を現す。
夜の街灯に照らされ、窓の一部は青白く光っていた。
企業ロゴの看板は曇ったレンズ越しにぼやけ、まるで闇に沈みかけた巨大な船のようだった。
その無機質な静けさに、権三郎は知らず身震いする。
「こうしてみると、一般企業の社屋にしか見えねえな」
「表向きは商社だ」Aが感情のない声で言う。
「本当にここで間違いないな? もし嘘なら、地球の裏側まで追いかけるぞ」
「安心しろ。もう嘘つく元気もねえ」
「……分かった。信用する」
権三郎はメデューサに続けて命じた。
「録画開始。社屋を全方位から撮影だ」
『ラジャ』
メデューサのハイパーモードは、衛星と監視網を束ね、関東一円の映像を自在に切り取っていく。
その間に権三郎はAへ追加の質問を済ませた。
「株式会社▲■物産。代表は〇〇☓☓だな」
Aはロボットのように答えるだけだった。
ついに訊くべきことは尽きた。
権三郎はゆっくりと口を開いた。
「A、お別れだ。今から貴様の口を塞ぐ」
「やっとアンタから解放されると思うと、嬉しくて目眩がしそうだぜ」
「牢獄でせいぜい悔い改めて生きろ」
「余計なお世話だ。アンタの面は、一生忘れねえ」
「嬉しくないラブコールだな。じゃ、やるぞ。口を閉じろ」
拘束ツールでAの口を塞ぎ、権三郎は背を向けた。
もう振り返らず、荒涼とした広場へと歩き出す。
ほどなくして、颯太の運転する四輪駆動車のヘッドランプが闇を裂いた。
五章 8
権三郎は、アジト建物から五十メートルほど離れた場所で待機していた。
闇の中、ヘッドライトを光らせて近づいてくる一台の車。颯太だ。
頭上に浮かぶオクトパスAパーツの照明が、周囲を淡く照らしている。光に包まれた空間の中で、颯太の車がはっきりと姿を現した。
それはパンダカラーの警察車両。しかもSUVタイプだった。
「ゴーン、着いたぞ〜!」
颯太が運転席の窓から身を乗り出し、手を振る。
「お疲れ、ご足労スマンな」
権三郎も右手を挙げて応える。
颯太は空き地の一角に車を停め、権三郎のもとへ歩いてきた。
頭上の光る円盤を見上げ、目を丸くする。
「なんだこりゃ……小型UFOか?」
権三郎は小さく笑った。
「こいつは俺の装備の一つさ。まあ、移動式の照明と思ってくれ。夜になると真っ暗で何も見えなくなるからな。俺が動けば一緒についてくる。半径七メートルは明るいぞ」
「へえ……お前の所属する組織って、ほんと底が知れねえな」
颯太が感心して見上げる。
しかし、驚いているのは颯太だけではなかった。
「お前こそ何だ、その車は。SUVなのにパンダカラーか」
颯太がドヤ顔で言う。
「フッフッフ。最近はSUVタイプのパトカーもあるんだぜ」
「ほう、時代は変わるもんだな」
「ま、これも流れってやつよ」
軽い雑談を交わしつつ、二人はアジト建物へと歩き出す。
すると颯太が、照明の中に浮かび上がった一台のバスを指差した。
「ん? なんだあれ。全輪パンクしてねえか?」
「しかもフロントガラスまで割れてるな」
颯太が近づくと、権三郎が言った。
「ソータ、この中に賊が五人いる」
「マジか?」
「見た方が早い」
権三郎が縦開きの戸をガラリと開け、小型ライトを照らす。
車内の床には、数人の男たちがイモムシのように転がっていた。
「うほっ!」
颯太が声を漏らす。
「こいつらはみんな新人だった。警備が三人、密猟が一人、そして飼育係になるはずだった女が一人だ」
「四人しかいないようだが?」
権三郎が指を差す。
「あそこ、最後部のシートで寝てるのが飼育係だ。唯一の女だから、一応シートの上に載せてやった」
飼育班の女が顔を上げ、こちらを見た。
「一応のレディファーストってわけか」
「そんないいもんじゃねえ。あの女と、そこの迷彩服の男だけは戦闘に参加しなかったから、少し手心を加えてやっただけだ」
「そっちは重そうだから床ってわけか」
「ご明察」
颯太が苦笑する。
権三郎はドアを閉め、再び外へ出る。
「それにしても、このバス、なんでパンクしてんだ?」
「コイツら、戦闘中に逃げようとしたのさ。車が動き出したから、遠距離からタイヤを潰してやった」
颯太が眉をひそめる。
「ゴン……まさか銃を?」
権三郎は首を振った。
「俺は銃火器は使わねえ。それはお前と約束したろ」
「ああ。民間人に銃の所持は許されねえ。例えお前でもな」
権三郎は微笑んで答えた。
「投げ槍だ。タイヤの穴を見りゃわかるさ」
「なるほどな。お前、そういうとこは嘘つかねえからな」
二人は奥へ進む。
照明の範囲に、拘束された男たちが地面にごろごろと転がっている。
「うおおおい! なんだこの人数は!」
颯太の叫びが夜気を裂いた。
権三郎が苦笑しながら説明する。
「今日になって急に十七人も増員しやがったんだ。さっきの五人もその増員組。ここに転がってるのは十二人だ」
颯太はまるで魚市場を眺めるように、男たちを検分する。
「しかし、どいつもガタイがいいな」
「俺に打撃が効かないもんだから、タックルばかりしてきやがった。たぶんラグビーやアメフトの経験者だろう。柔道や相撲部上がりぽいのもいたぜ」
「押し潰されなかっただけでも奇跡だな」
「フン、新兵ごときにやられる俺じゃねえ」
本当は一度ピンチに陥ったことを、権三郎は黙っていた。
さらに進むと、次に照明の中に現れたのは、三人の男と紫色の円盤状の物体。
「おい、なんだこのオブジェ?」
「気にすんな。俺の装備の一部だ」
「でかいな……この宙に浮いてる円盤と同じくらいじゃねえか?」
「ご明察。この二つで一組だ。本来は一つの装置なんだが、今は上下に分けてる」
「こんな巨大なもん、どうやって運んだ?」
「企業秘密ってやつだな。撤収のときに見せてやるよ」
権三郎は地面に倒れた三人の傍へ行った。
「ソータ、こいつらはただの雑魚じゃねえ。このアジトを仕切ってた密猟グループの連中だ」
颯太が三人を見下ろす。
「こいつらが……」
権三郎が近くの地面を指差す。
「見ろ。これが奴らの使ってた銃だ」
颯太が覗き込み、目を細めた。
三丁の長銃。中でも一際重量感のある一丁がある。
「……これ、猟銃じゃねえな」
「そう、対物銃だ。普通の狩猟用じゃねえ」
「何でこんなもんを」
「このアジトのボスの所有物だ。俺を殺そうとして、部下に使わせた」
「ボスは?」
「もう少し奥だ。別行動しやがったからな」
「ボスは軍上がりか?」
「そのようだ。扱いが慣れてた。相当の腕力だったぜ」
颯太がニヤつく。
「ゴン、その白いスーツ……やっぱり」
「言わせるな。建前上は機密だ」
ふたりが軽く笑い合う。
権三郎が三人を指差し、淡々と説明した。
「こいつがサブリーダーのB。これがC。そしてこの若い男が、ヒグマ逃走事件の張本人Dだ」
「この若造がか……」
「Dは反省してる。取調べにも協力的だろう。優しく頼む」
「俺が担当になるとは限らねえが、伝えとくよ」
「頼む。で、このBとCには容赦無用だ。ビシビシやってくれ」
その瞬間、Cの目に怒りが宿った。
拘束されたまま、ゴロゴロと転がって権三郎の脚にぶつかってくる。
「チッ、まだ反抗的か。少し仕置きしてやる」
権三郎がCの口のテープを剥がし、背後のオクトパスBパーツに命じる。
「オクトパス、ウェイクアップ!」
パープルの金属ボディが、オレンジの光を放つ。
颯太が不安げに眉を寄せる。
「おいゴン、穏便にな」
「安心しろ。軽いもんだ」
権三郎がCを指差す。
「オクトパス、その男の顔にアレをぶっかけてやれ。たっぷりとな」
宙に浮かぶオクトパスが突起を伸ばし、黒い液体を噴き出した。
「オクトパス・インク!」
「うおっ! 臭えっ! なんだこれぇ!」
権三郎が愉快そうに笑う。
「タコ墨だ。害はねえが、猛烈に臭う」
「くせええええ!」とCが悶絶。
権三郎は再びテープを貼り直し、颯太に向き直った。
「刑事さん、この程度なら許容範囲だろ?」
「お前も容赦ねえな」と颯太が笑う。
「よし、密猟班は以上だ。次行くぞ」
オクトパスAパーツの光に導かれ、二人はアジト前を進む。
そこには十人の警備班が転がっていた。
「うわ、またかよ。ゴン、お前今日だけで何人拘束した?」
「数えるのは後だ」
権三郎が肩をすくめる。
「こいつらは元々ここに常駐してた連中だ」
「この男、すげえ体格だな」
「こいつは元プロ格闘家だ。だいぶ苦戦した」
「そっちは?」
「元剣術使い。こっちは元ボクサーだ。この二人も中々強かった」
「やっぱり新人とは違うな」
「他の七人は大したことねえ。ただ武器を持ってた分、囲まれた時だけは少し本気を出した」
そして、いよいよ——
権三郎は颯太を奥へ導いた。
「ソータ、こいつがこのアジトを仕切っていたリーダー、Aだ」
権三郎が足もとに転がる男を見下ろしながら言った。
Aは虚ろな目で、ただ夜空の一点を見つめている。
「この男がボスか……」
颯太が小さく呟く。その声音には、長く追ってきた事件の終幕を実感するような重みがあった。
「ゴツい体つきだな。テープで顔が隠れてるが、風格もある。場数を踏んでる目だ」
「あの対物銃を軽々と扱ってた。間違いなく訓練された兵士だ」
権三郎の声が低く響く。
「自衛隊じゃねぇ。海外の軍属だったようだ。ボツワナとか言ってた気がするが……ここに来るまでに何をやってきたか、徹底的に洗うべきだ」
その助言に、颯太は短く頷いた。
「予想はしてたけど、やっぱりスケールがでけぇな……」
「しかもコイツ、本部の中級幹部でもあるらしい。末端じゃねえ」
「了解。特別扱いで取り調べを進言しておくよ」
「頼んだぜ。ヒグマを放したのはDだが、実質的な主犯はコイツだ」
権三郎の言葉には、怒気よりも冷たい確信があった。
「証拠は全部揃えてある。あとは警察と検察、裁判所がきっちり仕上げてくれりゃ、密輸団の資金源を断ち切れる。俺の依頼人のためにもな」
「約束する。全力でやる」
颯太は宣誓のように言った。
「なるべくお前が取調官に選ばれるといいな」
「いや、胃が痛くなってきた……」
颯太が苦笑し、権三郎は肩をすくめた。
「この男には、最低でも十年は臭いメシを食ってもらいてぇな」
その一言を残し、権三郎は歩き出した。
数分後、二人はアジトから離れた斜面に転がされた飼育班の面々の前に立っていた。
霧が立ち込め、山肌のランプがぼんやりと照らす。
「この眼鏡の男が飼育班のリーダーらしい。闇医者も兼ねてる」
「闇医者……実在したのか、そういうの」
「そっちはお前ら警察の領分だ。二度とメスを握れねぇようにしてやれ」
「もう免許なんざ剥奪されてるかもな」
「他の三人も、動物と関わる資格は永久に剥奪だ」
二人はそんなやり取りを交わしながら、アジトの入口へと戻った。
抉られた地面、散乱する薬莢、切断された麻酔銃の残骸。
闇の中で、山の風が血と油の臭いを攫っていく。
「これで全員の確認は終わりだ。あとはお前にアジト内部を見てもらえば、俺の役目は終了だ」
権三郎の報告に、颯太が妙な顔をした。
「どうした、ソータ?」
「ゴン……今回拘束した人数、ちゃんと数えてみてくれねぇか?」
「お、そういやさっきそんなこと言ってたな。よし……警備班が十二、増援十七、飼育班四、密猟班四……合計――」
権三郎が声を張った。
「三十七名だな!」
颯太が眉をひそめる。
「……どうした?」
「今度ばかりは、身代わりを務める自信がねぇぇぇ!」
山奥の静寂を突き破るように、颯太の嘆きがこだました。




